第7話 招かれざる客
虹花は折角のプレオープンに憂鬱な気分だった。
今居るのはトリニティーパークの遊園地エリア。
正面ゲート近くにある広場だ。
ここを招待された同学年たちの集合場所としていた。
本音を言えば陽仁と二人で楽しみたかった。彼の隣にいたかった。
だが彼のために、彼の隣にはいられない。立つことができない。
実際、隣にいるのは別なる人物。
檀野グループの御曹司であり、陽仁と忖度のなく笑いあえる友でありながら一方的に毛嫌いし縁を切った男。
古臭い昭和のような名前がコンプレックス。
改名したくともグループ創始者の祖父が名付け親のせいか踏み切れない。
古くさい名前の割に顔は一言でアイドル顔負け、性格は一人を除いて分け隔てなく接する公平さ。成績運動共に優れ、檀野グループの後継者であるネームバリューもあり人気が高い。
白髪一つない黒々とした頭髪を持とうと、心の奥底はそれ以上に濃く深い。
時折、彼を見る目が敵意に染まっているのが嫌でも垣間見てしまう。
「みんな今日は来てくれてありがとう」
雷蔵に虹花は側に抱き寄せられてはこれ見よがしに告げている。
一人を除いた高校の同学年たち、七クラス228名が今プレオープンに招待されていた。
まだ全員が到着していないが、何人かは遅れてくるそうだ。
御曹司たる立場を使えば、クラス一つどころか学年一つを招待するなど造作でもない。
「一人も欠けずに来てくれるなんて、みんな楽しみにしていたんだね」
この場にいない者に対する当てつけだと気づく者がいようと、口に出すことも指摘することもない。
意味がないこと、価値がないこと、むしろ追従、賛同した方が利になるからだ。
虹花は顔を俯かせては唇をきつく噛みしめる。
「プレオープンの三日間、悔いなく思いっきり楽しんで欲しい」
トリニティーパークの入園料は大手テーマパークと比較して高くはないが、それでも学生の身として気軽に足を運べる値段ではない。
入園料から宿泊費まで全て主催者持ちのプレオープンは学生の身として格好の思い出となるだろう。
「まあ本音を言えばだけど、遊園地中心に遊んでは欲しいかな」
嘘偽りのない本音に周囲から笑いが漏れる。
この遊園地エリアは檀野グループの領域である。
今回のプレオープンは各エリアの集客率調査も含まれ、今後の運営手腕が問われる試金石となった。
「あ、それとみんな外泊許可はしっかり取ったよね? ホテルに泊まるとはいえ保護者から了解はちゃんと取ってくれよ」
大丈夫だと声が次々に届く。
ゲスな言い方であるが御曹司と縁を紡ぐのは今後の将来を築く意味で有意義だ。
断る保護者がどこにいるだろうか。
むしろ接近するチャンスと見込んで背中を押す保護者さえいた。
「それじゃ先生、どうぞ」
招待客は学生だけではない。お目付役という名目で各学年の教師たちを家族ごと招待していた。
入れ替わるように皆の前に立つ四〇代男性は雷蔵のクラスの担任であった。
「まあほとんど檀野が言ったが、教師として言っておく。招待されたのは私たちだけじゃない。ハメを外しすぎて他の人たちに迷惑をかけないように。ナンパとかするなよ、されるなよ」
もちろん迷惑をかける者などいないだろう。
下手な行動は雷蔵からの印象を暴落させる。
根底では、この場に不招待のクラスメイトと同じになりたくない恐れがあったりした。
(約束、本当に守ってくれるのよね?)
虹花は教師の言葉を横で受けながら、抱き寄せている雷蔵に小声で話しかける。
(安心しろ。しっかり処女くれたら、もうあいつを無視しないし昔のように仲良くしてやるから。だから今晩は朝までホテルで楽しもうぜ)
にんまりと屈託ない笑顔で返す雷蔵に、虹花は怖気と緊張で乾いた喉に唾液を呑み込ませた。
無視をしない。昔のように仲良くする。
雷蔵が虹花に持ちかけた条件。
本当か疑いたくなるが、この身一つのけがれで縁が結び直せるなら安いものだ。
「特にな」
担任が釘差すようにナンパ好きな生徒たちの名を口に出しかけた時、列後方から悲鳴が漏れた。
列が嫌悪の気配を纏いて左右に割れ、その間を一人の少年が悠々と胸を張って歩いている。
雷蔵は目尻を鋭く相手を睨みつけた。
虹花は驚き目を見開くしかなかった。
周囲から困惑と驚きが溢れ、何故招待されいないはずの十田陽仁がここにいるのか、疑問の視線を雷蔵に向けていた。
「やあやあみなさんお揃いで」
やや演技臭い口調で陽仁は告げる。
誰もが不愉快な表情を隠さない。当然だろう。これから楽しい時間に水を差されたのだ。不愉快になる者など一人を除いていなかった。
「ちぃ」
雷蔵は忌々しく見せつけるように舌打ちするなり、スマートフォンを取り出した。
「俺だ。大至急、遊園地エリアの広場まで来てくれ。不正入場者だ」
おそらく警備事務所にかけたのだろう。
プレオープンにかこつけて不正に入場する者は少なくない。
実際、不正入手したチケットで入場する者がいたりする。
ネットオークションではプレオープンの招待チケットが高値で落札されるなど問題になっていた。
陽仁が雷蔵の前に立ったのと警備員二人が駆けつけたのは同時だ。
険しい顔をした警備員と比較して陽仁の顔は穏やかで余裕がある。
「はい、これ」
警備員に陽仁が差し出すは自分のスマートフォン。
ディスプレイにはQRコードが表示され、警備員二人は困惑しながらも自身が所持する端末で読みとっていた。
そして顔を青くしては互いに見合わせる。
「おい、どうしたんだ! そいつをここからとっとと叩き出せ!」
行動に移らない警備員に対して雷蔵が苛立つように怒鳴る。
御曹司だけに警備員はどう答えればいいか、脂汗を浮かばせ口を噤んでいた。
「で、できません。せ、正式に招待されたき、キャスト、ですので」
一人が重々しい口を開く。恐れ多くも相手は御曹司。警備員としての立場があろうと、問題がないなら対処はできない。
「見せろ!」
端末には招待客の情報が表示されている。
雷蔵は警備員の一人から端末を奪うように掴めば、表示された情報に身を強ばらせてしまう。
「荒田グループ招待枠、で、だと」
あり得ない、起こりえないと雷蔵は絶句するだけだ。
確かに母親が動物園のアドバイザーとして参加していたのを御曹司の立場として把握しているはずだ。
プレオープン抽選は公平を期するために関係者は対象外という規約を建前にし梯子を外させたのだろう。
本来ならいないはずの男がどんな手を使ったのか、なんて理由はただ一つ。
十田陽仁は正規の手段を持ってここにいる。
「なんでいるかって簡単だよ。水族館に展示されたナマコ、あれさ、兄さんが協力しているんだ」
陽仁の声に雷蔵が端末持つ手を震えさせる。
白歯を剥き出しに陽仁を射抜かんばかりに睨みつけ全身を怒りで震えさせる姿は、まるで生まれたての子鹿のようだ。
得意げに語る陽仁は解せないと心の内で自問する。
どうしてそこまで親でも殺されたかのような憎悪を向けられるのか。
「十田太輝はナマコの研究者として活動しているけど、まだまだ新米だし後学のために他の人の研究とか手伝っているみたいなんだ。荒田グループは潜水艇も作っているからね。研究とかそれ縁ができてね。あちらさん、潜水艇の実働データ沢山とれて大喜びみたいでさ、地元だってのもあってか、お礼を兼ねてプレオープンに招待してくれたんだ。まあ当人はテーマパークよりナマコだから、代わりに楽しんでこいって兄さんから贈られたんだ」
いくら御曹司だろうと他社の手法に口出しできるわけがない。
下手に口を出そうならば、他企業とのおつきあいに悪影響が出てしまう。
三国志の天下三分の計のように、このパークは三つの企業の絶妙な力関係により維持されている。
もし均衡が崩れて敵対でもすれば、瞬く間に本来得るべき利益を失うハメになるだろう。
「檀野」
ここで担任が今にも殴りかからんとする雷蔵に耳打ちする。
赤黒い顔から一転、清流のように穏やかな顔つきとなった。
「留年してからアメリカに逃げるんだ。最後の日本を楽しめばいいさって聞いているのか!」
勝ち誇る雷蔵に対して陽仁は涼し気な顔でスマートフォンをいじっており、顔を上げれば鼻先で笑っては肩をすくめている。
暴露されようと余裕ある態度が雷蔵の逆鱗に触れ、追加が来た。
「こ、こいつはな、期末テストでカンニングして全科目0点になったんだよ!」
周囲に聞こえるよう大きな声で雷蔵は告げる。
追従するように同級生たちから侮蔑の視線が無形の矢となって陽仁の背中に突き刺さる。
けれども陽仁からすれば痛くも痒くもなく心に微々たる揺れもなかった。
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