エピローグ:終エン
第48話 狂エンの後日
<第三回事故調査報告書>
檀野・大條・荒田、各グループ社長、三名ともシェルターにて生存を確認。
オペレタールーム総勢五〇〇名の内、四九五名の死亡を確認。
内、五名が瓦礫より救助。
ホテルエリア、スタッフ総勢一一三四名、沈下したホテル施設より全員救助を確認。
動物園エリア担当者と派遣会社の人数水増しが発覚。
地区担当者が行方不明及び退勤データ損失により正確な被害者数把握は困難。調査を継続とする。
招待客一〇〇〇人中、生存者は八一八名。死者五四名。行方不明者一二八名。
一二あるシェルターの内、一つがマレーグマ三頭により壊滅。
避難時の映像データにより避難民三五名の全員死亡を確認。
遺体は損壊激しく、身元特定を困難とさせている。
壇野グループ御曹司招待の生徒教職員含めて二三五名中、一七八名の生存を確認。うち一九名の死亡を確認、行方不明者三八名。
※一部資料は教育委員会に提出すること。ただし荒木グループ招待枠の一名は入れないものとする。
捕獲した動物に対して、一部の生還者からゴリラに助けられたとの報告あり。
対応を慎重に。
また一部動物が園外に脱走した形跡あり。
警察及び猟友会との連携を密にすること。
<備考:射殺もやむなしとの判断に抗議があろうと完全無視すること>
一匹の犬が総合病院の玄関ドアの右端に座り込んでいた。
白と黒のコントラストが特徴で凛々しい顔つきのハスキー犬。
ドアの側に控える警備員は犬に目配せはするも特に注意どころか排除もしない。
ハスキー犬は両耳を畳んでは寂しそうな顔で座り込み、時折顔を上げては特定の方向を見上げている。
視線はとある病室に向けられている。
「くぅ~ん」
寂しそうに鳴いたハスキー犬は顔を戻す。
本来なら迷子犬か、野良かで警察及び保健所案件なのだが、病院に勤める者たち、訪れる者たちと全員が誰の飼い犬か把握していた。
事情が事情故、飼い犬の敷地内の進入を黙過しているのだ。
廊下を歩く女性看護師二人は窓辺からハスキー犬の姿を見かけていた。
「今日はハスキーですね」
「ええ、昨日はシェパードだったわ」
「毎日毎日、交代で来るなんてよっぽど飼い主のこと大好きなんですね」
「本当、痛ましいことこの上ないわ」
飼い主は面会謝絶。
一ヶ月の昏睡の後、一週間前に意識は戻ったようだが、全身骨折によりベッドから動けない。
飼い犬もしばらくすれば諦めるように尻尾を垂らしながら一匹で帰って行く。
そして翌日、入れ替わるように別なる犬が訪れていた。
「あれから一ヶ月ですか」
「そうね。もう一ヶ月よ。病院を嗅ぎ回る記者の数はだいぶ減ったけどゼロじゃないわ」
「一昨日の帰り道、突然、取材受けましたよ。看護学校で同期だった椎名さんについて教えてください。昨日は別の記者から例の入院患者について教えてください。もちろん両方とも断りましたよ」
「医療従事者として患者の情報には守秘義務があるわ。今回の件、被害が酷すぎて院長先生自ら箝口令を引くほどだもの」
報道でトリニティーパーク関連のニュースを見ない日はない。
やや減ってきたが、日本、いや世界でも類を見ないテーマパーク事故として注目の目が外れない。
特に、死地から生存者を率いて脱出に貢献した少年についてメディアはこぞって取材を申し込んでは病院側は断りを入れるのいたちごっこだ。
当人不在を良いことに、SNS上では話題となっていた。
特に、事故発生直後の動画がネットワークに拡散した影響が大きい。
前事象として学校絡みで教師までいじめに荷担していたのも拍車をかける。
<友に切り捨てられながらも誰一人切り捨てなかった男>
<両親が動物学者故、その知識が脱出の武器となった>
<彼がいなければ生存者全員、動物の餌食となっていた>
<いじめられながらも誰かを助けるのを忘れなかった>
<友に穫られた女を取り返した男>
<人生を狂わされながら、誰かの人生を狂わせなかった>
一方で、加害者叩きもヒートアップしている。
<女を穫られた腹いせで蹴り落とした男>
<御曹司のごますりでテストの答案を書き換えた教師>
<転校どころか海外移住すら妨害した学校>
<子供のいじめを父親が把握してないとか嘘だろう>
<万引きの真犯人はこいつだ>
<財布が盗まれたとか言うが、持ち主の自演自作だったぞ>
<カンニングは嘘! 教師の決めつけだ!>
<いじめを見て見ぬ振りした教師は助かったけど失明したってさ。良かったじゃないか、もう見えないから見て見ぬ振りする必要ないぞ>
と正義を気取った第三者が騒ぎ立てる。
中には自身もまた少なからず加害者でありながら、叩かれるのを逃れるため被害者面をする不貞不貞しい者もいた。
「あら」
ふと看護師の一人が足を止める。
見れば、出入り口前で警備員が二十代男性と揉めている。
両手に花束を抱えた姿は端と見て見舞いだろうと、その顔を知る看護師は見舞いではないと看破した。
後は足早に向かっては男性にきつく詰め寄った。
「申し訳ございませんが、告知した通り、報道関係者の取材はお断りさせていただいております」
「いや、だから、今回は取材じゃなくて純粋に見舞いなの! お見舞い!」
看護師は靴先から頭の先まで男性に鋭い目を走らせる。
持ち物は花束しかないように見えて報道関係者だ。
ボールペン一つが超小型のカメラやボイスレコーダーだった場合があり得るため油断できない。
「ほら、これ! 紹介状! 鬼流院家、ご隠居直筆のやつ! 院長に渡してくれればいいから!」
観念するように男性がベストから取り出すのは一枚の紹介状。
達筆な文字で書き記されており、本物かどうかいぶかしむ。
「確認してきますので、その場でお待ちください」
一介の看護師では招待状の真贋は把握できない。
追い返すのは手早いが、紹介状は古くからこの地に根を下ろす鬼流院家からである。
特にこの病院は開業時、鬼流院家から多額の寄付金を受けているため、万が一本物であるなら追い返すのは下策だ。
確認する必要があると警備員に目配せした看護師はそのまま急ぎ足で院長室に向かう。
記憶が正しければ、この時間帯は予定も緊急の手術もないため、論文の推考を行うと聞いたのを思い出す。
そして紹介状は本物であると院長のお墨付きが出る。
「あ~もうご隠居からもしっかり釘刺されていますから。本当に見舞いだけだし、取材なんてしませんよ」
晴れて男性は院内に足を踏み入れようと、看護師たちは警戒を緩めない。
中に入ってしまえばこっちのものだと、患者や見舞い客に擬態した記者が度々現れたからだ。
「今回の件で顔が売れすぎて仕事あがったりなんですから」
男性、立花潤太は突き刺さる無形の視線にぼやいていた。
立花はぼやこうと、後悔はなかったりする。
あの時は名前を出すしなかった。
少しでも早く救助を向かわせるためにコネや縁を総動員した。
自らの名前と顔を晒すのもいとわなかった。
結果として、パークから脱出した生存者の一人として取材される側に様変わりである。
(沈黙と視線が痛い、痛すぎる)
エレベーター内の空気は重く、背後より突き刺さる女性看護師二人の視線が胃をキリキリと締め上げる。
下手なヤクザより鋭い眼光に冷や汗が止まらない。
唯一の癒しは抱えた花束だが、現状では清涼剤にすらならないほど圧は強い。
病室はご隠居から伝達済み故、一人で行けるのだが、報道関係者のネームバリューのお陰で病院関係者からの警戒対象としての視線は外れることがなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます