第3話 縁切り神社
朝霧立ちこめる中、陽仁は呪詛を口から吐き出した。
「死にたい」
友への疑問はいつしか己への死の渇望に変わっていた。
高校に入学しようとただ家と学校を往復する乾いた日々。
放課後、友達と遊びに行くことも勉強会をすることもない。
気を紛らわすように行う日課は愛犬の散歩。
今年で三歳となる二匹の中型犬。
ジャーマンシェパードのルズ(♂)に、シベリアンハスキーのタン(♂)だ。
二匹は飼い主の機微を察してか、時折心配そうに振り返っては見上げてくる。
散歩になると大喜びで飼い主を引きずりまわすはずが、ここ最近はおとなしい。
大丈夫だと左右の手でそれぞれ頭を撫でようと、二匹の顔は優れない。
「どうした?」
ふと二匹揃って脚を止めるなり、唸り声を上げる。
ルズは警戒心が強く、見知らぬ人間には問答無用で吼える。
一方でタンは臆病であり、見知らぬ人間がいれば問答無用で隠れる。
性格は正反対だが仲の良い二匹が揃って警戒心と牙を剥き出しに唸るなど珍しかった。
「道?」
朝霧の奥より覗くは見慣れぬ山道。
轍があることから車の行き来があるようだが、記憶が疑問を抱かせる。
「ここら辺に山とかあったっけ?」
仄暗い目が疑問で細くなる。
ここは東京都西にある
都心より離れたベッドタウンに十年以上も住んでいるが、近場に山がある記憶などない。
本来なら気味悪がって遠ざかるが、陽仁は引き寄せられるように山道に自ずと足を踏み入れる。
犬たちが警告するように吼えるも、大丈夫だと作り笑いで返す。
飼い主の心情を察する二匹は互いに顔を見合わせては観念したかのように耳を下げ、追従していた。
「社?」
山道と朝霧を抜けた先には朽ち果てた小さな神社があった。
朱色であった鳥居は風化によりそげ落ち、社ですら廃屋と見間違えるほど朽ちていた。
屋根や壁には劣化により開いた穴が野ざらしとなれば、注連縄は半ば土に還りかけている。左右の台座の上には四足動物が乗っていた痕跡があろうと、犬か狐か分からない。参拝で鳴らす鈴はなく、賽銭箱は横っ腹に穴が開いている。これでは御利益が横から逃げてしまう。
「誰も、いるはずないよな」
今敷地内にいるのは人間一人と犬二匹。それなのに陽仁はどこか背筋に薄ら寒さを感じていた。誰かに見られているような、背後に立たれているような不快感。咄嗟に振り返った瞬間、霧の奥に老婆の姿を一瞬だけ捉えた。
どこかで見たような顔だが思い出せない。
「そういえば」
薄ら寒さを誤魔化すように晴仁は記憶を揺さぶった。
この地には縁切り神社が存在する都市伝説を。
楽しかった中学一年の頃、友とオカルトだと一笑に伏した記憶がある。
「確か、どこにあるのか正確な場所は分からず、この世に絶望している者だけが辿りつける神社があるって」
当時はまだ絶望していなかった。
だが今は生きていることすら絶望している。
自ら命を絶たないのは単に家族や二匹の飼い犬を悲しませたくないからだ。
死ぬ理由よりも死ねない理由が大きかった。
「この神社で一〇〇日間、参拝を続ければ望んだ縁が切れる」
教師も警察も当てにならぬなら、行き着くべきは神頼みしかないと陽仁の中で悪魔が囁いた。
あちらが一方的に切ってきた。
ならば切られて当然の報いは降るべきだ。
「けど、この手の縁切りって確かとんでもない反動があると聞いたことあるぞ」
最後の良心によるブレーキではなく、ただの最後通告だった。
強い効果をもたらすならば、当然のこと代償たる反動の形として強く返ってくる。
成績が良すぎる故に、つまらない学校に行きたくないと願った学生は、難病により学校に通うことはなくなった。
パワハラ上司に苦しむ社員がパワハラからの解放を願えば、会社社長の横領による会社倒産たる形で解放された。
願いとはただで叶えれるものでも望んだ通りなるものでもない。
基本無料ゲームは買い切りゲームより高くつくようなもの。
望むならば重い代価を割に合わぬ形で支払わねばならず、願いに対する代償は時に重石と気づこうともう遅い。
悪魔の契約のように必ず代価を支払わねばならなかった。
「それでも……」
陽仁の目はほの暗く、生きる活力をはもはや風前の灯火。
もう限界だった。
味方はいない孤立無援。
隣にいるべき幼なじみは別の男の隣にいる。
だから、陽仁は願った。願うしかなかった。
文字通り最後は神頼みだ。
「あいつとの、ライとの縁を切ってください」
友だった男との絶縁を望んだ。
この日より晴仁は毎日欠かすことなくこの社を訪れるようになる。
正確な場所は分からずとも自然とたどり着けた。
ただ切れて欲しい。切れろ、切れればいいと祈り続ける。
それから一〇〇日後、帰宅の折り変化は訪れた。
「手紙?」
自宅の郵便受けに今時珍しきエアメールが入っていた。
手紙など電子メール一つで済むこの時代、わざわざ文字だけの内容で料金と到着時間のかかる紙の手紙で送るなど珍しかった。
アドレスが分かれば、の話をこの時、失念したりする。
「僕宛だけど差出人は、誰だ?」
成績はそこそこの陽仁だが、差出人は筆記体で書かれているため読めなかった。
ただ陽仁宛なのは確か故、その場で手紙を開封する。
日本語で書かれた内容と差出人は陽仁の心を怒りでかき乱し、手紙を引き裂きたい衝動に駆り立てる。
「協力は惜しまない。何であろうと言ってくれ」
だが最後の一文を読み終えた時、絶望に染まっていた陽仁の死んだ魚のような目は生に執着し渇望する目に変わっていた。
「取り戻すには力がいる! 知力筋力胆力、その力が欲しい!」
まさに奇縁の巡り合わせ。
この手紙は縁を切る先駆けだ。
同封されていた返信用封筒で返事を出した陽仁は、縁切りを形とするため、幼なじみを取り戻すために行動を開始した。
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