第42話 体調不良は善意のリレー?
目を覚ました瞬間、気づく。
「うわあ……」
手足を動かすだけで、関節痛がする。同時に倦怠感が襲う。
窓から籠れ出る朝日がやけに眩しい。
スマホで時間を確認すると、まだ朝七時だった。
のそりと起き上がると、いつもより重力が身体中に襲いかかってくる。
喉が痛い、水が飲みたい。
体温計をひょいと掴み、脇に挟みながら水を飲むと、喉が悲鳴をあげる。
ピピピピ。
38.6°と表示された体温計。
「やっぱりな……」
こういうとき風邪を引いたと言うべきなのか、熱が出たと言うべきなのか。
どっちも一緒だろう、そんなつまらないことが脳裏に過るくらいには頭が疲れているみたいだ。
ウイルスってのはやっかいだ。
何処から拾ってきたのかわからないが、完全に俺を蝕んでいる。
こういう時の一人暮らしは最悪。誰も助けてもらえないのだ。
病院へ行く気力もなく、再びベッドに潜り込みながら電話をかける。
休みます、と一言だけ学校に伝えると、ホッとしてそこで記憶は途切れた。
◇
とんとんとん、とんとんとん。
懐かしい音が聞こえる。
幼い頃、母が台所でご飯を作っている時の音だ。
同時に卵の良い匂いが香る。
夢にしてはやけにリアルで、お腹が空いた。
夢なのに喉が痛い。
倦怠感もする。
……あれ、現実?
ガラリ、扉が開く。
「あれ? 佐藤君、起きてたの? おはよう」
現れたのは――エプロン姿の天使だった。
「……なんでここに?」
「もしかして起こしちゃった? あ、ちょっと待ってね」
ドタドタドタ。待っていると、環奈が水と薬を持ってきてくれた。
「ごめんね、市販のお薬で悪いんだけど、飲めるかな? スポーツドリンクもあるから、後で置くね」
「ああ……悪いな」
ゴクゴクと水で薬を流し込む。環奈は膝を尽きながら、メイドさんのように俺のコップを回収するために待ってくれている。
「ありがとうな。てか、今何時だ? もう夜なのか……」
夕食まで寝てしまっていたのかと恐ろしくなる。
それで気付いたのだろうと思い、窓を見てみると、まだ日が差していた。
スマホで時間を確認、12時過ぎ。
「……え? 環奈、学校は!?」
おかしい、今日は登校日だ。
「行ったけど早退してきちゃった。佐藤君が風邪だって先生に教えてもらったから」
「早退って……」
嬉しいと思う気持ち反面、申し訳なくなる。
学校を休んだこともそうだが、わざわざ戻って来てくれたことに。
さらに薬まで……。
「すまん……ありがとう」
「あ、ご、ごめんね!? なんか恩着せがましい言い方になっちゃって……そうだ! お腹は空いてる? ご飯食べてないよね?」
罪悪感から頭を下げたが、環奈に余計な気を使わせてしまったらしい。
手をぶんぶん振って慌てている環奈を見ていると、素直にお礼だけ言えばよかったと後悔する。
あ、お腹は空いてるって?
――ぐう。
俺の代わりに、胃袋が返事をしてくれた。
環奈は、ふふふと少し悪戯っぽく笑うと待ってねと一言残して、また離れていく。
戻ってくると、手にはお盆を持っていた。
「身体きついでしょ? ベッドの上で食べる?」
卵がふんわりと香り、ネギが細かく刻まれて振りかけられている。
美味しそうな卵粥。なるほど、音の正体はこれだったのか。
さらに大きめのスプーン添えられていた。
あまりの優しさに、目から水が零れそうになる。
せっかく得た水分、無駄にしてはいけない。
「至れり尽くせりだ……ここまでしてもらっておいてなんだが、環奈にうつしてしまいそうだから帰ったほうが……」
「そんなの気にしないで。佐藤君には、いつも助けてもらってるんだから」
優しい、優しすぎる。神様、仏様、環奈様に感謝しながら卵粥を一口。
舌にほどよい温かさが感じられる。
卵の優しさとネギの風味、するりと喉から胃袋にストンと入っていく。
「美味しすぎる……」
「ふふふ、良かった」
その瞬間、環奈の笑顔は、本当に天使に見えた。
◇
ベッドで横になっていると、環奈は片付けを全てやってくれた。
汗だくなので服を着替えようとしたが、待っててねと代わりの服も用意してくれる。
「……つっ」
体を動かすと、間接が悲鳴を上げる。
なぜ痛くなるのか昔調べたことがあった。
免疫力を上げてウイルスを追い出そうと発熱し、その過程で悪寒と痛みが生じるようだ。
まあ、どうでもいいか……。
「ばんざーいってして?」
「……へ?」
「身体も拭かなきゃダメだからね」
恥ずかしい。だけど、わがままを言うのも良くない。
俺はされるがまま、なすがままに手を万歳。
するりと服が脱がされ、上半身があらわになる。
というか、環奈も恥ずかしいらしく、頬が紅潮していた。
それよりも俺が心配だということか。ありがてぇ。
まるで子供のように身体を拭いてもらって、服を着替えさせてもらう。
「ありがとう、環奈が風邪を引いたら、次は俺がしてあげるよ」
「そんなエッチなこと考えてたら、熱上がるよ」
いつもより強い突っ込みで怒られた。
そりゃそうか……。
夜になっても、環奈は帰る気配がなかった
訊ねてみると、当然だと答えが返ってきた。
「え? 今日は泊まっていくつまりだったけど」
「泊まる……?」
「うん、加奈子さんにはもう伝えてあるし、朱音ちゃんにも」
加奈子はうちの母親の名前だ。そういえば連絡先を交換したと聞いていたが、既に許可を取っていたとは。
となると、断る理由はない……が、これ以上助けてもらうと恩を返すのが困難になりそうだ。
「申し訳ないと思ってるんでしょ。気にしなくていいよ。私が風邪引いたりしたら、着替え以外は全部お願いするから」
「ああ、その時は全力で最高級の御粥を買ってくるよ」
「作ってくれないんだ……」
「そのほうが美味しいだろうからな」
お言葉に甘えつつ、俺はひと眠りさせてもらった。
翌朝、環奈の献身的な看護のおかげですっかりと熱が引いていた。
心配で見に来てくれたのか、ベッドに項垂れ、中途半端な体勢で寝ている環奈がいた。
「……マジで可愛いな」
思わず声を漏らすほどの破壊力。
寝顔が天使だなんてズルいだろ……。
「ン……さと……うくん」
「おはよう。ありがとな」
六時か、どうやら学校には行けそうだな。
と、思っていたら、環奈の様子がおかしい。
顔が――赤い?
額に手を置くと、ああ……と声が漏れた。
「すまん、俺のが移ったな……」
「えへ……そうかも」
結局、二人して学校を休んだ。
選手交代、とはいえ俺は環奈と違って料理なんて出来やしない。
昨晩、残してくれた食料を使って、なんとかスマホの動画を見ながら御粥を作る。
どうやら味はそこまで悪くなかったらしいので、なんとか合格点を頂いた。
そして――着替え。
泊まる予定だったので、着替えは持ってきていた。
俺よりも辛そうなところをみると、申し訳なくなる。
「環奈、着替え持ってきたぞ」
「ン……」
とはいえさすがに冗談を本気にするつもりはない。
申し訳ないと思いつつ服をt手渡したが、環奈がぼーっと俺を見つめている。
「……しんどい……」
「着替えられないか?」
「うん……」
「じゃあ手伝うけど、目は瞑っておくからな」
「うん……」
こんな時になんだが、小さな子供のようで可愛いと思ってしまう。
「じゃあほら、万歳」
「ばんざい……」
……服を着替えさせようとした瞬間、後ろの扉が開く。
「佐藤、玄関空いてた――え!?」
関西弁、振り向かなくともわかる。朱音だ。
「違う、これは、これはな!?」
絶対殴られる。ボコボコだ。
歯が取れませにょうに。血は出るかな…‥と思っていたら、そっと駆け寄って来る。
「なんや、着替えさせようとしてくれてたんか。後はうちがやるわ、佐藤はあっちおってや」
「あ、ああ……」
瞬時に察してくれて、テキパキと服を着替えさせようと動く――。
「佐藤、向こう行っててや」
「あ、はい……」
そうして、朱音も泊まることになったのだった。
◇
翌朝、目を覚まして水を飲んでいると、環奈が現れた。
どうやらすっかり元気になったらしく、表情が明るい。
「佐藤君、ありがとうね」
「ああ、いや、こちらこそだ」
苦しい時、辛い時はいつも環奈が傍にいてくれる。
こんなに心強いことはない。
俺は……本当に環奈に感謝している。
初めて会った時も、彼女のおかげで心が気楽になったからだ。
「あれ? そういえば朱音は?」
「まだ眠ってたけど……学校だから起こさないとだめだね」
それから数秒後、朱音のうめき声が聞こえた。
「うう……痛い……しんどい……」
三日目続けて学校を休むことになったが、俺たちの絆はより一層深まったのだった。
「太郎ー! 環奈ちゃーん! 朱音さーん! 大丈夫ですかー!?」
その夜、紬もリレーの参加者となったのは、言うまでもない。
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