第48話 君と夏の終わり ➁

 食べ尽くすという朱音の主張通り、紬と底なしの食欲を炸裂させていた。

 さすがの環奈も唖然としている。


「二人の食欲、す、すごいね……」

「お祭りを楽しむってのはこういうことなんだろうな」


 両手に焼鳥串を持つのに精一杯なのか、高森はすっかり二人の荷物持ちになっていた。

 しかしそのおかげで、朱音からあーんしてもらえてご満悦だ。


「はふ、はふ、朱音さん、おいしいです!」

「おーおー、ええ顔やなあ」


 いいのか? 本当にいいのか?

 でも、本人が満足ならいいか……。


 ふと環奈に視線を向けると、微笑ましい表情を浮かべていた。

 初めて会ったときからは想像もできないような愛くるしい顔だ。


 幸せを噛みしめるような、そんな言い方で環奈がぽつりと言う。


「夏祭りってこんなに楽しいんだね」

「ああ、これが普通の高校生だよな」


 普通契約、もはやこの言葉は使わなくなっていた。

 朱音、紬、高森と五人で旅行もう行ったし、こうやって行事にも参加している。

 

 何もかもが上向きで、とても幸せだ。


 けれども、俺は環奈に伝えたいことがある。


 この祭りが終わってもし関係性が変わったとしても構わない。



 かんざしを付けた環奈は、よりオーラを放っていた。

 それこそ隣を歩いた男たちが、何度も振り返っている。


「今の見た!? マジで可愛くね?」

「やべえ……けど、どっかで見たことあるような……」


 ただそれは朱音と紬にも向けられている。

 この二人もまた、とてつもなく可愛いのだ。


 その時、高森が俺の肩をとんっと叩く。


「目を離さないように気を付けろよ」

「気を付ける?」

「ったく、わかるだろ? 祭りってのは野蛮な狼たちが多いんだ。俺たち戦士が守ってやらなきゃどうするよ」


 野蛮というのは流石に風評被害だと思うが、夏祭りはお酒も販売している。

 酔って絡まれたという話はめずらしくもないので、確かにと思った。


「ああ、わかった。でも守るって言われてもどうす――」

「手、繋いでやれよ」

「は、はあ!?」


 思わず大声を出してしまう。祭りなのであまり気付かれてないが、す、すまんと声を抑えた。


「知ってるぞ。昨晩のこと」

「ああ……」

「それならちゃんとしろよ。遠慮すんな」

「でも……」

「でも、だってはなしだ。もう決めたんだったら男らしくしろ」

「……ああ、そうだな。すまん」

「謝んな、行動で示せ」


 いつもより少し強めに背中を押される。

 朱音と紬は少し後ろで、高森と話していた。


 少し前で歩いていた環奈の手を――後ろから握る。


「朱音ちゃ――ふえ!? さ、佐藤君!?」

「人が多いからな。はぐれないようにしよう」

「あ、はい……わかった」


 耳の裏まで真っ赤になっている環奈だが、俺も同じだろう。

 二人して頬を赤くして、ゆっくりと前に進む。


 手を握ったのは水族館の帰り以来だ。


 とはいえ、それは二人きりのとき。


 心臓が高鳴る。鼓動が早い。


 ふと後ろを振り返ると、三人の姿がなかった。

 環奈も同時に気づく。


「あれ? あいつらは?」

「え? ほんとだ……どこだろう」


 木陰に移動し、グループチャットで連絡しようとすると、メッセージが残されていた。


 朱音『美味しそうな食べ物みつけたから後で合流しよ!』

 紬『私も朱音さんに着いて行く!』

 高森『俺もここにいるから、また後で』


「突然だな……」

「だね……」


 スマホをポケットにしまい込み、顔を見合わせる。

 一度手を放してしまったが、俺は覚悟を決めたのだ。


 手を繋ごうとしたら、先に環奈が差し出してきた。


「佐藤君、行こ? かき氷食べたいな」

「ああ、わかった」


 そして俺たちは再び手を繋ぎ、歩きだした。


 ◆


 高森――side。


 太郎と天使さんの背中を見送る。

 その横で、朱音さんと紬が寂しそうな表情を浮かべていた。


「さてさて、ほなうちらは反対の屋台いこかー」

「そうですね。あっちには大きなイカ焼きがあるらしいですよ!」

「ほうほう、それは食べなあかんな!」

「全部、全部食べましょうね!」


 二人はいつもと変わらないが、それは表面上だ。

 しかし分かれようと計画したのは二人だった。


 本当にこれでいいのか? と何度も考えた。


「高森、なあに立っとるんやー」

「そうだよ、早く行かないと売り切れちゃうよ?」


 昨晩、太郎は……二人に面と向かって断りを入れたと聞いた。


 告白してくれたのは嬉しいが、応えることはできないと。


 朱音さんと紬は、それを受け入れた。

 

 どんな気持ちなのか、俺には想像もできない。


 太郎は親友だ。

 だがそれは紬も、天使さんも朱音さんも。


 俺は何も出来なかった。


 二人に促されるように歩き出し、少し離れた場所で突然止まった。

 

 朱音さんも、紬はそこから一歩も歩き出さない。


「ちょっと、そこの椅子に座ろうや」

「そう……ですね」


 椅子の汚れを払いのけると、二人はゆっくりと座る。


「だ、大丈夫ですか……?」


 言った瞬間、最悪で最低な言葉を言ってしまったと気付く。

 大丈夫なわけがない。


 はあ、と自己嫌悪に陥る。

 しかしその時、朱音さんが言う。


「大丈夫や、高森は優しいな」

「ほんと、ごめんね。いつも迷惑かけちゃってさ」

「いや、何も迷惑とかは……」


 空を見上げると、星空が綺麗だった。

 何て声を掛けたらいいのかわからない。


 けれども二人は、俺が思っているよりも強かった。


「よし……朱音さん、行きましょうか」

「そやな……今は考えてもしゃあない。夏祭りを楽しむで! あの二人に負けへんくらいな!」

「高森、行くよ!」

「あ、ああ……そうだな」


 けれども、俺は気付いた。

 朱音さんや紬の笑顔が、いつもよりぎこちないことに。


「高森、私は後悔してないよ。すぐに切り替えることはできないけど、そんなに弱くないから。でも、本当に辛い時は、長電話に付き合ってね」

「……ああ。朝まででも夜まででも、なんだったら電話じゃなくて会いにいってもいいぜ」

「ふふふ、高森はいいヤツだね」

「ほなうちのためにもフランスに来てくれるやんなあ?」

「え、そ、それはちょっとうーん、電話では難しいですか?」

「しょうがないなあ。あ、そうや! 落ち着いたら二人で遊びにおいでや。旅費は全部スーパーアイドル朱音さんに任しとき! あの二人には内緒やでー」

「さっすが朱音さん! 楽しみにしてますね!」




 俺が思ってるより、女の子ってのは強い。

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