第49話 君と夏の終わり ③ 環奈編
昨日の夜、朱音ちゃんと紬ちゃんから連絡があった。
佐藤君に告白したということは聞いていたが、その返事のことだ。
正直――驚いた。
私は友達を失うのも、佐藤君との関係性が壊れるのも怖かった。
それでも、やっぱり自分の気持ちに素直になりたいという気持ちと揺れ動いていたのだ。
二人は私の背中を押してくれた。
頭に付いているかんざしに触れ、隣に視線を向けると佐藤君がいる。
何時でも、どんな時も私を守ってくれて、傍にいてくれた。
本当に頼りになる人。
「最初に会ったときのこと、思い出すな」
「え?」
「公園でお喋りしたことだよ」
驚いた。まったく同じタイミングで考えていたのだ。
「私も……今まで色々あったよね」
「ああ。でも、本当に出会えて良かった」
佐藤君が、少しだけ強く手を握りしめる。
私も、それに応えた。
それからかき氷屋さんがあった。
はぐれないように、佐藤君はずっと手を繋いでくれる。
「環奈は何にする? 俺はブルーハワイかな」
「私はイチゴにしようかな。でも、なんか昔聞いたことあるんだけれど、実は味が一緒だっていうよね」
「……まじ?」
「どうだろう、食べ比べしてみる?」
ネットで見た豆知識で盛り上がる。
佐藤君の背中が、いつもより逞しく見える。
袴って、凄い男らしくて恰好いいな……。
「あいよっ! いいねえ、デートかい?」
すると、おじさんが突然言った。私が返答に困っていると、佐藤君が堂々と言う。
「はい、デートです」
「いいねえ! シロップ多めにしとくよ!」
「ありがとうございます。――へへ、やったぜ」
佐藤君が、悪戯っぽく笑う。
とても愛おしくて、心臓がドクンと鳴る。
少し離れた場所の椅子を見つけ、横並びで座る。
一口食べると、頭がキーンとなった。
「冷たい……! 」
「ああ、でも美味しいな。すっげえ久しぶりに食べた気がする」
さっき話したことを実験してみようとなった。
スプーンにかき氷を乗せて、勇気を出してみる。
「佐藤君。あーん」
「え!? あ、は、はい……」
恥ずかしそうにしている佐藤君の口に運ぶ。
私ももの凄く恥ずかしいけれど。
「どう?」
「うーん……わからない」
「ふふふ、やっぱり嘘なのかな? それとも――」
「ほら、環奈も」
次は佐藤君が、私にあーんと言ってきた。
恥ずかしい、恥ずかしい。
でも、あーんと口を開く。
シャリシャリ、冷たくて美味しい。
けれど……。
「わからない……」
違いは全然わからなかった。
後で知ったけれど、色と香りが違うだけで、味が変化していると頭が勘違いしちゃうとか。
「はは、環奈がわからないんだったら俺もお手上げだ」
「ふふふ、不思議なままだね」
◇
「連絡こないの?」
「ああ、全然既読にならないな」
後から合流すると話していたはずが、花火の時間が近くなっても、誰も連絡が付かない。
佐藤君が電話を掛けてくれるが、誰も出ないらしい。
その時、私と佐藤君、同時に通知音が響く。
『ちょっと混み過ぎて動けねーから、二人で花火見てくれるか? 俺たちはこっちで見るから』
高森くんからのメッセージだった。
それ以降は、返事は返ってこなかった。
皆で見ようと約束していたはずが、まさかこんなことになるとは……。
しかし、時間もあまりない。
今から集合しようとしても難しいだろう。
でも……チャンスかもしれない。
二人きりなら、思いを打ち明けることができる。
「仕方ないよね……。花火が見れる場所は近いんだっけ?」
「ここからすぐだ。いやでも……ちょうど今思い出した」
「思い出した?」
すると、佐藤君が住宅街に目を向ける。
「いいスポットがあるんだ。ちょっとだけ離れた場所にあるんだけど」
「そうなんだ? どこにあるの?」
「……時間がないな。少しだけ早歩きでいいか? っても、歩きづらいよな?」
申し訳なさそうに、佐藤君が訊ねてくれた。
私は下駄を履いているが、加奈子さんが選んでくれたのは凄く素材がやわらかいサンダルで、とても歩きやすい
「大丈夫だよ。じゃあ行こ?」
「わかった。でも、痛かったり疲れたら言ってくれ」
「ふふふ、運動は得意なので」
「確かに、そうだったな」
そうして私たちは、佐藤君の記憶を頼りに路地に入って行く。
右へ左へ、急いではいるが、歩幅はしっかりと合わせてくれていた。
時々、佐藤君は記憶を呼び起こすかのように立ち止まって、指を動かす。
一生懸命なその姿が、とても可愛かった。
「そうだ、あの曲がり角だ」
花火の時間が迫る中、佐藤君が嬉しそうに言った。
曲がり角を曲がると、そこは草っぱらが広がっていた。
「こんなビル前はなかったのに……」
けれども、その前にビルが建っていて、花火が見えるであろう隙間、ほんの少ししかなかった。
佐藤君は、申し訳なさそうに声を漏らす。
それから私に「ごめん……」と謝った。
――大丈夫。
佐藤君、大丈夫だよ。
あなたが傍にいてくれたら、どんなところでもいいんだよ。
たとえ花火が見れなくても、あなたといるだけで、私は幸せなんだよ。
だから、そんな悲しい顔しないで。
背中をぽんっと叩いて、気にしないでと声をかける。
佐藤君は凄く落ち込んでいたが、草っぱらに座って、とんとんと呼びつける。
「ふふふ、ほら始まるよ。大丈夫だから」
隣に佐藤君が座ると、いつもの匂いがして安心する。
今度は私から手を握った。
ああもう、気持ちが抑えられない。
佐藤君とこれからもずっと一緒にいたい。
離れたくない。
誰にも――渡したくない。
佐藤君、私はあなたが――。
「ねえ、佐藤君」
花火の音がなる、十秒前――。
彼が、私の顔を見る。
「どうした環奈――」
「私は、あなたのことが大好きです」
言ってしまった。
もう、戻れない。
「佐藤君、好きです」
佐藤君が、驚いて目を見開く。
そして――花火が打ちあがる。
綺麗な直線状の光が、やがて桜色に広がった。
佐藤君が何か言いかけようとしているが、私は花火を一緒に見ようと目で誘導する。
今はただ、この余韻に浸っていたい。
気持ちを伝えたのが、凄く心地よい。
花火の音が鳴り響いている中、私は何度も呟く。
「佐藤君、私はあなたが大好きです」
人に好意を伝えるのって、こんなにも素敵な事だとは思わなかった。
そうして数十分間、花火が終わるまで、私は佐藤君の横で幸せを噛みしめた。
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