第47話 君と夏の終わり

「宅配でーす」


 夏祭り当日の午後、予定まで時間があったので家にると少し大きめの段ボールが届いた。

 宛先は、佐藤加奈子。うちの母親だ。


 まったく身に覚えがない。というか、なぜ今日?


「ここにハンコお願いできますか?」

「え? あ、はい」


 あざーしたー! という元気な配達人が去っていく。

 もしかして爆弾とかじゃないよねと疑いの目を向けつつ扉を閉める。割と失礼だな俺。


「うーん、まったくわからん……」

 

 仕送りの食べ物にしては軽い。というか、自炊をしないといっていたのでそんなことをもらったことはない。

 おそるおそる開いて見ると、まさかだった


 いつの間に……。

 さらにメッセージカードも添えられていた。


 『夏祭り、皆で楽しんできてね! お母さんも行きたかったなあ、うう……』 


 皆で、という言葉が今は重くのしかかるんだが……。

 しかしありがたく受け取っておこう。


 ◇


 夕日が落ち、カーテン越しでも外が暗くなっているのがわかる。

 その瞬間、グループチャットの通知が鳴った。


 高森『三十分後だけど、皆生きてるか?』

 朱音『準備万端! 加奈子さんありがとう!』

 紬『私にも届いた! ワクワク』

 環奈『同じく届いたー楽しみ』

 

 全員のメッセージで気付く。

 なるほど、もしかして……もしかしてだな。


 俺もメッセージを返す。


 『また後でな』


 よし、着替えるか。



 外に出ると、夜にも関わらず大勢の人が歩いていた。

 どこか夏の匂いがして、懐かしさもある。


 待ち合わせ場所は、家のすぐ近くの公園。

 

 慣れない服で、どこか歩きづらい。

 雪駄せったも……はじめてだ。


「お、きたきた。太郎!」


 俺一番最後だったらしく、高森が手を振って叫んでいた。

 なんとなく小走りで駆け寄る。


 朱音、紬、環奈も既に待っていてくれた。


「すまん。遅くなった」

「よし、きゅうりの一本漬けな!」

「いや、厳密には遅刻はしてないからそれはちょっと……」

「なーんだとー! 社会の常識だろうがよお」

「俺たち学生だろ……」

「てか、はかま似合ってんじゃねえか」

「ありがと。お前もな」


 俺と高森は、鼠色の袴に身を包んでいた。

 足元も靴ではなく雪駄で、二人とも俺の母親から送られてきたものだ。


 そして、女子三人も浴衣だった。

 どうやらうちの母親が気を利かせて送ってくれたらしい。

 わざわざ用意するとは……まあ、ありがたいが。


「太郎かっこいーね! でも、私はどうどう? この髪型、シニヨンヘアっていうんだよ」


 紬の浴衣は、少し大人っぽい菊の花の絵が描かれている。

 全体的に赤を基調としていて、帯の色は黒茶っぽい落ち着いた感じ。


 髪は束ねられていて、頭の後ろが少しお団子っぽくなって普段より短く見える。。


「似合ってるよ。いつもより三割増し、いや四割増しで大人っぽく見える」

「にへへ、ありがとー!」


 満面の笑みを浮かべる紬が、とても可愛かった。

 本当に似合っている。


 その隣で、朱音が綺麗なうなじを見せつけてきた。


「うちはどうや? ほれほれ」


 朱音の浴衣は、紺色を基調としているが、真っ赤な薔薇が描かれている。

 エレガンス風というか、色っぽい感じだ。

 帯は紫色で、それもまた大人感を引き立たせている。


 髪は編んでいるらしく、うなじも綺麗に整えられていた。


「綺麗だな。それに……色っぽい」

「そやろー! 太郎、わかってるやん!」


 朱音が、少しだけはにかみながら俺の背中を叩く。

 そして一番後ろ、二人の影に隠れていた環奈が、姿を見せた。


 朱音と紬が、環奈の背中を押す。


「あ、え、え、っと……佐藤君、ど、どうかな?」


 環奈の浴衣は、俺がプレゼントした向日葵のネックレスと同じ柄だった。

 偶然だろうか。それにしては出来過ぎているが、とても似合っていた。


 色は全体的に純白で、帯は可愛らしい薄ピンク。

 それと、いつもより頬が赤く見える。


 いや、恥ずかしいのか。


「すっげえ……可愛い……」

「えへへ、そう言われると嬉しいな。でも、佐藤君もすっごく恰好いいよ」

「そ、そうか?」

「うん、本当に」

「で、でも環奈のほうが」

「いや、佐藤君のほうが」



「ハイストップストップー! 今はのろけええねん!」


 朱音が後ろから環奈のほっぺたをむにゅっと掴む。

 むにむに、環奈は「ふぁふぁかねちぁあん」と喘いでいる。


「とりあえず行くで! 日本の夏祭り、うちの最後の思い出や!」


 元気よく叫んだ朱音の言う通り、来週、彼女は海外に帰ってしまう。

 学校にはすでに届け出を出しているらしく、五人で遊べるのもこれで最後らしい。


「朱音さんの言う通り、今日はいっぱい楽しもうね」

「そうだな。よし、行くぜ!」


 紬がにっこりと微笑み、高森が先頭で歩き出した。


 ◇


「おーすげえな。今年なんか人多くねえか?」


 高森が人混みを見ながら言った。

 

 祭りの会場はすぐ近くだった。

 道沿いにずらっと出店が並んでいる。

 普段は人通りの少ない地区だが、今は人でごった返していた。

 はぐれないように女子三人は手を繋いでいる。


「うちは今日食べ尽くすで! ここの売店を!」

「ふふふ、朱音さん。私もそのつもりです!」


 やる気十分の朱音と紬は、腕をぐるんぐるんしていた。

 戦いのゴングが鳴り響いたかのようだ。


 はぐれないように歩幅を合わせて歩きはじめると、すぐに祭り特有の匂いが感じられた。

 たこ焼、唐揚げ、焼きそば、イカ焼き、フランクフルト。

 そこに無邪気な子供たちの声も加わると、自然と心も夏祭りムードになっていく。


 ただ一歩歩くたびに、朱音が全員の足を止めた。


「あれ食べよ!」「あれも!」「あれもや!」


 おかげ様でほとんど動けず、夏祭りを楽しむというよりは、食欲を満たす会になっていた。

 いや、これこそが夏祭りの醍醐味か。


 ようやく少し落ち着いて歩きはじめた時、昔懐かしい看板が目に入る。


 幼い頃はよくやっていたなと思っていたが、女性陣にとってはめずらしかったらしい。

 特に環奈が、誰よりも目を輝かせていた。


「射的って?」

「ああ、あのコルク銃で並んでいる景品を落とせばもらえるんだ。といっても、予想以上に難しいがな」


 初めて見ました! と興味津々だ。


「やってみるか?」

「え、できるかな? 難しそう……」

「だったら、私も一緒にするよ!」


 不安そうな環奈に寄り添うかのように、紬が優しく手を差し伸べる。

 高森と朱音はまだたこ焼を頬張っているので、がんばってーと応援してくれた。


 売店の親父さんにお金を払い、五つのコルクを二つ手渡してもらう。

 環奈は財布を取り出そうとしたが、俺は景品で返してくれと伝えた。


「が、がんばります!」


 丁寧なお辞儀をし、環奈は不安そうにコルク銃を手に取る。

 一方紬は、ガンマンの如き構えた。


「思ってたより重い……」

「とりあえず小さな物から狙ってみたらどうだ? あれなんかいいんじゃないか」


 その瞬間、パンッ! と音が響く。

 小さなお菓子に見事命中、叩き落としたのは紬だった。


「やるねえ嬢ちゃん」

「へっへー、この店全部獲っちゃうかもよ?」

「紬ちゃん、すごい……よし、私も」


 片目を閉じ、真剣な表情で一生懸命に手を伸ばす。

 パンッと音が響いた瞬間、コルクはあられもない方向に飛んでいく。


「うう……」

「何事も練習だ。頑張ろう」


 その横で、パンッと紬が再び景品を落とした。


「佐藤君、才能の違いが……」

「そういうこともある……」


 コルク銃にはそれぞれ癖があって、意外にも狙うのが難しい。

 紬は早々に五つを打ち終わり、満足そうにお菓子をゲットしていた。


 だが環奈は一つも当たらずに終わってしまい、肩を落とす。


「そういうこともあるよ。環奈ちゃん」

「もう一回……だけ!」


 そういえば負けず嫌いだったなと眺めていると、環奈は小さなお菓子に目もくれず大物を狙いはじめた。

 

 環奈に似合いそうな、かんざしだ。


 一つ、二つ、三つ、四つ、よしんば当たっても落ちることはなかった。

 最後の一つをコルク銃に詰めながら、環奈が今にも泣きだしそうな顔をする。


「……佐藤君、最後お願いしていい? 私じゃだめだ……」

「俺もそんな自信ないぞ……紬のほうが……」

「太郎、かっこいいとこ見せてよ!」


 背中をどんと紬に叩かれてしまう。

 よ、よし! と気合を入れた。


 とはいえ、小さい頃はハマっていた。

 今思えば両親に金銭的な負担をかけていたんだろう。何度も遊ばせてくれたことに感謝せねば。


 そのときの練習の成果を出してやる。


 しっかりと狙いをつけ、精一杯手を伸ばす。

 こういうのは重心が大事だ。当てるというより、押す感覚で――バンッ!


 見事、かんざしが下に落ちた。


「やったああ! 佐藤君、すごい!」

「やったぜ!」


 環奈がめずらしく飛び跳ね、喜びをあらわにする。

 俺も手を掴んであげると、隣で紬がじいと睨んできた。


「ほーほー、イチャイチャしていいですなあいいですなあ。朱音さーん、二人が―イチャイチャしてるー!」

「太郎、環奈、またのろけてるんか!」


 紬が泣きまねして、朱音に助けを求める。でも、朱音はまだ食べている。

 食欲が凄いな。


「ねえ、佐藤君。良かったら……付けてほしいな」


 そう言うと、環奈が後ろを向いた。

 うなじが綺麗だ。それに、いい匂いがする。


 柑橘系のような、もしかしてこれは――。


「香水つけてるのか?」

「あ、気づいてくれたんだ。えへへ、めずらしく付けてきちゃった」

 

 いい匂いだ。とは恥ずかしくて言えなかった。

 そして、かんざしをゆっくりと差し込む。


「めちゃくちゃ似合ってるよ。可愛い」

「ふふ、ありがとう」


 暗がりで振り返る彼女は、いつもの何倍も綺麗に見えた。

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