第22話 お姫様と王子様。自宅編 ➁

「まじ? 天使環奈が主役だって!? 今年の文化祭はやべえことになるぞ!」

「録画してもいいのか? 初回限定版は? 特典は?」

「くっそーなんで王子様は俺じゃないんだ」

 

 放課後になるころには、他クラスでも、環奈が主役になるとのことが話題になっていた。


 本格的な練習は明日とのことで、あらかじめ用意されていた台本が配られただけで終わった。

 俺も王子様としてしっかりと台本を読み込まねばならない。


「佐藤君、一緒に帰らない?」

「あ、ああ。帰ろう」


 周囲にまだ人だかりがあったものの、環奈はそっちのけで俺に声をかけてきた。

 今は環奈と佐藤ではなく、お姫様と王子様、周囲から少し冷やかしと妬みの声が上がるものの、お助け小人の高森が入ってきてくれたのた。体育祭以来、俺たちは周りからも仲が良いと認識されている。


 そして帰り際、紬も合流した。


 ◇


「知ってるよ。環奈ちゃんが白雪姫で、太郎が王子様なんでしょ? 私のクラスでも話題だったよ」

「紬、俺が小人になったって話は?」

「大丈夫かな……あんまり注目されると不安あるかも」

「大丈夫だよ、環奈。たかが高校の文化祭。気を張らずに楽しんでやればいいさ」

「なあ、俺が小人って話、誰も話題になってなかったか?」

「そうだよね……でも、期待されている分、頑張らなきゃなとは……思う」

「まあ、俺も王子様なんてできるかどうか。演技なんてしたこともないしな」

「おーい。あれ? 俺の声って聞こえてるよな? おーい? お前たちー?」


 たった一日で、環奈の主役は大騒ぎだった。

 念の為、担任の先生に気を付けてほしいと頼んでいる。


 録画はなし、とか、SNSで書かないようにと。

 もちろん、破ったからといって罰則があるわけじゃない。何もしないよりはといいだろうと思ったからだ。


「俺が小人って話は――」

「なるわけないでしょ!」


 わーわー喚いている高森のお尻に、右ローキックをお見舞いする紬。もちろん優しくだ。

 音は凄いが、痛くないように手加減された高等テクニック。たぶん。


「ぐ……。まあでも、いいんじゃねえか? 文化祭なんで楽しんだもん勝ちだろ。それより問題は……篠崎だな」


 高森の一言で、シンと静まる。日和は、環奈のことが気に食わないと思っている。

 練習が始まったら……と思うと、気が気でない。もちろん、俺よりも環奈のほうが感じていることだろう。


 だからこそ、俺が元気づけてやらないと――。


「環奈、心配すんなよ。何かあったら俺もいるからな」

「佐藤君……うん、そうだよね。高森くんもいるし、紬さんだって相談聞いてくれるし、頑張るよ」

「環奈ちゃん、私はいつでもクラスを飛び越えていくからね!」


 仲間ってのは心強い。俺たちなら、きっと文化祭も楽しみながら笑顔で乗り超えられるはずだ。


「そういえば、小人って七人いたよな? 高森はどの役なんだ?」

「ええと、なんだったかな。確かドーピーって聞いたな」

「ほう、強そうな名前だな」

「きっと力持ちとかだぜ。どうせったら、台詞もいっぱいあると嬉しいなあ」


 高森は、台本を鞄から取り出す。俺たち三人は、ひょいと横から覗き込んだ。


『トーピーは、七人の小人の中で、唯一しゃべりません。そもそも、喋ろうと試みたこともないキャラクターです』


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ◇


「はい、じゃあ召し上がれ!」

「いただきます!」


 今日の夕食メニューは、肉じゃがと白米、お味噌汁とお漬物。


 まずじゃがいもに箸を滑りこませる。ほろりと砕けつつ、中までしっかりと染みている。

 お肉と絡ませながら口に運ぶと、ほどよい甘みと醤油ベースの素材を生かした旨味が口中に広がった。

 すかさず白米を放り込む。自然と頬が緩んだ。


「幸せ……幸せだ……」

「大袈裟だよー。普通の肉じゃがだから」

「いや、まじだ。将来、お嫁さんに来ないか?」

「えっ!? お嫁さんに!? ~~~~ッッッ!」

「あ、いや言葉の綾だが……でも、そのくらいおいしいよ」

「……えへへ、ありがとう」


 思わず出た言葉だったが、環奈は顔を真っ赤にした。

 でも……本当に……環奈みたいな子と結婚できたら、幸せだろうな。



 食事を終えると、二人とも台本を確認した。

 けれども、お互い同じページで、手が止まっている。


 最後の――1シーンだ。


 わかっていたことだが、いざ文字で確認すると、なんだかドキドキしてしまう。


 毒林檎を食べた白雪姫環奈は永遠の眠りについてしまうが、そこを通りかかった王子様が――キスをする。

 そして、目を覚ますのだ。

 

 もちろん、本当にキスをするわけじゃない。しかし、どうしても遊園地の間接キスを思い出してしまう。

 俺の視線は気付けば環奈の唇に向いていたらしく、彼女は気付いて台本で顔を隠した。


「と、とりあえず少し練習してみる?」

「あ、ああそうだな。ちょっとだけやってみるか」


 みなまで言わず、ひとまず二人だけの稽古をしてみることに。


「ま、魔法の鏡よ、この世で最高に美しい女は、だ、だれか」

「それは……白雪姫です!」


 まずは最初から、本来のパートじゃない役も交互に進めていく。

 途中で、白雪姫の歌のパートがあるのだが、正直――言葉を失った。



 今まで環奈の歌声を生で聞いたことはなかった。

 テレビや動画の音源とは違う、心に直接触れられているような感覚。気づけば鳥肌が止まらなかった。


 この歌は過酷な状況でも希望を歌い、前向きな気持ちを持ち続ける白雪姫の心の叫びだそうだ。

 全校生徒、いや、テレビのニュースになることは間違いないのかもしれない。

 それほどの感動だった。


「佐藤君、どうしたの? 歌……変だった?」

「いや……凄かった。めちゃくちゃ感動したよ」

「えええ!? 恥ずかしい……」


 忘れたことはないが、再確認させられた気分だ。

 環奈は、日本だけではなく、世界をも圧倒したアイドルなのだと。

 そんな彼女が、高校の文化祭で主役をする。同時に俺の気が引き締まる。

 王子様は、この演劇で重要な役柄だ。少し浮ついた気持ちもあったが、そんな気持ちは失礼だろう。


「よし、俺も気合入れるぜ。楽しみながら、それでいて全力でやろう」

「うん! 私も一生懸命する!」

 

 俺の気持ちが伝わったのか、環奈も笑顔で頷いた。

 そして、最後のシーンが来た。


 練習する必要はないのだが、全力でやろうと話したのだ。ここで止めるのは、なんだか違う気がすると、お互いに思っているのだろう。無言が、少しだけ続く。


「……佐藤君のベッドに仰向けになるから、このシーンをやってみない? あ!? もちろん、本当にキスするとかじゃ!?」

「わかってるよ。さすがにそんな悪いことは企んでない」


 たぶん。


 ベッドに移動し、環奈が仰向けになった。マッサージのときとは違う、なんとも言えない恥ずかしさが襲ってくる。


「じゃあ……」


 環奈はゆっくりと瞳を閉じる。俺は王子様のように、ゆっくりと環奈に体を近づけた。

 健康的で美しい体のライン、白い首筋。

 ほのかに漂うシャンプーの香り。


 ――とても綺麗だ。


 本当に眠っているわけじゃない。

 ゆっくりと環奈の唇を見つめ、そしてキスをしようとした。


 そのとき、環奈が目を開ける。俺は驚いて、思わず体を起こそうとする。


「佐藤君」

「ど、どうした?」


 なぜか、俺の瞳を見つめている。


「本当にキスしてもいいって言ったら……どうする?」

「な、何言ってんだよ!?」

「佐藤君となら、いいよって……いったら?」

 

 いつもは冗談なんてあまり言わない環奈が。その瞳が――まっすぐ俺を見ている。


「一体な、なにを――」

「嘘じゃないよ」


 環奈の頬は赤くなっていない。それどころか――環奈は再びゆっくりと目を閉じる。

 何かを待っているかのように。


 心臓の鼓動が早くなる。環奈に聞こえてしまわないか心配になるほどだ。


 時間が――ゆっくりに感じられる。


 俺は……俺は環奈のことが……。


 そして俺は――。



 

 





 



 


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