第23話 お姫様と王子様。崩壊編 ③

「はい、ここでドーピーが登場!」


 来月の白雪姫の発表に向け、体育の授業が演劇の練習になっていた。

 今は体育館。演劇指導をしている女子生徒の掛け声で、高森が紫の帽子を被って現れる。


「…………」


 前回で知った通り、ドーピーは一言も発しない。白雪姫の動向を見守ったり、おどけたりする役だ。

 ちなみに、他の六人の小人は和気あいあいと会話している。なんだか、かわいそうかもしれない。


「次は、白雪姫の登場!」


 小道具を作っている人、音声の人、やることがなくてぼおっとしている人、やることがあっても手を止めて、全員が白雪姫――環奈に注目した。

 衣装はまだ用意されていないが、即席で赤いカチューチャを付けている。

 それがとても似合っているため、大勢の感嘆の声が響く。


「――私が好きなお方はただ1人、王子様だけよ」


 小人と会話しながら、環奈はヒラリと軽快なステップを踏みつつ、家の中を歩きまわる。

 姫のような雰囲気を見せながらも、一方、どこか庶民的な白雪姫を華麗に演じる。


 見どころの歌のパートになると、全員が言葉を失った。


 高校の文化祭のレベルを遥かに超えた出来事に、誰もが目を見開く。


 あの日和でさえも、何も言わずに固まっていた。


 天使環奈あまつかかんなは、同級生であっても、同じ人間ではないと思わせる雰囲気を持っていた。

 羨望、嫉妬、ある種の崇拝のような視線が、環奈に送られる。


 けれども、それは彼女にとって喜ばしいことではない。一生懸命で手を抜けないところが、環奈の長所。

 とはいえ、これは高校の文化祭なのだ。誰も彼女のレベルに到達できるわけがない。

 

 圧倒的な才能を見せつけられた気分だった。もちろん、環奈も努力は怠っていない。

 白雪姫が決まってからというもの、毎日毎日台本を読み、練習していたのだ。

 だが、皮肉にも垣間見えないのだ。まるで白鳥のように、優雅な姿しか彼女からは漂ってこない。

 本当は足掻いて、足掻ていて、足をバタバタさせているというのに――。


「ふん、やーね。目立ちたがり屋って……主役だからって張り切っちゃって……」


 聞こえるか聞こえない程度で、静かにぼやく日和。環奈は、女子生徒の指示のもと、椅子に座って休憩に入る。


「……さすがだな。努力の賜物だ」


 わざとらしい発言かもしれない。しかし、環奈のことを誰よりも知っているのは俺だ。

 才能だけで片付けられるのは、どうも気に食わない。

 だからこそ、少し声を張った。


 あの日を――思い出す。


 ◆


「本当にキスしてもいいって言ったら……どうする?」


 目を瞑る環奈。そして――。


「…………」

「ぶぶー、時間切れです」

「……なんだ、揶揄うなよ」

「……本当だよ。――でも、時間切れ」


 俺は情けなくも固まってしまった。

 冗談だったのか、本気だったのかは今だにわからない。ただ、彼女の表情が悲しげだったことは覚えている。


 ◆


「久しぶりの演技、思ってたより楽しいよ。けど……空気読めてないのかな、私って」


 楽しい文化祭の練習だったはずが、どうも噛み合わない空気が漂っていた。

 たとえるなら、サッカー部に一人だけプロが入ってくるようなものだ。それが試合の勝利に繋がるならまだいいが、横で見ている分には自信を無くすだろう。

 皮肉だが、この演技に勝ち負けがあればよかったのかもしれない。


「そんなことない。環奈が凄くて、皆が圧倒されてるだけだ」


 あまり気の利いた言葉を言えずにいると、高森がふらりと現れる。

 役にまだ入り切っているのか、ドーピーの無表情のままで。


「…………」

「怖いぞ。なんかしゃべれよ、ドーピー」

「…………」

「おい……高森ドーピー……」

「ふふふ、ははは。天使あまつかさん、太郎、俺の才能を見たか?」

「「え?」」


 突然、高森が笑い出す。これには俺と環奈も目をきょとんとなる。


「ドーピーの演技だよ! みてねえのか!? 俺の緩急のついた表情、あれはプロを超えただろ。きっと天使あまつかさんにも負けてない。オスカー賞は俺がもらった」

「……はは、やっぱりお前は天才だわ、高森」

「あ? やっぱりそう思うだろ?」


 そうだ。俺は一人じゃない。環奈のことを知っている人は、高森、紬、もしかしたら、もっといるはずだ。

 勝手な妄想で、他人の思考を理解した気になるのはやめだ。

 彼女のことをわかってくれてる人は、いるんだ。


「ふふふ。高森くん、じゃあ私はアカデミー賞を取るね」


 同じように思ったのか、環奈が肩の力を抜いたかのように笑った。


「なんだと!? いや……アカデミーとオスカーってどっちが偉いんだ? 同じか!?」

「高森、お前のドーピーでは絶対環奈に勝てない。諦めろ」

「今のは全国のドーピーファンを敵に回す発言だ。撤回しろ」

「ドーピーファンなんているのかよ」

「いるに決まってるだろ。わかんねえけど……」


 高森と同じクラスで良かったと、心からそう思う。ありがとうな。


「休憩終わりですー! 引き続きやりますよー!」


「よし、楽しもうぜ。天使あまつかさん、太郎」


 再び立ち上がったとき、俺と環奈は笑顔になっていた。


 ◇


 あれから、数週間が経過した。


「で、俺のドーピーがだいぶ仕上がってきたんだよね」

「高森、もうその話題はいいよ。ありがとうな。それで、紬のクラスはどうだ? お化け屋敷だろ?」

「順調だよー怖いよーホラーだよー? 環奈ちゃん、絶対遊びに来てね」

「えええ!? 怖いんだよね?」

「そんなにだよ。生首とか幽霊とか、後火の玉が出たりするくらいかな」

「いや、それ結構怖そうだぞ……」


 最初の演技の練習を終えてからは、何もかもが順調だった。

 数日後に、文化祭の本番を迎える。


 白雪姫は完璧な仕上がりになっていた。問題も起きていない。日和も、驚くほど真面目にこなしている。

 少し嫌味っぽいときはあるが、邪魔をするほどのことはしてこない。


 さすがに浦野健うらのけんの退学で懲りたのだろう。


 今は朝、学校へ登校中。四人で待ち合わせをすることも増えてきた。

 皆で話してるときが、一番楽しいと感じる。


「それより太郎、環奈ちゃんの足引っ張ってない?」

「まあ、大丈夫だと思うが、どうだろうな」

「紬ちゃん。佐藤君って凄いんだよ。私もびっくりするぐらい演技が上手になってきてるの。それに台本だって全部覚えてるし」


 紬の問いかけに、環奈は嬉しそうに答えた。なんだか恥ずかしくなる。


「確かにな。俺のドーピーは表情が大事だからこそ難易度も高いが、太郎も頑張ってるのは認めてやる」

「へえ、意外……もしかして太郎に演技の才能が?」

「あるわけない。ただ、情けない王子にはなるのは勘弁だと思ってな」


 自分でもなんだか、俺は胸を張れるぐらいの努力をしていた。

 環奈に恥をかかせないように、せめて台本で困ることはないようにとまずは完璧に覚えたのだ。


 演技についてはまだ不安はあるが、環奈の指導もあってそれなりになってきている。たぶん。


「ねえ……なんか私たち見られてる?」


 紬が、周囲の目線を気にしながら言った。とはいえ、いつものことだ。

 放っておこうと答え、高森は朝のミーティングがあるとのことで別れた。

 紬とも挨拶をして、俺と環奈は、自分のクラスに入る。


 しかし――。


「ねえ……来たよ……」

「ああ……」


 なんだか、いつもとは違う異変を感じた。

 入った瞬間、俺たちに向けられた目線に違和感がある。


 環奈と俺はいつも人目を気にしていることもあって、変化に敏感だった。

 お互い不安そうに目線を合わせる。


 そんのとき、日和が――環奈に近づく。


「ねえ。これ……あなたでしょ?」

「え?」


 日和は、スマホを片手に何かを見せていた。その瞬間、環奈が驚いて口を手で抑える。


「おかしいなって思ってたんだけど、やっぱりそうだったんだ」


 わざと聞こえるかのように、大声で話している。周囲も、やっぱりそうなのかーと声を漏らした。


「うわーあの反応まじっぽいな……」

「たしかに……どうすんだ?」

「これ……いいの? やばくね? 篠崎さん、さすがにやりすぎじゃ……」


 俺は最悪な予感がした。環奈は何も答えることなく、言葉を失っている。俺は急いで駆け寄った。


「おい、何言ってんだよ」

「本物の王子様のご登場ってわけ?」

「はあ?」


 日和は俺にもスマホを見せつけて来た。

 それは、とあるSNSのアカウント。


 画像像数枚と、コメントが書いてある。


 そこに写っていたのは――俺と環奈だった。

 ハムスターランドでフローズンを一緒に食べているところ、同じマンションに帰っているところ、一緒に体育祭の練習をしているところが、添付されている。

 俺の顔は良く見えないが、環奈の顔はばっちりと映っている。


 あの活動休止中のアイドルが、同学年の高校生の熱愛、さらに同棲まで――と書かれているのだ。


「さすがにこれはまずいんじゃないの?」

「おい……言っていいことと悪いことがあるだろ!」

「はあ? あんた、何言ってんのよ? これ、あんたでしょ?」


 周囲が、騒然とする。やっぱりそうなんだと、口々に声がする。


「ハムスターランドに行ったのは、体育祭の優勝賞品でもらったからだ」

「ふーん、じゃあ同じマンションに帰ってるのは?」

「それは……ただマンションが同じなだけで、同棲してるわけじゃない」

「ふうん、そんな嘘が通じるのかしら?」


 俺の言葉に嘘偽りはない。けれども、誰も信じてはくれなかった。

 日和はさらに嬉しそうに語る。

 文化祭は、保護者も来るのだ。こんな二人が主役でいいの? と。


 そして、周りもそれを信じてく。俺が何度違うと答えても、味方をしてくれるものはいない。


 その瞬間、HRがはじまるベルが鳴り響く。


 そうか、これを仕組んだのは――日和だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る