第24話 お姫様と王子様。太郎編 ④
その瞬間から――すべてが変わった。
今まで羨望の眼差しだった環奈への視線は、完全に敵を見るような目になった。
もちろん、俺に対してもだ。
その後、事情を聞いた高森が、クラスメイトに勘違いだと伝えてくれたが、誰も信じてくれる人はいなかった。
噂は瞬く間に広がり、アイドル時代にはパパ活をしていた、などの根も葉もない噂も。
担任の先生もなんとかしようとしてくれたが、その程度で収まることはなかった。
放課後になる頃には、すっかり俺たち二人は、噂話の渦中だった。
たとえ俺たちが本当の恋人だっとしても、たかが高校生の男女の恋愛だ。騒ぎ立てることじゃないだろう。
けれども、そうじゃない。環奈は活動休止中の元アイドルで、世間からすれば『普通』とは程遠い存在。
該当のSNSは削除されたが、画像のコピーは出回り、検索すれば容易に俺と環奈の画像が出るくらいになっていた。
未成年同士が同じマンションに住んでるのはありえないという書き込みも多く、もやはネットは手に負えないレベルに達した。
当然、そんな状態で白雪姫の練習なんて出来るわけがない。
しかし、文化祭の日は近い。
環奈の精神状態は明らかに過去と同じようになっていたので、早退することになった。
もしかすると、日和が今まで黙っていたのはこれを狙っていたのかもしれない。
白雪姫の代役が誰もできないギリギリまで我慢し、環奈を最大限悪にする。
たとえ誤解が解けたとしても、文化祭そのものが台無しになった記憶は、全員の記憶残る。
これが――日和のやり方。
そしてそれから、数日が経過した。
◇
『おはよう、起きてるか?』
『学校行ってくる、無理するなよ』
環奈は、あの日を境に学校を休んでいる。
スマホからの連絡は返ってこないが、玄関越しに少し話はしたので、家にいるのはわかっていた。
それでも、心配は尽きない。
おそらくだが、ネットの記事を見ないために、電源を切っているはずだ。
ご飯もちゃんと食べているといいが……。
「よお、太郎。……今日も一人か。
「太郎、あなたも大丈夫?」
「高森、紬、おはよう。俺は大丈夫だが、環奈が心配だな」
登校中、高森と紬と待ち合わせをしていた。
二人も環奈に連絡しているが、返事は返ってこないらしい。
「環奈ちゃん、私の電話も一度だけ……心配しないでって言ってたけど、不安だよね……」
「……くそっ! 絶対篠崎が仕組んだに決まってる」
「だろうな。けど、証拠がない」
文化祭は明日だ。
環奈が休んでいることで、演劇の練習は止まっていたが、今は再開している。
なぜなら主役が交代となったからだ。
◇
「――私が好きなお方はただ1人、王子様だけよ」
体育の授業、遅れを取り戻すために練習時間が増えていた。
今主役を演じているのは――日和だ。
あろうことか、自分からやりますと名乗り出た。
このまま文化祭が終わるのは残念だと、声高らかに。
継母は、日和の仲の良い友達が代役になっていた。
つまり、そういうことだったのだ。
日和は主役を乗っ取るため、環奈を追い込むために、大人しく演技を続けていた。
そして、最悪のタイミングで切り札を出した。
俺が思ってる以上に、最低な野郎だった。
しかし、それに気付いた同級生たちも、日和はやりすぎだという声もあった。
前に比べて、日和は友達を失い、一人で過ごすことが多くなっていた。
練習の合間、日和が俺に声を掛けてきる。
「あら、王子様? ぼーっとしないでもらえる?」
「……本番はちゃんとやるさ」
「どうせだったら、
「しない」
「ふーん、そう」
「日和、なんでこんなことをした?」
「何が?」
「とぼけるなよ」
日和は、俺を睨んだ。まるで親の仇のような目だ。
なぜそこまで? 何が不満なんだ。
「よくわからないわ。ただ、あなた達は気に食わない。それだけ」
「……そうか」
俺は交代を望まなかった。環奈は絶対に戻ってくると信じているからだ。
だからこそ、俺はこの場所に立っていたい。
もちろん、それを快く思ってない奴らは多い。
「
「まあ、恋愛もしたくなるんじゃね? といっても、同棲はさすがに……」
「おい、てめえら! 聞こえてんだよ!」
「止めろ、高森」
「……ちっ」
高森は俺の味方をしてくれているが、敵は増える一方だった。
紬もなんとかしようと動いてくれているが、噂は一向に減らない。
◇
放課後、マンションへ戻ると、環奈の家の扉をノックした。
返事は返ってこないが、いることはわかっている。
「俺は待ってるから」
それだけ言うと、自分の部屋に戻った。
未成年ということだからか、決してニュースにはならない。テレビにもならない。
しかしSNSを止めることはできない。
たとえ日和を追いつめることができても、ネットから情報が消えることはない。
どうしようもない時間だけが過ぎていく。
「ちくしょう……」
椅子に座って、天井を眺める。
環奈と初めて会ったときのことを思い出す。
あの日、彼女とは偶然出会った。
偶然同じマンションに住んでいた。
偶然同じ学校だった。
今までのことが、夢のようだ。
家で一緒にご飯を食べて、遊んで、話して、二人で多くの時間を過ごした。
障がいをも乗り越えて、二人で成長した。
ハプニングだって、旅行になった。
しかしそのどれもが、崩れていくかのように感じていた。
「環奈……」
俺がすべきことはなんだ。
日和を追いつめること? 同級生の陰口を止めること? 学校側に頼みこむことか?
一体、何が正解なのか……。
「どうしたらいい……」
そのとき、棚の上に置いてあった猫吉太郎の耳を見つけた。
今となっては懐かしい思い出に感じる。
「…………」
遊園地の帰り道、俺は環奈ともっと一緒にいたいと強く願った。
それが……一番大事なんじゃないか?
復讐は……今は頭から捨てろ。
俺は彼女を――普通の高校生にしてあげたいと思った。
この気持ちはなんだ? 善意か? 奉仕か? 下心か?
違う。
彼女といる空間が、彼女と過ごす時間が、楽しかったからだ。
だったら、前を向け。
環奈のため動けばいい。
彼女が、再び高校生活に戻れることが、一番大事じゃないか。
それだけを考えろ。
逃げるな――戦え!
「……俺は真っ向勝負で勝ってやる」
そして俺は、スマホを片手に立ち上がった。
――――
――
―
すべてを終えて、そっとスマホを閉じる。
何もかも完璧だったとは思えない。
ただ、出来ることはしたはずだ。
そして、ようやくわかった気がする。
次は……会いたくもない男に、会いに行くか……。
◇
退学してから、さらに悪い連中と付き合ってるという噂を聞いていた。
会えば何をされるかなんてわからない。
それこそ……マジで殺されるかもな。
不良がよく溜まっている駅近くの公園、俺は夜遅くにもかかわらず足を運んでいた。
ここにいると、知っているからだ。
「ぎゃっはは、まじ?」
「そうそう、ありえんよな」
……いた。
そして俺は、公園で酒やタバコで吹かしている男たちに近づいた。
その中心人物が、俺に気づく。
「……てめえ、何しにきやがった!?」
叫び声をあげたのは――
「お久しぶりです。聞きたいことがあってきました」
「はあ? てめえ、ふざけてんのか?」
思っている通り反応だ。当たり前だろう。俺の顔なんて見たくもないはずだ。
いや、殺したいほどムカついてるってのが正しいのかもしれない。
「何コイツ? 健の友達?」
「いや……こいつ、俺ネット見たぞ。たしか……佐藤じゃね? アイドルと付き合ってるとかいう奴だろ?」
「まじ!? 何、健ちゃんこいつ知りあ――」
「お前らは黙ってろ!!」
どうやら
「聞きたいことだ? ふざけんなよ」
「ふざけてませんよ。俺だってここに来るのは怖いんですから」
「はあ? てめえ、まじで殺されにきたンだなッ!」
「まともに戦ったらてめえなんかに負けるわけがねえんだよ」
「わかってますよ。もちろん」
「じゃあなんだ? 殴られにきたのか? それとも殺されてえのかよ?」
「違います。聞きたいことがあると言ったでしょう」
表面上は冷静さを保っているが、正直、怖い。
何をされるかわからないし、俺だって二度と会いたくなかった。
だけど、やるべきことがある。
「……なんだよ? 言ってみろ」
「日和についてです。なぜあそこまで……俺たちを目の敵にしてるんですか? 何か……理由があると思うんです。さすがに普通だとは思えない」
「ああ? てめえ、俺に日和を売れっていってんのかよ?」
「そうじゃない……いや……そうかもしれません」
「じゃあ、てめえ! 死ねや!」
浦野健は、俺を思い切り殴りつけた。今までで一番強い力だ。
反動で、地面にたたきつけられる。
「ひゅう、やるねえ。健ちゃん」
「ちっ、うるせえ。てめえら、向こういってろ!」
頬骨が折れたんじゃないかと思うほど……痛い。口からペッと血を吐き出す。
くそ……。
しかし、俺は起き上がった。情けなくも、よろよろとだが、ゆっくりと浦野健に近づく。
「てめえ、なんだよ」
「教えてください。何か絶対に理由があるはずだ。アンタなら、知ってるだろう?」
「マジで殺されたいのかよ! ふざけやがって!」
また同じように殴られた――だが、俺は倒れなかった。
倒れない、もう、折れない。
「……頼みますよ。環奈が今、助けを求めてるんです。助けられるのは……俺しかいない。だから、教えてくれ」
「……クソがよ。てめえみたいなヤツに、なんで俺は負けたのかわかんンねえな」
「あんたは……あんたと違って、俺には頼れる仲間がいた。そのおかげだ」
「ああ、そうだな。てめえだけだったら、絶対負けてねえ」
浦野健は舌打ちした。タバコを地面に捨てて、空を見上げる。
「……日和はよ、アイドルになるのが昔から夢だったんだ」
「それは……知ってます」
思い出していた。最初、家に行ったときにあった、マンションの落選通知の紙を。
「お前、あいつの母親知ってんだろ。あの教育ママが、娘がアイドルになるのなんて、許すと思うか?」
「それは……」
確かにそうだ。よく考えれば……おかしい。日和の母親は過保護だった。いや、過保護すぎる。
学校に寄付までするような親が、娘がアイドルなんていう夢を追いかけることを了承するのか?
……考えづらい。
「お前と日和が付き合う前から、俺はあいつのことを知ってた。想像もできないくらい、あいつは努力してた。だが、報われなかった。あいつはお前が思ってるより、単純じゃねえ」
もしかすると……日和は必死だったのか?
アイドルになりたくて、環奈のことが羨ましくて、たまらなかったということか。
「ネットの記事は俺も知ってる。答えはわかったか? ストーカー野郎」
「ああ……よくわかった」
「ちっ、じゃあ消えろ。俺の視界に二度と入って来るな」
「……ありがとう、先輩」
「消えろ」
今までの違和感が、すべて消えた瞬間だった。
日和はずっと環奈に憧れていたんだ。
帰り道、電話がかってきた。
着信は――紬だ。
『……どうした?』
『太郎、ネットが……とんでもないことなってるよ』
そうか、やはり見たのか。
『……反応を見るのが……怖いな』
どうなったのか、俺はまだ知らない。
とんでもないこと……か。
『みんなが……太郎の応援をしてくれてるよ!』
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