第33話 一泊二日、海水浴編 ➁ 紬の想い

「お、おい!? 太郎、どうしたんだよ!?」


 下へ降りると、頬の手形を見た高森が心配してくれた。

 やはり持つべきものは、親友――


「まさか誰かの下着姿か、裸か、もしくは……見たのか!? で、それでビンタされたのかよ!? 誰のだ!? ずりいぜ! おい、誰のだよ! おい!」


 俺の体を揺さぶる高森。

 ただ俺が羨ましかっただけだった。

 

 もちろん詳細を言う前に、紬が高森に蹴りを入れていた。


 南無……。



「紬、すげえな。ここマジで日本だよな?」

「でしょ? 私が合宿してるところはもう少し先なんだけど、綺麗だよって紹介してもらったんだよね」


 紬が教えてくれた海は、ありえないほど透き通っている。

 照りつける太陽、雲一つない青空。白い砂浜。


「ささ、どうぞどうぞ。朱音さん、天使さん」


 その横では、高森が二人をエスコートしている。

 紬は言われていないので不満そうだが、手を出すほどではないらしい。

 まあ、レディを敬っているだけだとも言えるか。


 ちなみに水着姿は、俺と高森は地味な海パンだ。

 誰も知りたくない情報なので、そのくらいで。


 朱音は大人びた黒い水着を身に着けている。

 金色の装飾が付いているので、さらに大人のエロさみたいなのを感じられるが、まだ高校生……。


 紬は豊満な胸を強調するような赤い水着で、はち切れんばかりのおっぱいが主張している。

 お尻も……グッとだ。


 環奈は大和撫子やまとなでしこ大正義の白だ。

 控えめなほどよい胸と、華奢で透明な白い肌とマッチングしていて、清楚感マシマシ!


 うーん、マシマシ!



「佐藤君、筋肉すごい……」

「ほんまやなあ、お、なかなかやん」


 そんなことを考えていると、環奈が俺を褒めてくれた。

 どこからともなく現れた朱音が俺の腹筋を触り出す。

 ついでに紬も触ってくる。


「太郎凄いなあ。まさか鍛えてたの?」

「お前、俺をいつのまに裏切って……」


 悔しそうに高森は嘆いた。俺の筋肉が、というよりは、触られている俺が羨ましいと思っている顔だ。


「まあ、男の嗜みだな」


 たまには格好をつけてみた。が、何とも言えない空気感になる。

 沈黙が――続く。


「スベっとんなあ。ほないこかー」

「行きましょう、あんな奴は放っておいて」


 朱音の一言、助け船だろう……。紬と高森が、嬉しそうに着いて行く。


 項垂れていると、俺の腹筋を慎ましく、誰かが触ってきた。

 顔を上げてみると、まさかの環奈。


「えへへ、すごい」

「ふ、そうだろ」


 その後すぐに、イチャイチャすんなあ! と朱音からお叱りを受けたので、急いで追いかける。


 ◇


 貸し出されたパラソルを地面に差し込み、ブルーシートを引く。

 飲み物が必要だなと話し合い、ジャンケンで負けた高森が買って来てきてくれることに。


 四人で待っていると、朱音が鞄から何かを取り出した。


 日焼け――オイルだ。


「佐藤、宜しく頼むでー」


 いの一番、俺に笑みを浮かべた。


「当然のように言われても……なんで俺なんだ。女子同士でしてくれよ」

「環奈に苦労はさせられへん。紬っちにさせるのも悪いやん」


 ポイっと手渡され。朱音は後ろを振り向いた。

 そして、あろうことか水着の紐を外す。

 なまめかしい背中が、あらわになる。


「全体的に頼むでー」

「ちょ、ちょっと朱音ちゃん!?」


 慌てて止めに入る環奈と、何かを考えこんでいる紬。

 俺は固まっていて、動けない。


「その手がありましたか……じゃあ、太郎。私もお願いね?」

 

 なぜか横に並びはじめる。少し笑みを浮かべているところから、俺の反応を見て楽しんでいるに違いない。


「二人とも……じゃあ……私も……お願いしていいのかな」


 最後に環奈が、もの凄く恥ずかしそうに言う。

 いや、これ競争じゃないよ!? ていうか、環奈ちゃん!? 普段そんなノリしないよね!


 朱音が、誰からするんや? と言い始め、なぜか俺は選択することに。


「うちに決まってるやんなあ? 佐藤」

「ねえ、私だよね?」

「ええと……佐藤君、私でも……」


 いつもはこんな事に参加しない環奈も圧をかけていくる。これが女子の団結力!?

 俺が困っていても、三人は選んでと引かない。

 高森が帰ってくるとややこしいことになる。早めに決めなければ。


 とはいえ人肌に手を触れるなんて、俺にできるのか?

 環奈にマッサージをしたことはあるが、それは服の上から。

 肌と手が触れるなんて、そんな……そんな!?


 俺があまりに困惑していると、朱音と紬が笑い出す。


「あっははは、佐藤は揶揄からかうんおもしろいなあ。どんだけ恥ずかしがり屋やねん。ある意味安心したわ。絶対環奈に手出してないなって」

「ほんと、太郎はいつもそうだよね。優しいんだから」


 そして二人は顔を見合わせ、環奈からしてあげてねと言った。そこは冗談ではなかったらしい。

 照りつける太陽、早くしないと日焼けするから、仕事に戻った時に支障きたすかもーと言われ、覚悟を決める。


「環奈、し、失礼します……」

「は、はい」


 環奈は後ろを振り向き、同じように紐を外した。

 俺は手にオイルを塗りたくり――ついに環奈の背中に手を当てた。


 ヌルヌルのオイルをタップリつけた手と背中が、絡み合う。

 ぬちゅぬちゅだ……。

 いや、これは健全な行為。決して、変なことをしているわけではない。


「あ、ん……はぁっ……そこぉっ」

「ちょっと環奈、落ち着いてくれ……」


 マッサージの時と同じように、環奈は……声を漏らす。

 横で二人が見ているんだから、やめるんだ環奈! しかし、エロい。


「なんか、二人でエロいことしてへん?」

「太郎、環奈ちゃんにエッチなことしちゃだめだよ」

「どうすりゃいいだよ……」

「ぁっん……はぅっ……」


 前の部分はさすがに環奈に任せて、次は朱音と紬。

 時間短縮、同時でええよーと言われたので、俺は両手で……二人の背中に触れる。


 環奈はなぜか、頬赤らめて俺たちを見ている。

 いやこれ、日焼けオイル塗ってるだけだからね!?


「ああん、あん、ああーん、そこそこ」

「太郎……昔と比べて上手にぃなったんだね……ああん」

「マジでそのエロい声やめろ。わざとだろ」


 ちくしょう、健全な男子高校生に酷いことしやがって……。


 すべてが終わった数分後、高森は両手いっぱいに袋を持ってきた。

 ジュースがたくさん詰まっている。


「……なんか、俺がいない間にすっげえ幸せそうなことしてなかったか? このあたりからラブコメの匂いがプンプンするぞ」

「き、気のせいだろ」


 すまん高森。でも決して喜んでたわけじゃないんだ。どちらかというと、恥ずかしくてたまらなかったんだ。許してくれ。


「怪しいな……。まあいい。氷も入れてもらったから、ここに置いて早速海行こうぜ」

「よし、行こかー! 環奈、紬っちいこー!」


 天音は勢いよく駆け、嬉しそうに紬と環奈もゆっくりと着いていく。

 高森も、早く行こうぜと俺に声をかけてきた。


 しかし、俺は動けない。いや、立つことができない。


「おい、太郎どうしたんだよ? 行かないのか?」

「あ、あと数分待ってくれ……」


 我が召喚獣むすこよ、静まれ、静まりたまえ!


 ◇


「よし来たあ!」

 

 パラソルと同時に借りたバレーボールで、高森、朱音、環奈が少し離れた場所で遊んでいる。

 俺と紬は、疲れたのでシートの上で座っていた。


「どうなんだ? ケーキのほうは」

「順調だよー。凄い職人がさんがいてね、ケーキの上に和を象徴とする池を作ったりするんだよ」

「池……池?」

「んー、ほら見て見て」


 紬が見せてくれた画像には、池が乗っていた。すべて食べることができる素材だそうで、鯉まで乗っている。

 同時に、普段は匂わない日焼けオイルの匂いが鼻をくすぐる。

 豊満な胸に目が向きそうになり、堪えた。


「こ、これは職人だな……」

「厳しいけど、楽しいよ! ――そういえば、環奈ちゃんとはどうなの?」

「どう? どうとは?」


 突然訊ねられた質問に、戸惑ってしまう。


 文化祭が終わって夏休みが始まり、紬とはそこまで話せていなかった。

 今でもスマホでやり取りはするが、忙しいとのことで返事もまちまちだ。


 それこそ昔は毎日連絡を取っているときもあったが、こうやって面と面を向かってはなすこと自体、久しぶりだった。


「環奈ちゃんのこと、好きなんでしょ?」

「ああ、あ、え、え!?」


 突然のまっすぐストレートパンチ。俺は飲んでいた水を地面に噴出だす。

 紬に顔を向けたが、冗談ではなく、表情は真剣そのものだった。



「……急になんだよ」

「あの動画、私、何度も見たんだよ」


 あの動画とは、俺がSNS載せたやつだろう。高森には愛の告白と言われたが……そういうことか。


「普通はあそこまでしないよ。ただの友達ならね」

「……どうだろうな。まあでも、守りたかっただけだよ。本当に」


 いつもより声を落として、紬が言った。

 しかしこれは嘘じゃない。俺は守ろうと必死だった。その時は何も考えていない。――その時は。


「素直じゃないねえ、太郎は」


 紬は体を近づけて、俺から飲み物を奪う。


「何がだよ」

「そのままだよ。あーあ、なんで私、夢なんか持っちゃったんだろ」

「……どういう意味だ?」

「良くあるじゃん、仕事か私、どっちが大切なのっていう、台詞」

「ああ、なんかドラマでよく聞くな。だから、なんで今?」

「自分にそう思ってるだけだよ、私がね」


 何を伝えたいのか、俺にはわからなかった。ただ、紬はいつもより寂し気な表情を浮かべていた。

 それがなんだか、申し訳なく思える。もちろん、ただの自分勝手にそう思ってるだけだ。


「紬は凄いよ。高校生で、そんな真剣に夢を追いかけられる人なんていない。俺は尊敬してる。誰よりもな」

「ふーん、本当かなあ?」

「本当だ」


 紬は屈託のない笑みを浮かべた後、再び真剣な顔に戻す。


「――ねえ、二兎を追う者は一兎をも得ずって言葉、どう思う? 本当だと思う?」

「いきなりなんだよ?」

「答えて」


 質問の意図はわからない。けれども、紬は俺の答えを待っている。

 真剣に考えた上で、答える。


「俺は違うと思うな」

「……どうして?」

「努力すれば何でも叶う。とまでは言わないが、頑張った人は報われるべきだし、報われると思ってる。それが一つでも、二つでも、三つでもな。」


 事実、俺はそう思っている。

 人間の欲は限りがない。だが、決して悪いことじゃないし、誰かのため、何かを成し遂げるために努力することは悪くない。


 実際俺は今まで怠惰に過ごしてきた。何もせず、ただ生きていただけだ。


 でも今は、一つも二つも得ようとしている。この楽しい日々も、色んなことも。


 だから、本気でそう思ってる。


「にへへ、太郎はやっぱかっこーいね。だったら……もうちょっと頑張ってみようかな」

「ん? 何を頑張るんだ?」

「鈍感なところはマイナス」

「さっきからわけがわかんねーよ……。って、そろそろ時間だな。夕食の買い出し行くか」

「ううん……もうちょっとだけ……このまま話したいな。足、疲れちゃって」

「わかった。じゃあ、もう少しだけな」


 それから俺は紬と二人で沢山喋った。

 今まで言えなかったこととか、今まで話してなかったこととか、ケーキのことから、最近のゲームの話とか。


 やっぱり紬とは気軽に話せる。俺のことを一番理解してくれていると言っても、過言ではない。


 その日、紬と並んでみた夕日は、人生で一番綺麗に輝いてみえた。



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