第15話 環奈と体育祭の練習!

「二人三脚に障害物、借り物競争、か」

「運要素も絡むんだね」

「対策できないものは考えても仕方ない。練習できるやつだけやっていこう」

「佐藤先生! パン食い競争の練習はどうしますか?」

「パンの用意が大変なので却下です。そもそもありません」


 青空カフェオープン、もとい学校の屋上で、俺と環奈は弁当手作りを食べながら体育祭の種目表を眺めている。

 今日の話し合いで、環奈は個人種目にもいくつか出ることになった。元々、運動神経が良いのだ。

 クラス対抗も含めて、同級生からの猛プッシュがあった。


 環奈自身も嫌がってはおらず、楽しみにしているらしい。


 そして卵焼きをパクっと一口。程よい甘みが広がる。美味しい……。


 また、日和と浦野健うらのけんが言っていた通り、新しく就任した教頭先生の特別プログラムが組み込まれていた。

 上記の三つを組み合わせた二人組のペアのレース。


 クラスと学年の垣根を超え、クジで選ばれたペアが競争バトルする。

 三十組ほどで、優勝賞品も出るらしく、間違いなく盛り上がるだろう。


 中には男同士のペアも誕生している。それが有利になるのか不利になるのかはまだわからない。


「早朝のマラソンを夜にして、一緒に走るか。また日和たちと会うのも嫌だしな」

「そのほうがいいね。それなら夜ご飯も一緒に食べられるし。――そういえば、あれってどうやったの」


 環奈は首を傾げながら俺に問いかけた。


 ◆


「篠崎日和さんのペアは、浦野健うらのけんさんに決定しました!」


 学校の体育館。全校生徒が集められ、生徒会の面々が、大きな箱からクジを引いていた。

 日和は嬉しそうに立ち上がって、気品良く見えるかのように頭を下げる。


「私なんかが……頑張ります!!」


 浦野健糞野郎はイケメンだと人気があるので、女子生徒の歓声も響いていた。

 しかし、次のクジで圧倒的にかき消される。


「では、次のペアは……天使環奈あまつかかんなさんです!」

 

 名前を呼ばれた女子生徒――環奈に視線が集中した。

 盛り上がりは絶好調。男子だけではなく、女子も興奮気味に歓声を上げている。

 いつもテンションが高い生徒に至っては、俺だ俺だと叫びはじめる。


 日和はとても不満そうだ。自分が一瞬で主役じゃなくなったからだろう。


 そして大勢の視線の中もう一枚、クジが開かれた。


「見事選ばれたのは……同クラスの佐藤太郎君!」


 ◆


 こうして俺たちは見事ペアに選ばれた。

 周りから疎まれるような目、阿鼻叫喚の叫び、高森の嫌味を浴びに浴びた。

 正直、誰かに闇討ちされないかと心配だが、これは偶然ではない。


 日和は俺たちに恨みがある。是が非でも勝ちたいだろうが、それはこっちも同じ。

 俺は少し不敵な笑みを浮かべる。答える前にタコさんウインナーを食べる。


「前に文芸部に入ってたと言っただろう。その時の後輩が生徒会あの場にいてな、ちょいとお願いしといたんだ」

「え、と、ということは……ズ、ズルしたの!?」


 環奈が大声で驚く、俺は椅子から立ち上がって軽く口を抑えた。


「声がでかいぞ……まあこのくらいはいいだろ。前にも言ったが、高校生はルールを破るもんだ」

「佐藤君って結構不良だよね……」

「目的のために手段を選ばないことも時には必要だという、普通先輩からの教えだ」

「怖い教えだ……でも、環奈も頑張ります!」


 最近少し紬に似てきたような気がする。仲良いのは嬉しいが、あまり破天荒な部分だけは似ないでほしい……。

 そうしているうちに弁当を食べ終わってしまった。ああ、寂しい。


 「「ごちそうさまでした」」


 ◇


 放課後、マンション近くの公園で、環奈と準備運動をしていた。

 俺はまたもやジャージ、彼女は朝の恰好と同じで、もはやアスリートのようだ。

 いやでも夕方にサングラスは……いらなくないか?。


「サングラスは外してもいいんじゃないか」

「え? あ、そっか。――よし、準備万端!」


 この公園は、朝と昼間は人が多い。が、夕方になるとガラガラだ。利用者に子供が多いのだろう。

 芝生ゾーンも完備されているので、安全面も考慮してそこで練習することにした。

 

 まずは二人三脚の練習をするのだ。。


 あらじめ用意していたた白い紐をお互いの足に括りつけるために、しゃがみ込む。


「じゃあ、私が」


 間近で環奈が俺の耳元で言う。吐息が少し当たって、体の力がなぜだか抜けた。

 横顔がもの凄く綺麗だ。鼻筋が通っていて、顎のラインがシャープ。

 そしていい匂いもする。俺と同じで学校終わりのはずだが、お風呂上がりのようなシャンプーの香りが漂っている。

 美人は体からシャンプー無から精製できるらしい。


「よし、できたよ!」

「あ、ありがとう。じゃあ、少し歩いてみるか」


 匂いを嗅いでいたのをバレてはいないかと不安になりつつ、環奈と肩を組……もうとした。

 しかし、お互いに少し躊躇してしまう。

 今更だが、もの凄く恥ずかしくなってくる。

 それは環奈もなのか、明らかに戸惑っていた。しかし、日和と憎き浦野健あいつを倒すために、練習は必須。

 

 欲望、願望、なんかよくわからんが欲よ、静まれ! 静まりたまえ!


「……よし、環奈。組むぞ」

「は、はい」


 首筋――いや、首に手を回す。心臓の鼓動を感じながら、その勢いのまま立ち上がる。

 こうしてみると、環奈って思ったよりも華奢なんだな。


「まずはあの棒に向かって歩いてみよう」

「わかった」

「じゃあ、いくぞ。――1、2、3っ! だ、だ、だあ、あああああああ?」


 そして俺たちは、一歩も進めないまま、目先の芝生にダイブした。

 環奈と絡み合うように倒れ込む。突如、手に柔らかい感触を感じた。


 もみ、もみもみ、もみもみもみ。

 なんだこの芝生、やけに柔らかい。


「さ、佐藤君……だ、だめえ」

「す、すまん!」


 俺が手にしていたのは、環奈の胸だった。タンクトップ越しだったので、余計に生々しく感じてしまう。

 嬉しいハプニングだったが、申し訳ないことをした。

 これがおっぱい……。いや、本当にすまんと謝っておいた。


 歩けなかった理由を探ってみると、足元を見れば一目瞭然だった。

 紐がまったく緩まずにきつく締められていたのだ。


「なるほど。余裕がないと動けないんだな。当たり前っちゃ当たり前か」

「うう……私のせいで……」

「これも学びだ。次に生かしていこう。いや、むしろ柔らかかった」

「柔らかい?」


 悪くない。次だ次。


 紐を直して、再び肩を組み、立ち上がる。

 掛け声をもう一度叫び、前に歩き出す。

 決して早いわけではないが、問題なく棒まで辿り着くことができた。


「やった! 出来たね!」

「ああ、後はこれを繰り返し練習しよう。思いのほか早かったな」


 手の振りを交互に合わせることが大事だということもわかってきた。

 二人で一人のように、交互に手足を動かす。

 一体感が二人三脚のキーだ。



「最初はわからなくても、手を付けてみると段々とわかってくるもんだな」

「そうだね、ちょっと前の仕事を思い出したかも」


 芝生に座り込み、一息ついていた。

 環奈は遠くの夕日を見つめている。


「そういえば……活動休止ってことは復帰も考えたりしてるのか?」

「実は私が決めたことじゃないんだよね。マネージャーさんに引退したいっていったら、活動休止にした方がいいって言われて。心変わりしたら、いつでも連絡してねって。いい人だったし、仲も良かったから申し訳なくて」


 ふむ、まあたしかにその通りと言えばその通りか。

 戻りたいと心変わりをしたとき、引退を撤回をするのは面倒だが、活動休止から復帰することは容易い。

 環奈はまだ高校生、理由がどうであれ、成長していく内に気持ちの変化がある可能性は高い。

 それを見通してということか。


「良いマネージャーさんなんだな」

「そうだね。デビュー当時から私のことを支えてくれて、それだけに申し訳なさもあったんだけどね……って、湿っぽい話になっちゃう! よし、練習練習!」


 出会った当初と比べて、環奈は明らかに明るくなった。

 俺としてもこの日々は本当に楽しい。

 けれども、この関係にも間違いなく終わりがあるかもしれない。

 高校の卒業、環奈の仕事復帰。大学に進学。それ以外にも様々な理由があるだろう。


 しかし最後の日まで、環奈と笑顔でそばに入れたらいいな思った。


 

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