第16話 佐藤&環奈 vs日和&浦野健 そして修羅場へ。

「あれが天使環奈あまつかかんなか。くっそ可愛いな……そしてあの男、コロス」

「やべえ、マジの天使てんしじゃん。クソ、なんで俺は男と……」

「それは俺の台詞だぜ……コロス」 


 大勢のペアが、運動場に集められている。人数はおよそ三十組ほど。

 全員が体育祭の特別プログラムの参加者たちだ。

 今回の催しは初の試みということで、リハーサルが必要だと集められた。


 そして周囲の目線が――痛い。


 俺への恨み言がほとんどだが、その隣の環奈への羨望の眼差しもヒシヒシと伝わって来る。

 念って、視覚化出来るんだな。とくに男同士のペアの体から、負のオーラが漂っている……。


「……ったく」

「ふん。ケーン君っ」

 

 その中に、日和と浦野健うらのけんの姿があった。

 ばつが悪そうな顔で、俺たちを睨んでいる。

 もちろんこれは計算通りだ。



 新しく赴任した教頭先生が、壇上の上で、マイクに近づいた。


「えー、今年の体育祭は新しい試みとしてペアのレースを開催します。保護者さんも来られるとのことなので、今日はその段取りを理解してもらいます。実際のレースとは違いますので、どうぞ気軽に。ただし、優勝賞品がありますので」


 年齢は五十代から六十代だろうか、細身で、とても優しそうな顔をしている。

 前の教頭よりも、人間的にしっかりしてそうだ。

 最後の文言で、学生たちのテンションが大幅にアップした。

 能力も高いに違いない。


 関係ないが、その横に立っているうちの担任の先生が、なぜか俺と環奈を見て微笑んでいる。

 よくわからないが、頑張ろうと思う。


 種目の順番は、二人三脚からはじまり、障害物競争、そして借り物競争だ。

 回り方が少し複雑なので、全員が流す程度で確認するということだ。


「なんだか、緊張するね。実感が湧いてきたかも」

「ああ、確かにドキドキだな。色んな意味でも……」


 環奈が嬉しそうに言う。

 思えば学校内で話すのは、最初に食堂で声を掛けられて以来だ。いや、あのときも会話はしていないか……。

 しかし彼女と会話を少し交わすだけで、周囲の視線が凄まじいほど集中している。


 環奈は同性と話すが、異性との距離を意図的に置いているみたいだった。

 それだけに何を話してるのか気になるのだろう。


 まあ、俺のドキドキの大部分は日和たちに向けられている。

 これは――武者震いだ。


 一時間だけだったので、リハーサルはすぐに終わった。

 先生たちの姿が消えた瞬間、日和と浦野健うらのけんが近づいてくる。


「よお、佐藤君ストーカー天使あまつかさん、そいつ気を付けたほうがいいぜ。元カノのことが忘れられなくてやべえことする、最悪なヤツだからよ。ま、何かあったら言ってくれよ。俺がボコボコにしてやるからよ」


 相変わらずムカつく野郎だ。環奈に無視されたのにもかかわらず、まだ媚びを売っているところも抜け目ない。

 日和はそれに対し不満そうに眉を潜めた。


「ケン君ー? ダメダメ、私がいるでしょお?♡」

「ははっ、確かにそうだな!」


 正直、かなりムカつく。だが、ここで問題を起こすのは良くない。

 環奈に迷惑がかからないように、けれども正攻法で真正面から叩きつぶ――


「佐藤君、行こ?」


 突然――環奈が俺の肩を掴んだ。明らかに挑発。

 浦野健うらのけんがはあ? という顔で俺を威嚇する。いや、環奈、周囲にまだ人が少しいるんだ。

 大胆なことをしすぎだぞ!?

 いや……これは彼女の意思表明。

 なら俺も堂々としよう。


「俺はお前たちに負けない。せいぜい卑怯な手はやめてくれよ。特にケン君、暴力だけじゃこのレースには勝てないと思うぜ」

「な、てめえ!?」


 相手の返答を待たずに、くるりと振り返る。

 日和の悔しそうな顔と、浦野健うらのけんの腹正しい顔がいい感じに目に焼き付いた。

 この勝負レースが終わるまでは、絶対に忘れないでおこう。


 ◇


 着替えが終わり、授業も終わり、放課後。


「いや、マジでズルい。賄賂わいろか? 誰を買収したんだ? あの環奈ちゃんとペアなんてよお! 俺は信じねえぜえ!」

「運だから仕方ねえだろ。でもいい事ばかりじゃないぜ。周りから恨み買われてそうだ――!?」


 高森の恨み言を聞きながら帰宅途中、後ろからドンッと背中を叩かれた。


 ああ、振り返らなくともわかる。どうせあいつだ。


「紬……やめろっていってんだ……って!?」

「こんにちは」

「えへへ。レース一緒になったんでしょ? どうせだったら、四人で一緒に帰ろー!」


 そこに立っていたのは、紬と環奈だった。

 環奈は少し棒読みで、それでいてニコリと笑う。

 俺の隣の高森は、突然の出来事サプライズに無表情で固まっていた。いや、違う。嬉しさを堪えているのだ。

 明らかに頬がプルプルしている。こいつ、我慢しているな。

 いや待てよ、文学ちゃんだと気付く可能性も……?


 すると、高森は前髪をサラリと整えた。


「こんにちは、私は同じクラスの高森連たかもりれん。なかなか話す機会がなかったので、こうやって同じ時間を過ごせること、嬉しく思います。ささっ、どうぞ。道路側どうろサイドはわたくしが」

「高森、私の環奈ちゃんはあげないよ」

「な……紬ちゃん、俺は紳士的に……」


 紬の鉄壁守護ふるがーどにやられてしまい、ガックリと肩を落とす高森。

 二人は幼馴染ではないが、俺を通して何度も遊んでいる間柄だ。

 クラスが変わっても、個別で何度か仲良くしているのも見たことあるし、よく三人でも遊んでいた。


 紬がケーキで忙しく、高森が部活サッカーで忙しくなり最近は集まることが少なくなっていた。


「ふふふ。紬ちゃん大丈夫だよ。――高森くん、だよね。もちろん知ってるよ。あまり話す機会がなかったけど、これからよろしくね」

「あ、天使あまつかさんっ!!!!」


 わかりやすく飛び跳ねる高森。

 よく考えると、かなり自然な流れだ。ずっと高森に環奈のことを言えなかったが、これで問題はない。

 周囲にもレースを通じて仲良くなったんだろうと、勝手に解釈してくれる。


 後は高森の前で眼鏡を掛けなければ、文学ちゃんとバレることもない。

 普通契約云々については、ゆっくりでも大丈夫だろう。


 ナイス、紬! ファインプレー!


「そ、そーなんですか!? 俺もあの漫画ちょーっ好きっすよ!」

「面白いよね。あ、それと敬語はなしでいいよ? 私たち同級生だしね」


 俺と紬が見守る中、高森は嬉しそうに環奈と話している。

 少し緊張した様子で、高森は喉をゴクリと鳴らし――ている気がした。


「じゃ、じゃあ……天使あまつか……」

「はい!」

「……天使あまつか

「はーい!」

「……天使あまつかあああああいてえええええ」


 紬に頭を拳で殴られる高森。

 まあ、さすがに調子に乗りすぎたな。


「いい加減にしなさい! 環奈ちゃんが困ってるでしょ!」

「だってよお……嬉しくてよお」


 環奈は笑っていた。今まで二人きりでいる時とはまた違う。

 そう、普通の高校生のようだ。

 これが、これこそが彼女の望んでいたこと。


 友達とくだらないことで笑い合い、普通を謳歌する。

 これが最善の形なのだと。


「……ありがとな」


 俺は静かに誰にも聞こえない小声で、紬と高森に感謝をした。

 



「あれ? そういえば天使あまつかさ……も、どうしてここに?」

「あ……えっと、わ、わたしは……」


 マンション前。

 高森は、俺の家で久しぶりにゲームがしたいと来ていた。

 断る理由もなかったので了承していたが、気づけば紬と環奈も着いて来ている。

 というか、環奈はここが家だ。

 あまりにも無自覚すぎて、俺も気づけなかった。


 困った環奈は口ごもる。一方で、俺は紬と目が合う。

 そして、新生児室からの付き合いが功を奏した。

 言わずとも――わかる。


「あ、環奈ちゃんは私が誘ったの! 良かったら一緒に遊ぼうって!」

「え? そうなのか? ということは四人で……太郎の家に?」

「あ、ああ。そうだな。まあいいだろう。四人で遊ぶか」


 俺は何度もないような顔で同意する。環奈も頷く。

 高森は「ま、ま、ま、ま、ま!?」と、傍から見れば赤ちゃんのような言葉を発していた。


 まさかの四人で俺の家で遊ぶことになるとは……環奈の私物とか……なかったよな?


 部屋に到着。

 扉を開けて、俺はいち早く部屋中を見渡した。よし、問題はなさそうだ。


 お邪魔しまーすと、三人が慣れた様子で家に上がる。

 高森は「汚い所ですが、どうぞ」と玄関で言っているが、片付けしているのは大体環奈だ。

 俺が怠惰なことが問題だが、それは逆に失礼だぞっ。


「……あれ? なんか、綺麗じゃね?」


 高森の第一声。

 綺麗だろう。環奈のおかげだ。


「俺だっていつも汚いわけじゃないよ。たまには片付けぐらいするさ」

「ふーん、もしかして彼女とか内緒で出来てねえだろうなあ?」

「はあ……もうコリゴリだよ」


 さすが鋭いヤツ。でも、コリゴリなのは本気。

 しかし、紬がと同じように、高森も鼻をくんくんさせている。

 こいつら……似てるな。


「高森くん、お茶飲む?」

「え? あ、ああ」


  環奈は明らかに嬉しそうだ。よく考えればこうやって大人数で遊ぶのはじめてなのだ。嬉しくてテンションが上がっているのだろう。


 いや……ちょっと待て環奈、大丈夫か?

 あ、ああ……俺の嫌な予感が的中。彼女は手慣れた手つきで、冷蔵庫を開ける。

 氷を取り出し、棚からコップを用意。全て把握しているかのように、四人分をサラリと用意した。

 まあ、全てを把握しているんだが。


 それを眺めていた高森が、怪しげな表情を浮かべている。


天使あまつか、もしかして……」

「え? あ……」


 環奈もようやく気づくが、時すでに遅し。

 こんなわかりやすい出来事を高森が見逃すわけがない。これは……終わった――


「家に同じ冷蔵庫があるのか? それに棚も……すげえな。手際の良さにびびったぜ」

「え? あ、そう! びっ、びっくりしちゃった! 冷蔵庫も、棚も、コップも全部私の家のと一緒! 凄い偶然だー。偶然すごーい」


 演劇をしていたとは思えないほどの棒読み。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


 油を指し忘れたロボットみたいに、環奈はぎこちなくコップを並べる。

 高森はそのお茶を飲んで最高においしいッ! と叫んだ。ふう……バカでよかった。

 そのとき、紬が何かに指を指した。


「あ! BI4985!」


 まずいっ。俺はサッとゲームを懐に入れる。


「頼む。もう少し待ってくれ。まだクリアしてないんだ」

「ダメ。私も家でやろうと思ってたから。返して」

「もう少しだけ! せめて後一週間!」


 そんなやり取りを何度かしていると、高森と紬は笑っていた。


「まったく、お前ら本当に仲いいな。確かそのゲーム、かなりレアものだろ? かなり難しいって聞いたことあるぜ」

「そうだよね! 私も昨日やったけど、難しかったなあ。佐藤君はめちゃくちゃ上手だったんだよね!」

「……え?」


 「あ……」と答える環奈。「い……」と返す紬。「う……」と悶える俺。


天使あまつか……昨日ここに来てたのか?」


 高森の言葉で、俺たちは固まった。


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