第17話 佐藤&環奈 vs日和&浦野健 ➁

「さて、説明してもらおうか」


 高森が俺の前に座っている。

 まるで結婚前のお父さんとの顔合わせのようだ。さながら娘は環奈。


 ここで娘さんをください、と冗談を言えば、高森に顔面を思い切り殴られるだろう。

 これはシミュレーションではない。現実なのだ。

 一言一句に気を付けなければならない。


 となると、環奈が文学ちゃんということも話すべきなのか……?

 正解がわからない……どうしたら……いや、そうか、そうだったのか。


 沈黙……それが正しい答え。


「沈黙は答えじゃないぞ」

「はい、すいませんッッッ!」


 全力投球で謝罪する俺。

 環奈も「黙っていてごめんなさい」と頭を下げて謝罪した。

 紬に対しても普通契約のことは話していない。

 もちろん、ただ理由もなく嘘をついたわけじゃない。

 環奈が電車に乗れないことや、色々なことをリスクを考えていたからだ。


「佐藤君、私が説明するよ。紬さんにも……黙っていたこともあるから」

「え? 私も知らないこと?」


 環奈の目は真剣だった。二人を……信じているのだ。


「いや、俺から言う。――二人とも、聞いてくれ」


 そして俺たちは、すべてを話した――。



「……なるほどな。おい、太郎。顔かせ」


 話を聞いた高森が、俺の胸ぐらを掴む。

 これは俺が脳内で想像していた通りだ。

 今まで親友を裏切っていたのだ。仕方がない。

 でも、出来るだけ痛くないようにしてほしい。

 できれば優しく、できれば殴らないでほしい。


 そして高森は思い切り手を前に出して――俺の唇をむにゅりと掴んだ。


「ちきしょう! 毎晩、天使あまつかさんの手料理だって!? この口で全部平らげたのかよ! 何食べたんだよ! 言ってみろ!」

「ふあ、ふあまごやき(た、卵焼き)とか」

「ああん!? 何言ってるかわかんねーよ!」

「はひふへーほ(喋れねーよ)」

「ちきしょう……何言ってるか、わかんねーよ……」


 なんで二回言ったんだ……。よく見ると、目に涙が浮かんでいる。ああ、これガチだ。ガチのやつだ。

 高森は肩を落とした。紬が「食べたかったなあ」と宥めている。

 そうか……。俺は勘違いしていた。思っている以上に、高森は優しかった。

 そして、本当にいいヤツだ。それと食いしん坊だ。すまん、高森。



 それから紬が、真剣な顔つきで言う。


「事情が事情だから黙ってたことは怒らないよ。ただ、もっと前から教えてくれたら色々と力に慣れたかもなって思う。高森だって冗談を言ってるだけで、同じ気持ちだよ。まあ、手料理が食べたかったのはガチだろうけど」

「佐藤君は私の為に黙っていてくれたの。だから、怒らないであげてほしい」

「環奈……。いや、すまなかったな。高森、紬」


 黙っていたのは事実。ケジメはつけなければならない。

 しかし、泣いていたはずの高森は笑顔で顔を上げた。


「よし、許してやろう。その代わり――俺も天使あまつかさんの手料理を食べさせてくれ」

「……え?」

「なあ、いいだろ!?」


 高森は、両手を合わせる。環奈は、少し照れくさそうに頬を欠いた。


「え? い、いいけど、美味しいかどうかは……わからないよ?」

「じゃあ、私も! 実は食べたことあるんだよねーめちゃくちゃ美味しいよ?」

「なにぃ!? じゃあ、本当の仲間外れは俺だけかよ!?」


 便乗して手を高く上げる紬。環奈は恥ずかしそうだが、どこか嬉しそうだ。

 やはり、もっと前から言えば良かったな。


「じゃあ、環奈……。悪いが、作ってあげてくれるか? どうせだったら、四人で買い物いこう。材料も足りないだろうし」

「よし来たぁ! 行くぜ、紬ぃ!」

「高森うるさいなあ……一人だけコンビニ弁当食べたら?」

「ふふふ、賑やかでいいね」


 そして俺と環奈は――今まで最高の、そして普通の高校生をめいいっぱい楽しんだ。


 ◇


「スポーツマンシップに乗っ取り――」


 数週間後、環奈と練習を何度も重ね、遂に本番の日を迎えていた。

 全校生徒が校庭に集められ、選手宣誓が行われている。


 去年まで、体育祭なんて面倒な行事の一つだった。だが、今年は違う。

 それだけの気合を入れて練習をしたのだ。

 

 絶対あの二人に――勝つ。



「いよいよだね。緊張してきた……」

「ああ、真正面から勝ってやろう。個人種目が先だろ? 応援してるぞ。まずは楽しもうぜ」

「はい! じゃあ、佐藤君のために良いところ見せるよ。見ててね」

 

 小声で可愛くはにかむ環奈。初めて会った時とは別人のようだ。

 あれから何度か四人で遊んだりもしたが、一段と明るくなった気がする。

 高森ともすっかり打ち解けた。


(にしても……可愛いな)

 

 環奈の体操着姿は、スタイルが良いからなのか、とても綺麗に見える。

 頭にハチマキを巻いているが、それも可愛い。

 それと俺はわからないが、目の下にイニシャルのようなもを書いていた。紬と一緒にメイクをしていたのだ。


「環奈、それなんだ? TS? なんだそれは?」

「ふふふ、秘密だよ」


 教えてくれなかったが、なんだか嬉しそうだった。


 ◇


「太郎、次は天使あまつかさんだな」

「多分、ごぼう抜きだと思う」


 高森が、俺の横の椅子に座って、遠くでストレッチしている環奈に視線を向ける。


「そんなに早いのか?」

「まあ、見てな」


 校庭には、あらかじめ用意された大量の椅子が並べられている。

 種目は順調に進んでいた。綱引き、棒倒し、玉入れなど。


 次は個人種目、環奈の百メートル走だ。


「それでは――スタート!」


 俺たちが見守る中、環奈はスタートを切る。

 周囲から、おおっと声が出るのも頷けるほど、綺麗な初速だった。

 それでいて、誰よりも綺麗なフォームで、手足を振る。

 思わず見入ってしまい、気づいたら彼女は一位でゴールしていた。


 俺は静かにガッツポーズをした。


「さっすが、天使あまつかさーーーーん!」

「声がでけえ……」


 突然叫ぶ高森。いや、周囲も大声を出していた。

 そのほとんどが男子だが、女子も負けていない。


 一人を除いて――。


「あーあ、運動って嫌い。日焼けするし……。持って生まれた運動神経がある人っていいよねー。日和、料理とか上手だけど、こういうの苦手ー!」


 日和は、いつものように愚痴をこぼす。環奈は同級生なのに、応援の一つもしていない。

 性格を考えれば当然とは言えば当然なのだが、さすがに人当たりというものを考えてほしい。

 日和の母親との事件以来、もはや隠す気もないようだ。


 そして、俺の番が来た。


「よし、高森行くぞ」

「お、いつにもなくやる気じゃねえか!」

「メインに備えた前哨戦だ。しかし、絶対負けられねえ戦い。叩き潰してやる」

「やったるぜえ!」


 俺たちは、入口まで歩く。

 その道中、紬が声を掛けて来た。


「絶対勝つんだよ、太郎! 高森!」


 俺は、背中越しに拳を高く上げて呼応する。

 すれ違いざまに、環奈とも会話した。


「一位おめでとう。俺も続く」

「佐藤君、見てるからね」


 男子生徒たちが、大勢集まっている。

 高森は、俺の足を掴み、高く持ち上げる。

 そして、その後ろにも、二人の同級生がいた。


 帽子を深くかぶり、準備万端。


「それでは、学年対抗の騎馬戦です!」


 アナウンスと共に、ゆっくり前進する。

 遥か奥には、浦野健うらのけんが俺を見据えていた。

 もちろん、あいつもわかっている。

 これが前哨戦だということを。


「高森、お楽しみは後にしておこう」

「おっけー。よし、俺に着いて来てくれ!」


 高森が、二人の同級生に指示を出す。

 数分後、コングが鳴り響く。


「「「うおおおおおおお!」」」


 男子生徒たちの罵声と、汗のしぶきが飛び交う。

 俺と高森は、事前の作戦通りに後ろを取られないように端から回っていく。

 一枚、二枚、三枚と帽子を奪う――。


「しゃあ! そして――」


 気づけば、前には――浦野健うらのけんが勢いよく向かってきていた。

 

「よお、ストーカー野郎! また殴られてねえのか?」

「暴力でしか解決できない脳みそをどうにかしたほうがいいですよ! 正々堂々って言葉、あなたにはないんでしょうが!」


 お互いに帽子を取られないように、叫びながら体の軸を動かす。

 もの凄い攻防が繰り広げられているが、俺を支えてくれる高森の力があってこそだ。


 横目でチラリと見えた視界の端に、環奈と紬の姿があった。

 手を大きく振って、応援してくれている。

 負けるわけにはいかない。負けていいわけがない。

 俺は何度も――練習を重ねた!


「おらあ! 糞野郎! 取っ――」

「遅いですよ。ヤリチン野郎せんぱいッッッ!」


 伸ばされた手を、寸前のところで頭を下げて躱す。

 そして――帽子を奪い取る。

 その衝撃で、浦野健うらのけんは思い切り地面に転げ落ちる。


「いってえええええええええええええ! クソ、クソ! 覚えてやがれ!」

「俺の勝ちです。情けないですね」

「てめえ、覚えてやがれ!」


 完全勝利。見事なまでに叩き潰した。

 残すは数十組――これは優勝も見えてくる。


「よくやった太郎! よし、このまま勢いよく行くぜ!」

「おう! まずはあそ――」

「打ち取ったりぃ!」

「あ……」


 しかし、浦野戦で全てを出し尽くした俺たちは、続く騎馬戦せんとうで嘘のようにボロ負けした。

 無念……。



 騎馬戦を終えて戻ると、紬と環奈が嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 今は体育祭。誰と勝利を分かち合おうが、それを気にする者はいない。多分。


 紬は、高森によくやったと手を叩いた。

 そして――俺と環奈も。


「お疲れ様。佐藤君!」

「よし、やったぜ」


 それからいくつかの種目も終え、遂に最後の種目。

 俺と環奈のペア対抗リレーで幕を閉じることになった。


 これからが、本当の戦いだ。


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