第18話 佐藤&環奈 vs日和&浦野健 ③
「それでは、ペア対抗リレー開幕です!」
アナウンスとともに、全校生徒の歓声が上がる。
普通の催しものではなく、優勝賞品もあるのだ。
さらに男女のペア、男男のペア、女女のペアとさまざま。
健全な高校生であればテンションが上がらないわけがない。
そして、俺と環奈の待ちに待った種目でもある。
今まで感じたことがないほど、気分が高揚しているのがわかる。
入口に集められたペアは三十組ほど。若干、欠席はあったものの、基本的にほぼ全員参加。
もちろん、日和と
騎馬戦での借りを返そうと、俺を睨んでいる。
まあそれとは関係なく、環奈のペアということで、大勢からも視られているが……。
「絶対勝とうね、佐藤君」
「あ、ああ。頑張ろう、
そんなことはお構いなし。環奈は俺に笑みを浮かべる。
心なしか、いつもより元気だ。
おかげさまで、大勢からのヘイトをもの凄い感じる。俺がゲームの
それを防御できるかどうかは別だが……。
俺たちが話しているのが気に食わなかったのか、それに気付いた日和と
もの凄い形相だ。
きっと、俺を殴りたくてたまらないんだろう。
「おい、
「そうですか。さっきの騎馬戦では無様に転がってましたけど」
俺の挑発で、
「てんめえ、口の利き方に気を付けやがれ。俺のほうが学年が上だぞ?」
「先輩なら先輩らしくしてくださいよ。ほら、周りの人が見てますよ。後輩を虐めてる大人げない人だと思われてますけど、いいんですか?」
「ちっ、口だけは回る野郎だな」
「ケン君、放っておこう? さっきのはたまたまだよ♪ 私、知ってるけど、
日和が、浦野健の肩を掴む。せいぜい侮ってていてくれ。そのほうがありがたい。
ふと横を見ると環奈が初めてみる表情を浮かべていた。怒りだ
「私たちは負けないよ。篠崎さん」
ふん、と消えていく日和たち。出来るだけ周囲にはバレないように背を向けたりしているところも、芸が細かいな。
注目を集めているが、周りにはそこまでわからないようにしている。
「真っ向勝負で勝ってやろうぜ。まあ……俺のほうが心配だが」
「ううん、佐藤君なら大丈夫!」
バンっと背中を叩く環奈。気合が十分に入った。
種目は二人三脚、障害物、そして借り物競争の三連続。
しかしその前に人数を減らすための予選がある。
◇
「
俺の掛け声で、環奈は嬉しそうにニコリと笑う。
息は切れていない。
五百メートル走の予選だ。本選前にこれはかなりきつい。
ペアのどちらが出てもいいが、先着順で十組のペアが決定する。
申し訳ないが、俺より環奈のほうが勝率は遥かに高い。
そして――見事一位でゴールした。
ちなみに
こうして権利を得ることができた。
少しの休憩後、本選がはじまる。
「ふう……」
「環奈、さすがだ。今のうちに休憩しておいてくれ。ほら、水だ」
「ありがと。ちょうどいい準備運動だったよ」
水をゴクゴク飲みながら、環奈は余裕そうに言った。
口元から少し垂れる水滴が、首筋を通って――胸に落ちていく。
こんなときにもかかわらず、俺は見惚れてしまっていた。落ち着け。
◇
十組が横並びに並ぶ。
障害物がいくつか置かれている。最後にはテーブルの上に借り物が書かれている紙。
間違いなく、あれが一番重要だろう。
運要素が絡むのだ。
二人三脚用の紐を渡され、俺たちはしゃがみ込む。
事前に練習していた通り、少しだけ緩みを持たせるのだ。
「卑怯な手は使うんじゃねーぜ」
隣で、浦野健がぎゃあぎゃあと騒いでいた。
「ケン君、頑張ろうね♡」
ちなみに日和も、ああみえて運動神経がいい。油断はできない。
「環奈、肩……手を回すぞ」
「はい!」
俺が環奈の肩に手を回した瞬間、阿鼻叫喚が聞こえた。
試合に勝っても負けても……俺は死にそうだ……。
試合開始の銃が――バアンと鳴り響く。
「う、うわああ!?」
横から声がする。おそらくだが、俺たちと同じようなミスを犯してしまったのだろう。
きつくしばってしまえば、少しの重心のブレで倒れてしまう。
右、左と掛け声をしながら前に進み、俺と環奈は見事に先頭だった。
けれども追従してくるのは――日和と浦野健だった。
障害物競走は、ポール、網ネット、跳び箱の順番。
俺の苦手分野――だったものだ。
「太郎! いったれー!」
「いけ、太郎!」
応援してくれている、紬と高森の声がする。
順調に障害物を乗り越え、環奈がまず跳び箱を飛んだ。綺麗なフォームだ。
高さは六段。俺も――続く。
「――よしっ!」
ギリギリだが、飛び越えることができた。
こんなこともあろうかと、体育館を借りて練習していたのだ。
けれども、飛ぶのを少し躊躇してしまったせいで、二位になってしまっていた。
今の一位は、日和と浦野健だ。
俺たちより先に、日和と浦野健は中身を確認後、何かを探しに行った。まずい。
「佐藤君、紙を!」
「わかった!」
環奈はいつでも動けるように少し離れた場所で待機。
これは俺たちの作戦だった。二人で中を確認するより、一人がすぐ行動できるほうがいい。
テーブルの上の紙を手に取って開く。
しかし俺はそれを見て固まってしまった。それが何を示しているのか、わからないわけじゃない。
どうしたらいいのか、少し困ってしまったのだ。
「佐藤君?」
そうしているうちに、日和と
立ち止まるな、進め。自分の気持ちに正直でいろ!
「環奈、こっちへ来てくれ!」
「え?」
「早く!」
そして俺は――環奈をお姫様抱っこした。
「~~~~~~ッッッ!?」
周囲から罵声と歓声、さまざまなものが入り混じった声が飛び交う。
「なななななな、なに!? さ、佐藤君!?」
「説明してる暇はない。恥ずかしいのは我慢してくれ!」
大勢の前で、環奈を抱き抱えて走り出す。
恥ずかしさと、何とも言えない感情が交じり合う。
環奈は俺の首に手を回し、しっかりと握っている。
そして、後ろから日和と日和と浦野健が、椅子のような物を片手に追いかけてきた。
「くそ、なにしてんだよ。ストーカ―野郎! ずりいぞ!」
「そうよ! あんた!」
そしてついに――寸前のところで、俺が――ゴールテープを切った。
完全勝利だ。
「「「「」佐藤太郎さん、天使環奈さんのペアが1位です」」」」
俺は、静かに環奈を地面に下ろす。
さすがに息切れだ……。膝をついて、俺は倒れそうになる。
けれども、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「佐藤君!」
そして、大勢の前にもかかわらず――俺を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと!? 環奈!?」
「やった、やったあ! 佐藤君、勝ったよ!」
周囲の目が痛い。この歓声と罵声、環奈の耳には聞こえてないのだろうか?
まあ、今回ばかりは許してくれるだろう。体育祭だからな、多分……。
すると、日和の浦野健が恨めしそうに近づいてきた。
「佐藤。覚えとけよ。ただじゃすまさねえからな。それに
「ふん……。アイドルがそんなことしていいのかしら? そんな関係だったとはね。あーあ」
二人は俺たちの前から去って行く。
やられたことのやり返しとしては、もしかしたらぬるいのかもしれない。
もっと過激な反撃もできたのかもしれない。
けれども、俺たちにすれば十分だ。
卑怯な手を使わずに、真っ当に勝利を叩きつけることができたのだから。
「太郎ー! お前、やるじゃねえか!」
「環奈ちゃん、太郎! 凄いね!」
高森と紬が走ってきた。
環奈も、えへへえと嬉しそうにする。
それから、担任の先生が俺たちの元へやって来た。
「おめでとう、借り物競争のチェックを任されてるんだ。いいかな?」
「あ、はい……」
俺は紙を手渡した。それを見て、担任の先生がほのかに笑う。
「確認したよ。問題ないと伝えておくよ」
「あ、あの……」
「大丈夫。問題ないと伝えるだけで、生徒にはわからない」
俺が困っているのに気づき、俺の頭をぽんぽんと叩いた。
そして、すぐに消えていった。
……あの人が担任で本当に良かったな
隣で、環奈が首を傾げている。そして、あっ! と声をあげた。
「佐藤君、なんて書いてたの? 私を……持ち上げるってどいうこと?」
「えーと……」
俺は悩んでしまった。なんて答えたらいいのかわからない。
「あ、あれだ。なんだったかな。たしか――人間? 人間だった気がする」
「人間……人間?」
「あー、違うかったかな。えーと、そうだ。あ、教頭先生が呼んでるぞ!」
「へ? あ、はい!」
何とか誤魔化せたか……。
俺たちは壇上に上がって、賛辞を贈られたあと、優勝賞品が入った封筒を渡された。
拍手大喝采。
新教頭先生が、俺に小声で耳打ちしようと近づいてくる。
「お父さんにも、
「あ、はい……」
◇
「よお、
「……
体育祭が終わり、帰り道を歩いていたら、再び
日和の姿はない。どうしても俺が腹正しかったのだろう。
俺の首を掴み、ひと気のない公園に移動させろと仲間に命令した。
「てめえ、卑怯な手使いやがったな? 俺は椅子を持ってこいって指示を受けたのに、てめえはなんだ? アイドルを抱き抱えてゴールだと? 舐めてんのか?」
舌を巻き、俺を挑発してくる。
「舐めてませんし、ズルもしてませんよ。書いていた通りに従っただけですが」
「ああん? じゃあ、なんだあ? 言ってみろよ?」
「はあ、なんで言う必要があるんですか? 負けたんですよね?」
俺のあからさまな態度に、浦野健は苛立ちを隠せないようだ。
距離を詰めてくる。仲間たちは横で笑っているが、この後のことをわかっているからだろう。
どうせ、俺を殴るつもりだ。
「そうか。じゃあ、死ねや。
そして俺は――また頬を思い切り殴られた。
痛い。痛いが、わかっていた痛みだ。
やり返す? そんなことは考えていない。
なぜなら――これで
「先輩、あなたはやはりクズです」
「はあ? てめえがクズだよ! ゴミが!」
「――太郎、よく我慢したな」
「太郎、後は任せといて」
現れたのは、高森と紬――そして環奈もだ。
「今の映像、撮影してました。担任の先生に動画も送ったので、これで証拠はバッチリです」
浦野健は驚いて目を見開いた。日和がいないのは誤算だったが、まあいい。
浦野健の仲間たちも、叫びはじめた。
「て、てめえ!? 引っかけやがったなあ!?」
「お、おいまずいよ。どうするんだよ!? 俺たち、受験があるんだぜ!? 志望校だって……、おい、浦野! お前のせいだろ」
「うっせえよ! 黙れ! クソが、てめえら、俺をコケにしやがって! ぶっ殺してやる! おい、お前らも! こいつらをボコボコにして、なんとか誤魔化せばいいだろ!」
「あ、ああ。そうだな。そうしよう!」
相手は五人、六人か。全員が上級生で、スポーツマンだ。
ガタイもいい。
「環奈、下がっててくれ」
「え、で、でも、佐藤君……」
「大丈夫だ。このために、ずっと筋トレしてたんだ。走るのはちょっと苦手だったがな」
そう、俺はあの日以来、ずっと筋トレを欠かさなかった。
毎日毎日、もう負けないようにだ。海で筋肉を褒められたり、マッサージで褒められ時は、正直嬉しかった。
「いっちょやるか。昔の血が騒ぐぜ」
「後悔させるわ。――こいつらに」
そして、高森と紬も。
何を隠そう、実は二人とも――。
「お前ら、年上だからって手加減はしねえぞ。それに俺を誰だかわかってんだろうなあ!? 雑魚どもがよお!」
「うちの太郎殴って、そのままただですませるわけないやろ! あんたら、かかってこんかい!」
超がつくほどの、元ヤンなのだ。高森に至っては、中学時代なんて手も付けられないほどの悪童だった。
地元のヤンキーのほとんどが高森の配下で、誰も逆らえないかったのだ。地獄の高森と言えば、かなり有名なのだ。
サッカーと出会わなければ、今でも大変なことになっていただろう。
それは紬も同じだった。かなり気が強くて、どんな火の粉も自分で振り払ってきた。
ケーキがなければ、大きく道を踏み外していた可能性もあると自分でも言っていた。
「も、もしかしてコイツ…… じ、地獄の高森だ! な、なんでここに……」
「こいつは……つつつの紬じゃねえか……」
それに気付いた浦野健の仲間たちが怯えはじめる。
明らかにオーラが違うのだ。素人目から見ても、ただものではない二人。
いや、つつつの紬って、そっち方面でも有名なの?
そして浦野の仲間たちは――情けなくも一目散に逃げ出した。
これが覇気という奴か。
「なんだ、つまんねえな」
「情けな。ほんま、イキってるやつは口だけやなあ」
おい紬、口調が戻ってないぞ。
そもそも、関西の血は入ってないはずだが。
残ったのは――
「くそ……。なっさけねえ奴らが……けどなあ、佐藤。てめえだけは許さねええええ!」
俺に一直線で突撃してくる
暴力は嫌いだ。だが、男にはやらなきゃいけないときがある。
こいつは最後の最後に、環奈を侮辱した。
それだけは絶対に――
「許せねえ。あんただけはな」
そして俺は――
◇
数日後、
しかし、俺に対しての暴力の罰ではない。それに関しては、本来停学程度が妥当だ。
浦野は、気の弱い後輩から金銭を奪ったりしていたらしく、それを仲間たちから保身のために暴露されたのだ。
もちろん、仲間たちも相応の罰が下されたとのことだった。
しかし、抜け目ないのは――日和だった。あんな人だとは思わなかったと、皆からの同情を買って、悲しそうにしていた。
いずれ日和とは、また何かあるかもしれない。
「美味しい……
今は青空カフェ――もとい学校の屋上にいた。
高森が、天に向かって叫んだ。
「静かにしろ。バレたらここが使えなくなるだろ」
「わりぃわりぃ、しかし、こんな良い所があっただなんて、ずるいよなあ。紬」
「本当にずるい! 環奈ちゃんと二人でこんな……私だってもっと一緒にいたいのに!」
二人で俺を責める。その隣で、環奈が嬉しそうに笑みを浮かべている。
「ごめんね。でも、これからは四人でご飯食べたりしよ」
「それはとても楽しみでございます。いつでも、この高森をお呼びください」
「お前はだけには秘密にしておくよ」
「なんでだよ!」
「だから声がでけえって!」
ああ――最高だ。本当に楽しい。
この日々が、一生続いてほしいな。
「そういえば、佐藤君」
「ん? なんだ?」
「借り物競争、なんて書いてたの? 絶対……人間じゃなよね?」
「いや? 人間だよ?」
ジト目で俺を見る環奈。すまん、これだけは言えないんだ。
「ふーん、じゃあ先生に聞こうっと」
「ダメです」
「えー、じゃあなに?」
「じゃあでもダメです」
「はあ……佐藤君、私たちは最高のペアだったはずなのに……」
「そんな悲し気に問い詰めるやり方、どこで覚えたんだ……」
一方、担任の先生は。
「ふふふ。やっぱり佐藤……そうか、そうなのか。いいなあ、青春だなあ。」
テーブルの上には、借り物競争の紙が、置かれていた。
——————
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