第19話 環奈と遊園地 ①
「ここが……」
「ここが……」
俺と環奈は、同じような声を漏らした。
これは悲嘆な感情ではなく、圧倒的な感動だ。
「「夢の国!」」
ここは某有名『ハムスターランド』という遊園地。
軽快なBGMが流れ、大人、子供関係なく、大勢が笑みを浮かべている。
遥か奥には、ヨーロッパ風のピンク色のお城がそびえていた。
今日の環奈の恰好は、清楚百パーセントの白ワンピースだ。
最近は俺も、彼女の隣で歩いていて恥ずかしくないように、おしゃれな洋服を着たりしている。といっても、パーカーだが……。
綺麗な装飾に歓迎され、まず出迎えてくれたのは、ここのメインキャラクター『ハム坊』だった。
あどけない表情、ぴょいと飛び出た前歯がチャームポイント。
これには環奈も予想外のサプライズだったらしく、思わず脚を止めた。
「佐藤君……ハム坊だ……」
「ああ、可愛いな」
「か……か、かわい♡――――わっ♡ ハム坊、かわっいっっ♡ いいい♡ い~~~~~~っ♡♡♡」
へ……?
もの凄い勢いで、環奈は子供のように一直線に駆ける。
ここまで感情を表に出す彼女をはじめてみた。
夢の国は、ここまで人を変えるのか。
ここへ来るのは初めてなのだが、それは環奈もだったらしい。
さすがに人目が多すぎるので、眼鏡と帽子で変装をしてもらっているが。
「佐藤君! ハム坊たんの写真撮らせてもらえるんだって! ほらっ、ほらあ! はやく!」
手首が折れそうなほど、手をこまねく。落ち着くんだと言いたいが、本人が楽しそうなので良しとしよう。ハム坊たん?
俺は駆け寄り、その場にいたキャストさんにスマホを手渡した。
環奈は、ハム坊の腕をガッチリと掴んでいる。
もう片方で、俺の腕も掴んできた。
「では、ハム坊と一緒に―! もっと寄ってください! 撮影しますよー! はい、ニコニコ笑顔で、ハムハムちゃん♪」
「ハムハムちゃん♪」
「は、はむはむちゃん」
恥ずかしい……。けど、楽しさもある。
「ありがとうございます! わ、みて佐藤君! 宝物が生まれた瞬間……」
「あ、ああ。――確かにな」
スマホの画面には、俺と環奈、ハム坊が並んでいる。思い切り胸が当たっていたのは内緒だ。画像でバレませんように。
しかしハム坊、環奈をここまで喜ばせるとは、おそるべし。
「アトラクションの待ち時間、結構長いな」
電光掲示板に張り出されている待ち時間、平日とはいえそれなりに混雑している。
そもそもなぜここへ来たのか、いや、来ることができたのか。
それはレースのおかげだった。
なんと優勝賞品が、ここのチケットのペアだったのである。
男二人組だったら、どうしてたんだろうか?
「ねえ、私もあれ……付けたい……」
環奈が、ちょいちょいと腕の裾を掴む。視線を向けると、女子高生たちが、ハムスターの耳をつけていた。
なるほど、テレビで何度か見た事はあったが、実物を見るのははじめてだ。
あれなら変装にもなるし、ちょど良いだろう。
それに――きっと環奈に似合う気がする。
「よし、買いに行くか!」
◇
「……ど、どう?」
一緒に選んだハム耳のカチューシャを付ける環奈。
これは……てえてえ……。まさかここまで似合うとは。
眼鏡&ハム耳。なるほど、これは良い。
「似合ってるよ。でも……俺のこれ大丈夫か?」
「やった♪ ありがとう、佐藤君! って、付けてる! かわいいいいいいいいいいいい♡」
「そ、そうか……?」
環奈が付けてほしいとせがむので、俺はハムスターランドの敵キャラ、猫吉太郎の耳を付けていた。
この園内に隠れているらしいが、まだ見つけられていない。
しかし、付けてみるとワクワクするもんだな。自分が、夢の国の一員になったようだ。
「佐藤君、ストップ! そのまま! 今いい! 凄くかわいい♡」
「お、おう?」
環奈は、まるで俺をモデルのように撮影しはじめた。
パシャパシャ、パシャパシャ、周囲から少し笑い声が聞こえるが、環奈はお構いなし。
「も、もういいんじゃないか」
「ニャーって言って! 佐藤君、ニャーって!」
「え? いや、でも別にカメラに音声は入らないんじゃ……」
「ニャー! いちにのさんっはい! ニャー!」
「にゃ、にゃー」
もはや俺はただのキャラクター。
佐藤太郎ではない。猫吉太郎だ。
「はー楽しかった……佐藤猫吉太郎がいっぱいだにゃー」
「勝手に融合させないでくれ」
数百枚ほど撮影したところで、満足だにゃーと言われて終わった。
アトラクションに乗ることが楽しいと思っていたけど、夢の国は何をしても楽しめるん(環奈曰く)。
というか、女の子と遊園地なんてはじめてだ。
それに隣は、学校一の美少女なんだから言うこともない。
「あ、値段はどのくらいだった? カチューシャ代!」
そんなことを考えていると、環奈が鞄から財布をゴソゴソと取り出そうとする。
レジが混雑していたので、俺だけササッと並んで買ってきたのだ。
こういう細かいところは絶対に忘れないのも、彼女の良いところだ。
「いや、いいよ。チケット代もかかってないし、いつも美味しい料理を食べさせてもらってるからな」
「え、でも……」
「いらないよ。えっと……じゃあ」
言いづらい、言い出せない。けれども言いたい。
勇気を出せ、佐藤太郎。
「じゃあ?」
「俺も環奈のこと……写真撮っていいか? なんだその……可愛いと思ってな」
「へ? わ、わ、わたし!? ~~~~~ッッッ!!!!」
思い切り頬を赤らめて俯く。こんなにも恥ずかしそうなのを見るの初めてだ。
「は……はい。私で良ければ」
「じゃ、じゃあ、撮るぞ」
そして俺は、数百枚とは言わないが、数十枚撮影した。
ハム耳環奈。略してハムカン。これは――お宝だ……。てえてえ……。
「恥ずかしかった……こんな気持ちだったんだ……」
「わかってくれたか……」
「えへへ。――ねえ、佐藤君。せっかくだし、一緒にも撮ろう?」
「ああ、そうだな。高森と紬に送ってやろう。あいつらも来たがっていたが、忙しいからと泣いていたからな」
「じゃあ一緒に、ニャー!」
「にゃ、にゃー」
ここってハムスターランドだったと思うんだが、まあいいか……。
◇
俺たちは待ち時間も加味して、ジェットコースターに乗ることにした。
ハムスターの形をしていて、ほがらかに見えるが、時速百キロを超えるらしい。
俺は絶叫系は問題ないのだが、環奈は並んでいると、徐々に不安になってきたみたいだった。
時折聞こえる悲鳴で、体をビクビクさせているからだ。
「だ、だいじょうぶかな……飛び出したりしない?」
「飛び出す……?」
「肩のやつが外れて、曲がるときにボーンって! で……そのまま……」
「安心しろ。その時は俺が掴んでやるから」
軽い冗談を言ったつもりだった。しかし、環奈にとってはかなり安心したらしく、表情を明るくさせる。
「ほんと!? しっかり掴んでくれるの!?」
「ああ。どれだけ飛んでも、空中キャッチだ」
「空中キャッチ……。安心だね」
っても、そのまま二人で落ちるけどな、という冗談はやめておいた。
「それでは、出発しまーす!」
プルルルル。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
出発した瞬間、環奈はまた震えていた。
そこまで無理しなくても、と思ったが、ジェットコースターに乗るのが夢だったらしい。
俺はもちろん空中ナイスキャッチするために気合を入れていた。何があってもいいように。
その時、環奈が俺に顔を向けた。
「佐藤君。……手、握ってていい?」
上目使いで、肩を震わせながら涙目だ。
よっぽど怖いのだろう。
「ああ。そのほう何があっても大丈夫だしな」
「……ありがとう」
ぎゅっと俺の手を握る環奈。手汗とか……大丈夫だったよな?
出発したが、もちろん飛び出したりはしなかった。
けれども、思っている以上に速く、どちらかというと俺のほうが手を握って安心していたのは秘密にしておこう。
「ハム坊コースター楽しかった……」
「あ、ああ。そうだな」
乗り終わると、環奈はようやく一息ついていた。
それから、まだ手を握っていることにお互い気づく。
「あ!?」
環奈が恥ずかしがって、手ぱっと離す。
「い、いや大丈夫だ」
「ごめんね、突然手を繋いじゃって……」
「気にするな。そういうのは男の役目だろ」
「~~~~~ッッッ!?」
環奈は、なぜか顔を隠すように横を向いた。
やっぱり気分が少し悪いのだろうか、心配で声をかけてみたが、すぐに振り向いてはくれなかった。
それから次はどうしようかと話し合ったところ、期間限定のアトラクションがオープンしてるとのことだった。
それを見に行くかと二人で足を運び、入口近くで足が止まる。
「怖そう……」
「怖そう……」
看板には、鋭い歯と鋭い爪、そして切れ長の目をした猫が、ハム坊を食べようとしていた。
猫吉太郎の恐怖の館へようこそ。ここは――お化け屋敷。
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