第20話 環奈と遊園地 with 心の変化 ➁
猫吉太郎の恐怖の館に入室した俺たちは、不気味な笑みを浮かべている、女性キャストさんから説明を受けていた。
ちなみに環奈は、ぷるぷると体を震わせている。
怖いならやめとくか? と聞いても、昔からお化け屋敷に行きたかったので、頑張るとのことだった。
館の中は随分と古い感じで、暗い。ほとんど何も見えないが、怖いBGMが流れている。
猫吉太郎っぽいのも壁に描かれているが、怖いというより、可愛い感じにも見える。
というか、普通の猫が二足歩行しているだけだ。
お化け屋敷なんて小学生以来。あのときは親の影に隠れていたが、まさか俺が守る側になるとは。
けれども、俺は環奈を絶対守ってやる。
「あなた達は、猫吉太郎の館に侵入してしまったハム子たち。果たして、あの手この手で追いかけてくる猫吉太郎から逃げきれるのでしょうか……」
「きゃあ! うう……」
なるほど、そういう設定かって、環奈ビビりすぎでは……ちょっぴり可愛い。
確かにハム子たちからすれば、猫吉太郎は恐怖の対象なのだろう。
環奈は仕事で演劇やドラマとかをやっていたらしいので、役に入りきっているのかもしれない。
「環奈、大丈夫か? 今ならまだリタイアできるらしいぞ」
「だ、大丈夫! が、がんばる! 逃げ出さないと……ハム子たちの未来のために」
ハム子たちの未来のために……? まあでも、本人がの楽しければいいか……。
それから俺たちは、館の入口へと足を踏み入れた。ちなみに段々と俺も足がぷるぷるしている。
いざその場になると緊張してきてしまった。
「さ、佐藤君……猫吉太郎を見つけたら教えてね……」
「お、おう」
教えてどうなるんだと思ったが、それは言わないでおこう。
館内は、猫の絵がいっぱい書かれていた。どちらかとゆうとユニークな感じだが、大口を開けてハム子たちを食べようとしていたり、鋭い爪でひっかこうとしているのがあった。
ゆっくり進むと、横から猫の爪が飛び出てきたり、チャールみたいなのが置いていて、それを取ろうとすると引っかかれそうになった。
色々なギミックがあるんだな……。
そして――。
「にゃーにゃーにゃー、にゃーにゃにゃーん、にゃーにゃにゃーん」
どこからともなく、猫の鳴き声が聞こえてきた。怖くないが、なんか怖いような感じだ。
もしかして、猫吉太郎が出てくるのか? ていうかこれ、ニャースベイダー?
「多分だが、猫吉太郎が近いぞ。心してかかれ」
「や、やだ……こわい」
環奈が、腕の裾をぎゅっと握っている。
いや、そんな怖くないと思うんだが……ハム子になりきっているな。
細い通路を抜けたところで、ついに猫吉太郎が姿を現した。
「にゃにゃにゃーん!」
じゃじゃじゃーん! みたいな登場だ。
なぜか、チェーンソーを持っている。体の大きさは俺の二倍ほど。
思っているより何倍も怖いんだが!?
「にゃ、にゃにゃ、!」
「きゃあ!」
猫吉太郎に驚いた環奈が、俺の腕を強く握りしめる。
柔らかくていい匂いがする。しかし、今はそんなことを考えてはいけない。
俺を頼ってくれているのだから。
「大丈夫、俺がそばにいる」
とはいえ、俺も猫吉太郎が割と怖かった。ゆっくり通り過ぎようとしたら、にゃーん! と耳元で叫ばれてしまう。
おそるべし、猫吉太郎。
「怖いけど……猫吉太郎の声、かわいいね……」
「可愛いのかよ」
どうやら俺が思っていたより、環奈は楽しんでいるらしい、。
雰囲気が怖いだけで、猫吉太郎のことは好きなのだろう。
それから猫吉太郎とチャール対決をしたり、追いかけっこしたり、タイマン勝負をするゾーンを終えて、遂に出口が見えてきた。
長い……戦いを制覇したのだ。
「やった、やったよ……私たち、猫吉太郎の魔の手から、生きて帰れるんだね……」
「あ、ああ。そこまで物語に入り込めんでるとは思わなかったが」
しかしお化け屋敷にはお約束がある。
終わり際、出口の前に何かあることが多いのだ。
俺はそれを知っていたので少し警戒していたが、あるとは限らないので黙って置いた。
けれども、案の定、出口付近のロッカーから猫吉太郎が顔を出した。
にゃー! と叫び、鋭い(多分、柔らかいもので出来ている)爪を構える。
「きゃああ、猫吉っ!」
環奈は叫び、俺に思い切り抱き着いた。いや、もはや体当たり。
あまりの衝撃で、支えきれず地面に倒れ込む。
むにゅりと、なんだか安心する柔らかさが手に触れる。
幼い頃、よく触れていたような気がする感じだ。なぜか落ち着く。
「さ、佐藤君……お手て……おっ……」
「え? あ、ああ!? すまん……」
思わず驚いてたじろぐ。わざとではないんだ……。
猫吉太郎も思わず手を差し伸べてくる。肉球がぷにゅりと柔らかい。
柔らかいって色んな意味で正義だ。
◇
「よく戻ってこられましたね! そんな猫吉太郎の魔の手から無事逃げ出したハムさんたちに、キャンペーンチケットをお渡しします! それでは、さようなら!」
満面の笑みの女性キャストから紙をもらい、俺たちは恐怖の館を後にする。
環奈はようやくホッと一息をついた。
「猫吉太郎そんなに怖くなかったね」
「嘘つきは閻魔に舌を取られるぞ」
「え、えへへえ?」
「でも、初めて環奈の苦手なものを見た気がするよ。たまにはそういう一面も悪くない」
「そ、そう? 割と苦手なものいっぱいあるよ?」
例えば? と聞き返すと、顎に手を置いて頭を悩ませる。
そのうち、うーうーと唸りはじめる。やっぱりないんじゃないか……?
「思い出したら言うね……」
「ないなこれは」
「そ、それより! キャンペーンチケットって?」
ああ、そういえばとポケットからチケットを取り出す。引換券と書かれていた。
裏面を見る限りでは、何か飲み物と交換とできるらしい。
夕日も落ちてきたので、帰る前にそれだけ食べて帰ろうとなった。
◇
「どれにする?」
「バニラ……チョコ……ストロベリー!」
嬉しそうに悩む環奈。いくつか種類があるフロートだった。
「俺はバニラにするか」
「じゃあ、私はストロベリーで!」
店員さんに頼み、ほどなくして手渡してもらった。
一口飲むと、小さな氷の粒とバニラがするりと喉を通る。うむ、美味しい。
横を見ると、環奈はまるで小さな子供のように満面の笑みを浮かべていた。
「環奈、これも飲んでみるか?」
「え、いいの!?」
「ああ」
嬉しそうに声をあげたので、サッと手渡す。
しかし――なぜか飲もうとしない。というか、ほんのり環奈の頬が赤いような……。
そこでハッと気づく。
あ……もしかし……間接キス――。
完全に無自覚だった。
恥ずかしくなって返してもらおうと思った瞬間、環奈はストローに口をつけた。
思わず、目を反らしてしまう。
「……美味しかった。――佐藤君も、飲んでみて?」
まるでプレゼントを渡すかのように、環奈が両手で俺にストロベリーフロートを渡してくる。
俺も恥ずかしいが、環奈も恥ずかしそうだ。
けれども、ここで余計に意識すると逆に俺が……。
「じゃ、じゃあ……」
ごくり。環奈は目を反らさず、俺のことをじっと見つめている。
……できれば向こうを見ていてほしい……。
――ごくごく。
「……美味しかった」
「え、えへへえ……」
「…………」
「…………」
環奈の顔は真っ赤だ。
おそらく俺もだろう。お互いに一切そのことを口にしないが、関節キスをしたことはわかっている。
少しだけ沈黙が流れた。そして――。
「「きょ、きょう」」
同時に喋り出す。
「「あ、さ、さきに」」
返しも同じ。それに気付き、俺たちはまた同時に笑った。
「はは、俺たち気が合うな」
「ふふふ、本当にね」
◇帰り道、俺は強く思った。
◆帰り道、私は強く思った。
「環奈、今日は楽しかった。ありがとう」
「私もだよ、佐藤君。夢を叶えてくれてありがとう」
◇環奈とこれからもずっと一緒にいたいと。
◆佐藤君とこれからもずっと一緒にいたいと。
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