第14話 環奈とマッサージ、そして真っ向勝負へ。

「佐藤君、そこ気持ちいい……でも、もう少しだけ優しく……」

「あ、ああ。このあたりか?」

「……あ……んっ……はぁっ……そこ」


 環奈は吐息を漏らしながら、俺のベットで仰向けになっている。

 チラリと見える火照った彼女の頬が、妙に生々しい。


「本当に初めてなの? すっごく……上手だよ」

「まあ、随分昔にしたことはあるが。というか……」


 というか……エロい。


「練習するのはいいが、本番に支障をきたさない程度にな」

「はい……ごめんなさい」


 環奈が申し訳なさそうな声で返す。

 今年は例年より暑いらしく、早めのプール開きが行われていた。

 猛特訓のおかげで環奈は問題なく泳げているのだが、それとは別に、体育祭が開かれる。


 彼女はいくつかの種目に出ることが決定していた。それもあって、責任感から個人練習を始めていたらしい。

 しかし少しオーバーワーク気味になっていたらしく、マンションの階段で足がつって倒れかけ、たまたまその場に居合わせた俺が助けたのだ。


 そして今である。

 ちなみに環奈の恰好が、上下モコモコの白パジャマなのだが、下がとにかく短い。

 太ももの露出が激しく、目の保養ではあるが、困ってしまう。

 今の行為は決してエロ目的ではない。

 これは不可抗力。だが健全な男子としては気になるのは仕方がない。


「あっ……んんっ……はぁっ……きもちいい」


 さらに環奈は無自覚で艶かしい声を出す。

 マッサージをしてあげようと言ったのは俺だが、よく考えれば固い床に寝かせるわけにもいかない。

 なので、俺の部屋のベットに寝ころんでもらったのだ。


「……佐藤君。交代しよ?」

「いや、俺はいいよ。別に練習してたわけでもないし」

「ダメだよ。してもらったんだから。ほらほら、寝転んでー」


 抵抗しても、環奈はお構いなし。

 俺はまるでぬいぐるみのように、彼女の手によってその場に倒れ込む。

 そういえば、この枕いつ洗ったっけ……匂いとか、大丈夫だったのかな。


 そして環奈は、思い切りお尻を俺の足に乗っける。


「ちょ、ちょっと!?」

「ふえ? どうしたの?」


 声を荒げても、環奈は何のこと? と気付いていない。

 俺はあえて腰を浮かしていたのだが、彼女は気付いていない。

 指摘するのはそれはそれでエロいと思われるので、黙っておこう……。


 しかし健全な男子高校生を舐めるんじゃないぞ……。これではいつか……何かが立ち上がりそうだ。


「んっしょ、んっしょっ。どうかな?」

「あ……ああ……かなり気持ちいい」


 環奈は手慣れた手つきで、俺の足先から太ももに向かって、指を這わせる。

 まるでプロのようだ。意外に慣れているのか。


 し、しかし……。お尻も擦れている。なんて柔らかさだ……。

 そ、そこは――! かなりキワキワなところだ……。


 やばい、やばい! 起き上がって来た。立ち上がってきてしまった。


「佐藤君、次は仰向けになれる?」

「無理だ」

「え? なんで?」

「今は無理だ」

「ふえ? は、はい」


 不安そうに返す環奈。すまない、ここだけは譲れない……。

 それから少しすると、環奈はいつもより高めのトーンで話はじめた。


「体育祭、楽しみだなあ。私こういう行事、参加するの初めてなんだよね」

「そうなのか。転校前の学校でもあっただろ?」

「あったよ。でも、仕事でいつも休んでたから参加できなくて……でも、佐藤君に迷惑かけないように気を付けます」

「まあそれはな。たまたま俺がいたから良かったが、大怪我してたところだぞ」

「はい……ありがとうね」


 体育祭は、三学年合同で色々な種目を行う。

 高森はいつにもなく気合が入っていた。紬も普段はインドアではあるが、運動神経は良い。


 俺は運動に関しては全然ダメだ。普通とはとてもいいがたい。

 けれども環奈のやる気に触発され、今回は少し頑張りたいなと思いはじめた。


 変わるきっかけだな……よし。


「環奈。明日の朝、登校前に少し走らないか? 俺も学校の体育だけじゃ、心もとないからな」

「わ、いいね! それだったら私も嬉しいかも。一人だとやりすぎちゃうし……」

「たしかにな。だが、俺は運動に自信がない。足手まといになるかもしらんが」

「その時は私がスパルタ教育するから大丈夫!」


 次に環奈は俺を仰向けに向けると、腕回りをほぐし、なぜかお腹をポンポンと叩いた。


「前も思ったけど、佐藤君って意外に筋肉あるよね。本当に運動苦手?」

「ほんとだ。なぜなら俺の跳び箱の最高は四段だぞ」

「四段……。それって、どのくらいだっけ?」

「三歳から四歳くらいの子供が飛べる高さだな」

「ふふふ、佐藤君の冗談って面白いね。本当は?」

「いや、マジだが?」

「え」


 ◇


 早朝、太陽が昇りはじめている。

 自分からこんな時間に外へ出るなんて何年ぶりだろうか。昼間はそれなりに暑いが、この時間だと結構涼しいんだな。

 心なしか、空気も澄んでいる気がする。

 鳥の声が良い意味で、頭に響く。


 マンションの近くに遊歩道があり、そこで一緒に走ることになった。

 

「さて、準備運動からするか」

「はい!」


 俺は学校指定のジャージを着ているが、環奈はアスリートのような恰好をしている。

 スポーツ系で有名なスニーカー、ピチピチのレギンス、上はタンクトップ。

 さらに太陽の反射を防ぐために偏光サングラスも。


 かっこよすぎるだろっ!


 あまりの違いに俺は交互に服を見返す。


 環奈の手足は日本人とは思えないほど長い。

 普段見慣れている俺でも、目を奪われた。


 それでいて、程よい肌の柔らかさも兼ね備えているのも特徴だ。

 これは俺だけが知っていることだが。ふふふ。


「とりあえず軽く流す感じでいいか? 物足りないと感じたら、俺を置いていってくれ」

「大丈夫。ちゃんと最後まで一緒に走るから安心して!」

「それ、守られないパターンの返答な」


 準備運動を終え、俺と環奈は走り出す。

 彼女と会う前の俺は今では考えられないくらい怠惰で、早朝に走るなんて考えたこともなかった。


 意外とこういうのも楽しいもんだな。


 ああ、たのし……。



「……はあはあはああはああはあ……」

「佐藤君、だ、大丈夫?」

 

 マラソン開始の数十分後、俺は酸素をすべて失って、片膝をついていた。

 まるで王の御前。環奈の従者。


 さらに環奈は、俺の運動不足にドン引きしている。


「環奈……高校生には二種類あってでな……」

「佐藤君、喋らないほうがいいよ……。そこのベンチで少し休もう?」

「運動ができるヤツか、運動ができない俺だ……はあはあ」

「早くベンチに座ろうね」


 ◇


「ふう、そろそろ学校だ。帰るか」

「そうだね。佐藤君の可愛い面が見られて良かった」

「かわい……かったか?」

「うん、とっても」


 あれから少しペースを落とすと、問題なく走ることができた。

 思っている以上の体力のなさに呆れたが、これから頑張ればいいと環奈に励まされた。

 体育祭までまだ時間があるので、これを日課にすればだいぶ変わるだろう。


 いざ帰ろうとしたとき、遠くから見慣れた二人が制服姿で歩いてきた。


 ……見たくもないヤツらだ。


「環奈、隠れるぞ」

「え?」


 それから少しすると、甲高い声の女性と、虫唾が走るような声をした二人――日和と浦野健うらのけんが姿を現す。

 学生服を着ているので、登校前だろう。

 あいつら、ここを通ってるのか。


「でね、そいつすっごくきもくて、オドオドしながら告白してきたんだよね。まじありえない」

「はっ、きめえな。俺がそいつボッコボコにしてやるぜ」

「やっぱり、ケン君は優しいね! そういうところが、ス・キ♡」

「「チュー♡」」


 二人は立ち止まって、唇を重ねた。

 ったく、朝から嫌なものを見せないでくれ。

 せっかく気持ちよかったのに台無しだ。


「そういえば日和、今年の体育祭のペアレースに出ようぜ」

「ペアレースぅ? それって、ケン君と私が一緒に出れるの?」

「ああ、今年から追加された特別なレースらしい。優勝賞品も出るとのことだ。俺が裏で頼んで、日和とペアになれるようにしとくぜ!」

「わ、ありがとう♪ さすがケン君。楽しみだね、体育祭♪」

「どうせ雑魚ばっかしか出ねえよ。俺らでかっさらおうぜ」

「さすがケン君♪」


 腕を組み合いながら、ちゅっちゅっしながら二人は去っていく。

 体育祭、ペアレース……か。


 とはいえ、目標ってのはいいもんだ。

 それに向かって進むだけで、人として成長が出来る。

 俺と環奈も普通契約を結んだことがきっかけで、刺激し合っている。



「今のって日和さんだよね……」


 環奈は眉をひそめていた。日和の母親にあれだけのことをされたのだ。

 さらにその発端は日和にあるのだから、苦手になるのも無理はない。


 今思えば、俺はどんなときも受け身だった。

 何かされてから対策を練るだけ。果たしてそれでいいのか?

 いや、そうじゃないはずだ。


 これは――チャンスじゃないか?


「……なあ環奈、あいつらの言ってたそのペアレースってのに出てみないか?」

「ええ!? でも、目立つんじゃないの? ちょっと不安もある……」


 明らかに、環奈は表情を曇らせた。目立ちたくないのと、日和たちと関わるのが怖いのだろう。

 しかし――。


「俺と環奈に足りないのは自信だ。それに日和に真正面から勝つチャンスでもある。俺は浦野健うらのけんにも貸しがあるしな」


 明らかに戸惑っている。けれども、徐々に頷きながら、瞳に炎が宿って行くのがわかる。

 チャンスってのは無限じゃない。そしてその選択も唐突に訪れる。

 俺は今なんじゃないかと、そう思ったのだ。


「……わかった。佐藤君、私もそのペアレースってのに出る! それで……日和さんやり返す!」

「よし、そうだ。その気持ちだ」

「でも、どうするの? ペアはクジで決めるって言ってたけど……」

「それは俺に考えがある。って、学校の時間……環奈、急いで帰って着替えるぞ! 遅刻だ!」

「はわわわ、ほんとだ!」


 そして俺たちは、俺たちのやり方で、二人を真正面から叩き潰すことにした。


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