第13話 親友、高森連の初彼女

 今日の日替わりランチは大人気の唐揚げ定食。

 味噌汁にサラダ、白米は大盛可能。さらに一品ものが付いてくる。

 これで五百円だというのだからお得だ。


 前までは最高だと思っていたが、環奈の手料理を毎日食べている身分としては、少し物足りなく感じてしまっている。

 贅沢な悩みだ。けれども、俺の前で嬉しそうにガツガツと食べている高森がいた。


 今は昼休み、学食内は混雑しており、人と人の声がぶつかり合っている。


 俺はそろそろ高森に話そうと思っていた。

 そう、環奈のことをだ。


「……聞いてくれ、高森」

「ん? なんだ?」

「ずっと黙ってたことがあるんだ。その……なかなか言い出せなくてな」

「水臭いな。俺たちは親友だろ。何でも話してくれよ」

「お前、優しいな……。実は天使環奈あまつかかんなとずっと前から仲良くしてたんだ。それから毎日夜ご飯を一緒に食べてる。お前がファンなのは知っていたんだが、それもあって言い出せなかった。許してくれるか?」

「そうか。太郎、ちょっと顔を貸してくれ」

「ん? な、何をするんだあああああああああああ」


 俺は高森に顔面を思い切り殴られた。




 ダメだ。次。


「高森」

「ん? なんだ?」

「実は天使環奈あまつかかんなとたまに遊んでるんだ。といっても、ちょっと出かけたりするぐらいだがああああああああああ」


 俺は高森に顔面を思い切り殴られた。


 ――――

 ――


「おい、太郎? 何ボーっとしてんだよ? 唐揚げが冷めちまうぞ」

「あ、ああ……」


 高森が眉をひそめていた。

 今は学食で唐揚げ定食を食べている。

 環奈と知り合って数ヵ月、すっかり高森に話す機会を失っていた。

 脳内でナレーションを重ねていたが、どうもうまくいかない。


 聞けば紬以上の大ファンらしい。それもあって、環奈と仲良くしてるとは言いづらい。


「で、なんで今まで俺に黙ってたんだよ?」

「……何をだ?」

「とぼけるなよ。知ってるんだぜ」


 な、なぜだ。なぜバレた? 俺は高森の前で環奈と話したことはない。

 帰り道もかなり気を付けている。いや、違う。

 そうだ、高森は特殊能力心を読める者を持っている。心の声を聞いたんだ。


「実は……環奈と前か――」

「学年トップを取れるなんて知らなかったぜ。もしかしてずっと勉強サボってただけなのか?」

「へ?」


 あ、そっちか。


「かん? なんだ? いま何て言った?」

「……ヤマ勘だ。今回はたまたまヤマ勘が当たっただけだ」

「本当か? 誰かと秘密の勉強会とかしてねえだろうなあ?」


 やはり鋭い。高森に彼女が出来たら俺も気兼ねなく言えるのだが……。

 しかし、そんなことはありえないだろう……。

 俺も日和と付き合うまではそうだったが、本来女性とは縁遠い二人だった。

 高森もいいヤツなんだが、女性にはモテない。


「そういえば、俺彼女できたんだ」

「ああ、そうか。……は!? 彼女!? いつだ!?」


 高森がさも当然のようにサラリと言った。予想外の言葉に唐揚げを噴き出しそうになる。


「昨日だ」

「すげえタイムリーな話だな……。でも、部活で忙しかったんじゃないのか? その前はずっと勉強してただろ?」


 高森はサッカー部だ。なのに女にモテないと嘆いていたが、どうやら春が来たようだ。

 ちょうどいい、これなら環奈のことを話すことができるかもしれない。


「図書室に本を返却した時、知り合ってな。話してるうちに仲良くなったんだ」

「おお、高森らしからぬ文学的な出会いじゃないか。同級生か? もしかして、ここにいるのか?」


 俺は学食をキョロキョロ見渡す。日和と浦野健うらのけんもいたが、無視無視。

 環奈は紬とご飯を食べていた。クラスは違うが、たまに仲良くしているらしい。

 学校内で俺とは話さないようにしているので、二人が仲がいいと俺も安心だ。


「いや、それが……名前もわからないんだ」

「わからない? 図書室で知り合ったんだろ? あ、もしかして市民図書館ってことか?」

「いや、この学校の図書室だ」

「……? ちょっと待て高森」


 俺は唐揚げを食べ終わり、箸を置いた。

 何やら雲行きが怪しい。

 高森は昨日、彼女が出来た。しかし、名前も学年もわからない。


「もう少し詳しく教えてくれ」

「ああ、けど昼休みも終わりだ。放課後にしよう」


 キーンコーンカーン。

 

 まさかのお預けを食らってしまった。

 放課後だと遅くなりそうだが、気になって仕方がない。

 なので、夕食はいらないと環奈に連絡した。

 だが返ってきたメッセージは、私も遅くなるからちょどいいかも。だった。


 まあ環奈がいいならそれでいいか。高森の話次第で、俺も環奈と仲良くしていることを伝えようではないか。


 ◇


「わりぃわりぃ、遅くなった」


 放課後、高森は緊急ミーティングだと、サッカー部に呼ばれてしまっていた。

 そのせいで教室には生徒の姿もほとんどなく、先生からも早めに帰れよと釘をさされてしまったのである。


「おせえよ。早く帰れって怒られたから、手短にそれでいて詳しく頼むわ」


 高森が思い出したかのように笑みを浮かべながら、俺の前の椅子に座る。


「昨日、図書室で本を返却したとき、窓際で本を読んでいる女の子がいてさ。一目ぼれってやつ? だって、本読んでるんだぜ? 文学的だよな」

「そりゃ図書室だから読むだろ。見た目はどんな感じだ?」

「そうだな、ポニーテールで眼鏡で知的な感じだ。すげえ可愛くて、所謂一目ぼれってやつをした」

「ほう、にしてもお前が本を読む趣味があるは知らなかったな。何を借りてたんだ?何」


 高森は幼い頃からサッカー一筋だ。学食でもいつもボールを足元に置いている。

 所謂サッカーバカだ。だから、本なんて読まない。多分。


「サッカーの本に決まってんだろ。まあ、それは置いといて、俺じゃ到底理解できない難しい本を彼女は読んでるわけよ。まさに晴天の辟易へきえきだったぜ」

霹靂(へきれきな。疲れてどうすんだよ」

「そうそれ。で、周りにほとんど誰もいなかったからさ、勇気出して声をかけたんだ。何読んでるんですか? って」

「ほう、それは頑張ったな。前に好きな人がいたとき、声すらかけれなかったじゃないか」


 一年前、高森は好きな人がいた。ずっと片思いで、結局勇気が出ずに声をかけれなかったのだ。

 そうしているうちに彼女は転校してしまった。俺はそれを知っていたので、なんだか嬉しい気持ちになる。


「嫌なことを思い出させるな……まあ、俺も成長したってわけよ。それで意外にも反応が良くてさ。そこから話が盛り上がって」

「ふむ、文学少女とサッカー大好き高森くんはどんな話で盛り上がれるんだ?」

「そりゃサッカーの話だよ」

「サッカー好きな文学少女か、めずらしいな」

「サッカーじゃねえ、作家だ。作家」

「作家? お前、そんな詳しいのか……?」

「漫画ばっかりだけどな。でも、彼女も結構詳しいんだよ」

「まあ漫画も作家とは言えるか……」


 聞けば文学少女は本全般が好きなのだという。

 漫画からはじまり、高森の知らない小説、そして本当にサッカーについても興味を持ってくれて、盛り上がったとのことだった。

 自分の知らないの世界ってのは、案外聞いていると楽しかったりするからな。

 

 ただ、疑問は解決していない。


「なるほど、出会いはわかった。仲良くなった理由もわかったが、それで付き合うことになったんだろ? なんでそこまで話が飛躍するんだ?」

「いや、相手から言われたんだ」

「……え? 急展開だな。何て言われたんだ?」

「また本の話に付き合ってくださいって」

「……? いや、それは本の話だろ?」

「何がだ? それが付き合うって話だろ? また本に付き合ってほしいってことは、そういう意味じゃないのか?」


 おいおい、どういう理屈だ。俺が思ってる以上に高森はサッカーバカだったようだ。

 俺はできるだけ優しく、そして丁寧に、おそらく付き合ったわけではないと伝えた。


「まじか……じゃあ、俺の勘違いなんだな……」

「リアルに落ち込むなよ……」


 予想以上に高森は落ち込んでいた。しかし、あながち間違いとも言えないのかもしれない。

 もしかすると、相手は本当に付き合ってくださいと言った可能性もゼロではない。

 少なくとも、高森と本の話をまたしたいということは好意的だということだ。


「けど、どうして名前を教えてもらえなかったんだ? よくわからないな」

「いや……なんかこう、口籠ったというか、俺もよくわかんねえんだけどよ。無理やり聞くのも違うだろ?」

「うーむ……まさか幽霊とかじゃないよな?」

「いや、それにしちゃ可愛すぎたぜ」


 可愛すぎるのと幽霊が関係あるのかわからないが、一向に疑問が解決しないな……。

 すると突然、高森が立ち上がる。


「あ! そういえば時間があれば図書室にいるっていってた。もしかしたらいるかもしれなし、行ってみないか? 太郎の知ってるやつかもしれないし」

「そうだな。いたらその時、付き合ってるかどうかも聞いて見たらどうだ?」

「ええ……さすがにそれは……でも、そうだよな。そういうの大事だよな」


 ◇


「……いた。彼女だ」

「まじか」


 普段はあまり訪れない北校舎の図書室、ポニーテールの眼鏡をかけた女性が本を読んでいた。

 高森の言う通りかなり綺麗だ。本を読んでいる姿は文学的で、それでいてモデルのように輪郭が整ってる。

 背筋もピンと伸びているのが、特に好印象。

 確かにこれは見惚れてしまう。


「たしかに……可愛いな」

「だろ? でも……なんか急に恥ずかしくなっちまった……付き合ってると思ってたし……」


 高森は女の子のように体をくねらせる。こいつ、意外に可愛いところあるな。


「まだ勘違いと決まったわけじゃない。それに、楽しく話してたのは事実なんだろ。声かけてこいよ。もし勘違いでも、それが現実になるかもしれないぜ」

「……そうか。確かにそうだよな!」


 弱気になりはじめていた高森の顔に、生気が戻りはじめる。


 そして高森は、彼女に向かって歩き出す。まるでロボットのようにぎこちないが、夢と希望を抱えている。


 頑張れ、高森。


 そして――彼女に声をかけた。体をくねらせて恥ずかしそうにしているが、とても嬉しそうだ。

 となると、俺は邪魔者だな。

 帰るか――と思ったら、高森が俺を呼んだ。

 手をこまねいている。来いということだ。



「どうも、初めまして」


 俺は呼ばれてその場で立ち止まると、文学少女に挨拶した。間近で見るとものすごく綺麗だな。

 眼鏡美人というやつか。誰かに似ている気もする。


「……はじめまして」


 声もどこかで聞いたことがあるような。


「俺の親友で、名前は佐藤太郎だ。普通の名前が重なってて、逆に特徴的だろ?」

「……そうだね」


「…………」

「…………」


「……高森、なんで俺を呼んだんだよ……」

「いや、ちょっと話のきっかけを作ろうかと思って……」


 俺は沈黙に耐え切れず、高森に耳打ちした。

 文学少女はシャイなのだろうか、いや、いきなり男二人に囲まれた言葉に詰まるのも無理はない。

 そのとき、文学少女が口を開く。


「今日は帰ります」

「あ、ああ……」


 やはりそうだったか。……なんだか高森に悪いことをしたな。

 高森も失敗したとわかったんだろう。

 悲し気な表情で肩を落とした――が。


「高森くん、またサッカーの話聞かせてね。楽しかった」

「あ、ああ! またな!」

 

 去り際、文学少女は高森に声をかけた。

 嬉しそうに手をぶんぶんと振る高森。コイツ、単純だな。

 まあでも、良かったな。


 ◇


「じゃあな、太郎。やっぱり付き合ってなかったっぽいが、お前のおかげで文学ちゃんとまた話せたよ。これからも頑張るから、応援してくれよな!」

「ああ、頑張ってくれ。またな」


 帰り道、高森は終始嬉しそうだった。彼女のことを文学ちゃんと呼び、これからの人生がバラ色だと言っていた。

 楽観的過ぎる気もしたが、俺もなんだかんだで嬉しかった。

 できれば上手くいってほしいもんだ。



 自宅に帰ると、環奈からお家に行くねと連絡が来た。

 ほどなくしてチャイムが鳴り響く。

 鍵を開けておいたので、入っていいよと大声で叫んだ。


「ねえ、びっくりしたんだけど……どういうこと?」

「何の話だ? ――って、文学ちゃん!?」

「へ? 文学ちゃん?」


 振り返るとそこに立っていたのは、ポニーテールで眼鏡を掛けた文学ちゃんだった。

 つまり、文学少女は環奈だったのだ。


 ◇


「なんで気づかなかったんだ……」

「前の仕事の時からよく言われるんだよね。眼鏡と髪型を変えただけで、別人みたいだねって」

「そうなのか……」


 環奈の手料理を食べながら、図書室の出来事を話していた。

 時間があればたまに勉強したり、本を読みにいってるのだという。

 文字を読むときは眼鏡で、髪は邪魔だから括るとのことだった。

 そしてその時、高森から声をかけられたらしい。


「高森が気付いてなかったとはいえ、何でその場で天使環奈あまつかかんなだと言わなかったんだ? 隠す理由なんてないだろ?」

「高森くん全然気づかないし、そのうち話が盛り上がっちゃって。最後に言おうと思ったら、そういえば佐藤君の親友だったって思い出して。それで、タイミングを逃しちゃったんだよね」


 なるほど……しかし、これはかなりややこしいことになってしまった。

 高森からすれば、俺は文学ちゃんと毎晩ご飯を食べている男になっている。

 正しくは、環奈と毎晩ご飯を食べているのだが……。


「これは大変なことになった……」

「でもね、次会ったら伝えようと思ってたの。けど、佐藤君が現れてびっくりしちゃった。私のことも……気づいてくれないし」

「それはすまん……」

「いいよ、許してあげる。あ、今度お出かけするとき、眼鏡を掛けようかな? 佐藤君にバレないってことは、誰にもバレなさそうだよね」

「あ、ああ……。確かにそうだな」


 すまん、高森。

 何度か脳内シミュレーションを重ねてみたが、やはりまだ話すことができない。

 どうしても君を説得できる未来ビジョンが見えないんだ。


 こんな俺を許してくれ。





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