第35話 一泊二日、海水浴編 ④ 環奈のお気持ち表明。

「ふう、美味しかったな。さすが環奈だ」

本当マジですげえよな。ただのカレーがここまで美味しくなるなんて」


 高森と俺が、ぱんぱんに膨らんだお腹をさすりながら環奈に賛辞の言葉を送った。

 基本的なカレーの材料しか買ってこなかったが、調味料を駆使して隠し味を入れたらしく、濃厚な味になっていたのだ。

 紬と朱音も料理は疎いらしく、ほとんど彼女に頼りきりだった。


 環奈は、恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうにしていた。


「そ、そんなことないよ!? 火を起こすのは、ほとんど高森くんに任せっぱなしだったし。紬ちゃんは色々準備してくれて、佐藤君と朱音ちゃんには買い出しに行ってもらったから、皆のおかげだよ」


 低姿勢で、それでいて驕らないところが、環奈の良いところだ。

 自分のことのように嬉しくて、気づかぬうちに笑みを浮かべていた。

 それを見ていた高森から「ニヤけてんぞ」と注意される。


 そういえば、買い物が終わってから朱音の様子が変だ。

 いつもの元気さがない。関西弁でのツッコミもないし、もしかして風邪?


「大丈夫か? 調子悪いのか?」

「な、何もないで! うちは元気、元気や!」


 なんだか空元気のような気もするが……本人が言うなら大丈夫なのだろう。

 すべての片付けを終えると、旅館へ戻った。

 眠気がピークに達する前にお風呂へ入ろうと話がまとまる。


 前回、環奈と二人で旅館に泊まったことを思い出す。

 あの日、彼女は自らの想いを告白してくれた。

 距離はぐっと縮まったし、嬉しかったが、手違いでお風呂に一緒に入った。


 正直、俺は嬉しかった……いや、環奈に申し訳なかった。

 とはいえ、あんなことがもう起きることはないだろう。



 女子たちはまだ準備があるらしいので、高森と二人で先に行くことになった。

 道中、高森が俺に訊ねる。


「なあ、朱音さんどうだった?」

「どうだった? とは?」

「二人きりで何話したんだよ。なんか、様子が違うかったぜ」

「様子……様子か……」


 話した内容はさすがに言えないが、朱音の心の内を聞く事ができた。

 しかし様子が違うのはよくわからない。確かにぼーっとしていたが、ただの風邪だろう。


 高森にそう伝えると、「ふーん、そうは見えなかったけどな」と、返された。


 お風呂に入る前、男女の暖簾のれんがあることを何度も指差しチェック。

 よし、間違いない。


「太郎、何してんだ?」

「いや、念のために」


 ◇


「ふう、景色がすげえな。ていうか、思ってたよりでけえんだな」

「ああ、あとで紬にお礼を言っておこう。でも、言い過ぎるとお返しを求められるから、ほどほどにしておこう」


 小さな旅館なので、温泉に正直期待していなかったが、予想以上だった。

 完全野外露天風呂で、空には満月が見えている。

 真ん中に大きな石があり、それを中心に岩風呂が囲うドーナツ状になっていた。


 天然の温泉で温度も良く、綺麗な木が生い茂っており、まるで自然の中にいるようだ。


「これが彼女と二人の旅行だったらなあ……もっと最高なのに」


 嘆く高森、俺はマネージャーの件を深堀した。


「いや、それがさ。ペンを渡したときは嬉しいって喜んでくれたんだよ。でも、そのあと……」


 彼氏がやって来たのだった。同じサッカー部の先輩で、それも陽キャだったそうだ。

 あれ? どこかで聞いたことがあるパターン? と思ったが、さすがに言わなかった。

 気持ちが分かる分、感情移入してしまった。

 慰めているうちに、高森が泣きだす。


「くう……お前はいいよな、美女に囲まれてよお!」

「囲まれる? 何のことだ?」

「とぼけんなよ! 天使さんに朱音さん、それに紬も!」

「ただの友達だろ。そもそもお前もここにいるじゃねえか」

「はあ……これだから鈍感野郎は困るぜ。朱音さんはともかく、紬と天使さんはお前のことが間違いなく好きだ。わかんねえのか?」

「は? なわけ……ないだろ」


 そんなわけがない。

 紬は幼馴染で、俺なんか眼中にないはずだ。そもそも、あいつに告白してる男子も多い。

 理想も高いだろうし、普通代表――そんな佐藤太郎おれに興味なんて持つわけがない。


 それはもちろん、環奈も決まっている。

 正直俺は、文化祭以来ずっと気になっている。ほんの少しきっかけがあれば、思わず口に出てしまうかもしれない。

 そんなところまで来ているのだ。だからこそ、抑えなければいけない。

 気持ちを押し殺し、蓋をしないといけない。

 釣り合うわけがない。それに俺は……傷つくのが怖い。


「でもな……今日の朱音さんの様子もおかしかったんだよなあ……なんか、太郎のことをずっと見てるような……」

「俺のことを敵視してるだけだろ。環奈の家の隣だからな」

「そう……か? いや、そうだよな。さすがに、それはないよなあ」


 それは、とは意味がわからなかった。

 それから高森は、限界だと外に出た。

 俺はこう見えて長風呂派で、家でも考えごとをしながらゆっくり入っている。

 露天風呂だからこそなおさらもう少しのんびりしたかった。


 心地よく星空を眺めていると――なぜか聞きなれた声が聞こえてくる。

 ドアが、ガラリと開く。


「うわーめっちゃ綺麗やん! てか、広っ!」

「確かに、私が思ってたよりも広いです」

「ふ、二人とも、さすがにタオルで身体くらい隠して……」


 朱音、紬、そして環奈が……裸で現れたのだ。

 二人はタオルで隠したりせず、豊満な胸をさらけ出している。

 環奈はタオルで身体を隠しているが、普段は見えないような肌を露出させていた。


 というか、この状況なんだ!? な、なんでここに!?


 急いで反対側の岩陰に隠れる。

 とはいえ、回り込まれればアウト。満塁さよならホームラン、俺に明日はない。

 目覚めることのない永遠の睡眠が待っているだろう。


「めっちゃ気持ちええなあ。紬っち、さすがやな!」

「何もしてませんけど、褒められるのは嬉しいですね。環奈ちゃんも、もっとこっちおいでよ!」

「は、恥ずかしい……二人とも、スタイルいいし……」


 そ、そんなにスタイルがいいのか? いや、駄目だ駄目だ。ただでさえ今朝、下着姿を見てしまった。

 もしまたバレれば……考えるだけでもおそろしい。


「環奈もスタイルええけどなあ。出るとこでてるし、引っ込んでるとこひっこんでて、形も綺麗やし」

「ですよねえ。でも、朱音さんは凄すぎますよ。これが……現役アイドル……のおっぱい……」

「わ、わたしは全然……。二人の胸……ちょっと分けてほしいぐらい……かも」


 女子同士だと、環奈も意外に大胆なことを言うんだな。

 って、悠長なことを考えている暇はない。

 どこか出るタイミングはないか、見逃してはいけない。

 温泉の湯気である程度隠れているものの、相手からは見えるかもしれない。


 それから三人は雑談しながら笑っていた。けれどもどこかで、朱音が真剣な声で話し始めた。

 上手く聞き取れないが、何か……俺の名前が聞こえたような。


 それが終わると、三人は外の景色を見るためか、裏側に回りはじめた。

 俺は思わず――息を止め温泉の中に入る。


「うわ、こんなんもう外やん! うちら露出してるやん」

「その発想、エロいですね……」

「二人ともすぐそういうこと言う……」


 かなり近距離から三人の声が聞こえる。まずい、これはまずい。

 ごぼぼぼぼ、息が――続かない。


 泳いで離れようとした瞬間、顔が何かに当たった。

 ぷにゅんっと、まるでプリンのように柔らかく、この世のものとは思えないほど。

 いや、何度か触ったこと、触れたことがある気がした。


 限界を超えて勢いよく飛び出すと、目の前にいたのは環奈だった。

 いや、環奈のお尻だった。


「さ、さ、さ、さ、さ、さ、さ!? ~~~~~~~ッッッッ!?」

「ち、違っ これは!?」


 環奈は、叫ばないように堪えてくれた。

 朱音と紬は気付いておらず、少しすると体を洗ってくると離れて行く。


「わ、私はもう少しここにいるね」


 怒られるか、叫ばれるか、ビンタされるかと思っていたが、環奈はなぜか黙っていてくれた。

 それどころか、俺の姿を隠してくれる。


「ご、ごめん……。でもな、違うんだ。わざとじゃないんだ!」

「わかってるよ。佐藤君がそんなことしないって。多分、男湯と女湯を入れ替えるって言ってたからもしかしたら……それで……」


 なるほど、そういうことか……。今日は俺たちだけの貸し切りだと言っていた。

 だからこそ、確認せずにそのまま……く、そんなことが……。


「とにかく、私が時間を稼ぐから佐藤君はそのまま隠れてて」

「わ、わかった」


 それから環奈は、体をササッと洗って、二人が俺の近くに来ないように誘導してくれた。


 朱音と紬が上がるといっても、環奈まだ残るといい、二人を帰らせてくれた。

 俺はようやく姿を現すことができた。もちろん、彼女の裸を見ないようにその場から離れようとする。


「す、すまん。すぐに出る――」

「待って」


 しかし、腕を環奈に捕まれる。

 思わず顔を向けてしまい、裸を見てしまう。

 綺麗で透明で、美しい身体だ。


「み、見ないで!? 目を瞑って」

「あ、す、すまん……! でも、どうしたんだ?」


 俺が聞き返すと、環奈は静かになった。

 目を瞑っているので身動きが取れない。どうしたらいいのか困っていると、環奈が訊ねてきた。


「さっきの会話、聞こえてた?」


 さっきとは、三人で話していた内容だろうか。

 それなら答えはノーだ。


「いや、聞こえなかった。何か話してたのか?」

「ちょっとだけ……ねえ、佐藤君」

「どうした?」


 環奈の声は、なぜか震えていた。いつもより、少し悲しげにも思える。

 それから少し頬を赤くさせた。感情が色々と変わってるのかもしれない。


「私のこと、可愛いって思うときある?」

「かわ……へ!? い、いきなりなんだ!?」

「答えてほしい」


 わけがわからなかった。それよりも早く出ないと……しかし、嘘は言いたくない。


「……あるよ。可愛いなって思うとき、いっぱいある」

「……えへへ。ありがとう」

「? とりあえず行くぞっ。悪いな環奈」

「はい、また後でね?」


 急いでその場を後にして、すぐに服を着替えた。

 環奈の質問の意図はわからなかったが、なぜか嬉しそうだったから良しとしよう。


 その後、何ごともなかったかのように部屋に入ると、高森は早くも爆睡していた。


 朱音と紬は髪の毛を乾かしており、なぜか俺を見るなり、頬を赤くする。

 バレてないよな?


「どうした?」

「な、なんもあらへん! それよか、どこ行ってたん?」

「そ、そうね。どこ行ってたの?」

「ちょっと夜風を当たりに……」


 心の中で、ごめん。と答えていた。でも、裸は見ていない。そんな見ていないぞ。


 ◆


 第35.5話。

 温泉内、三人の雑談。

 佐藤には聞こえなかった――会話。



「……そういえば、紬っちと環奈って、佐藤の事、どう思ってるん?」


 朱音が、真剣な顔で訊ねた。突然の質問に、紬と環奈は、目をきょとんとさせる。

 最初に言葉を返したのは、紬だった。


「……それってどういう意味ですか?」

「さっき佐藤と一緒に買い物行ってたやん? その時……ちょっとカッコええなって思ってん」


 その言葉には、いつもより重みがあった。

 ハッキリ言わずとも二人には伝わってしまう。

 環奈は何も返さなかった。紬が再び聞き返す。


「……それって好きってことですか?」

「え? す、好き!? え、えーと……。紬っちは?」

「わ、私!? ええーと……私も恰好いいと思う時ありますよ? ――環奈ちゃんは?」

「え!?」


 突然の質問返し、環奈が驚いて声をあげる。

 佐藤は、離れた場所で聞こえていない。


 少しの沈黙の後、環奈手をぎゅっと強く握り、答える。


「私も……佐藤君のこと格好いいなって思う時、いっぱいあり……ます……」


 何とも言えない空気が、三人の間に流れる。

 沈黙――。

 誰もが頬を赤らめ、言葉に詰まる。


 そして、朱音が言った。


「ちょ、ちょっとあの裏側も見てみよか! け、景色綺麗そうやもんなあ!」


 その後、佐藤は環奈に見つかってしまうのであった。

 



 

 


 

 



 

 


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