第36話 一泊二日、海水浴編 ⑤ 帰宅編

「佐藤君、ごめんなさい。私、高森くんが好きになってしまったの」

「ごめんなあ、佐藤。うちもや」

「太郎、ごめんね。私も高森くんが」


 環奈、朱音、紬が、俺に頭を下げる。

 高森はその真ん中で、肩を組んでいた。


「わりぃな、太郎。おめえが遅いからだ。優柔不断だからだ」

「そ、そんな……嘘だああああああああ」


 四人が、去っていく――。


「ふが……」


 見知らぬ天井。隣では、高森がスヤスヤと寝ていた。

 真ん中には、男女を分け隔てる襖。


 夢か……。良かった……。


「けっ……てめえが……ゆうじゅうふだんだから……だよお」


 隣の高森も夢を見ているらしい。俺はなんとなく、おでこに軽くデコピンをしておいた。


 そのとき、鼻腔がくすぐられる。


 ……味噌汁、卵焼き、焼き魚、そして炊き立ての白米の香り。


 朝食!?


「起きや! いつまで寝てんねん!」

 

 勢いよくふすまが開く。現れたのは、仁王立ちの朱音だった。

 その奥には机が置いてあり、THE・朝食を並べている環奈と紬がいた。

 既に三人とも着替え終わっている。


「な、なんだなんだ!?」


 高森が飛び起きる。昨晩、カレーをたらふく食べたはずが、この匂いを嗅いでいるとペコペコになっていく。


「おはよう、二人ともお顔洗って来てね」

「早くしないと全部食べるよー」


 聖母のような環奈と紬。

 キッチンを借りたらしく、早くから準備してくれていたらしい。

 素泊まりだったのでないと思っていたが、嬉しいサプライズだ。


 廊下を通って、高森と顔を洗いに行く。


「そういえば、昨日遅かったな。気づいたら寝ちまったぜ……深夜のトランプ大会したかったのによ」

「そ、そうか? のんびり湯に浸かってたからかなあーー」

 

 思わず声がうわずく。三人の裸……凄かったな……いや、何でもない。

 ふう、と顔を洗ってさっぱり。


「高森、寝言言ってたが、何の夢見てたんだ?」

「あー、なんか幸せな夢だった気がするな。美女三人と戯れてたような……はあ、彼女がいればなあ」

「そういえば駄目だったんだよな。元気出せよ」

「ああ……誰か紹介してくれよ」

「俺が出来るわけないだろ……朱音とかに聞いて見たらどうだ? もしかしたら、アイドルとお近づきになれるかもしれないぞ」

「そうか……その手があったよな。でも、俺からはさすがに聞きづらいな……」

「なら俺が聞いてやろうか」

「まじかよ! いいのか!? やった、やったぜ!」


 高森は嬉しそうに声をあげた。冗談のつもりだったが、実際に可能性はゼロではないだろう。

 しかし朱音のことだ、「嫌やorあほか」で返されるだろう。

 とはいえ、俺も高森には幸せになってほしい。ダメで元々だが、もしかしたらということも……。



「ええで、今度誰かに聞いとくわー」

「え、まじですか!? 朱音さん!?」

「でも、アイドルは基本的に恋愛禁止やからな。あんま期待せんといてやー」

「も、もちろん!」


 意外だった。朱音は二つ返事でOKしてくれたのだ。世話焼きなんだろうか、高森も嬉しそうで、俺も安心した。

 イイヤツだし、彼女が出来てほしい。


 五人で環奈の朝食を頂く。最高に美味しく、笑みがこぼれる。


「その代わりといってもなんやけど、佐藤」

「ん? なんだ?」

「今度二人きりで遊ぼや」

「ああ。――ぶっ!?」


 思わず味噌汁を噴き出しそうになる。


「ちょ、ちょっと朱音ちゃん!?」

「朱音さん、何言うてるんですか!?」


 俺よりも早い突っ込みを繰り出す環奈と紬、ていうか関西弁が移ってるゾ。


 二人きりで遊ぼ? どういうことだ!?


「な、なんで俺が?」

「んー、なんやろ。もっと知りたいなーって思ってん。それだけや」

「いや……知りたいって……」


 おかしい。朱音はずっと俺のことを敵視していたはず。それなのに二人きり?

 いそれも環奈と紬がいる前で……といっても別に関係はないが……なんだ、何を企んでいる……。

 高森は「佐藤、頼んだぞ」と肩を俺の肩を叩く。


「ちょっと、朱音ちゃん。な、何するつもりなの?」


 環奈が再び訊ねる。


「そのまんまや。うち――佐藤のこと気になってん。だから、遊ぼうってこと」

「……な、なな!?」


 なんだこのド直球ストレート。紬は顔真っ赤になり、何も答えられなくなっている。

 高森にいたっては口を手で抑えている。まるで昼ドラマの主婦のよう。


「そうやって揶揄からかうのはやめろよ」

「うちはいつも真面目やで。なあ、高森、太郎借りてええやろ?」

「そ、それは、もちろのろんろんでございます!」

「いや、勝手に決めるなよ……」


 わけがわからない。もしかして……ガチなのか?

 味噌汁を啜りながらも、その声と瞳は真剣そのものだ。

 

 いや……少し頬が赤い気もするが……。


「……じゃじゃあ、太郎。私とも遊んでよ」

「は、はあ? 紬、お前までなん――」

「私も、真剣だよ?」


 何とも言えない空気になる。しかし、朱音が「ほな、二人とやなー」と返す。

 高森はもはや口を出せないらしく、静かにお漬物を口に運ぶ。

 俺はチラリと環奈に視線を向けるが、表情が読めない。


「っても紬、当分こっちなんだろ?」

「もうすぐ学校だし、その時になったら帰るよ。だから、休みの日とかにね」


 どうやら真剣のようだ。俺としては……ここまで言われたら断る事は出来ない。

 しかし……俺の気持ちは……。


「よし、決まりやなー!」


 何か言い返す前に、朱音が言い切った。

 環奈は、一言も発しなかった。


 ◇


「丁寧にありがとねえ、また来てねえ」


 旅館の帰り、受付の叔母さんが見送ってくれた。

 料理も何もできんでごめんねえと言っていたが、俺たちの為に布団を用意してくれたり、風呂を焚いてくれたりと頑張ってくれていた。

 来年、いや、できればまた近いうちに来たいなと思った。


 紬は駅まで送ってくれるらしく、着いて来てくれている。

 環奈は俯いたまま、何も言葉を発しなかった。俺も、声を掛けられずにいた。



 駅に到着。

 少し早いが、紬も用事があるとのことで解散しようとなった。


「じゃあみんな、次は学校でねー?」


 紬が嬉しそうに、それでいて悲しそうに言った。


「紬ちゃん、楽しかった。また遊ぼうね」


 その頃には環奈も落ち着いていて、笑顔で手を振った。

 帰りの電車内は驚くほど時間が早く過ぎ、どんどん地元に近づいて行く。

 朱音が二人きりで遊ぼうと言ってくるなんて、どういう風の吹き回しだ。

 紬も……よくわからないな。


 到着後、高森とも別れた。


「このモテ男、ちゃんと一人に決めろよ」

「は、はあ?」


 去り際、俺の肩を勢いよく掴み、小声で言い放った言葉が地味に突き刺さっている。

 一人にって……まるで俺がモテモテみたいじゃないか。


 ありえないだろ、こんな俺みたいなやつが。


 朱音と環奈も、なんだかよそよそしくなっている。

 てっきり朱音はマンションへ戻ると思っていたが、今日は別の仕事の予定があるらしく、途中でタクシーに乗った。


「ほな、約束忘れんといてなー!」


 と、いつものように笑っていた。


 環奈と二人きりで歩くことはめずらしくないが、どこか気まずい空気が流れる。

 しかし、俺は居ても立っても居られなくなった。


 今想っていることを伝えようと、覚悟を決めたのだ。


「なあ、環奈」

「ねえ、佐藤君」


「どうした?」

「あ、どうぞ」


「…………」

「…………」


 まさかの同時。その後、二人して笑った。


「俺から言うよ。――環奈、今度二人で遊びにいかないか?」

「え!? どうして?」

「あの文化祭以来……いや、ずっと前から環奈のことをもっと知りたいと思ってる。こうやって皆で遊ぶのも楽しい。けど、二人きりで環奈と思い出を作りたい。それに……俺のことも知ってほしい」


 ここまでハッキリと言い切ったのは初めてかもしれない。

 海外に転校するかもしれないということだったが、それは数ヵ月後に答えを決めなきゃならないらしい。

 その結果がどうなるのかはまだわからない。


 それまでに俺は、この自分の気持ちに決着を付けようと思っている。


 環奈は、ゆっくり頷いてくれた。


「私も……朱音ちゃんも、紬ちゃんが言った時に、言おうと思ってたんだよね……。でも、恥ずかしくて……。だから、宜しくお願いします。私ももっと佐藤君のこと、知りたい」


 環奈の首元には、俺がプレゼンしたネックレスが光り輝いていた。



 ——————

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 海水浴編、ありがとうございました(*´ω`*)






 

 

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