第45話 初瀬朱音と七瀬紬の告白。

「うちと付き合ってほしいねん」


 平日の昼休み。

 学校の屋上に呼び出された俺は、朱音に告白された。


 風が靡いて、彼女の髪がふわりと揺れる。


 直接好きだと言われていたが、まさかそこまで思ってくれていたとは信じられなかった。

 驚きで戸惑っていると、朱音が続ける。


「返事はいつでもいいで。ただうちは海外に行くから、遠距離になってしまう。だからこそ佐藤と繋がっていたいねん」


 初めて会った時、俺と朱音は喧嘩した。けれども会う回数が増えるたびに、彼女の良い所がわかってきた。

 明るくて物怖じしないところ、何でもハッキリと意見を言うところ、まっすぐで純粋なところ。


「……わかった。正直すげえびっくりなんだが」

「そう? うちめっちゃハッキリと伝えてたやん」

「まあそれは……ほら、朱音は俺と違って凄いだろ」

「凄い? 何が?」

「仕事もそうだし、芯が通ってる所とかな」

「それは佐藤もやで。短い間やったけど、うちは人を見る目だけはある。初めてもっと仲良くなりたいなって思ってん。あと、環奈と紬っちにはもう伝えてあるから」

「ああ、ありがとう」


 朱音は純粋で、そして優しさの塊だ。

 二人に伝えたのも、お互いに気まずくならないためだろうし、真剣だからだろう。


「最初は環奈を悲しませた悪い男やって思ってたけど、会ってみたら皆のこと考えれるし、それにうちのことも守ってくれたやん」

「まあ、あれは夜道だったしな。それに守ったっていっても、猫からだぞ」

「そんなこと関係ないねん。うちはほんまに嬉しかったんや。こうみえて、うち男の子と付き合ったりしたことないねんで」

「でも、仕事は……」

「うちのこと知ってるやろ。覚悟はできてる」


 真剣な想いを朱音はいつもぶつけてくれる。

 だからこそ俺も向き合わなければならない。

 自分のハッキリとした気持ちに。


「佐藤っ!」

「な、なんだ?」


 朱音はゆっくりと近づいてくる。何をされるのかわからなくてたじろいでしまったが、両手を思い切り広げてほっぺたを掴まれた。

 そして、むにむにと広げてくる。


「ふにゃ、な、なにすんだあああ」

「うちみたいな可愛い子が好きって言うたんやで? 鼻の下伸ばして喜ばんかいっ!」

「よ、よろこんでるよおおおおお」

「ほんまかー? ほれほれ」


 俺が悩んでいるのを知っているのだろう。だからこそ、空気を読んでくれたのだ。

 ほんとに……優しすぎる。


「佐藤、ちゅーしてええ?」

「段階飛び超えすぎだろ……」


 ◇


 その夜、まさかの紬からも呼び出しがあった。

 近くの公園にいるとのことで急いで向かうと、椅子に座っている彼女がいた。


「あ、太郎!」


 俺に気づき、満面の笑みを浮かべる。

 その表情は、いつもより綺麗に見える。


「こんな遅くにどうした?」

「ん、ちょっと話したいなーってね。って、気づかないの?」


 仕事終わりなので制服だと思っていたが、私服に着替えていた。


 その服は俺が昔、可愛くて素敵だと褒めた花柄のワンピース。


「……すぐ気づいたよ。似合ってるな」

「えへへ、さっすが太郎だね」


 椅子に座ったまま足をぶらぶらさせて、はにかんで笑う。

 俺はその隣にそっと座った。

 そして紬のほっぺたにむにりと缶ジュースを当てる。


「ひゃあ、つめたっ!?」

「プレゼントだ」

「ど、ドロドロブドウジュース! わざわざ買ってきてくれたの?」

「ああ。仕事終わりのご褒美だな」


 紬が昔から好きなジュース、葡萄ぶどうの旨味が感じられるが、実際に葡萄ぶどうは使われていない飲み物。

 でも、味はほとんど葡萄ぶどうだ。


「んッ、美味しいー、えへへ」

「ほんと昔からそれ好きだよな」

「そうだね、太郎は……何でも私のこと知ってるよねえ」

「何でも……何でもか?」

「一緒にお風呂も入ったことあるし」

「幼稚園の話だろ……」


 夜風が気持ちよくて、沈黙が続く。

 紬とだけは、何も話さない時間が苦じゃない。


 その場にいるだけで、なんだか落ち着く。

 紬はゆっくりと葡萄ジュースを飲みながら、首をコトンと俺の肩に乗せた。


「休憩ー。今日忙しかったんだよね」

「だろうな。親父さんの体調はどうなんだ?」

「前より元気で大変だよ。おかげ様でお店も大繁盛で」

「はっ、いいことだな。また挨拶しに行くわ」

「そうだね、喜ぶよ。お母さんも久しぶりに会えて嬉しそうだったし」

「ああ、俺も嬉しかったよ」


 肩越しに、紬の体温が感じられる気がした。

 少しだけ温かくて、それがまた心地よい。


 それから紬は、昔の思い出を語りはじめた。


 幼稚園、家族ぐるみで行った向日葵畑。

 小学校、二人の初めてのおつかい。

 中学校、二人で初めて行った遠出。


 一つ一つが、鮮明に思い浮かぶようだった。


 そして、先日のVR結婚式の話。


「ねえ太郎、私って魅力ない?」

「突然すぎるだろ」

「ううん、ずっとだよ。ずっと、思ってた」


 悲し気のような、落ち着いたような声で訊ねてきた。


「紬はいつも一生懸命だし、何でも前向きで凄いよ。全部、俺にはないところだ」

「んー、違う。0てーん」

「何が0――」

「好きだよ。太郎」


 心臓が、ドクンと跳ねた。

 紬はいつも俺の傍にいた。いつも支えてくれていた。だけど、こんなにハッキリと言われたことはない。


「本当に好き。ずっと、ずっと、ずっと前から。だけど、言えなかった。関係性が壊れてしまいそうで、今までの全てが崩れてしまいそうで、言えなかった。そんな時、日和さんが現れて……環奈ちゃんも……朱音さんも……」

 

 何も言えなかった。いや、心の奥底では俺も同じだったのかもしれない。

 紬のことを好きだと思ったことはある。それも一度や二度じゃない。

 ただ、言えなかった。どんな感情も言わなければ時間と共に落ち着いてく。そしてまた突然現れたりするもんだ。


「私はアイドルじゃないし、強い心なんて持ってない。だけど、誰よりも太郎のことが好き。どんな人よりも、太郎のことをわかってる。本当に、本当に――あなたが好きだよ」


 嬉しかった。素直にそこまで思ってくれていたことが。

 好意をハッキリと伝えるのは勇気がいる。

 それでも、紬は伝えてくれた。


「ありがとう、紬」

「朱音さんのことは知ってるよ。私も……待ってるから」

「ああ……ありがとう」

「えへへ……ねえ、一つだけお願い。――頭を撫でてほしいな」


 紬がいつもとは違う声色で言った。

 俺はゆっくりと紬の頭を撫でる。


「にへへ、好きだよ。太郎」


 それから紬は、何度も好きだよと言ってくれた。



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