第44話 二人でお手伝い
「太郎、もうすぐ出来上がるよー!」
「わかった。これが終わったら取りに行く」
祝日の午前中、俺は紬の実家のケーキ屋さんで働いていた。
お父さんが体調を壊してしまったらしく、急遽手伝いに来たのだ。
幼い頃から何度も遊びに来たことはあるが、こうやって働いたことはない。
厨房には大きなオーブン、見たこともないような器具、甘い匂いが漂っている。
ケーキ屋は力仕事だと聞いたこともあるが、まさにその通りだった。
できるだけ手作りにこだわっていることもあって、手作業が多い。
予約の電話がひっきりなしに来るので、通常業務と平行しなければならなかった。
綺麗な制服に身を包みながら、せわしくなく動く。
午後はもっと忙しくなるらしい。
「太郎。ありがとうね、来てくれて」
「ああ、いつも美味しいケーキを食べさせてもらってるからな」
紬は微笑んだ。いつもはおちゃらけキャラの彼女だが、ことケーキのことになると顔つきがガラッと変わる。
デコレーションの技術は家族の中でもピカ一で、海外での優勝経験もある。
ただそのおかげもあって、ずっと忙しいらしい。
夢を叶える為に一生懸命で、なおかつ高校生活も全力で。
以前、『二兎を追う者は一兎をも得ず』ってどう思う? と聞かれたが、おそらくこのことだろう。
十二分にこなしている紬を見て、凄いなと感心していた。
途中で、「今日はよろしくお願いします」と入口から声がする。
紬のは母親が、「ありがとねえ」と答えていた。
ほどなくして現れたのは、環奈だ。
俺と同じように、このケーキ屋さんの制服に着替えていた。
「来てくれてありがとうー! 環奈ちゃん!」
「遅くなってごめんね。雑用ぐらいしかできないけど……お手伝いさせてもらうね。佐藤君、紬さん、宜しくお願いします」
丁寧に会釈し、厨房に入る。
流石に俺だけでは不安なので、環奈にもお願いしていた。
難しい作業は全て紬がしてくれる。
俺たちはアシスタント兼雑用だ。
表の作業は紬の母親がしてくれているので、その分集中しやすかった。
「紬さん、これでいいかな?」
「ばっちり! さすが環奈ちゃんだね」
普段から料理をしていることもあって、環奈はテキパキとこなしていた。
途中から簡単な装飾の手伝いだったり、ネームプレートを作ったりと器用にこなしていた。
とはいえ、ケーキは紬の本領発揮だ。
思わず俺と環奈が息を飲んで見守ってしまうほど、綺麗な装飾を作り上げていく。
ただのクリームが、薔薇のような花に変わっていく。
いつもは完成品しか見ていなかったので、これはこれで凄まじく衝撃を受けた。
紬は、本当に努力をしているんだと。
そんな彼女の横顔は、いつもより格好良かった。
◇
「とりあえずピークは過ぎたと思う……」
「凄まじかったな……」
「ケーキと料理ってこんなにも違うんだね……」
満身創痍の俺たちは、厨房で項垂れていた。
慣れない二人に指示を出すだけでも、紬は随分と疲れただろう。
それでも終始、俺たちの事を気遣ってくれていた。
朝から働いていたにもかかわらず、気づけば夕方になっていた。
「紬、今日は見直したよ」
「え? 何が?」
「ケーキ魔人だと思ってたが、ケーキ超人に昇格だ。賞状はおって用意する」
「それって褒めてる? というか、進化してる?」
「めちゃくちゃ褒めてる」
面と面を向かって褒めるのは少し恥ずかしかったので、遠回しで言った。
それでも伝わったらしく、紬は頬を欠きながらありがとうとはにかんだ。
それから紬の母親が現れて、今日は予約分も終わったので少し早いが店を閉めることになった。
アルバイト代を手渡してくれたが、もらうつもりはなかったので少し遠慮した。
とはいえ、当然のことだとお礼を言われたのでありがたく受け取った。
「紬ちゃん、そういえばあのクリームってどうやってああいう形にするの?」
「ええと、あれはね――」
それから環奈はケーキ作りに興味を持ったらしく、お手伝いが終わった後にも色々と聞いていた。
今度自分でもやってみたいとのことで、今度は逆に紬が手伝うらしい。
ちょっとだけなんか、変な嫉妬心が芽生えてしまったが、仲良くしてくれてるのが嬉しい。
俺の視線に気づいた環奈が、申し訳なさそうにする。
「あ、佐藤君ごめんね!? つい遅くなっちゃって……」
「いや、楽しく聞いてた。俺も今度やってみようかな」
「太郎がー? ちゃんとケーキになるといいけどねえ」
「最悪生クリーム味がすればいいさ」
「ふふ、失敗したら私が食べてあげるよ」
なんだかんだで楽しく雑談していると、紬の母親が余ったケーキを持ってきてくれた。
「えっと、食べてもいいんですか?」
「もちろんよ。紬、紅茶を用意してあげて」
「はいはーい、環奈ちゃん! みてみて、この紅茶がねー」
二人が紅茶を入れに行く。すると紬の母親が嬉しそうにそれを見ていた。
「まるで姉妹ねえ」
「ええ、本当に」
「そういえばあの子……テレビで見たような?」
「どうでしょう。その可能性もあるかもしれません」
ふふふと、笑い合う。
「夫には悪いんだけど、今日の紬は本当に楽しそうだったわ。太郎ちゃんが傍にいると、すっごくいい笑顔するのよね」
「そう……なんですか? いつもと変わらない気がしますが」
「そんなことないわ。この前だって、太郎ちゃんとゲーム会場にお出かけしたことを永遠に聞かされたのよ。海も楽しかったって」
「だったら嬉しいですね。俺も紬といると楽しいので」
いつもはお互いに照れくさいが、紬が裏でそんなことを言ってくれてるとは。
素直に喜んでいると、おばさんが少し含んだ笑みで言う。
「ふふふ。太郎ちゃん、紬のお婿さんになるつもりはないかしら? 私は歓迎よ」
「へ!? い、いや……紬に俺はもったないですよ」
「そんなことないわ。きっと喜ぶわ」
「そうですかねえ」
「太郎ー! 紅茶入れたよー! 一緒に食べよー!」
思ってるよりも忙しい祝日になったが、とても楽しい一日を過ごすことができた。
「ねえ太郎、これ新作なんだけど食べてみてくれる?」
そういう紬が手渡してきたのは、小さな丸いチョコレートだった。
「食べていいのか?」
「うん、感想聞かせてほしいな。あ、環奈ちゃんは待ってね」
「え? う、うん」
なんだかよくわからないが、口にポイっと放り込む。
チョコ旨味が口いっぱいに広がる。
そして溶け出していくと同時に……舌がビリビリと痺れはじめた。やがてそれは激痛に変わる。
いや、熱い、熱い、熱い!?
「な、なななななななんだこれ!?」
「激辛スペシャルチョコレート味! 名付けて激チョコ!」
「環奈、飲み物をくれ!」
「は、はい! どうぞ!」
よし、と紅茶を口に含むと、あまりの暑さに卒倒しかけた。
「ひ、ひいいいいいいいいいいい」
「うーん、まだまだ改良の余地あるなあ……」
それから数日間、俺の唇はいつもより赤くふっくらしていた。
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