第43話 明確な好意宣言
「起立、礼、着席ー!」
体調不良を乗り越え、俺たちはすっかり元気なっていた。
そもそも俺が発端なので、皆には申し訳ないが。
またいつかお詫びしないといけないな……。
あれから環奈とはより一層距離が近づいた気がする。
だがそれは朱音、紬ともだった。
今までにないくらい気持ちがざわついているというか、時々複雑なことを考える。
感情がいつもより激しく動いて、わからなくなるのだ。
好きとか、恋とか、愛とか、そんな言葉では片づけられない何かが、心を揺さぶっている。
「佐藤ー! 環奈ー! 高森ー! 一緒にご飯食べよやあ!」
いつも通り、というか、いつも元気な朱音が昼休みになった瞬間叫ぶ。
もはや恒例行事で、周りもわかっている。
クラスは違うので、学食内で紬とも合流し、五人で席に着く。
周りからは羨ましがられているが、若干きまずさもある。
とはいえ俺も皆でご飯を食べるのは楽しいので、気にしないフリをしていた。
いつもの楽しいい時間、だったが朱音が衝撃的なことを言い放った。
とはいえわかっていたことだが、あまりにも早すぎたのだ。
「朱音さん、それ本当ですか!?」
「ん? ほんまやで。元々短い期間で考えてたからなあ」
箸を持ったまま、紬が叫ぶ。
当然のように答える朱音をよそに、俺も口を開いた。
「今月いっぱいってことか?」
「そうやで。仕事もあるから、海外に戻るねん」
朱音の交換留学に近い学校生活が終わってしまうとのことだった。
元々は夏休みだけ遊びに来る予定だったらしいが、楽しくてつい長居してしまったのことだった。
当然話題は環奈のほうにも移る。
「
「私はまだ……考えてる。でも、今月いっぱいには答えを出すつもりだよ」
高森も、環奈が海外へ留学、いや転校になるかもしれないこと知っている。
仕事の復帰だったり、お世話になったマネージャーさんへの恩返し、SNS騒動、色々なことを考えた上で悩んでいるらしい。
何でもない俺が口を出せるわけもなく、ただ静かにご飯を食べながら聞いていた。
何を言うべきか、何を伝えるべきか、何もわからないでいた。
ただ、寂しい。その感情だけは強くあった。
「それでな佐藤。うち、もう遠回しはやめたんや」
「……遠回し?」
一体なんのころだろうか、オウム返しのように聞き返す。
しかし朱音はサラリと言う。
「やっぱりうち考えたんやけど、あんたのことが好きみたいやねん」
「ああ、そうか。――って、は、はあ!?」
「朱音さん!?」
「ええ……」
思わず食べていた白米を高森の顔面にまき散らしてしまう。ごめんなさい。
隣の紬は叫んだ後、開いた口が塞がらないらしい。環奈も手が止まっている。
「太郎、きたねえぞ……そしてうらやましいぞ……」
「す、すまん。――てか朱音、何の冗だ――」
「うちは本気やで。隠れてこそこそするの嫌いやし、ハッキリ伝えたかってん」
その目、その声は嘘を付いていなかった。確かに、ハッキリだが……。
「まあ、そ、そうか……」
何て返せばいいのかわからず、少し恥ずかしかった。チラリと環奈を見てみるが、何を考えているのかはわからない。
そしていつも通り、いや、タイミングよく昼休みが終わるベルが鳴り響いた。
教室へ戻る前に、高森がこっそり声をかけてくる。
「太郎、お前は罪な男だな」
「混乱してるんだ。いじめるのはやめてくれ」
「羨ましい限りだぜ。――なんてな。冗談はここまでにしとくわ。俺はじっくり考えた方がいいと思うぜ。自分の気持ちにちゃんと向き合ってからな」
「……何でもお見通しってやつか?」
「何年友達やってると思ってるんだ」
高森の言う通り、俺は迷っていた。
別に誰を選ぼうとかそういうのじゃなくて、自分の心にちゃんと向き合う方法がわからないのだ。
今までこんな事、経験したいこともない。
そしてその日から、朱音の態度は明らかに変わった。
「佐藤、お喋りしよやあ!」
「佐藤、どこ行くん?」
「佐藤、この問題教えてやあ!」
ハッキリと好き、と明言された通り、好意をしっかりと向けてくれる。
正直嬉しいし、何度も見ても可愛いと思う。
アイドルだから、と思うことはないが、素直で明るくて何でもハッキリ言う朱音は素敵だ。
放課後、頭の整理がつかなくて屋上で時間を潰していた。
風に当たって寒くなってきたので教室に戻ろうとしたら、どこからともなくピアノの音が聞こえてくる。
誰だろうと思いつつ、旋律の音が心地よく頭に響く。
誘われるかのように音楽室に入ると、弾いていたのは朱音だった。
いつもと違うといっては失礼かもしれないが、静かな音色を奏でている。
「すげえな……」
そういえば昔、朱音は音楽一家で生まれだとネットで見たことがあった。
幼い頃はピアニストを目指していたとも書いていたはずだ。
プロの演奏を聞いたことはないが、遜色のないレベルだろうと直感で感じた。
いつのまにか聞き惚れていたが、演奏が終わると同時に朱音が俺に気づく。
「い、いつのまにおったんや!?」
「……最高だ。マジで感動した」
当たり前や~! という言葉が返って来るかと思いきや、朱音は耳まで真っ赤にする。
恥ずかしい……のか?
「感動っていっても、ただ即興で弾いただけやで」
「今のが? どうして普段は弾かないんだ?」
テレビでは見たことがなかった。
俺が知っているのは、歌って踊っている朱音だけだ。
それはなあ、と一言だけ呟くと、朱音が静かに口を開く。
「こんなん遊びや。ほんまのプロからしたらたいしたことないねん」
「そうか? 少なくとも俺は感動した。子供の頃、そんな気持ちよく弾いてみたいなと思ったこともあるしな」
「褒めても飴ちゃんしかでーへんで」
「おお、だったらまだ褒めようか」
ふふふ、とめずらしく静かに微笑む。
それから俺は、ずっと聞きたかったことを訊ねた。
「朱音、卒業するまで、この学校にいることはできないのか?」
どちらかというと、自己中私的な考えかもしれない。
ただもう少し、五人で一緒にいたい。
なんだったら卒業まで、皆で過ごしたいと本気で思っていた。
けれども、朱音は答えなかった。いや、答えてくれなかった。
俺が残念そうにしているのがすぐわかったのか、俺の名を呼ぶ、
手をこまねいて、満面の笑みを浮かべた後、鍵盤に視線を向ける。
「佐藤、手かしてみ」
「へ?」
俺の手を掴み、鍵盤にそっと置く。
「そことそこ、ゆっくり一秒間隔で押すんや」
「ここと……ここか……」
朱音の言う通り、ゆっくりと鍵盤を叩く。
単調な音だったが、それに合わせて彼女が隣で見事なメロディを奏ではじめる。
まるで俺は自分で弾いているかのような気持ちになって、思わず笑みがこぼれた。
「はっ、気持ちいいな」
「佐藤の夢、一個叶ったやろ?」
その日、悪戯っぽく笑った朱音の笑顔を一生忘れることはないだろう。
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