第29話 黒いフードの正体

『後、どのくらいで戻って来る?』

『後、どのくらいで戻って来る?』

『後、どのくらいで戻って来る?』


 昼過ぎ、繁華街の街の中心。

 壁にもたれながら、昨晩の出来事を思い返していた。


 黒いフードが環奈の家に入った瞬間「ちょっと、どこ行ってたの?」と、聞こえてしまったのである。


 あれは……一体誰なんだろうなあ。


 余計な詮索はしていないし、そんなことをする権利もない。

 とはいえ、気になって仕方がない。


 というか、自分がここまで女々しいとは思ってもみなかった。


 もしあれが……。


「太郎、遅れちまったぜ」


 そんなことを考えていると、待ち合わせに十分ほど遅れた高森が現れた。

 いつもと比べて小洒落た洋服を着こんでいる。

 俺は皮肉交じりに返す。


「マッコのポテトLサイズな」

「ぐ……いいだろう」


 ◇


「で、どうしたんだよ。女々しい面して」

「女々しい……か」


 ファストフード店に移動。

 ポテトを一口、二口と運んでいると、高森が俺の顔に気づいたらしい。

 超能力こころをよむスキルは健在のようだ。


「え、ええとなあ……」


 言いたいが、言いたくない。恥ずかしい。いや、恥ずかしすぎる。

 女々しいというか、なんというか。

 感情がわからないのだ。


「恥ずかしくない。俺たちは親友だろ?」


 格好よく、高森が俺の顔を見つめる。なんだかいつもより輝いている。歯も白く見える。

 いや、違う。ストローの袋が歯に挟まっているだけだった。


 しかし、誰かに聞いてもらいたいのは事実。


「実はな……」


 そして俺はすべてを話した。



「なるほどな、確かにそれは妙だな」

「だろ? もしかしたら兄弟とか……かな」

「いや……残念だが、天使あまつかさんに兄弟はいないはずだ。それに合鍵も……だろ? もしかすると、もしかするかもなあ」

「そ、そうだよなあ……」


 元ファンなだけあって、高森は俺よりも環奈に詳しい。

 つまり、やはり、なんというか、やっぱり、ああー、そういうことなのか!?


 しかし、高森は葛藤する俺を楽しむかのように、笑っていた。


「……なんだよ」

「いや、太郎もそんな顔をするんだなと思ってな」

「ど、どんな顔してた?」

「恋する乙女って感じだ」

「~~~ッ!? ち、ちげえよ! これは――」

「冗談だ、そう焦るな。ちなみに天使あまつかさんが今まで恋愛していた事実は公式にない。唯一あるのは、太郎、お前だよ、太郎。それに毎晩手料理食べてるんだろ? 心配することないさ」

「でも……いや、心配してるわけじゃない。ただ、気になってるだけだ」


 認めたくない……というか、自分でもこんな気持ちは初めてだ。

 日和と浦野健うらのけんの時と似ているが、また違う。

 心の底から……炎みたいなのがメラメラしている。


「まあ、どっちでもいいが、そこまで気にすることじゃないと思うぞ。知り合いを泊めてたかもしれないし、親戚かもしれない。マネージャーだった可能性もある。というか、直接聞いてみろよ」

「直接か……でも、さすがに気持ち悪くないか?」


 女々しい男は嫌われる。それ以前に、俺たちは付き合ってるわけじゃない。

 もしかして彼氏といる? などと聞くのは、今の世の中セクハラにもなりうる。


「心配しすぎだって、なんなら俺が聞いてみようか?」

「……いや、でもそうだよな。ここまで気になるなら聞いたほうがいいよな」


 この気持ちがなんなのかはわからないが、いつまでも隠しておくことはできない。

 昨晩たまたま見かけたのだ、訊ねる理由には十分だろう。


 よし、今晩さりげなく聞いてみよう。さりげなく……。あくまでもさりげなくだ。


「高森相談室はとりあえずお開きでいいか?」

「いや、もう大丈夫だ。というか、いつの間に相談室になってたんだ?」

「親友が泣きそうな顔をしてたからだな」


 泣きそうな顔……か。


「じゃあ行こうぜ。久しぶりの休みだ。たまには男同士でぱあっとな!」

「あ、ああ。……そうだな。ありがとな、高森」

「いいってことよ!」


 持つべきものは親友だ。複雑だった気持ちが、綺麗にまとまった。


 ◇


 その日、俺と高森は久しぶりにガッツリ遊んだ。

 男同士で服を見たり、ゲームセンターでぎゃあぎゃあ喚いたり。


 最後に、今日の目的の店に来ていた。

 文房具店だ。


「なあ、これなんかどうかな?」

「いいんじゃないか? 値段も手ごろだしな」


 なんと、高森に好きな人が出来たのだ。

 もちろん、文学少女かんなではない。サッカー部のマネージャだそうだ。


 部活で話したりはするものの、進展をしたくて何かきっかけがほしいとのことだった。

 その子が、来月誕生日らしく、そう重くないプレゼントにと、勉強でも使えるようなペンをプレゼントしようとなったのだ。


「じゃあこれに決めた!」


 普段使いするには少々高く、プレゼントにしてはお手頃の万年筆。

 もちろん、女性向けで可愛らしい色をチョイス。


「太郎は?」

「え? 俺? 誰に?」

天使あまつかさんに。いつも世話になってるだろ? ちょっとしたプレゼントだって、喜ぶんじゃないか」

「プレゼントか……」


 確かにそうだな。しかし、今までプレゼントをあげたことはない。

 よくよく考えると、環奈の誕生日すら俺は知らなかった。

 普段は検索なんてしないが、彼女のことをネットで検索してみると、既に過ぎていた。


 何と、環奈と初めて会った日が誕生日だったらしい。

 そんなの、一言も聞いていない。


 万年筆が悪いわけではないが、どうせだったら誕生日っぽいのをプレゼントしてあげたい。


「なあ、高森。もう一店舗寄っていいか?」


 ◇


「じゃあまたな。天使あまつかさん、喜ぶといいな」

「一緒に選んでもらって悪いな。またな」


 結局、高森に付き合ってもらって、もう一店舗回った。

 俺にセンスなんてものはないが、店員さんと高森と一緒に一生懸命選んだ。


 値段は少々張ったが、普段のことを考えると安いくらいだった。


 環奈の白い肌に似合うようなピンク色で、花の模様が装飾されている。

 喜んでくれるといいな……。



 自宅へ帰ると、環奈が既に料理を作ってくれていた。

 あらかじめやり取りはしていたので、「おかえりなさい」と、俺に声を掛けてくれる。


「ちょっと遅くなって悪いな」

「ううん、大丈夫だよ。先にご飯食べる? お風呂?」


 まるで結婚生活のようだと思ったが、恥ずかしいので言わないでおく。

 ご飯と答え、二人で食卓についた。


 今日は肉じゃがとお漬物とお味噌汁。

 俺は大きめのジャガイモが好きなので、それを理解して作ってくれている。

 白ご飯も米が立っている。水を浸透させてから焚いたほうが美味しいと、いつも三十分は冷蔵庫で寝かせたりしていた。

 細かいこだわりが、美味しさの秘訣だろう。


「「では、いただきます」」


 

 食後、環奈はスマホをポチポチしていた。

 普段はあまりしないので気になっていたが、こんなモヤモヤした気持ちのままでいると環奈にも悪い。

 

 素直に訊ねればいい。嫌な気持ちにさせてしまわないように、素直に。


「――え」

「いや、その……誰だったのかなと」

「ええと……」


 嫌な予想が的中してしまったのか、昨晩のことを訊ねると、環奈は困っていた。

 なんて言ったらいいのかわからないと言いたげに、ええと、あのね、と言葉を繰り返している。


 ……失敗だ。やはり、こんなこと聞くべきではなかった。


「……ごめん。忘れてくれ」

「ううん、そうじゃない、そうじゃないんだけど……」

「いや、悪かった。変な空気にさせてしまって」

「そういうわけじゃ……」


 とはいえ、やはり変な空気が流れた。

 これ以上困らせるのはやめておこう。というか、完全に前後を間違えてしまった。


 せめてプレゼントを渡してからにすればよかったと、後悔が募る。


「今日は帰るね」

「……ああ」


 いつも通り玄関を開けようと思った瞬間、ドンドン、とドアを誰かが叩いた。

 同時に、環奈がスマホのメッセージを確認。


 えええええええええ!? と声をあげる。


「さ、佐藤君、ど、どこか隠れるところは!?」

「はい? 隠れる? 何で隠れる必要がある?」

 

 よくわからない。突然、環奈は叫び声に似た声をあげる。


「私じゃない! 佐藤君が! 危ないの!」

「俺? 危ない? な、何が?」


 次の瞬間、ドアが開く。


 そういえば、扉を閉め忘れていた。

 環奈は青ざめている。


「……環奈、隣は叔母さんって言うてたやんな?」


 現れたのは、昨晩、黒いフードを被っていた人物だった。


「え、ええと、これには訳があってー!?」


 慌てる環奈以上に、俺は驚いていた。その人物の――声にだ。


「やっぱり……おかしいなって思っててん。あんた、昨日のコンビニにおった男やろ」

「ち、違うの!? 聞いて、ねえ!?」


 環奈は冷や汗をかきながら、俺を守ろうと前に出る。しかし、黒フードは構わずに玄関に足を踏み入れた。

 そして、フードを取って素顔を見せる。


「だ、だめだって、朱音あかねちゃん!」

「あんた、佐藤やろ? ネットで見たわ」

「……君は」


 環奈とまったく違う雰囲気を身に纏った黒フードの正体は――女性だった。

 そして俺は、彼女を知っている。


 確か年齢は、俺と環奈と同じ。関西出身で、歯に物着せぬ言動をすることで有名だ。

 髪色は環奈よりも発色のある金色、顔立ちは可愛いというよりも、美人という言葉が似合う。

 鼻筋がすらっとしていて、芸術作品を見ているような気分になる。


 そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、彼女はしかめっ面で俺を睨む。


「あんたが、うちの環奈に手を出したんか。絶対許さへん」


 彼女の名前は――――初瀬朱音ういせあかね

 類まれな美形からガチ恋している女性も多いと聞く。


 アイドル時代、天使環奈あまつかかんなとデュオを組んでいた女性だ。

 


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