第30話 新しい出会いと別れの予感

 初瀬朱音ういせあかねを一言で表すならば――カリスマ。

 彼女のキャッチコピーには、まさにその文言が多く使われていた。


 対して天使環奈あまつかかんなは、大和撫子やまとなでしこ


 二人は元々、ネットやテレビでライバルだと比喩されていた。


 西の朱音あかね――東の環奈かんな


 二人は関西と関東で、競い合っていたのだ。


 朱音が新曲を出せば、環奈が新曲を出す。


 もちろんこれは当人が競っていわけではないだろう。

 企業側が売上を見込んでお祭り騒ぎしていたに違いない。


 とはいえ、当時は俺もその祭りが好きだった。

 真反対でありながらも、二人は圧倒的な存在を放っていたからだ。


 そんな中、日本中が揺れるような出来事が起きる。


 二人が――デュオを組む。


 そこに至るまでの経緯が詳しく語られることはなかった。謎は謎のままのほうが盛り上がるという判断なのか、はたまた大人の事情なのか。


 その後、二人がリリースした新曲は、数々の記録を塗り替えた。

 メディアへの露出は少なかったが、コンサートチケットは即日ソールドアウト。


 そんな中、すべてが順調に進んでいると思いきや、環奈が無期限の活動休止を発表。

 それに納得がいかなかった朱音あかねが猛反対、二人は絶縁した、とネットで騒がれていた。


 しかしそれは間違いだったようだ。


 なぜなら彼女は、俺に敵意を向けている。その姿はまるで子供を守る親鳥のよう。

 その愛情の源は、間違いなく環奈にあるのだから。


「なあ、聞いてるん?」

「……手は出してない。動画でも伝えたつもりだが」

「そんなん信じられへんわ。口だけやったら何とでも言えるやん」


 不満そうに口を尖らせる朱音あかね

 当時も、いや、今も綺麗だなと思うが、めずらしく俺は苛立ちを隠せなかった。

 初対面で、なぜそこまで言われないといけないのかと。


「朱音ちゃん! 勘違いだって! ……佐藤君、ごめんね。私から説明させてもらっていい?」

「……ああ。といっても、理解してくれそうには見えないが」

「ふーん、なんか不満そうやなあ」


 朱音は環奈を守ろうとしているだけなのだろう。しかし、納得はいかない。

 俺が手を出す? そんなことしてないというのに。


 普段は出すことのない俺の苛立ちに気づいたのか、環奈は困っていた。

 玄関ここでで話を続けるのもさすがに気を遣う。

 ……仕方ない。


「とりあえず中に入れよ。環奈、説明してやってくれ」

「じゃあ、お邪魔しまーす」

 

 そこは素直に聞くのか。


 それから椅子に座ると、環奈は俺と出会ってからのことを包み隠さず話した。

 驚いたことに、電車に乗れなかったこともすべてだ。

 朱音にかなりの信頼を置いているんだろうと、すぐにわかった。


 すべてを聞き終えた朱音は、ふうん、と一言だけ声を漏らす。


「……理由はわかった。うちの早とちりなんは認める。――けど、健全な男子がこんな可愛い子と一緒におって何もせーへんとかありえる?」

「ありえるも何も、それが事実だ。やっぱり信じてないな」

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて!? ――でもね、朱音ちゃん」


 環奈は、ばちばちに喧嘩しそうな俺たちを止めようと必死だった。


 しかし次の瞬間、真剣な顔を朱音に向けた。

 いつもは見せないような、鋭い目をしている。

 それには朱音も驚いたのか、たじろいでいた。


「え、ど、どうしたん?」

「朱音ちゃんが心配してくれてるのはわかるよ。でも、佐藤君のことを悪く言わないでほしい。危ない時に……助けてくれたの。本当に大切な人だから。信じてほしい」


 環奈は、一切表情を崩さずに、真剣な表情を浮かべていた。真っ直ぐストレート、なんだか俺も恥ずかしくなってしまい、頬を欠く。

 その気持ちが朱音にも伝わったらしい。黙り込み、何かを考えていた。

 その後、よし! と声を漏らし、朱音は姿勢を正して俺に頭を下げた。


「……ごめん。うちが悪かったわ。環奈のことが……心配で……いや、言い訳やな。ほんまにごめん」


 ネットでは二人は絶縁したと書いていたが、間違いなくそんなことはない。

 ただ、彼女は本当に環奈のことが大切で、心配なのだ。

 立場が逆なら、俺だって信じられないだろう。

 そここそ、朱音のようになるかもしれない。


 SNSで話題になった原因は、俺にも責任がある。


「いや……すまなかった。場を治めるために動画を投稿したが、それでさらに話題になってしまったことは事実だ。心配しても当然だよな。すまなかった」


 そこでようやく朱音も俺を信じてくたのか、「わかった」と受け取ってくれた。

 顔を戻すと、彼女がありえないほど美形だったことを思い出す。


 よく考えたら、もの凄い光景だな。

 あの二人が――俺の家にいるなんて。


「これで仲直り……でいいやんな? 佐藤って、呼んでもいい?」

「ああ、好きにしてくれ。俺は……?」

「朱音で。そのほうが慣れてるから」

「ああ」


 どうなる事かと思ったが、根が悪いやつじゃないのはわかった。

 本当に、環奈が心配なだけだったんだろ――。


「ほな佐藤、もう環奈に近づかんといてね! じゃあ環奈、行こかー♪」


 と思いきや、嬉しそうな笑顔で環奈の腕を掴み、立ち去ろうとする。


「ちょっと待て! やっぱり何もわかってねえな!?」

「なんで!? 仲直りしたやんか!」

「じゃあなんで捨て台詞吐いて行こうとするんだよ」

「うちの環奈は初心うぶなんや! 男の子と一緒にご飯なんて……うちかてそんな食べてないのに……ズルいやろ!」

「本音出てるじゃねえか! てか、ズルいってなんだよ! 別にいいだろ!」

「あかん!」

「あかんくない!」

「あかーん!」

「あかんくなーい!」


 再び言い合いを始める俺たち、そして――さすがに堪忍袋の緒が切れたのか――


「いい加減にしなさーーーーい!」


 環奈が、俺たちの頭を拳骨で殴った。


 い、痛い……。


 ◇


「ごめんね……佐藤君。朱音あかねちゃん、あの……私のことが好きすぎて……」


 場が収まり、環奈が申し訳なさそう小声で言った。

 というか、そのくらい俺もわかっている。

 朱音は――環奈のことが好きで好きでたまらないのだろうと。


「佐藤ーこのジュース飲んでええ?」

「……好きにしてくれ」

「わーい、果汁百パーセントなんて、豪華やなあ」


 冷蔵庫を開けて、無邪気にオレンジジュースを飲む朱音。間違いなく悪い子ではない。

 それはわかる。それはわかるが……にしても環奈のことが好きすぎる。


 ていうか、西の朱音、東の環奈みたいな話はどうしたんだ?

 ライバルじゃなかったの?


「環奈ーほら、苺食べさせてーや」

「ええ!? 自分で食べなよ……もう仕方ないなあ」

「やったー、ほら、あーん」

「はいはい」


 朱音は口をあんぐりあけて、苺を頬張る。

 二人が仲良くしている姿は、まるで姉妹。


 つくづくネットは当てにならないなと思った、そんな夜だった。


 ◇


「なるほど、そういうことだったのか」

 

 聞けば朱音は、ずっと前から環奈のことが心配だったそうだ。

 しかし、環奈が休んだことで仕事の埋め合わせが忙しく、海外へ渡航したりしていたらしい。

 それには環奈も申し訳なく思っていたとのことだった。

 今は長期休暇を頂いて、環奈の家に先日から泊りに来ているとのことだった。


 『後、どのくらいで戻って来る?』のメッセージも、どうやら朱音だったらしく、隣の叔母さんに料理を作っていたという設定で環奈はここへ来ていたらしい。

 しかし、コンビニで出会ったことで、それがバレてしまった。


「ネットの動画を見てずっと心配やったんや。うちの環奈を落とすなんて、ありえへんと思って。男の子なんて、苦手中の苦手で、なんやったら一言も話されへんかったくらいやもん」

「朱音ちゃん、お、落とすって!? な、なにいってるの~~~~ッッッ!?」

「でも、佐藤。環奈はあげへんからな」

「さあどうだろうな。まだわかんないぜ」

「さ、佐藤君までー!?」


 テレビで見る印象とリアルでの印象が違うのは、環奈でわかっていたつもりだった。

 だがもっと思い知らされた。

 朱音は、思っているよりも面白くて――そして、イイヤツだと。


 ◇


「環奈、そろそろ戻ろかー」

「そうだね、もうこんな時間だ……」


 話が盛り上がり、いつもより遅い時間になっていた。

 朱音は当分の間、環奈の家に泊るらいし。明日は三人で一緒にご飯を食べることになっている。

 もうすぐ学校が始まるが、一体どうなることやら……。


「そういえば環奈、佐藤に言うたん?」

「え!? いや、まだ……」


 朱音の問いかけに、環奈は表情を曇らせた。その様子がいつもと違う事に気づき、思わず訊ねる。


「何の話だ?」

「学校や」

「学校?」


 そのまま答えようとする朱音を、環奈は必死で止める。自分から言わせてほしいと。

 それにしては返事がすぐに返ってこなかった。

 

 俺はそのに、不安を覚える。


 ようやく落ち着いたころに、環奈が口を開いた。


「あの……SNSがあってから色々考えたんだ。佐藤君に……迷惑がかかってるって」


 何を言うつもりか、さっぱりわからなかった。しかし、良いニュースではないように思えた。


「朱音ちゃんがね、海外の学校の話を持ってきてくれて……転校を視野にいれたらどう? って」

「日本の学校でゆっくり過ごすのは難しいからなあ」


 朱音は悪気がなさそうだった。もちろん、環奈のことを想ってのことだ。間違いなく、それはいい提案だろう。

 けれども、俺は胸中穏やかではなかった。心の奥が、ざわつきはじめたのだ。


「すぐに答えを出すわけじゃないんだけどね。私がいることで……皆に迷惑かけてるかなって」


 環奈は、以前と比べて明るくなっている。それだけに、周りのことを考えてしまうのだろう。

 とはいえ、予想だにしたかったことに、驚きを隠せなかった。

 できるだけ表に出さないように、答える。


「……いや、そんなことないよ。俺は環奈と一緒に学校を行くのも、ご飯を食べるのも楽しいからな」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。だから、じっくり考えようと思って……。ありがとう佐藤君、おやすみなさい」

「うちの環奈はあげへんで……。――おやすみ、佐藤。今日はごめんな」


 扉を閉める前に朱音はもう一度謝罪した。そして、意味深な目をしていた。

 もしかしたら俺の気持ちに気づいたのか、そんな含みがある顔だった。


 新しい出会いがあれば、悲しい別れもある。

 

 もし環奈がその選択した場合、俺はどうするのか。


 それは自分の心と向き合えば、すぐにわかるような気がした。

 


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 少ししんみりしたラストになりましたが、今後は糖度が高い話がメインとなると思います。お楽しみに(*´ω`*)

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