第31話 環奈と水族館デート、そしてプレゼントも?

 朱音あかねと知り合ってから数日、なぜか夕食は三人で食べるのが日課になっていた。

 やはり環奈のことを溺愛しているらしく、とにかく行動は構ってちゃんだ。


 見ていて飽きないし、微笑ましいなとも思うが、棚に閉まっているプレゼントに困っていた。


 どのタイミングで渡そうか、どうやって伝えようか、先日購入したネックレスである。


「来年の誕生日まで待つ……いやそれはさすがに……」


 環奈に似合う花をモチーフにしたネックレス。派手すぎず、高校生らしいものだ。

 そんなとき、朱音からメッセージが入る。


『今日は出かけてくる! うち抜きで環奈といちゃいちゃしたあかんで!』


 何かあったときのために連絡先を交換していたのだ。数少ない俺の友達の欄には、日本を騒がせたアイドルが二人並んでいる。

 当時、テレビを見ていただけの俺に伝えたら、びっくりしすぎて腰を抜かしそうだ。


『もしかしたら、もしかするかもな?』


 などと、ちょっとした冗談を返し、タイミングが決まったことに安堵する。

 今日――プレゼントを渡そう。


 ◇


「お待たせ! わ……」

 

 懐かしく思えるエレベーター前での待ち合わせ。

 突然の誘いにも関わらず、環奈は二つ返事で了承してくれた。


 俺の姿を見るなり、驚きで声を漏らす。


「どうした? 何か……変か?」

「すごくお洒落だなと思って! ……それに……格好いい……」


 足がスラリと見える黒スキニーパンツに、白いインナーの上から生地感の良いシャツを羽織っていた。

 それを褒めてくれたのが、嬉しかった。

 それに、最初のデートを思い出す。


「ああ、この前買ったんだ。――えっと、最後なんて?」

「な、何でもない何でもない! えへへぇ」


 後ろの部分が上手く聞き取れなかったが、褒めてくれたのが素直に嬉しい。

 実は先日、高森とモールへ行った時に見繕ってもらったのだ。

 サッカー部ということもあって、お洒落にはそれなりに気を遣っている。

 今までなぜモテなかったのが不思議だが……。


「というか、環奈も……綺麗だな」


 変装用の黒ぶち眼鏡、日差しを避けるための黒帽子。

 確か、キャスケットと呼ばれるもので、女性らしさを引き立たせている。


 シャツは透け感のある白を羽織っていて、インナーと合わせている。

 下は膝丈ぐらいのブラウンのスカート。


 いつもそうだが、環奈はお洒落だ。自然と着こなしているとも言えるが。

 さすがにはアイドル。隠しきれないオーラも出てしまっているが……。


「えへへ、ありがとう♪ よし、出発だー!」


 環奈は、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 今日は水族館に行こうと誘ったのだ。


 ここからそう遠くなく、それでいて見ごたえもある。

 環奈の記憶の水族館は小学生で止まっているらしく、前から行きたいといっていたのだ。

 それにそこは地元の水族館という感じで、人もさほど多くない。


 とはいえそれは口実の一つ。

 俺の本当の目的は、ネックレスを渡すこと。

 家でも良かったが、どうせなら楽しい気持ちで渡したいと思った。


 ◇


 電車に乗って窓を眺める環奈は、以前のように不安で怯えていない。

 普通の女子高生だ。正し、圧倒的な可愛さを覗けば。


「紬ちゃん、まだ戻ってこないのかなあ」

「確かもうすぐ戻ってくるはずだが、宿題とかやってるのかな……」


 紬は他県に知り合い伝で、ケーキ合宿へ行っている。卒業後は、海外店で勤務したいとも言っていた。

 頑張り屋さんなのは昔からだが、そこまでストイックになれるのは尊敬に値する。


 皆と遊びたいのにー! とも言っていたが、朱音を紹介することになるとかなり騒ぎそうだ。

 お出かけなんて、出来る気もしないが……。


 帰ってきたら、絶対に宿題を手伝ってと頼まれるだろう。



 そんなことを考えていると、駅に到着。

 スマホでマップを見ながら、水族館の入口まで辿り着く。


 小さい頃に何度か来たことがある。

 建物は海のイメージからか、全体が青くなっていて、魚の絵が描かれていた。

 道には、様々な魚のオブジェが並べられている。


 入口でチケットを購入、俺たちはワクワクしながら入場した。


「なんだか、遊園地みたいな気分になるね。ペンギンさんもいるかな?」

「ああ、確かイルカもいたはずだ」

「イルカ!? 触れるかな? 撫でられるかな?」

「どうだろうな、でもショーは見れはずだ」

「えー! 何時から!? チェックしとかないと……!」


 環奈はまるで小さな子供のように、パンフレットを開いた。

 期待を膨らませるその表情は、いつもよりも幼く見える。

 どんなことも新鮮な反応をする彼女といると、それだけでも楽しくなった。


「「綺麗だ……」」


 入口のお姉さんに半券をちぎってもらい中に入ると、まず大きな水槽が飛び込んできた。

 多くの魚が泳いでいて、ダイバーさんに見える飼育員さんが、直接餌を運んでいる。


 ――迫力満点だ。


「ねー、佐藤君! 亀さんがピースしてる!」


 環奈は、小さな子供の隣で、壁に手を置いて興奮していた。ちなみに、亀はピースしてない。

 俺も駆け寄りと、それを近くで見ていた奥様方が、口々に声を漏らす。


「仲睦まじいわねえ……」

「ほんとうね、高校生同士のデート羨ましい……私にもあんな時代が……」


 あまり注目されすぎると困るので、先に移動しようと伝えた。

 夏休みとはいえ、やはり人はそこまで多くない。


 それから少し進むと、夜の海コーナーという看板が現れた。

 薄暗い洞窟のようなところを、ゆっくりと進む。


 猫吉太郎の館を少し思い出しだす。あの時も楽しかったな。


 すると、いくつかの小さな水槽が並べられていた。

 暗闇で生活する様々な魚たちが、看板とともに紹介されている。


「佐藤君、このクラゲ光ってる! ぴかぴかー」

「夜でも安心だな。でも、これって必要か?」


 どういう原理なのかはわからないが、光るクラゲに環奈は興味津々だった。

 そのとき、興奮した彼女が俺の服の袖を掴む。


「ねえ、あっちもいこ!」

「ああ、行こう。ちょっとまて、この生物すごいぞ!?」


 それから数十分間、俺たちは自然と触れ合いながら、魚を見て回った。



『十分後にイルカショーが始まります!』


 突然鳴り響くアナウンス。俺たちは自然と目を合わせ、笑みを浮かべた。


「「行こう(か)」」


 ◇


「ここ見やすいし、どうだ?」

「なんか人少ないね? なんでだろう?」


 先へ進むと、屋外の開けた場所に出た。

 ショーを見るために設置されたオープンな水槽と、飼育員がすでにスタンバイしている。


 これから起こるショーのために、小魚をイルカにポイポイと食べさせていた。

 水の匂いが鼻腔をくすぐって、期待と興奮を予感させてくれる。


 そのうちの一つのベンツに腰掛ける。一番前席、赤いシートだ。


 なぜだかわからないが、周囲には人がいなかった。

 理由はわからない。


「それでは始まります!」


 直後、イルカショーがスタート。




「では次、この輪を潜ります!」


 ショーはクライマックスを迎え、イルカは飼育員さんの掛け声で、次々と空中の輪をくぐっていく。

 そのジャンプ力は凄まじく、思わず声を漏らす。


「「おお~!」」


 自然と溢れる拍手と笑みで、俺と環奈は大満足だった。


 水族館のイルカって、もしかして高森よりも頭が良い……げふんげふん。

 やめておこう。


「では最後、サプライズー!」


 周囲から、笑い声が聞こえた。

 なぜか俺たちに視線が集まっているような。

 その時、なんとなくベンチに視線向けると、とある注意書きが書かれていた。


 同時に――環奈も気づく。


「「……びしょ濡れ注意?」」


 ザバババババアアアアアアーン!


 イルカが、目の前に置かれていた板に乗り上げられ、その衝撃で水飛沫がまう。

 その瞬間、俺たちは頭から桶の水を被ったのごとくびしょ濡れになった。

 子供たちの笑い声が聞こえる。


「あのひとたちびちょびちょー!」

「ほんとだー! お風呂に入ったみたいー!」


 季節は夏、寒くはない。

 まさかのサプライズで、驚きよりも衝撃が勝る。


 環奈と目が合い――自然と笑いがこみ上げてきた。


「はは! すげえなんだこれ、びっちょびちょだ」

「ふふふ、気づかなかったね。濡れたあー」


 その瞬間、環奈の服が……服が……透けていることに気づく。

 衝撃で肩紐もずり落ちていて、濡れた白シャツからはブラの形がくっきりと見えている。

 ピンク色で――間違いない。おそらく上下とセットだろうか。

 そういえば、前にシャワーで見つけたのと似ている――


「佐藤君? どうしたの…… え、ええええ!? す、透けてる!?」


 俺の不自然な視線に気づいた環奈は、頬真っ赤にして体を隠す。

 幸い周囲からは見えていないだろうが、流石にこれで外には出られない。


 シャツを貸そうにも、俺もびしょ濡れだ。


「環奈、ちょ、ちょっと待っててくれ!」


 急いで走り、見つけた売店でタオルを購入。

 戻ってくると、ショーは終わっていた。


「環奈、これで拭いてくれ。それと……その、隠すように……」

「あ、ありがとう。わ……ペンギンさん」


 タオルには、とても可愛らしいペンギンが描かれていた。

 環奈が可愛いといっていたのを覚えていて、急ぎながらも選んできたのだ。


「えへへ、佐藤君はいつも優しいね」

「そ、そうか?」


 照れくさくなって、頬を欠く。


 けれども――完全に水分が消えるまで、環奈の姿を目に焼き付けとかないと……なんて。


 ◇


「楽しかったねえ、最後にペンギンさんも見れたし!」

「ああ、お土産もばっちりだな」


 ペンギンタオルを肩に掛けながら、環奈は嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。

 すっかり長居してしまい思ったよりも遅くなってしまったが、思う存分楽しめた。


 しかし、肝心のプレゼントを……まだ渡せていない。


 どうしようどうしようと悩んでいたら、ついに自宅近くの駅に降り立った。


 もうすぐでマンション、というところで、環奈と初めて話した公園を見つける。

 ここだと、直感で感じた。


「環奈、ちょっといいか?」

「ん? どうしたの?」

 


 ベンチまで誘導し座ってもらい鞄から小さな箱を取り出す。


「これ、水族館で買ったの?」

「いや、ずっと渡そうと思ってたんだが、タイミングがなくてな……」


 疑問抱いて首を傾げる環奈に、俺は箱を手渡す。

 中を開けてみてくれ、と伝えると、彼女は不思議そうに箱を開けた。


「……え!? これってネックレス? それに……すっごく可愛い」

「良かった……。環奈の誕生日、気づかなかったんだけど、過ぎてただろ? 遅くなったけど、いつものお礼を込めてプレゼントしたいなって」


 手伝ってもらったが、環奈に似合うものを俺なりに選んだつもりだ。

 向日葵の花を象った装飾がされていて、全体的なカラーは女性らしいピンクゴールドになってる。

 派手過ぎず、かといってシンプルすぎないクリスタルも付いている。


 今は暗くてわかりづらいが、先端のガラスが反射するとキラキラして、より綺麗に見えるのだ。


「こんなに素敵なネックレス……もらっちゃっていいのかな」

 

 環奈は申し訳なさそうに、けれども嬉しそうに言う。


「いつものことを考えると足りないくらいだ。それよりも、喜んでもらえるかどうかが心配だった」

「すっごく嬉しい! ありがとう♪ さっそく付けていいかな?」


 ネックレスを箱から取り出し、付けようとする――が、フックの部分が小さくて上手く付けられないらしく、手こずっていた。


「環奈、貸してくれ」


 そっと、手を差し出す。ネックレスを渡してもらい、装着するために体を近づけた。

 まるでキスをするかのように、顔が近づく。

 そういえば、この唇に……少しでも触れたんだよな。


 環奈は、頬を赤らめていた。


 装着し終えると、少しだけ名残惜しく離れる。環奈の匂いが、落ち着く。


「ど、どう?」

「似合ってる。めちゃくちゃ可愛いぞ」


 こんなにハッキリと伝えたのは初めてかもしれない。

 ネックレスを可愛い言ったのか、環奈を可愛いと言ったのかは、秘密だ。


「佐藤君、本当に嬉しい。遊園地も楽しかったけど、今日の水族館もすっごく楽しかった。いつも……私の為にありがとう」

「いや、お礼を言うのは俺のほうだ。――ありがとな」


 静寂な夜の公園。何とも言えない雰囲気が、二人の沈黙を誘う。

 あまりの恥ずかしさに、俺が声をかけた。


「さて、帰ろうか」

「そうだねっ」


 帰り道、暗くて少し怖かったのか、環奈は俺の服の袖を掴む。

 その瞬間、横から曲がって来た車にぶつかりそうになって、俺は環奈の手を強く引っ張った。


「大丈夫か?」

「びっくりした……」


「「…………」」


 その日、マンションに帰るまで、ずっと環奈と手を繋いでいた。


 できるだけもう少しこのままでいたい、どうか家に辿り着きませんようにと、強く願いながら。

 

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