第39話 怪獣、襲来 ➁
「太郎、そこに座りなさい」
「え、ええ!?」
朱音と環奈の前に、俺は説教させられそうになるのであった。
「なるほどねえ、朱音ちゃんは、環奈ちゃんと一緒に住んでるのね」
全ての説明を終えて、母は再び笑顔を見せていた。
こう見えて怒ると怖いので、昔を思い出してしまった。
朱音が、ようやく状況を飲み込んで言う。
「あ、はい。佐と……あ、佐藤君とは、同級生にもなったんです」
「え? 同級生?」
「朱音、余計ややこしくなるだろ……」
「あら、こんな可愛い女の子を二人とも呼び捨てにしちゃってねえ」
環奈の説明だけでも大変だったのに、さらに朱音まで。や
勘弁してくれと思っていたが、朱音はガンガン話し始める。
弾丸タイプの二人が出会うとこうなるのか……。
「そういえば旅行へ行ったのは聞いてたけど、太郎は迷惑かけなかった?」
「あ、え、いや全然! めちゃくちゃ頼りになってましたよ」
「へえ、うちの太郎がねえ」
なぜか頬を赤らめる朱音。何か……したっけ? ああ、そういえば猫から助けたな。
あれが頼りになると言えるのだろうか……。
「環奈ちゃんもありがとうねえ」
「いえいえ、こちらこそです」
気づけば、夜遅くなっていた。
朱音は家に環奈がいなかったので、心配してこっちへ来たそうだ。
「母さん、時間が」
「あ、そうね……それじゃあ、環奈ちゃん、朱音ちゃん。また今度ね、太郎、駅まで送りなさい」
そういえば……家を言い忘れていた。またややこしくなりそうだが……仕方ないか。
「いや、母さん隣なんだよ」
「隣?」
「環奈の家、うちの家の隣なんだ」
「そう……え?」
何度も聞き返され、四度目でようやく理解してくれた。
それならよかったわ、だったら泊まって行きなさいよ。とまさかの一言。
いや、隣だからこそ帰ったほうがいいだろ、と言い返しても、せっかくだし朝ごはんも一緒に食べたいじゃない、と。
環奈と朱音は顔を見合わせ、俺の予想に反して笑顔で、はいっと答えた。
勘弁してくれよ……。
「疲れたから、俺は先に寝るよ」
「はいはい、おやすみなさい」
母親、環奈、朱音、の三人はまたアルバムを見返していた。
明日の学校は休みだが、それにしても限度があるだろう……。
精神的に疲れてしまい、自室のベッドにもぐりこむ。
三人の笑い声が、いつまでも響いていた。
◆
環奈――sied。
「えーそうなんですか!?」
佐藤君が寝静まってから、朱音と佐藤君のお母様と三人で、アルバムを見ていた。
その時、ふとお母様から質問が飛んでくる。
「そういえば、二人とも太郎のことどう思ってるの?」
突然すぎて、私は返答に困ってしまったが、朱音はあっさりと答える。
「うちは恰好いいなーって思ってますよ!」
「ええ、太郎、そんな良いところあったかしら……」
話が弾んでいる横で、少し、蚊帳の外に感じてしまう自分がいた。
朱音は私よりもハッキリとした意見を言うことができる。
羨ましい、そして――ずるい。
私だって、佐藤君の良さを知っているのに。
「わ、私もそう思ってますよ!」
思わず声のボリュームを間違えてしまった。
今の……佐藤君に聞こえてないよね?
二人ともきょとんとした顔をしていたが、お母様が微笑んでくれた。
「あら、嬉しいわあ。こんな可愛い子たちにそう言ってもらえて。太郎、紬ちゃん以外の女の子とは全く縁がなくてねえ」
佐藤君のお母さんはとても素敵な人だ。
話しやすいし、気さくで、私のお母さんとはタイプが違うけど、素直なところは似てるかも。
「そうだ。お風呂も入っていったら? 太郎は朝に入るっていうし、お風呂もあったかいから、二人で入っちゃいなさい」
「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えよか―環奈」
「う、うん。そうだね、お借りします」
脱衣所に入ると、なんだか懐かしい思い出が蘇る。
紬ちゃんと一緒に入ったのも、随分と前な気がする。
朱音ちゃんは遠慮なく服を脱ぎ始める。私と違って胸も大きいし、スタイルだっていい。
引き締まった体をしているし、普段から鍛えてるのかな。
佐藤君も、朱音ちゃんみたいな子のほうが好きだよね……。
そんな私の視線に気づいたのか、朱音ちゃんは首を傾げる。
「どうしたん? 入らへんの?」
「あ、入るよ」
紬ちゃんも胸が大きいし……どうして私はそんなに成長しないんだろう。
やっぱり、ずるい。
「環奈の胸、ええ形してんなあ」
「おじさんみたいだね……」
お互いの体を洗いっ子して、湯舟に漬かる。
佐藤君のお母さんが入浴剤を入れてくれたらしく、ピンク色で可愛い、それにいい匂いがする。
「ふー、佐藤のお母さん、ええ人やなあ」
「そうだね、話してて楽しいよね」
「そういえば、さっきのほんまなん?」
「さっきの?」
聞き返したけど、わかっていた。
佐藤君のことだろう。
「私もそう思ってるって」
「……うん」
だけど私は朱音ちゃんに本音を話したことなんてない。
いや、自分の気持ちがわからないのだ。
佐藤君と話していて楽しいし、もっと一緒にいたいって思ってる。
だけど、どうやって距離を近づいたらいいのかもわからない。これが恋愛なのかもわからない。
今まで一度もしたことがないからだ。
「環奈、佐藤のこと好きやろ?」
「ええええ!?」
「隠さんでもわかるで」
「……朱音ちゃんは?」
「うちはどうやろなあ。気になってるのが好きっていうんやったら、好きなんかもしらんな」
心臓が、ドクンと音を響かせる。
『好き』――私が勇気を振り絞っても言えない言葉を、朱音ちゃんはいとも簡単に言った。
「そうなんだ……」
「環奈のことは大大大大大大大好きや。でも……うちも自分の気持ちに正直でいたいんや」
朱音ちゃんのことは、誰よりもよくわかってる。
私たちは、アイドル時代ずっとライバルだった。こう見えて、と自分で言うのも変だけど、私はわがままな女の子じゃない。
私のほうが先に佐藤君と知り合ってたのに、なんてことは絶対に言わない。
誰が誰を好きになろうと自由だし、好意に順番なんて関係ない。それを言ったら、私は紬ちゃんに申し訳が立たない。
だって、彼女もおそらくだけど、佐藤君のことが……気になってるはずだ。
私も……ずるいのかもしれない。
「大丈夫だよ。怒ってないし、でも、私も自分の気持ちに正直でいたい。だから、佐藤君のこと、気になってるってのは伝えとくよ」
「……わかった。環奈はやっぱり可愛いし、格好ええなあ。うち、環奈のそういうところ大好きや」
「もう……朱音ちゃんは真っ直ぐすぎるし、自由すぎるんだよ~」
お風呂を上がると、佐藤君のお母様がバスタオルを持ってきてくれた。
明るくて、笑顔が素敵で、まるで本当の母親みたいに接してくれる。
こんなに素敵な人から生まれたから、佐藤君はあんなにいい子に育ったんだ。
「娘が二人もいるみたいで嬉しいわあ」
普段は入ったことのない寝室にお邪魔した。
大きなベッド、三人で横になる。
佐藤君の小さい頃の話を聞いた。
意外にもやんちゃな時期もあったらしく、可愛いなと思ってしまった。
「二人とも、本当に太郎のことありがとうねえ」
それから、お母様は一人家に残していたことを心配してると本音を漏らした。
佐藤君のお父様と佐藤君は、少し仲が悪いらしい。
私と同じだったんだ。
でも、佐藤君は私と比べていつも明るくて、心だって強い。
尊敬するところがありすぎて、釣り合わないのかもしれない。
佐藤君のことを考えると、いつも胸がざわざわする。
きゅっとなる。
朱音ちゃんが佐藤君のことを気になると話すたび、心臓が締め付けられるようになる。
――もしかして。
私、佐藤君のことが――
「環奈、おやすみぃ」
「わ!?」
「どないしたん?」
「な、何でもないよ!。おやすみ、朱音ちゃん、お母様」
「なんか変やなあ? おやすみー」
「環奈ちゃん、朱音ちゃん、おやすみなさい。また明日ね」
この気持ち、やっぱりそうなのかな。
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