第40話 初瀬朱音と放課後デート?
「おはよー!」
「あ、初瀬さんおはようー!」
「朱音さん、今日も元気だね」
初瀬朱音は、驚くほど学校に馴染んでいた。
現役のアイドルというのに、今どきの若者は順応性が思っているよりも高いらしい。
そういえば、うちの母親は帰っていった。
去り際「どっちも悲しませないようにね」と、意味深なことを俺に残していったが……。
あと、俺の知らない間に、二人と連絡先を交換したらしい。
なんだか不安だ……。
朱音が、俺に向かって歩いてくる。
「佐藤、1・2・3、元気かー!?」
「ダーみたいな言い方で挨拶するな。ていうか、朝からテンション高いな」
環奈が転校してきた当初と同じく、朱音は大勢に囲まれていることが多い。
だが本人はどこ吹く風で、何も気にしていない様子だ。
西の朱音、東の環奈が揃ったことは、学校内において大ニュースなのだが、本人にとっては些細なことらしい。
で、ここからが問題なのだが、朱音は教室で俺によく話し掛けてくる。
とはいえ、環奈も前と違って俺に声をかけてくるが、それよりも朱音は距離感がバグってるのだ。
おはようからはじまり、休憩時間、お昼休み、いつでもどこでも、佐藤佐藤と元気よく。
それが嫌なわけじゃない、ただ、周りからはなんであいつが? という目で見られるのだ。
当然そこに環奈も着いてくるわけで、ようやく収まっていた噂も復活しようとしていた。
で、更に困ったことに紬だった。
「太郎ー! お喋りに来たよー!」
「またか、ってそんな毎時間喋ることないんだが……」
他クラスからの移動の制限がなくなり、紬が休み時間によく来るようになった。
高森曰く、紬の隠れファンは意外にも多いらしく、佐藤は何者だと上級生でも話題になっているらしい。
困ったような、嬉しいような……。
放課後、高森はサッカー、紬は用事、環奈も図書室で調べものがあるとすぐに消えていった。
たまには一人で帰ろうかと思っていたら、朱音が声をかけてきた。
「佐藤、一緒に帰ろやー!」
「お、おう」
後ろから覆いかぶさるがごとく背中にアタックしてくる。
周囲の目を少しは気にしてくださいね、朱音さん。
◇
「朱音って、SNSとか見るのか?」
「全然みーひんで。ええことよりも、悪いことが目に付くからなあ」
帰り道、あっけらかんと朱音が言った。
出来るだけ俺も見ないようにしているが、二人のことがSNSでちょっした話題になっているらしい。
そのことを素直に訊ねてみたのだが、まったく興味はないそうだ。
世の中にはエゴサ―チ、所謂エゴサと呼ばれるものがある。
検索エンジンなどを使って自分の本名やハンドルネームを検索することだ。
だが、朱音はやったことがないとのことだった。
そのくらいのほうが、芸能界には向いてるのかもしれない。
「それより佐藤、ちょっと遊びに行かへん?」
「遊び? 今からか?」
「んー、なんか甘いもん食べたいなあって」
突然の提案。甘い物は確かに随分食べていない。
学校から家が近いので、買い食いもせずにまっ直ぐ帰ることが多かった。
環奈もまだ帰ってこないだろうし、たまにはいいかと了承した。
甘い物も……楽しみだ。
あれ、これって二人きりで遊ぶってことになるのか?
◇
「はい、どうぞー!」
小さな商店街、明るいお姉さんが、苺とチョコレート、バナナとクリームをトッピングしたクレープを手渡してくれた。
朱音は、「ありがとうさんー!」と、ばりばりの関西弁で返す。
あれ、ばりばりって方言だっけ?
ちなみに俺は、ティラミス風味と、バニラアイスクリームが乗っている。
ダブルコンボの甘い香りで、すでに涎が出てきた。
男女の場合はカップルセットになるらしく、予想よりも随分と安かった。
「おごってくれてありがとうなあ、佐藤は優しいなあ」
朱音が、満面の笑みでお礼を言った。クレープを食べようと思ったが、周囲からの視線に気づく。
そういえば、初瀬朱音は現役のアイドルだ。
この繁華街は大きいわけじゃないが、カメラで撮影されたりしても困る。
学生だという話は既に話題になっているが、出来るだけ気を付けたほうがいいだろう。
「よし、食べるでー!」
「ちょっと待った」
「え? な、なんで!?」
悲しそうな顔をした朱音を何とか宥め、少し離れた場所へ移動する。
あまり知らない場所だが、川の近くに椅子があったので、そこに座った。
「よし、いいぞ朱音」
「お預け食らってた犬ちゃうで!」
定番の漫才を終えると、朱音はクレープを食べ始める。
苺、チョコ、そして少し大きいバナナを食べている彼女を見て、少しだけよからぬ考えが浮かんだ。
それに気付いたのか、朱音が挑発的な目をする。
「佐藤、どうしたんー?」
健全な男子高校生に見せてはいけない舌使いで、バナナに乗っているチョコレートを舐めとる。
「え、いや、な、何も!?」
うわずった声を出してしまい、明らかに動揺してしまった。
何とかそれを隠そうと、急いでティラミスクレープを頬張る。
あ、うんまい……。
「佐藤はエッチやなあ、前にうちの下着姿も見たし」
「あ、あれは事故だろ!?」
「ふーん、うちの舌を舐めるように見てたでー、環奈に言おかな?」
ぺろぺろ、今度は手に付いたクリームを舐めはじめる。
見てはいけない。朱音のペースに惑わされるな……!。
「ふふ、冗談や、黙っとくから、一口ちょーだいっ」
了承することを前提に顔を近づけてくる。
近くで見ると、その美形さに心が揺れ動く。
環奈とはまた違う、大人っぽい鼻筋と目。
そして大人な香りがほのかに匂う。
香水だろうか。
「んーまいっ、こっちも美味しいなあ」
パクっと一口、クレープを食べられる。
恥ずかしさかないのかと思うと、こっちが恥ずかしくなった。
ていうか、よく見るとバニラアイスクリームが……ほとんどなくなった。
「……取りすぎだぞワンワン」
「飼い主様は厳しいなあ。ほんなら、うちのやつ一口あげるから許してや、ほらあーん」
朱音が、突然俺にクレープを近づけてくる。
……食べてもいいのか? 思わず周囲を確認したが、誰もいない。
ごくり、喉を鳴らす。
なんだかとてもいけないようなことをしている、そんな気が――あーん。
しかし、さっと俺から離れていくクレープ。
「やっ、やっぱなしや!」
「なんでだよ……」
さっきまで平然としていた朱音の頬が、なぜか赤くなっていた。
「さ、佐藤が遅いからなんか恥ずかしくなってきたわ!」
「そう言われても……」
意外な反応をする朱音を見ていると、なんだか笑いがこみ上げてきた。
高校生らしいところがあるなと。
「な、なんで笑うんや!」
「いや、女の子らしいところあるなと思ってな」
「~~~~~ッッッ! も、もーうちのクレープあげへんからな!?」
「はいはい」
二人きりだとよくわかってくる。
朱音は一見、男っぽい感じで明るいが、実はとっても女の子らしいということが。
「な、何見てるんや?」
「朱音のクレープを食べている顔だ」
「なななな、な、何言うとんねんっ~~~!?」
意外に揶揄いがいがあるな、新しい発見だ。
とはいえ、やり過ぎには気を付けよう。
俺も恥ずかしい……からな。
「そろそろ帰るか。あんまり遅くなると、環奈が心配するだろ」
「そうやなあ。じゃあ、二人きりのデートは次回に持ち越しにしよか」
「あれ、これは含んでないのか」
「これは前哨戦や」
「何の話やねん……」
朱音といると自然に笑いがこみ上げてくる。
ついでに関西弁もうつってしまう。
それと、ここのクレープはかなり美味しかった。環奈にも教えてあげるか――。
「あ、佐藤。環奈にはクレープ食べたのしーやで! 甘い物好きやから、多分ずるいーって怒るで」
「え、そ、そうなのか? じゃあ、秘密にしておくか……」
◇
マンションの下で環奈とバッタリ出会う。
「あれ? どこ行ってたの?」
思わず硬直する、俺と朱音。
「え、ええとなあ。道案内や、このあたりあんま知らんから、佐藤に色々となー?」
「あ、ああ。そうだな。そうそう、道案内だ」
道案内? と首を傾げる環奈。とにかく帰ろうぜと伝えて、無理やりエレベーターに乗ると、環奈が鼻をくんくんしはじめた。
「なんか、クリームの匂いしない?」
「き、気のせいじゃないか?」
そういえば、環奈は鼻が鋭い。バレませんようにと願っていると、環奈が近づいてくる。
「この白いの……クリームじゃない? 朱音ちゃんからも同じ匂いがする……もしかして、二人とも私をのけ者にして甘い物を……」
「そ、そんなことないよ。なあ、朱音」
「ほんまほんま、そんなことないでー!」
怪しい、と環奈に睨まれてしまう。
エレベーターが到着、急いで出ようとしたら、ポケットから何かが零れてしまった。
環奈がしゃがみ込み拾ってくれたのだが、それはカップルクレープセットと書かれたレシートだった。
「佐藤君……朱音ちゃん……何これ……」
「か、かえろかー!」
「あ、ああ。そうだな……」
「二人とも、ズルーーーい!」
久しぶりに、いや初めて環奈の怒った顔を見た夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます