第41話 紬と結婚しました

「私と結婚してくれる?」


 ウェディングドレスの紬が、俺に上目遣いでそう言った。


「――喜んで」


 そして、俺は紬の手を取った。


 ◇


 照りつける太陽の下で、紬を待っていた。

 待ち合わせ場所は駅の横、このあたりに来るのは随分と久しぶ――ぬわあああ!?


 突然、背中をドンっと叩かれる。

 いつも通りの力強さ。


「十五分前行動、偉いじゃんっ!」

「だから痛ぇって……」


 海水浴の宣言通りなのか、紬から遊びのお誘いが来た。

 環奈と朱音は二人で出かけているので、なんというか、お忍びで遊んでいる気分だ。

 あえて黙っているわけではない。うん。


「で、なんでこんなとこ――」


 久しぶりに見る私服の紬の姿は新鮮だった。


 環奈と違って恰好良さも感じられる黒スキニーと、白シャツにカーディガンを羽織っている。

 日除け用の帽子は、茶色のベレー帽で、これもまた似合う。


 普段はケーキで忙しいはずだが、どうもこう女の子ってのはお洒落なんだろう。

 不思議だ。


「どうした太郎! もしかして……私に見惚れてる?」


 そんな俺の視線に気づいた紬が、嬉しそうに体をくねらせた。


「いや、お洒落だなとは思ったが、見惚れてはないな」

「何その返し……なんか冷たい! 久しぶりの二人だよ!? いつもと違って、素敵だね。とか、今日の紬、可愛いよ。とかないの!?」

「ステキダネー、カワイイヨー」


 やり直しー! と叫ぶ紬を見ていると、思わず頬が緩む。

 高森と二人で遊ぶよりも気楽で、誰よりも気が合うなと思う。


「そういえば、どこへ行くんだ?」


 何処へ行くかは全く知らなかった。このあたりはもっぱらイベントで使われるような会場があるだけで、繁華街などない。

 サプライズと言われているので、ドキドキとワクワク、いや、不安も抱いてここへ来た。


「えへへ、気になる? 気になっちゃう?」

「嬉しそうに一歩ずつ近づくな」

「まだ秘密! じゃあ、しゅっぱーつ!」


 最近歩くことを覚えた子供が、嬉しくて手を大きく振ったみたいに歩き出す。

 やれやれ、と呟きながら着いて行く。


 昔はそれこそゲーム目的で近くの会場に来たりしていたが、最近は全くだった。

 もしかして何かしているのか? と思っていたら、気づけば人混みの中を歩いていた。


「紬、何があるんだ?」

「すぐにわかるよっ!」


 どうやらまだ教えてくれないらしい。ふふふーと不敵な笑みを浮かべる。

 数十分後、俺の心臓はすぐに最高潮になった。


「嘘だろ……!?」

「ね、びっくりしたでしょ?」


 ここは東京展示会、ゲームの最新作がビッシリ連ねられたポスターが全面に張り出されていた。

 今日は数々のゲームをお試しプレイできるらしい。

 ゲーマーにとっては、夢のようなイベントだ。


「凄すぎる。神だ。神イベントだ」

「でしょ? 太郎、最近ずっと忙しそうだったし。イベントのチェックもしてないだろうから、連れて行ってあげたいなと思ってね。はい、チケット」


 紬が差し出してくれたチケットには、入場前売り券と書かれていた。

 随分と前から購入してくれていたのかと思うと、さすがに嬉しくなる。


「ありがとな。俺よりも紬のが忙しいだろうに」

「私はいつでも全力だから大丈夫! さあて、今日は遊ぶぞー!」

「おう!」


 紬は昔からそうだ。俺が喜ぶことをしてくれるし、合わせてくれる。

 本当に優しくて、いい子だ。


 中に入ると、久しぶりに童心が蘇ってきた。

 昔プレイしていたゲームから、見たこともない最新情報。

 ちょっとだけ過激なコスプレイヤーさんもいたりと、興奮が更に高まっていく。


 どれから行こうかと悩んでいると、紬は俺の腕を掴んで、ニコリと笑みを浮かべる。


「太郎が遊びたいやつからいこ?」


 そして俺はお言葉に甘えて、存分にゲームを楽しもうと走り出した。


 ◇


「ねえ太郎、私も最後に行きたいところがあるんだけど、いいかな?」

「ああ、なんか、俺ばっかりで悪かったな」


 随分と自由に遊ばせてくれたので、俺は大満足だった。

 最後に紬が連れて来てくれたコーナーは、最新VRと書かれていた。

 どんなことが出来るのだろうと並んでいると、途中でやけにカップルが多いことに気づく。


「ねえ、そういえば太郎、この前ね」

「ん? あ、ああ――」 


 俺たちの番が来た時、ようやく理解した。


『VR結婚式会場』と、書かれている。


 ……え?


「はーい、次の方どうぞー!」


 綺麗なお姉さんが、俺と紬に満面の笑みで手を振った。


「ちょ、ちょっと紬!? な、なんだこれ?」

「えへへ、ほらほら、付けるよ付けるよー!」


 なるほど、だから並んでいる時、ずっと会話を振って来たわけだ。

 ギリギリまで気づかれないようにしていたらしい。


 結婚式……てか、VR自体初めてだな。


 仕切りの壁の個室に通され、ゴーグルを装着。


「……すげえ」


 広がった景色に思わず感嘆の声を漏らす。


 リアルとしか思えないほど綺麗な映像が広がった。

 気づけば俺は、大きなチャペルに立っていた。

 全面がガラス張りで、外に視線を向けると、草原が広がっている。


 さながら自然の中にある結婚式会場、というところか。


「太郎、めちゃくちゃ恰好いいね……」


 紬の声がしたので振り返ると、唖然としてしまう。


 その――綺麗な姿に。


 純白のウエディングドレスに身を包み、花柄のブーケを手に持っていた。

 実際の人物の映像を取り込み、そのまま反映させているらしい。


 本物としか思えないその風貌に、思わず――。


「紬、めちゃくちゃ綺麗だな」


 素直な感情が声に出た。

 そしてVRはどうやらリアルの素顔も再現してくれるらしく、紬が耳の裏まで真っ赤になるくらい頬を赤らめた。


「え、えへへ。そ、そう? て、照れちゃうな~!」


 どうやら本当に恥ずかしいらしい。


 そして自分の姿もタキシードになっていることに気づく。

 マジですげえと思っていたら、チャペルの鐘が鳴り響いた。

 同時に、どこからともなく、花びらが舞い落ちてくる。


 VRって凄い。


「ねえ、太郎」


 すると紬が、真剣な声で俺の名を呼んだ。


 一歩、また一歩と、距離を近づけてくる。



 紬はいつも俺のことを一番に考えてくれている。

 どんな時も、どこへ行っても。

 海外の大会の時だって、わざわざ俺の為に希少価値の高いゲームをプレゼントしてくれた。


 そして今日も。


 いつもは照れくさくて冗談交じりにお礼を言っているが、今この時は、VRを通して恥ずかしさが軽減していた。


「ねえ、私と結婚してくれる?」


 ありえない状況だが、紬と結婚したらこの姿をリアルで見られるのか。

 そう思うと、素直に見たいと思ってしまった。


「――喜んで」


 そして、俺は紬の手を取った。


 誓いの――キ――ス『はい、終了でーーす!』


 軽快な女性の声と共に、画面がブラックアウト。

 どうでしたかー? 楽しかったですかー? アンケートにご協力お願いしまーす! と急に現実に引き戻された。


 って、ゲーム内とはいえ……とんでもないことを誓ったような!?

 直後、紬とリアルで顔を合わしたが、お互いに恥ずかしかったのか目線を反らす。


 アンケート用紙には、「最高だった。――けど、後五分ほしかった」と書いておいた。


 ◇


 夕日が落ち始めたころ、俺たちは会場を後にした。

 味わったことのない体験の数々に、まだ心臓が高鳴っている。

 それもこれも、全部紬のおかげだ。


「ありがとな。マジで最高に楽しかった」

「ほんと? 良かった……どこ行こうかずっと考えてたんだよね」


 振り返り、えへへと笑う紬。

 あれ――こんなに可愛かったっけ。


 なんだか、いつもより素敵に見える。


「ふふふ。ねえ、太郎。これ見て!」


 差し出されたスマホを覗き込むと、一枚の画像だった。

 チャペルでウェディングドレスを着ている紬――タキシード姿の俺だった。


「え、えええええ!? い、いつのまに!?」

「えへへ、いいでしょー? 待ち受けにしよっかなー! あ、朱音さんと環奈ちゃんに送ろうーっと」

 

 まずい、なんだかそれはまずい。なんでかわからないけど、そんな気がした。


「あかん! それはあかん!」

「どうして関西弁? 送信、ポチっとなー」


 送信完了しました。と機械音が聞こえた。

 次の瞬間、俺の携帯に着信が来た。名前は、朱音。


 いや、早すぎませんか!?


「……はい、佐藤で――」

「佐藤ー! なんやこれー! なにしとんねんー! 結婚ってなんやー!」

「いや、違うこれ、これはな!? 聞いてくれ」


 するともう一人、聞きなれた声が朱音の横から聞こえた。


「佐藤君……紬ちゃんと結婚したの?」


 消え入りそうな声、環奈だった。


「いや、環奈! これはな!?」

「はいはーい、佐藤紬を宜しくお願いしますー!」


 弁解している俺の隣にひょいと顔を出し、茶々を入れる紬。

 その直後、朱音の叫び声が響き、同時に環奈が泣いているような声が聞こえた。


「佐藤! どういうことやー! 環奈を泣かすなー!」

「うう……佐藤君……」


「勘弁してくれよ……」



 その日、朱音と環奈はVRのことを知らなかったので、説明に二時間かかった。


 そして俺の夕食は、白米と海苔だけだった。


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