第2話 美少女アイドルが手料理を持ってきた
「最低だな……。篠崎、ずっと猫かぶってたのかよ。俺も太郎に言われなきゃ、そんなことするヤツだってわからなかったぜ」
「多分、誰にも信じてもらえないだろうな。もう忘れるよ。つっても、当分は顔を見るたびに思い出しそうだけど……」
昼休み。俺は親友の
といっても、体調が優れないので温かいお茶を飲んでいる。
あの日から俺は精神的な問題か、もしくは偶然かわからないが、体調が悪くて二日ほど学校を休んでいた。
テストが近いということもあり、今日は無理やり出てきたのだ。
視線の先には、笑顔でご飯を食べている篠崎日和――そして、ケン君と呼ばれていた男(野郎)がいた。
俺は知らなかったが、あいつはこの学校の三年生だったのだ。
名前は浦野健(うらのけん)通称――ケン君。スポーツ万能、顔もイケメンだと女性生徒から人気らしい(高森談)。
周囲には取り巻きが大勢いて、絵に描いたようなリア充。
今まで気にもとめなかったが、意識すると余計に目に入る。
ヤツ(健)はチラリと俺の顔に視線を向け、嘲笑うかのように指をさした。
直後、仲間内で笑いが起きる。
何を言っているかは聞こえないが、大体想像はつく。
「ちっ……我慢ならねえ」
「高森! いいよ、ありがとな」
喧嘩っ早いわけではないが、熱い男ではある。
逆だったら、俺も同じようになってるかもしれないが。
「ったく、俺が生徒会長だったら二人とも退学にしてやるのになあ」
「その気持ちは嬉しいが、今どきのラノベでもそんな権限はないぞ」
「だったら学園長を目指すか。ついでにオリジナルの校則も作ろう」
「絶対変なこと考えてるだろ。女子の制服をメイドにするとか」
「なんでわかったんだ?」
くだらない話で笑い合い、高森は俺を元気づけてくれた。
ここ最近、俺は誰かに助けてもらってばかりだ。
驚いたことに、あの時出会った彼女とマンションが同じだった。
名前は聞きそびれてしまったが、いずれまた顔を合わせるかもしれない。
高森にそのことは伝えなかった。もしかして、俺の妄想が生み出したんじゃないかと自分を疑っていたからだ。
それほどまでに、彼女は綺麗だった。
「あ、そういえば、お前が休んでる間に転校生が来たんだよ!」
思い出したかのように、高森は声を荒げた。あまりの声の大きさに、周囲の視線が集まる。
俺は慌てて静かにしてくれと頼んだ。
「声がでかいぞ……。転校生なんて、今どきそんな珍しくもないだろ。何組だ?」
「俺たちと同じクラス。お前の話ですっかり忘れてたぜ……そういえば、今日は見てないな」
「いきなりサボリってどれだけ不良なんだ……。ってか、それだけ驚くってことは、昔のヤンキーみたいな風貌ってことか?」
「いや、真逆だ。それがな、……めちゃくちゃ可愛いんだよ!」
高森が突然興奮し、転校生について語りはじめた。
フランスと日本のハーフの女の子で、長い金色の髪をしているらしい。
誰かと似ているなと思ったが、ここからが本題だと強めに前置きしてきた。
「それだけじゃない、いいか、驚くなよ!? 大声を出すなよ!?」
「お前が興奮しすぎて驚く暇がねえよ。ってか、転校してきたばかりだろ? なんでそんなに詳しいんだ?」
「俺だけじゃない。皆知ってる」
「みんな?」
「数年前に突然活動休止したアイドル覚えてるか? ニュースでバンバンしてたヤツ。っても、音楽したり舞台とか出てたから、女優でもあるのか」
「ああ……もちろん覚えてるよ。トレンド入りしてたし、歌もよく流れてたからな。それがどう関係あるんだ?」
「いや、それでな、ここからがな!?――」
その時、遠くから騒ぎ声が聞こえた。
目を凝らすと、誰かを中心に大勢の人が固まりとなって動いている。
女子も男子も悲鳴をあげていた。それは決して悲嘆から来るもではなく、アーティストのライブのような憧れからくる興奮で発せられる声色だ。
椅子から少し背伸びして覗き込んでいると、その中心人物が姿を現した。
瞬間、俺は心臓が止まるほど驚いた。
あの時、俺が振られて落ち込んでいる時に出会った彼女が、俺と同じ制服を着ていたのだ。
胸元の赤いリボンは、高校二年生を表す目印。俺のネクタイと同じだった。
その時、俺は思い出す。なぜ今まで気づかなかったのか。
――俺は彼女を知っている。
そして視線の先にいた男――浦野健が立ち上がって、彼女に声をかける。
表情は明らかに舞い上がっていた。興奮気味に早口で喋りかける。
「君が噂の転校生か! 良かったら、俺たちと色々話さないか? 転校してきたばかりなんだろ? 良かったら学校についても教えるよ」
「そうね、ここにいる人は皆、この学校でも色々な才能に長けているの。だから、あなたと話のレベルとも合うはずだわ! それに、私も聞きたいことがあって!」
日和も同じく嬉しそうだった。
けれども、彼女は座ろうとしない。それどころか、まったくの無表情だ。興味を示していないのが、遠くからでも見て取れる。
その時、彼女と目が合う。
無表情だった顔が、驚くほど明るくなった。天使のような笑みを浮かべ、俺に駆け寄って来る。
その場にいる生徒全員が、その様子を眺めていた。
俺の目の前で止まって、もう一段階上の笑みを浮かべる。
「やっぱり。また会えるような気がしてた」
隣で高森が絶句しているが、俺のほうが驚いていた。
彼女の名前は天使環奈(あまつかかんな)――数年前、突然活動休止して日本中を騒がせた美少女アイドルだ。
◇
放課後、俺は今日の出来事を思い返しながら一人で帰り道を歩いていた。
彼女から声をかけられた直後、タイミングよく昼食の終わりを告げるベルが鳴り響いた。
あの不満そうな日和と健の顔は一生忘れられないだろう。
「また会えるような気がしてた」
その言葉の意味を考えていた。
あれから何人かに『なんて言ってたの?』聞かれたが、どうやら周囲の声で俺以外には聞こえなかったらしい。
どうしたらいいかもわからず俺は彼女のファンということにしておいた。
隣にいた高森だけには聞こえていたので、たまたま道案内して知り合ったと言っておいた。過呼吸のことを言うのはなんだか違うと思ったからだ。
それから彼女は、休憩時間のたびに大勢の人に囲まれていた。
聞きたいこともあったが、俺も体調が悪かったので、いずれまた話す機会があるだろうと諦めた。
授業が終わってまっすぐ帰宅。コンビニで栄養ドリンクと弁当を買い込み、家に辿り着いた。
「佐藤君」
エレベーターのボタンを押す瞬間、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには天使環奈がいた。
少し走ってきたのか、息が切れている。
「なんで名前……あれ、言ったっけ?」
「……クラスメイトに聞いた。話したかったんだけど、周りがすごくて……」
「あーたしかに。後輩、先輩に同級生がひっきりなしだもんな……」
大勢に囲まれていたのは、何も同級生だけじゃない。
他クラスはもちろん、一年生も三年生も来ていたのだ。
それもあって、俺はあのアイドルの天使環奈だったんだとはとても言えなかった。
彼女はきっと何度も同じ質問されているはずだ。
なぜなら俺以上に顔が疲れている。
「クラスメイトから聞いたよね? 私のこと。あの日、言えなくて……。嘘をつこうと思ったわけじゃないんだけど」
「いや、それが普通だから気にしないでくれ。むしろ、気づかない俺のほうが失礼なんじゃないか」
「そんなことない。あなたみたいに普通に話してくれる人、いないから」
いないからという言葉が妙に気になった。
ただでさえ有名人は大変だと聞く。あの時たまたま声をかけたのが俺だったが、もし違う人だったらニュースになっていたのかもしれない。
そう思うと、なんだか少し怖くなる。
彼女は申し訳なさそうだった。俺は空気を変えたくて、少しだけ考えた。
「だったら……改めて自己紹介しようか。俺の名前は佐藤太郎だ。――けっこう目立つ名前だろ?」
作戦成功。彼女はくすりと笑う。
「ふふ、たしかに一度聞いたら忘れられないかも」
「だから、初対面だとできるだけ隠してるんだ。驚かれると困るからな」
「私の名前は……
どうやら、彼女のが一枚上手だったようだ。釣られて俺も笑う。
「負けたよ。それに本名だとは知らなかった。それだとすぐバレるんじゃないか?」
「そう……今では後悔してる……。だから、私は普通の名前に憧れてるんだ。あ、馬鹿にしてるとかじゃないよ!?」
突然慌てる天使環奈を見て、思わず頬が緩む。
この姿が彼女の素なのだろう。こうしてみると、普通の女の子だ。
といっても、見た目はめちゃくちゃ可愛いが……。
「俺たちある意味似てるかもな。真逆な感じが」
「だったら嬉しいかも。――それ、栄養ドリンク? とコンビニのお弁当? もしかして……体調が悪いとか?」
俺のコンビニ袋に視線を向けた彼女が、不安げに訊ねた。
「ああ、そうなんだ。関係があるかどうかわからないが、あのとき話した出来事がまだ頭から離れなくてな。俺は自分が思ってたより女々しいらしい」
自虐混じりに笑いながら言う。正直、引きずっている。
けれども、彼女は真剣な表情で考えこむ。それから、少しだけ笑みを浮かべた。
「佐藤君って、もしかして一人暮らし?」
「ああ、そうだ。栄養ドリンクも買ったし、今日はゆっくり休むことにするよ」
「えっと、部屋は何号室?」
「え? 俺の?」
「うん、教えてほしい」
静かに、それでいて少しだけ圧を感じた。自分の部屋番号を答えた。
「わかった。栄養ドリンクは飲んでもいいけど、お弁当はまだ食べないで」
「? なんで?」
「体調が悪いんでしょ? じゃあまた後で」
そう言い残すと、彼女は小走りで去っていった。
さっぱり意味がわからないが、なぜか笑顔だった。
部屋に戻ると、言われるがままコンビニの弁当を冷蔵庫に押し込む。
栄養ドリンクだけ飲み干すと、ソファに寝っ転がった。
「天使環奈……か。可愛かったな」
そして、俺はいつの間にか眠った。
ピンポーン。ピンポーン。
呼び鈴で目を覚ます。
宅配を頼んだ覚えはない。起き上がってインターホンを確認すると、玄関と表示されていた。
このマンションはオートロックだ。
ただの訪問者なら、カメラにロビーと表示されているはず。
ということは、扉の前に誰かがいることになる。
お隣さんか……? しかし、騒いだりはしていない。
玄関まで歩き、おそるおそる扉を開くと、そこには天使環奈が立っていた。
よくわからないが、手には何か抱えている。
制服から私服に着替えたらしく、もふもふの白いパジャマのようなものを着込んでいた。
白いふとももが露わになっていて、俺の心臓が少し鼓動を早めた。
「……どうした? 何かあったのか?」
「佐藤君、お弁当、食べてないよね?」
「へ? ああ、食べてないけど」
「良かった……。言葉足らずだったから伝わってなかったらどうしようと思って。――ご飯作ってきたので、一緒に食べませんか?」
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