【完】陽キャに彼女を寝取られましたが、道端で出会った美少女元アイドルに慰めてもらい、毎晩手料理を作ってもらえるようになったので幸せいっぱいです。

菊池 快晴@書籍化進行中

普通の高校生

第1話 NTRなんて、ざまあの布石だろ?

 バタフライエフェクトという言葉を知っているだろうか。

 蝶々の小さな羽ばたきが、のちのち大きな竜巻を起こすきっかけになっているかもしれない理論だ。


 小さな選択肢の一つ一つが、大きな出来事に繋がっていることは間違いない。


 俺の名前は佐藤太郎。

 ゲームが人より得意で、平凡な名前が二つ重なっているのが俺の最大の特徴だ。

 年齢十七歳、都内の高校に通っている。


 季節は初夏。うだるような熱さでもないが、それなりに暑さは感じられる午後。


 とあるマンションの玄関に立っていた。

 左手には、可愛らしいパッケージに包まれたケーキを持っている。


「あんっ、イいっ、ああっ」

「はっ、どうだ? 同級生とは全然ちげえよなあ? なあ、おいっ!」


 少し雑音が混じったが、気にしないでくれ。

 この男女については、俺から説明させてもらう。



 二週間前、同級生の篠崎日和しのざきひよりに付き合ってほしいと告白された。

 特別仲が良かったわけじゃないが、嬉しかった。

 けれども、付き合っていることはできるだけ隠してほしいと言われた。

 高校生同士だし、俺も恥ずかしさがあったので、特に気にはしなかった。


 そして、今日は日和の誕生日。

 俺は予約していたケーキを受け取り、彼女の家に向かった。


 仕事で親がいないらしく、一人でお留守番しないといけないと言っていたのだ。

 一人にさせるのもかわいそうだなと、サプライズを考えた。


 これが二回目の風圧。


 いくらチャイムを押しても日和は出てこなかった。何も言えない悪寒が走る。

 物騒なニュースはよく流れている。もし、日和に何かあれば……。

 俺は心配でドアノブに手をかける。扉に鍵はかかっていなかった。


 そのとき、扉の向こうから暴力的な男の荒々しい声が聞こえた。

 低い声で、オラオラと叫んでいる。まさか……と思いドアを開き、足を踏み入れた瞬間、日和の声が聞こえる。

 可愛らしい声だったが、どこか悲しげで、どこか嬉しげな高音が響いていた。


 俺はそれに気付き、ケーキの箱を地面にぶちまける。

 日和お誕生日おめでとうと書かれたプレートは衝撃で粉々になっただろうが、確認する気力はない。

 

 物音に気付いたのか叫び声が消え、見知らぬ男が俺の目の前に現れると、驚いて悲鳴を上げ、後退りした。

 整った目鼻立ち、高身長で程よい肉付き。

 ああ――そこも、俺より大きいんだな。


 次に、日和が薄手の毛布で体を覆って現れた。

 さながら雨に濡れた子犬のようだが、シチュエーションは雲泥の差だ。


 彼氏の俺ですら見たことがないほど肌が露出している。

 

 二人はまるで生まれたてのアダムとイブ。


 まったく笑えないが、例えるならまさにそれしかない。


「ケン君、どうしたの? って、太郎!? ……何でここにいるの?」


 日和は驚いていた。どういう心境なのかはわからない。

 ショートの赤髪が揺れると、俺の心が複雑な気持ちでかき乱される。


 「ふざけんな」とか「誰だよこいつ」などの色んな言葉が浮かび消えていく。

 代わりに俺の口から籠れ出たのは、「なんでだよ……」だった。


「あー、こいつが太郎か。どうも、初めまして」


 怯えた表情はすぐに消え、申し訳ない態度どころか、失笑する。

 日和は俺を不審者かのように、怯えながら男に抱き着いていた。


「日和、こいつって勉強とか教えてくれるから便利だって言ってたヤツだろ? THE・モブキャラって感じで、陰キャオーラ全開だわ」

「はあ……。最初は顔がそこそこ悪くないし、勉強もそこそこできるから使えるかなって思ったけど、もういいや。太郎、別れよ。今までありがとー」

「は……?」


 日和の呆れた返しに、思わず絶句する。

 ケン君と呼ばれた男は、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「じゃ、そういうことなんで、”元カレ”くんは帰ってもらえるかな? 俺たちこれから夜まで楽しむから」

「きゃあっ――。ケン君……まだ早いよ?」

「いいじゃん、それともあれか? ”元カレ”くんはそういうの見たいタイプ? なら、別にその場にいてもらっても?」

「ちょっと、ケン君ダメだよぅ」


 ケン君は、日和の体をぎゅっと抱き寄せる。

 あまりの衝撃で、体が動かなかった。

 確かに勉強や宿題を見てほしいと言われて、何度か見たことがある。

 ただそれだけのために利用されていたのか。


「ったく、言葉も出ないほどショックならすぐ帰れよ。あ、ケーキ買ってきたんだ? どうせ安物だろ。ちゃんと持って帰れよな」


 舐め切ったその態度に、さすがに心が煮え繰り返る。

 今までにない怒りの感情が体中を支配し、気づいたら男に走っていた。


「畜生っ……!」

「ケン君っ、危ない!」


 咄嗟に、日和は男の心配をした。

 力いっぱい拳を振りかぶり、憎たらしいケン君の顔面にぶち込む。


 と思ったが、倒れたのは俺のほうだった。


「ったく、雑魚が調子乗ってんじゃねえ」


 仰向けになって、日和の家の天井を見ながら、俺の初恋は無残に終わりを告げた。


 ◇


「……いってぇな」


 それから数時間後、歩くたびにズキズキと頬骨が痛む。

 あの後、物音を聞いた管理人現れ、俺は不審者のようにマンションから追い出された。


 右手に持っているケーキ箱に、悲し気な視線を向ける。


「……ごめんな」


 なんとも言えない怒りや嫉妬、悲嘆な感情が渦巻いていた。


 気づけば夕方過ぎ。俺は自宅付近を歩いていた。

 頭は真っ白で何も考えられなかったが、帰巣本能だけはしっかりと働いていたらしい。

 大勢のサラリーマンや学生たちが歩いている。


 そのとき、隅っこでしゃがみ込んでいる女の子がいた。


 何をしているのかはわからないが、頭を抱えている。


 気づいたら、駆け寄って声をかけていた。


「どうしたんですか?」

 

 応答がない。よく見ると、外国人のような綺麗な金色の長い髪をしている女の子だった。

 どこか怪我しているような感じはない。俺の質問にも、首を横に振る。

 同年代のように思えた。


 その時、微かな音に気付く。

 もしかしてと思い顔を近づけ、耳を傾けると、彼女は浅い呼吸を繰り返していた。


「はあはあ……」


 一定のリズムで繰り返される音。震える手足。

 慌てて周囲を見渡すが、人はまだ大勢いる。

 ここにいることが彼女にとって悪影響を及ぼしているのだろうと、すぐに理解した。


「すぐに移動したほうがいい。歩ける?」


 彼女は、苦しそうに顔を横に振る。


「……ごめん。嫌かもしれないが、そんときゃ後で怒ってくれ」

 

 そして、俺は彼女を一目はばからずに背負った。

 人目のつかないところまで歩くと、ひと気のない小さな公園のベンチを見つけて丁寧に下ろし、再び呼吸音を確かめる。


「口を閉じて、鼻から息をゆっくり吸うんだ。数を数えながら、口笛を吹くようにゆっくりと息を吐けば、すぐ楽になる」

「はあはあ……わかった」


 この症状は過呼吸だ。

 昔は密閉された袋を吸う対処法が有効だとされていたが、今は二酸化炭素濃度が上昇して危険になるとのことで、やってはいけないことの一つだと言われている。


「ありがとうございます! だいぶ楽になりました」


 呼吸が落ち着いたあと、彼女が顔をあげて言った。

 そこでようやく、ハッキリと顔を見た気がした。

 驚くほど綺麗な顔だ。フランス人形のような蒼い瞳をしている。

 言葉のイントネーションは日本人そのものだが、どこかのハーフか生まれは外国なのだろう。


「いや、こちらこそごめん。勝手にここまで連れてきて、それに……体に触れて……」

「そんなの気にしないよ。君はとっても律義なんだね。――けど、どうして対処法を知ってたの? もしかして……お医者さん?」


 俺の反応が面白かったのか、彼女はくすりと笑う。それから少し真面目な顔で訊ねてきた。


「そんなに立派じゃないよ。テレビで見たのをたまたま覚えてただけだ」

「そうなんだ。でも普通はそんな咄嗟に思い出せない。すごいよ」


 お礼を言われて、少し申し訳なくなる。

 もしかすると、いつもの俺なら無視をしてたかもしれない。

 誰かが声をかけるだろうと、放っておいたかもしれない。

 ただ、彼女の背中が今の自分と重なって見えたのだ。


「家は近い? 大丈夫そうなら、もう夜は暗いし、帰ったほうがいいな。あんまり遅くなると絡まれるかもしれないし」

「そうだね……。って、それあなたの?」


 突然、彼女の視線が地面に移る。

 そこには、不自然に傾いているケーキ箱が落ちていた。

 そういえば彼女をベンチに下ろす際、咄嗟に置いたが、倒れてしまったのだろう。

 とはいえ、中はすでに粉々になっているのを知っている。


「ええと、まあそうだけど、気にしないで。これは前から――」

「ごめんなさい! 私のせいだよね……もしかして誕生日ケーキとか!? 」


 どう伝えればいいのか困っていると、彼女が申し訳なさそうに頭を下げた。

 けれども、今の今倒れたわけではないので、俺としては気にしていなかった。


 言葉で上手く説明できる自信がなかったので、その場でケーキの箱を開く。

 粉々になったホワイトケーキと、日和誕生日おめでとうのネームプレートが乱雑に転がっていた。


「嘘……本当にごめんなさい。私のせいで……必ず弁償します」

「いや、そうじゃない。ただ、ちょっとフラれただけで……」

「え? フラれた?」

「そうだな……良かったらついでに俺の話を聞いてくれないか?」


 彼女が勘違いする前に、言葉を遮る。いや……誰かに聞いてほしかった。




「そんなの、あんまりだよ……ひどすぎる」


 生々しい説明は省いたが、最低な振られ方をしたことを端的に伝えた。

 彼女はまるで自分のことのようにショックを受け、昔からの親友のように最後までしっかりと聞いてくれた。


 思わず涙を流しそうになったが、さすがにそれは根性で止めた。


「そんな人忘れるべきです。絶対にもっと良い人が現れますよ!」


 それから彼女は俺を明るく励ましてくれた。大人しそうに見えたが、これが素なのだろう。


 気づけば、随分と気持ちが楽になっていた。


「ありがとう。なんか、俺のほうが助けてもらった気分だ」

「それならよかった。それで……そのケーキはどうするの?」

「……俺の友達がケーキ屋さんをやってるんだけど、そこに頼んで作ってもらったやつでさ、美味しく作ったから、きっと彼女さん喜ぶよって渡してくれて……。だから、残さず食べるよ。ケーキに罪はないし」

「そう……」


 不思議な子だ。初めて会った気がしないというか、なんだか落ち着く。

 彼女みたいな子だったら、俺もこんな気持ちにならずにすんだのだろうか。


「もう遅いし、そろそろ帰ろうか。一人で大丈夫?」

「すぐそこだから大丈夫。それじゃあ、本当にありがとう」


 お互いに歩きはじめ、右に曲がって、左に曲がる。

 それから数分後、自分が住んでいるマンションに到着した。


 十四階建て。それなりにセキュリティが高く、都内でも家賃は高い部類に入るだろう。

 部屋は2LDKで、一人暮らしをしている。

 それにはちょっとした理由はあるが。


 そんなことよりも、俺の隣にはまだ彼女がいた。


「もしかして……」

「えっと……」


 お互いに目が合う。そして――


「「ここがあなたの家ですか!?」」



 どうやら俺たちは、同じマンションに住んでいたらしい。



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