第6話 幼馴染と環奈の一触即発!?

 環奈と普通の高校生への第一歩を踏み出してから、一週間が経った。

 教室では相変わらずクラスメイトに囲まれているが、他クラスへの行き来が制限されたことで、人は減っている。

 それに対し、「特別待遇なんてありえないわね」と日和は不満そうだった。いつしか爆発するんじゃないかと思っているが、その時は何が何でも助けるつもりだ。

 

 とはいえ、今だに俺は環奈と学校内で話したりはしていない。なぜなら、それは二人で取り決めたルールだ。


 活動休止中とはいえ、環奈はまだアイドル。俺とはマンションも同じ、さらに学校でも仲良くしていると、何かあったときに言い訳ができなくなる。

 もちろん、何かあれば別だが。


 ちなみに猫パンツの意図は未だにわかっていない。

 俺に穿いてほしいということだろうが、どうしてプレゼントしてくれたのか……。

 環奈からどうだった? などを言われたほうが楽だが、まさかの放置プレイ。俺は困っている。

 しかし、意外にも着心地がいい。もちろん、今も愛用している。


 それと、一つだけ大きな出来事があった。

 というか、今現在だが、一週間以上休んでいた俺のもう一人の親友が帰ってきたのである。

 放課後、教室の扉が勢いよく開き、明るい顔をした赤髪の女性が俺を見つけ、ぶんぶんと大きく手を振った。


「あ、いたいた。太郎ー!」

「お、紬。帰ってきたのか。連絡がなかったら心配してた。って、もしかしてそれ……」

「えへへ、やりました!」


 俺の幼馴染、七瀬紬(ななせつむぎ)だ

 彼女のその手には、優勝トロフィーが握られていた。


「さすがだな。パリはどうだったんだ?」

「楽しかったよ! いっぱい褒められてきた! あ、それとスマホ壊れちゃって、連絡できなかった」


 とびきりの笑顔で軽快な話し言葉。声のトーンもそうだが、それに似合う明るい表情とぱっちりな瞳をしている。

 最近まで学校から正式な休みを頂き、フランスのパリである大会に出ていた。

 

「すっごく楽しかったよ! 観光もたくさんできたし、勉強も休めたし!」

「羨ましいかぎりだ。が、すぐにテストはあるぞ」

「う……知ってる……。えっと、あ、あのさ、あれはどうだったの? ……ケーキ、喜んでた?」


 紬は表情を一辺させ、顔色を伺うように小声で言った。

 教室に日和はいない。環奈もすでに帰っているが、同級生はまだ大勢いる。

 思わず、俺も言葉に詰まってしまう。


「ああ。ちょっと教室(ここ)で話すのはあれだ。帰りながらでもいいか?」

「え? わかった」


 紬が出場していたのは、ケーキのデコレーション技術を競う大会だ。

 昔から手先が器用な紬は、大人顔負けの能力を持っている。

 そして――俺が日和の誕生日をお祝いするため、ケーキを頼んだ相手でもある。


「で、どうだったの?」

「ああ――」


 それから俺はまたあの出来事を話した。

 もちろん、生々しい話はしていないが、紬には話しておかなければならない。


「――振られたってわけだ」

「なるほど。太郎……篠崎日和さんの家ってどこ?」


 紬は無表情だった。いや、よく見ると怖いオーラが出ている。


「な、何をするんだ……?」

「ちょっと会ってお話しようかなあって」


 よく見ると、頬がピキピキしている。情けないことだが、俺は昔よくいじめられていた。

 そんなとき、俺よりも気が強い紬が守ってくれたりもした。正義感があって、行動力があるところはいつも尊敬に値する。


「それは会話だけで終わるのか……?」

「さあ? 相手の出方次第かなー。でも、さすがに許せないよね……。うちの太郎(息子)を!」

「いつから俺はお前の息子に……」

「だって……そのままでいいの? 相手が悪いんだよ?」

「まあ、そうかもしれんが、今はスッキリしてるよ。紬に話したのはケーキを頼んでたから、悪いなと思ってな。そんな気にしないでくれ。本当に大丈夫だ。それにケーキはちゃんと俺が食べたぜ。最高においしかった」

「むう……。でも、美味しかったのなら良かった♪」


 紬は高森と同じでイイヤツだ。

 もし紬が男だったら、俺と違ってあのマンションでふざけるなと格好よく言い放ち、浦野健クソ野郎をぶん殴っただろう。


「あーあ。……だったらさ、太郎」

「なんだ?」

「私と結婚しよっか?」

「ああ。――は!? な、何言ってんだよ!?」

「私は見た目も可愛いし、将来はパティシエとして有望! いいお嫁さんになるよ?」

「すぐそうやって俺を揶揄からかうのはやめろ……」

「嘘じゃないけどー」


 いつもの紬の冗談を聞き流しながらマンションに到着。


「あれ? そういえばなんでここまで着いて来てるんだ?」

「久しぶりだし、一緒にお家で遊ぼうと思って」

「ああ、まあいいけ――」


 瞬間、環奈のことを思い出す。

 今日も夕食を食べる予定だ。もし鉢合わせしたりしたら、なんて言い訳をしたらいいのかわからない。

 最近戻ってきた紬ならまだ彼女のことを知らない可能性もあるが、毎日女の子とご飯を食べてるなんて知ったら何を言われるか……。


「すまん、忘れていた。今日は勉強するんだった」

「えー!? だったら、私も勉強する」

「ほんとうか……? なんの教科だ?」

「えっと、ケーキの勉強!」

「関係ないような……それこそ家でいいんじゃないのか、実家だと大きいオーブンもあるだろう」


 すまない紬。ここはなんとしても断らねばならぬ。

 紬を信用していないわけではないが、相談もせずに会わせることになるのは環奈に申し訳ない。

 

「むう……。ならば、秘密兵器!」

「秘密兵器?」


 ごそごそと鞄を漁る紬。そして、手に持っていたのは――。


「紬……お前それは!?」

「ふふふ、パリで手に入れてきた幻のゲーム、BI4985!」

「絶版で手に入らないと噂の……なぜそれを……」

「副賞でお願いしたら大会でもらったの。太郎、これやりたがってたでしょ?」

「ああ……やりたい……」


 BI4985とは幻のレトロゲームだ。人型のアンドロイドロボットBI4985を操作し、未踏のダンジョンをクリアしていくアクションゲーム。

 人気はあるが、販売数が少ないのでかなりのレアものである。

 

 何を隠そう、俺は生粋のゲーマーである。

 最新作はもちろんのこと、過去の名作も網羅している。

 だが、このゲームはとても高校生が買える値段ではない。

 

 副賞すげえな……ていうか、俺のためにもらってきてくれたのか。


「で、どうする? やりたいの? やりたくないの? ほれほれ」


 こいつめ、俺の心を揺さぶってくる。確かに環奈が来るまでにまだ時間がある。

 やりたい……やりたすぎる……。


「やりたくないなら、帰ろうかなー」


 ニヤニヤする紬。ああ、こいつめ!


「……俺の負けだ。けど、ちゃんと勉強もしたいから二時間だけにしよう」

「はーい!」


 

 ガチャリ。

 部屋に入った瞬間、紬が犬のように鼻をクンクンさせる。

 何をしてるんだ……?


「どうした?」

「ふーむ」


 なぜか紬は、探偵のように顎に手を置いた。

 そして、部屋中を歩き回る。


「おい、何してんだ……」

「ワトソンくん。なんだか女性の匂いがするぞ」

「……な、何の話だ」

「おかしい、おかしいなあ」


 紬ホームズの鋭い嗅覚に俺は思わず声をあげそうになる。


「いつもは匂わないシャンプーの香り、そして綺麗に整頓されている本棚、畳まれた洗濯……怪しい」


 距離を詰めて来たと思ったら、間近で俺の目をじぃっと見つめる。

 純粋な瞳に見つめられ続けると、幼馴染とはいえ恥ずかしくなってくる。


「は、母親だよ。この前来たんだ」

「ほう、聞いてませんが」

「なんでわかるんだ」

「たまに連絡してる」


 たしかに俺の母親と紬は仲が良い。にしても、こっそり連絡してるのは初耳だぞ……。

 あんまり話すとボロがだそうだ。なんとか話を逸らさなければ。


「そんなことより、早くゲームしようぜ。お菓子もあるから食べるか?」

「食べるっ!」


 ふう、この単純さに救われた……。

 しかし、意外に紬も鋭いな。これは気を付けなければ……。



 ◇

 

「く、むずい。なんだこれは! くう!」

 

 ピンポーン。


 最高だ。BI4985。レトロとは思えない完成度。

 楽しい、楽しすぎる。


「な、なに!? これは勝てるのか!? まさかこんなことが!?」

「太郎、誰か来てるよ?」


 ピンポーン、ピンポーン。


「くう、こんな、こんな攻撃が!?」

「太郎ー? もしかして宅配かな? 私、行ってくるねー」

「ふう、やられてしまった……さすがBI4985だ。ゲーマーの俺でもすぐにクリアできないらしい。あれ、紬?」


 俺はついさっきの出来事を思い返す。走り去る紬。背中に悪寒。時計を見る。玄関の扉が開く。


「ま、まて! 紬ぃ!?」


 急いで走ったが、時すでに遅く、二人は顔を合わせていた。

 そして――。


「え……だ、誰ですか?」


 環奈は驚いた声をし、明らかに困惑していた。

 そして、紬は――。


「え……うそ……」

「落ち着け、紬。俺が説明する」

  

 しかし、少し様子が違っていた。

 

「もしかして……天使環奈ちゃんですか!? 私、大大大大ファンなんです! どうしてここに!?」


 まさかの大興奮だった。


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