第7話 幼馴染と環奈の一触即発!? ➁ 

「どうして環奈ちゃんが!? え、え!? 太郎、ドッキリ!?」

「紬、声が大きい! 環奈、とりあえず入ってくれ!」

「え、ええ!? は、はい!」


 紬が驚き、俺が叫び、環奈が困惑する。

 廊下に響く三重奏を落ち着かせるため、環奈を急いで部屋に招き入れる。


 というか、大大大大ファン? って?


「太郎、環奈ちゃんだ……」

「落ち着いてくれ、紬」

「えっと……佐藤君、この人は?」

「落ち着いてくれ、環奈」

「ねえ、太郎! 生環奈ちゃんだ! 凄いよ! 動いてる……私たちと同じ……酸素吸うんだ……」

「それは吸うだろ」

「あ! もしかして……紬ちゃんって、いつも握手会に来てた?」


 握手会? そういえば、そんなシステムを聞いたことがある。もしかして紬……ガチファンだったのか?

 そして、紬の表情が一気に明るくなった。


「覚えてるんですか!? はい! つつつつの紬です!」

「やっぱり! 私が舞台してたときも、来てくれてたよね?」

「はい! もう、ほんとあの舞台も最高でしたっ!」

「いや、つつつつの紬ってなんだよ」


 よくわからないが、お互いに認知しているらしい。

 普通の高校生になりたいと言っていた環奈になんだか申し訳なかったが、表情を見る限りは大丈夫そうだ。


「生環奈ちゃんに会えるなんて! でも、どうして……もしかして太郎……付き合って……芸能マネージャーとか……いやもしかして裏プロデューサー……?」

「妄想はそこまでだ。――環奈、紬に俺から説明していいか?」

「わかった」

「え? なになに?」


 そして再び、俺は環奈と出会ったときのことを話した。過呼吸ではなく、変な人に絡まれていたということにしておいて。

 それと、同じ学校に転校してきたことも。

 ちなみに、紬は俺たちと別のクラスだ。オーマイガーと叫びながら悲しんでいたが、すぐに嬉しさが勝ったらしい。なぜなら、ずっと環奈をキラキラした瞳で見つめている。

 けれども、環奈が普通の高校生になりたいと思っていることを伝えると、紬はすぐに表情を変え、真剣な顔になった。


 紬はいつも明るく、人を和ませる才能を無自覚に持っている。だが本当の根は真面目で、心は誰よりも澄んでいる。

 俺の紬の好きなところはそこだ。

 そして、気持ちが伝わったところで、紬は環奈に向かって頭を下げる。


「ごめんなさい。知らずに色々と騒いでしまって……」

「ううん、紬さんはいつも私のことを応援してくれてたもんね。私こそ、突然休止してごめんなさい。だから、顔をあげてほしい」

「はい……。でも、太郎……ずるい……私も環奈ちゃんと遊びたい……」

「感情の起伏が激しいなお前は……」


 そこでようやく、紬は環奈が持ってきた料理に気づく。

 『普通契約』については説明を省かせてもらった。なんだかややこしくなりそうだからだ。


「ご飯……?」


 同時に、環奈が天使のような笑みを浮かべる。


「はい! 紬さんも一緒に食べませんか?」


 ◇


「美味しかった……環奈ちゃんの手料理……これって夢じゃないよね? ねえ、太郎」

「ああ。確かめてやろうか」


 なんだか憎たらしいので、紬のほっぺたを思い切りつねる。


「いたあああああい! ああ……夢じゃない……」


 嬉しそうに天井を眺める紬。今ならなんでも許されそうだ。

 俺たちのやり取りを見ていた環奈がくすりと笑う。


「二人は仲良しなんだね」


「仲良し……仲良しなのか?」

「一緒にお風呂に入ったこともあるから、仲良しなのかも」

「何歳の話だよ」

「八歳と八か月と十二日目の夕方六時」

「瞬間記憶能力者みたいにいうな」

「写真が家にあるから覚えてる」

「……嘘だろ」

「えへへ。――そういえば、どうして環奈ちゃんは手料理を太郎に振舞おうとしてたの?」

「えーと、それはなんだ。俺が……ろくなご飯を食べてないからな。それをたまたま話して、作ってくれることになったんだ」

「ふうん、今日だけ? いつもってこと?」


 戸惑いを隠せなかった。やはり鋭い。

 毎日晩御飯を食べさせてもらっているなんて、俺の口からとても恥ずかしくて言えない。

 

「ま……まあ、それより、紬はいつから環奈のファンだったんだ?」

「ふふふ、私は環奈ちゃんのデビューから見守ってきたからね! それだけに活動休止は悲しかったけど……私も環奈ちゃんの”普通”を応援したい!」

 

 その言葉が嬉しかったのか、環奈は紬の両手を掴み、満面の笑みを浮かべる。


「ありがとう。ファンを悲しませてることずっと心が痛くて。だからこそ紬ちゃんにそう言ってもらえて嬉しい」


 俺も嬉しかった。幼馴染の紬がこうやって環奈と仲良くなれそうなこと、そして、”普通”を応援してくれると言ってくれたこと。

 普通には友達が必要不可欠だ。もちろん、異性の俺だけじゃそれは叶わない。

 紬と環奈が友達になって仲良くしてくれたら……俺も最高だ。


「良かったら今度三人で遊ぼうよ! ファンとしてじゃなくて、友達として」

「ああ、賛成だ」

「私も……楽しみにしてるね、紬ちゃん」


 ◇


「本当にここでいいのか?」


 マンションの一階で、紬を環奈と送っていた。


「うん、すぐそこでお父さんが迎えに来てくれてるから、車で帰るよ! 今日は楽しかった、また学校でね。環奈ちゃん」

「こちらこそ。ありがとうね、紬ちゃん。それじゃあ、おやすみなさい」

「あ、太郎!」

「なんだ?」

「環奈ちゃんのこと、襲ったらダメだよ。つつつつの紬として許さないから」

「だから、それなんだよ……」


 紬は嬉しそうだった。環奈こともそうだが、俺のこともずっと心配してくれていた。

 太郎のことを振るなんて、魅力がまったくわからないバカだ! と口が悪くても、嬉しかった。


 紬を見送ったあと、部屋の前に辿り着き、環奈にお別れを言う。


「今日はありがとうな。紬も喜んでたし、環奈も……楽しかったよ……な?」

「もちろん。でも一つ聞きたいんだけど……」


 環奈はどこか恥ずかしそうだった。少しだけ俯く。


「紬ちゃん、凄く可愛かったけど、どうして付き合ったりしなかったの?」

「え? 紬と?」


 たしかに紬は可愛い。ぱっちりおめめに明るい性格。

 一緒にいて楽しい上に、かなりモテるのも知っている。


「幼馴染ということもあってな、やっぱり妹というか。でも、仲良くはしてるよ。環奈ともうまくやっていけると思う」

「じゃあ……恋愛としては好きじゃないんだね?」

「あ、ああ」


 どこか嬉しそうな環奈。いや、気のせいか。楽しかったんだろう。


「じゃあ、また明日。それと……シャツと猫(パンツ)ありがとうな」

「あ、見てくれたんだね! また着てくれるの楽しみにしてる! ……猫?」

「ああ、猫だ」

「? でも、喜んでもらえてよかった! 似合うと思ったから!」

「そうなのか」


 やはり似合うと思ってくれたのか……。なぜだ? 俺は猫っぽいのか?




 部屋に戻って今日のことを思い返していると、思わず笑みがこぼれた。

 三人で遊んだりしたら、楽しいだろうな。


 そして、テーブルに置いてあるゲームに気づく。BI4985だ。

 紬が忘れて帰ったらしい


「く……ボーナスタイム突入だ……」


 翌日、俺はガッツリ寝坊した。



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