第8話 二人だけの青空カフェが本日オープンしました
「今はとて、天の
竹取物語を朗読する環奈の心地よい声が、教室に響く。
いつもは嬉しそうに騒ぐ同級生たちも、静かに聞き入っていた。
数学、世界史、はては体育まで。環奈は普通とは程遠いほど優秀なのだが、それは天性の才能から来るものではない。
傍からみれば、何でもできる天才に見えるだろうが、相応の努力をしていることは俺だけが知っている。
ご飯を食べたあとは部屋に戻り、毎晩遅くまで勉強しているのだ。
その理由の一つとして、もうすぐテストがある。休み時間に勉強している人も少なくなく、紬も高森ものんびりタイプなので、追い込みだと必死に勉強している。
とはいえ、俺も大して成績が良いわけじゃないので、もっとしないといけない。成績はというと、まあ、名前通りに平凡な点数だ。
ひとまずそれは置いといて、俺はプレゼント《シャツと猫パンツ》のお返しをしようとしていた。
今、右手のポケットに、”それ”が入っている。
昨晩、環奈にはメッセージを送っておいた。
太郎『明日の昼休み、三階の空き教室の北階段で待ち合わせできるか?』
環奈『北階段? どうして?』
太郎『この前のお返し』
環奈『お返し……?』
サプライスに嫌な思い出はあるが、今回は喜んでもらえるはずだ。
俺は不安と期待を抱えながら登校し、昼休みの時間を知らせるチャイムが鳴る。
高森は事前に購入していたサンドイッチを食べながら、問題集を解いていた。
「頼むから留年するなよ」
俺の冗談が聞こえないくらいには頑張っている。
というか、そこまでの集中力があるならもっと前から勉強できるのでは……。
北階段に到着、少しすると環奈は不安そうに現れた。
「佐藤君、お待たせ。えっと、どうしたの?」
「いや、悪いことじゃないんだ。不安にさせたならすまん。それと誰かに見られてはないか?」
「大丈夫だと思う。遠回りしてきたから」
校内でまともに話すのは初めてに近い。
北階段の近くの教室は、普段使われていない机や椅子、文化祭で使われた資材が置かれているので、誰も来ないことを俺は知っている。
「こっちに来てくれ」
「? はい」
階段を上がる。扉の前で止まると、外から風の音が聞こえた。
これは屋上へと続く扉だ。普通の学校では、まず開かないようになっている。
「これがプレゼントのお返しだ」
「……鍵?」
「開けてみてくれ」
不安そうに、おどおどしながら環奈は言われるがまま、ドアノブに鍵を差し込む。
くるりと捻った瞬間、風圧で引き込まれてしまい、扉が勢いよく開く。
「わっ!?」
「環奈!」
倒れ込みそうな環奈の体を掴むと、思い切り顔が近距離に近づく。
「え!」
「あ!?」
「…………」
「えっと……佐藤君?」
「す、すまん」
いつのまにか見惚れてしまっていた。体を起こし、手を伸ばす。
「……ありがとう。――わ、綺麗」
「ああ、綺麗だな」
気づけば、空一面が青空で埋め尽くされていた。もちろん、大きな鉄格子に囲まれているので、端まで歩いても落ちる危険性はない。
そして入口の横、屋根の真下に、まるで喫茶店で置かれているような座り心地の良さそうなソファと、テーブルが置いてある。
……良かった、まだあったんだな。
「これ……佐藤君が用意したの?」
「いや、なんて言ったらいいか。まあ、ここはカフェだ」
「カフェ?」
「ああ、青空カフェだよ」
俺は冗談交じりに、テーブルと椅子を並べる。
それから、環奈を紳士的に誘導した。
そして――予め用意していたサンドイッチと飲み物を並べる。
もちろん、スイーツもだ。
「すごい、カフェになった」
「残念ながら俺に料理のスキルはないんでな。できるだけ美味しそうなのを見繕ったつもりだ」
環奈はくすりと笑う。それから、不思議そうに訊ねてきた。
「どうしてこんな所に椅子や机があるのを知ってるの?」
「俺が一年生の頃に入ってた文芸部の先輩が驚くほど変な人でな。もう卒業してしまったが、その人がどこからか持ってきたんだ。ここは先生も生徒も立ち寄らないから、気兼ねなくゆっくりできる場所なんだよ」
久しぶりに来たが、やはりここは落ち着く。そういえば、先輩は今何をしてるんだろうか……。
テストが落ち着いたら、この青空カフェに高森と紬も招待しよう。
もしかすると、高森に環奈と仲良くしていたことを黙っていたので、殺されるかもしれないが……。
「で、でも大丈夫かな? 怒られたりしない?」
「普通の高校生ってのは、大人がダメだということを率先して破るもんだ。……たぶん」
「ええ!? 本当?」
「いや、嘘だ……やめとくか?」
「……ううん、悪いこと……してみる」
「まあ、でも、これぐらいいいだろ。ただご飯を食べておしゃべりするだけさ」
「そう……だよね!」
怯えたり、笑ったり、喜んだりする環奈を見ていると思わず頬が緩む。
「天気が良い日限定だしな。月に数回なら平気だろ」
「わかった! あ、だったら――」
環奈は凄い勢いで携帯を取り出すと、サッサッと何かを検索しはじめた。
「三日後、青空カフェの二回目にしない?」
「ああ。って、早くないか……? さすがにあんまり来るとバレたときまず――」
「お願い!」
「わかった。そこまでいうなら、そうするか」
その日、俺たちは初めて学校で気兼ねなく会話をしながら食事した。
最高に楽しかった。
そして三日後の昼休み、扉を開ける環奈はいつにもなくノリノリだった。
「佐藤君、青空カフェ開店です!」
「この前の不安な表情はどこいったんだ」
「どこかに消えうせました!」
「さっぱりするぐらいの笑顔だな」
前回の俺より丁寧な所作で、環奈は椅子を引いてくれた。
「佐藤様、どうぞ」
「ふ、くるしゅうない。で、なぜ今日だったんだ? サンドイッチも用意しないでいいって言われたが…‥」
ふふふ、と笑いながら、環奈が鞄から取り出したのは――弁当箱だった。
「教えてくれたお礼にね、朝から作ってきたの」
「まじかっ。……見ていいか?」
環奈は、「もちろん!」と笑顔で答えてくれた。ワクワクしながら開くと、色とりどりの食材が目に飛び込む。
可愛いタコさんウインナー、卵焼き、さらに俺が何度も美味しいといっていたアスパラベーコン巻も入っている。
「最高だ。このカフェは大繁盛で間違いない。美味しそうだ」
「ありがとう♪ じゃあ、食べよっか?」
「ああ」
「「いただきます!」」
味はもちろん、最高の最高の最高だった。
◇
放課後、帰り道。
高森と勉強のことで話していたら、すっかり遅くなってしまった。
環奈はもう家に帰っていることだろう。
高森はというと、教科書を片手に歩いている。
「電柱にぶつかるぞ。二宮金次郎」
「で、三×四は……十二だから……割り算して……」
なんかこいつすげえこと呟いてねえか? いや、さすがに気のせいだよな……。
えっと、同じ高校生だよね? 高森くん。
「ん? 太郎。なんか俺の悪口を心の中で言ってなかったか?」
「いや、頑張り屋さんだなと褒めてたところだ」
紬もそうだが、コイツも鋭い。
しかし、今日は幸せだったな。
弁当も美味しかったが、何よりも女の子から弁当を作ってもらったのが初めてだったのだ。
高森は……作ってもらったことないだろうな。ふふふ。
「なんか美味しい手作り弁当でも食べた顔してねえか? ついでに俺の悪口もやっぱり言ってただろ?」
「いや、そんなことは一切思ってない。気のせいだ」
「そうか」
おいおい、こいつ神様からギフト《特殊能力》でも貰ってるのか……?
俺の心の声がダダ洩れか心配になるからその鋭い指摘はやめてくれ。
「よし、太郎。じゃあ、また明日な! なんか無性におしゃれなカフェ行きたいから、今度いこうぜ!」
「お、おう。じゃあな。また行こうぜ」
俺はお前が怖いよ。高森。だけど、今度絶対青空カフェに招待するからな。たぶん。
「でね、もう最悪なの……休み時間も……うで……」
「日和ちゃん、大丈夫。あたしが……そいつに……何とかするわ」
……ん? あれは日和とその母親か? 何を言ってるんだ?
もうすぐ家に着く前に、日和とその母親が前から歩いてきた。何やら怒っているみたいだ。
「じゃあ、ママ言ってくれるの?」
「ええ、あたしがその
なんとか?
そして、二人は俺の横を過ぎ去っていった。
去り際、日和は嬉しそうに笑っていた。
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