第9話 佐藤&環奈vs日和の母親
翌日。
環奈と日和に変わった様子はない。
「
「ん? どうした。太郎」
「いや、何もない」
高森が心配するほど、俺は不安そうな顔をしていたらしい。いや、こいつはギフト《神からの贈り物》を持っていたか。
心配をよそに、放課後になっても問題は起きなかった。
そもそも、日和と母親が何か言っていたとしても、聞き入れてもらえなかった可能性もある。
もしかすると、目立っている環奈を別クラスにしてほしいとか、そんなことを母親に言わせたのかもしれない。
そんな通るわけもないが。
安心して帰ろうとしたとき、担任の先生が環奈の元に近づいて耳打ちした。
彼女は不安そうに立ち上がると、先生の後に着いて行く。
最悪だ。予感が的中したかもしれない。
「太郎、帰りにカフェ行こうぜ。天井が青くて綺麗なとこみつけたんだ。青空カフェって感じの」
「わりぃ、ちょっと先帰っててくれ。用事だ」
「ん? 用事?」
こっそり環奈と先生の後に着いて行くと、そこは生徒指導室だった。
中を覗き込むと――日和の母親、そして担任の先生と教頭がいた。
環奈は不安そうに椅子に座っている。
……何をしてるんだ?
そして、俺は聞き耳を立てる。
「こんにちは、あなたが
「は、はあ……よろしくお願いします。えっと、どうして私は呼ばれたんでしょうか?」
「実はね、別室で授業を受けてほしいのよ」
「ええ、はい?」
別室で授業だと? 何のことだ?
「最初に言っておくけど、勘違いしないでほしいの。私は別に意地悪をしようってわけじゃないから。で、本題なんだけど、うちの娘、日和がちょっと心がしんどいらしいの」
「は、はあ……?」
「あなたは元芸能人でしょ? それに、結構人気らしいじゃない。それで、教室がいつも騒がしいって聞いてるの。で、考えたんだけど、あなたも落ち着きたいと思うし、三年生になるまで、別室で授業を受けてもらえないかしら? 中間テストも近いから、参ってるのよ」
「……え。意味がわからないのですが」
「えっとな、
「あら、先生。私が説明するので、口を挟まないでもらえますかしら?」
「は、はあ。……わかりました」
日和の母親に制止され、うちの担任が静かになる。そういえば、日和の叔父はこの学校に多額の寄付金を支払っていると聞いたことがある。
明らかに弱みを握られているような感じだ。教頭先生がいるのは、担任を抑えるためか。
「話に戻るわ。だから、あなたがいると授業中も休み時間も日和の休まる暇がないのよ。集中できないのよ。本当は……私としてはあなたを別クラスにしてくれればありがたいのだけど、それは難しいみたいで。だから、三年生のクラス替えまで、別教室で授業を受けてもらえるかしら。あなたも静かに勉強できるし、良い話だと思うの」
「えっと……それって私だけ……一人で授業を受けるってことですか?……?」
「ええ。でも、勘違いしないで。私はあなたのことを想ってるの。特別な人は特別なことをすべきだとおもうわ。それに日和が苦しんでるのも見ていてつらいの。だから、わかるでしょ? あなたも母親になればわかると思うけど、娘のことを心配してるだけなの。もちろん、先生たちも了承済みよ」
絶句する環奈に、うちの担任の先生が再び声を掛ける。
「……ちょっと待ってください。あくまでも
「あら、先生。私は強制してませんよ。ねえ、教頭先生」
「あ……あああ。そうだな。いいから、君も黙って聞きなさい」
ありえない。何を言ってるんだ? こんなの無茶苦茶だ。
いや……でも、環奈も騒がしいのは嫌いだ。もしかしたら……了承する可能性も……あるのか?
「で、
「…………」
「では、教頭先生これで――」
「嫌です」
「はい?」
「私は皆と授業を受けたいです。だから、このままでお願いします」
環奈は、しっかりとした口調で言い切った。
「……勘違いしているのかしら。あなたも落ち着いきたいと思ってないの?」
「それは……正直思うこともあります。だけど……私と仲良くしてくれる人が同じクラスにいます。その人と離れたくありません。だから、嫌です」
俺は心の中で笑みを浮かべた。誰のことかはわからないが、環奈は自分の意思をハッキリと伝えられる心の強さを持っている。
さすがにこれなら日和の母親も何も言えないはずだ。
「聞きましたか?
担任も言葉を被せる。俺はホッと胸を撫で下ろす――。
「あら、教頭先生、どうしましょう? うちの日和は苦しんでるんですが、これは放置ですか? となると、……寄付金とかもどうなるか……」
「あ、いや……。なら今回は特別として
「そんな……私は嫌と言いましたが」
「そうですよ。教頭先生、さすがにそれは……」
「いいえ、そもそも
「ええ、私もそれがいいと思います。
ありえない。こんなのほとんど脅しじゃないか。
許せない。許していいわけがない。
「ということで、明日から処置させていただきますが、よろしいですか? 篠崎さん」
「ええ、私はもちろん構いません。これで日和も落ち着いてテストを受けられますわ。成績が下がるかもと心配してたのよ」
環奈は困惑している。担任も口を挟むなと圧をかけられていた。
こんなの……ダメだ!
「さすがにやりすぎじゃないですか?」
気づけば、俺は扉を開いていた。
「君、誰だ?」
「佐藤、聞いてたのか?」
「佐藤君!?」
教頭先生が声を荒げ、担任が俺に気づく。環奈も同じように声をあげた。
日和の母親は俺のことを知らないらしく、眉をひそめていた。俺も何度か見たことあっただけだ。
「たまたま通りかかって聞こえてしまいました。けど、さすがにひどくないですか? 彼女の気持ちを踏みにじるような真似をして、何が想ってなんですか」
「あら、あなたに言われる筋合いはなくてよ。もう決まったことなの」
「そうですか、だったらこのことを他の人に相談してもいいってことですよね」
これは脅しだ。こんなことが明るみになれば、環奈も騒がれるかもしれない。
できるだけ穏便に済ませたい。だかからこそ、畳みかける。
「それに俺は
「あら、遠回しに私の娘を侮辱しているの?」
「そうじゃない。もっと簡単な答えがあると言いたいだけです。――篠崎さんを別室で受けさせたらいいじゃないですか」
「……日和を一人にさせろと?」
「あなたが
「…………」
さすがに日和の母親も言葉を返せない。どうせ、日和が適当に嘘をついて泣きついただけだろう。
娘想いは結構だが、限度がある。
しかし――教頭が口を開いた。
「これは決まったことだ。佐藤君、だったか?
「な……だったら、他の人に言っても――」
「
「いいですよ。そうしましょう」
「佐藤君……それは……。わかりました。三年生まで別室で授業を受けます」
「ど、どうして……」
環奈は俺に顔を向けて目で訴えかけている。そういえば、前に親と仲が悪いと聞いたことがある。
つまり、親が味方をしてくれないということがわかっているのだ。教頭先生はそれを知っている。……くそ、どうしたら……。
「いや、佐藤の話もあながち間違ってないのでは?」
「……? 先生、どうしたんですか。もう決まったことよ」
「いえ、私は担任として佐藤の成績を知っています。今度の中間テストの成績がいつもより良ければ、
「君ぃ、これはもう決定してるんだよ。余計なことに口を挟む――」
「この案が通らなければ、私がこの問題を教育委員会に直訴します」
担任の先生が、強く口調で言った。
間違いない、これはクビをかけている。
「いいえ、それは公平ではありませんわ。だって、少しやる気になればいいだけでしょう? 成績が少しあがっただけで問題ないと言われたらたまりませんわ」
けれども、日和の母親も退かない。
先生は頑張ってくれた。なら、次は俺の番だ。
「俺は過去一と言いました。だから、学年でトップになりますよ。それなら十分に証明になるはずですよね」
「ふん……学年でトップ? あなた、言ってることがわかってるの?」
「わかってます」
俺の言い切りに、日和の母親は眉をひそめた。
それから、担任に顔を向ける。
「……先生、彼の成績は学年で何位?」
「いや、それは個人情報なので……」
「先生、俺は言ってもいいですよ」
「……200人中、100位あたりです」
「あなた……それで、一位を取ると言ってるの?」
「そうですが」
「……私も佐藤君を信じます。その条件なら、問題ありません」
俺の言葉に、環奈が被せた。教頭先生は日和の母親の顔を見ている。
選択を任したということだろう。
「……ふん、自信満々に偉そうに。なら乗ってあげるわ。テストは一ヵ月後だったわよね。教頭先生、彼の成績を私に教えてちょうだい。絶対に不正をしないように見張っておいてくださいね」
「……わかりました」
「佐藤君といったかしら? 私は昔、大学で先生をしてました。時々、あなたみたいにやる気が出てくる生徒を何度も見た。けど、変われる人なんていない。あなたも同じよ」
「そうですか、だったら結果を楽しみにしてください」
「ふん……」
そして、日和の母親は帰っていった。教頭先生も関わりたくなさそうにすぐに消えた。もちろん、口止めもして。
指導室には、先生と俺、環奈だけが残った。
「ふう……まさかこんなことになるとはな」
「先生、ありがとうございます」
正直、生徒のためにここまでしてくれると思っていなかった。
よく考えると、クラス間での移動を止めてくれたのも先生だ。
意外に熱い人なのかもしれない。
「礼はいい。それより佐藤、わかってるのか? 普通に考えて一位を取るなんて並大抵の努力じゃ不可能だぞ。
「私は佐藤君を信じてます」
「そうか……。佐藤、お前は英語がいまいちだろう。ちゃんと勉強しとけよ。まあ、もしダメだったら……俺がクビをかけるか」
「そんなことはさせません。ありがとうございます」
俺は先生に深々とお辞儀をして、環奈と一緒に指導室を出た。
もうすでに生徒はほとんどいなかった。
だが校門の近くで、日和が母親と話していた。
横を去る俺に向かって顔を向け、笑みを浮かべている。
大方、母親から話を聞いたのだろう。俺が環奈に味方したのは、仕返しだと思っているはずだ。
日和は一位なんて取れるわけがないと確信して笑っているのだ。
「佐藤君、私のために……ありがとう」
「ああ。でも、感謝されるのは早い……」
実は口から飛び出た言葉だ。自信なんてない。
けれども、こんな理不尽なことに負けやしない。
俺が環奈を守ってやる。
一方、担任の先生は――。
「そうか、あの佐藤と
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