第10話 佐藤&環奈vs日和の母親 ➁
学年でトップになると宣言し、環奈と帰り道を歩いていた。
まずはテストの対策が必要だ。
教科書とノートを見直しながら、どの範囲が出るのか絞っていく。
「やることはいっぱいだな」
「佐藤君、私も手伝うから一緒に勉強しよう?」
「いいのか?」
「私のためにしてくれるんだから、当然だよ」
「そうか、なら夕食は当分なしでいい。さすがに大変だろ」
「栄養は取らなきゃダメだよ。簡単な物にはなると思うけど……これからは学校が終わったらすぐに佐藤君の家に行っていい?」
「え? ああ。もちろんだ」
そういえばそうか。となると、これからはずっと長い時間を過ごすことになる。
今までは夕食を食べたら解散だったが……恥ずかしさもあるな。
いや、そんなことを考えている余裕はない。
先生の言う通り、俺は不可能に挑戦している。
だがこれは環奈のため、気を引き締めるんだ。
それぞれ自宅に帰ったが、環奈はすぐに俺の部屋に来た。
二人で範囲を絞って、まずは得意な教科からはじめていくことに。
中間テストは、国語・数学・社会・理科・英語の五教科だ。
先生の言う通り、俺は英語が苦手だった。おそらく……鬼門になる。
「佐藤君! がんばろう!」
「ああ。恥ずかしいが、真面目に高校生をやってた俺より、環奈のほうが頼りになりそうだ。だから、色々と迷惑かけるかもな」
「もちろん大丈夫。だけど――佐藤君を信じてるから」
「……ありがとう」
そして、一ヵ月のテストに向けて、俺の猛勉強がはじまった。
休み時間、昼休みももちろん。
時々、青空カフェでサンドイッチを食べながらも勉強をした。
「もぐもぐ……で、これはこうだね」
「なるほど、だからこうなるのか」
放課後はすぐに家に帰った。
高森も紬も同じように勉強していたので、特に何か言われることはなかった。
勉強、勉強、とにかく勉強。
そして、中間テストまで残り一週間になった――。
「……凄いよ佐藤君、数学も、国語も、社会も、高得点! 理科なんて百点だよ!? これなら……いけるよ!」
「よし、やったぜ!」
俺たちは笑みを浮かべてハイタッチをした。よく考えると、手が触れたのはこれが初めてかもしれない。直後、恥ずかしくなる。
だが……問題は解決していない。
「……で、環奈、英語は……?」
「ちょっとまだ……不安な点数……だね」
俺は文字通り、死ぬほど勉強した。寝る間も惜しんで、風呂に入ってるときも。
それでもやはり苦手なものは、苦手というだけあってなかなか克服ができなかった。
「今日はちょっと休憩しよっか?」
「いや、そんな暇はないな……。まだ続けるよ」
「無理しちゃだめだよ」
今は俺の部屋だ。あれ以来、環奈は風呂と寝るときだけは家に帰っていた。
どうにかしないと……いや、そうだ。
なぜ思い浮かばなかったんだ。
俺には英語の先生がいるじゃないか!
◇
「よし、じゃあまずは紬流のリスニングのコツを教えるよ!」
「頼む、紬先生」
「紬ちゃん、来てくれてありがとう」
「当たり前だよ。というか、もっと早く教えてよ! 他教科は自信ないけど……英語なら!」
そう、紬だ。彼女は何不自由なくフランス語を話せる。なんだったら英語も大得意だ。
幼い頃からパティシエの夢を追いかけている紬は、いずれは海外進出するために自ら進んで勉強していた。海
大会の時もそうだったが、何度か海外に行ったこともあるくらいなのだ。
「Hey《こら》! taro《太郎》! are you listening《きいてるの》!?」
「I'm sorry《ご、ごめんなさい》!」
うむ、なかなかスパルタそうだ……。しかし、ありがたい。
それから数日後、あるの日夜。
紬と環奈、俺で勉強をしていた。
「佐藤君、一旦戻って、お風呂入ってきますね」
「ああ、わかった」
「ねえ、環奈ちゃん」
「ん? 紬ちゃん、どうしたの? ――ええっ!? そ、そんなの駄目じゃない!?」
「いいのいいの。ほらほら、行こ行こ!」
この数日で、二人はかなり仲良くなっていた。俺としても嬉しいかぎりだ。
さて、リスニングの勉強のために、イヤホンを付けるか。
――――
――
―
「ん? なんか音が……水!?」
英語が一段落してイヤホンを外すと。ジャババーと、水の音が聞こえた。滝のようだ。
もしかすると、どこかの元栓を閉め忘れたのかもしれない。
俺は急いで音の鳴るほうに駆けた。どうやらお風呂のようだった。
ガラッと扉を開ける。
「んっ?」
「きゃああ!?」
そこにいたのは環奈と紬だった。
そして、二人は裸だった。紬はとぼけた顔で、環奈は恥ずかしそうに体を隠しながら、頬を赤らめる。
思わず固まってしまい、俺はドアを閉めることができなかった。
「え、あ、いや、これは!?」
環奈は――とても綺麗な肌をしている。プロポーションも素晴らしい。
ほどよい肉付きに……出ているところは出ている。
紬は――予想以上に素晴らしいスタイルだ。同じく女性と必要な部分はちゃんと出ている。
ついさっき勉強していた英単語がすべて吹き飛んでしまうほどの衝撃だ。
脳が……裸体でいっぱいになっている。
「太郎、間違えて開けたのはわかったけど……何で止まってるのよ!」
「さ、佐藤君……ドア閉めて……」
「いや、これはちがっ!?」
紬に、扉を思い切り閉められた。
すぐに脱衣所からも出ようとしたら、洗濯機の上に赤とピンクの二つの下着がセットで置かれていることに気づく。
こんな可愛いリボンのフリルが……どっちのだ? ……いや、そうじゃない。
「……な、なんでここで入ってるんだよ!?」
思わず目を背けながら、風呂のドア越しに叫ぶ。
いつも、風呂だけは環奈の家で入ってもらっている。
「時間の短縮。どうせ戻って来るんだから、一緒でしょ?」
「ご、ごめんなさい。私もいいかなって……」
冷静だと思っていたが、気づけば心臓の鼓動が凄かった。
「なんだったら太郎、君も入るかい?」
「つ、紬さん!?」
ドアを開け、ひょっこりと顔だけを出す紬。
またもや環奈がチラリと見える。
「や、やめてくれ! す、すまん出て行く」
「わかってるよ。太郎、バスタオル用意しておいてー」
「は、はい」
言われるがまま、俺はバスタオルを用意する。
またもや下着が目に入るが、気づかないフリ。
この後、勉強が頭に入るかな……。
「って、着替えとかあるのか?」
「あ……忘れてた。環奈ちゃんは家にある?」
「あ、……忘れてた」
ドア越しに聞こえる二人の声が、いつもより生々しい。
俺と裸で話しているのだ。それも今は鮮明に二人の裸が頭に浮かぶ。
「太郎に下着とか持ってきてもらう? 」
「そ、そんなのダメだよ!?」
「さすがにそんなことできるわけがないだろ……俺のパジャマを置いとくから、二人で取りにいってくれ」
「環奈ちゃん、ノーパンとノーブラで出てほしいって、太郎が」
「え、えええ。……わかった」
聞こえないフリだ。聞こえない。
くう……まさこんなことが起きるなんて……ダメだ。集中しろ。
普段なら嬉しいかもしれないが……今は違う。
再び机に戻り問題を解いていると、二人がお風呂を出た。
というか、いつのまにお湯を沸かしていたんだ。
紬のやつ、最初から入るつもりだったな。
「ふうー、気持ちよかった。環奈ちゃん、お茶飲む?」
「あ、うん。お願いしていいかな?」
「ちょっとまて、先に着替えてきたらどうだ? その……」
「下着履いてこいってこと?」
「紬さん、そんなハッキリと!?」
「太郎、知ってる? 環奈ちゃんって、脱いだら凄いよ? あ、もう見たんだっけ?」
ぐぬぬ、ダメだ。集中力が乱されてしまう。
落ち着くんだ。
「……頼むから、揶揄うのはやめろ」
「はいはいー」
「ごめんね、佐藤君。変なもの……見せて」
最高だった、とは言えず、どう返答していいかわからなかったので、聞こえないフリをしておいた。
少ししてから二人は戻ってくると、また同じように勉強に戻った。
もしかすると、紬は神経を張り詰めていた俺を和ましてくれたのかもしれない。
想っていたより、問題が頭に入る。
そして少し時間が経ち、紬は眠っていた。そして、環奈も。
俺は二人に毛布をかけ、一人で勉強を続ける。
環奈の寝顔を見ながら、絶対に負けないと心に誓う。
そして、紬にも感謝をした。
「……頑張るぞ」
◇
そして、テストの日がやって来た。
五教科を全部終え、結果は三日だ。採点を先生が早めてくれるらしい。
この学校は進学校ではないが、順位がわかるようになっている。もちろん賛否はあるが、生徒の意欲のためだそうだ。
「佐藤君、どうだった?」
「ああ、かなり出来たはずだ」
そして、当日。
テストの結果が出たらしい。俺と環奈は放課後、担任から呼び出されて生徒指導室へ行った。
「――ということだ」
「わかりました」
数時間後。
結果を聞いた日和の母親が、教頭と共にやって来た。
一か月前とまったく同じ光景だ。
「あら、久しぶり。佐藤君」
「お久しぶりです」
俺の顔を見て、日和の母親は笑みを浮かべている。
成績を聞いた後なのか? どこか嬉しそうだ。
「聞いたわ。あなたの成績」
「はい」
「……で、どんな不正をしたのかしら? 一位を取っただなんて、正直信じられないわ」
「俺は不正なんてしませんよ。真面目に勉強しただけです。人生で一番ってくらいに」
「あら、本当かしら? 普通そんなことできるわけないわ。大方、先生にテストの答案を教えてもらったんでしょう?」
俺は思わず叫びそうになったが、代わりに環奈が先に口を開く。
「そんなことするわけないじゃない! 佐藤君は一生懸命に勉強してた! あなたに何が分かるの!? どうしてそんなことを言えるの!?」
「ふん、あなた必死ね。もしかして付き合ってるのかしら? 元アイドルと男性生徒が? これはスクープものだわ。こういうのって、高く売れるんでしょ?」
「……あなたって本当に……」
憤りを感じる環奈を見て、先生がやめてくださいと声を張る。
「いい加減にしてください。私はこの仕事に誇りを持っています。そんなことはしていません。それに佐藤がずっと勉強してたのも知ってます。中間テストはしっかりと予習や復習をすれば、点数を取れるようになっているんです。だから、これは当然の結果です」
「あら、証拠は? 怪しいわねえ。教頭先生、本当に不正はしてないのかしら?」
「ふうむ、私ではなんとも……となると、やはり
教頭と日和は母親は嬉しそうに笑う。くそ、最悪だ。
元々約束を守るつもりはなかったらいし。
取れなければそのまま、ダメなら反故にするだけだったということか。
先生が教育委員会に訴えたところで、親御さんに話が行くことになる。
「最低ですね」
「あら、そうかしら?」
だが……俺だって予想してなかったわけじゃない。
「わかりました。それなら、俺にも考えがあります」
そして俺はポケットからスマホを取り出した。
予め録音していた音声を再生する。
『……ふん、なら乗ってあげるわ。テストは一ヵ月後。教頭先生、彼の成績を私に教えてちょうだい。絶対に不正をしないように見張っておいてくださいね』
前回のすべての会話が録音されている。
もちろん、今の会話もだ。
これが教育委員会に流れれば、教頭なんて間違いなくクビになる。
日和の母親だって、それなりの地位があるはずだ。いくらなんでもこれを無下にはできないだろう。
「な!? あなたこれは!?」
「保険ですよ。今の世の中のSNSの拡散を舐めないほうがいい。知ってると思いますが、
「……篠崎さん……これは」
教頭が青ざめた顔で、日和の母親に声をかける。
「……ふん。準備がいいわね」
環奈が生徒指導室に連れて行かれた日。俺はただ様子を伺っていたわけじゃない。
日和とその母親が何をするかを、事前に考えていた。できるだけのことをしようと、万全の準備を期して挑んだ。
とはいえ、俺が一位を取れなくても……出すつもりだった。
俺は悪者でいい。人に嫌われても構わない。
環奈を守るためなら何でもすると事前に決めていた。
だが、出来れば正攻法が良かった。初めにこの録音を聞かせることもできたが、できるだけことを荒立てたくなかった。
日和の母親も、教頭も、人は追い込まれれば何をするかわからない。
だからこそ、俺は一位を取りたかった。
人は少しでも落としどころがあれば、納得し、理性が生まれる。
だからこそ、最後まで取っておいたのだ。
「……ふん。ならもういいわ。けど、三年生。わかってますわね? 先生」
「はい……篠崎さんと
「はい、大丈夫です」
「俺も異論ないです」
日和の母親は胸糞悪そうに顔を歪めた。
そして、飛び出すように出ていった。
俺たちはホッと胸を撫で下ろす。
しかし――。
「教頭先生」
「な、なんだ?」
「俺はあなたを許してない。日和の母親は確かに最低だが、娘のことは想っていた。だがあんたは違う。自身の保身で先生が生徒に強制させるなんて、もっと許されない」
「な、口の利き方に気をつけろ! 私を誰だと思ってるんだ!?」
「まあ、楽しみにしててください。俺はそんな甘くないですよ。そろそろ行きますね。――先生、ありがとうございました」
「あ……ああ。――佐藤、頑張ったな。だが、いつもこのくらい勉強してくれよ」
「はは、考えときます」
「先生、ありがとうございました。また明日」
そして俺たちは笑顔で外に出た。
校門では、ふたたび日和と日和の母親は話し合っていた。とても悔しそうな顔をしていたが、俺と環奈はドヤ顔で答えてやった。
もちろん、日和は母親に止められてるのか、何も言ってくることはなかった。
それよりも……。
「はあ……緊張したぜ……」
俺は校門を出た瞬間、情けなくも項垂れた。
今までこんな駆け引きをしたことがない。色々と不安だった。
勉強も本気だったし、何より脅し文句も、良く言えたな。
「佐藤君、ありがとう……本当に」
「いや……俺は環奈との契約があるからな。別室で教室を受けることになったら、普通の高校生にならないだろ。それに毎晩の楽しみが無くなったら人生の楽しみが消えるのと同じだ」
「……じゃあ、今日は腕によりをかけて作るよ。佐藤君の好きな食べ物何でも。何がいい?」
「そうだな。じゃあ、唐揚げがい――!?」
突然、背中をドンっと叩かれる。
振り返ると、そこに紬がいた。手には――可愛らしいケーキのパッケージを持っている。
「学年一位、おめっでっと♪ 太郎!」
「いきなりビビるだろ……どうしたその箱」
「お祝いといったら、ケーキでしょ? 苺もたっぷり載せといたよ」
「さすが、つつつの紬さん! じゃあ、三人で佐藤君のお家でお祝いしよー!」
「だから、つつつってなんだよ……。――まあ、そうだな。三人でお祝いしよう。けど、風呂には入るなよ」
「えー、また環奈ちゃんと入ろうと思ってたのにー」
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