第27話 お姫様と王子様。解決編。一章完結。
ずっと違和感があった。
練習中、日和は誰よりも一生懸命だった。
今までの日和では考えられないほど、演技に向き合っていた。
本当に舞台を台無しにしたいなら、主役に成り代わる必要なんてない。
なのになぜ、日和は白雪姫になったのか。俺は不思議だった。
だから俺は、
あいつはわかっていた。日和がどれだけ真剣に向き合っていたか。
あいつ、犯人が日和じゃないってわかっていた。
おかげで俺はそれに気付くことができた。
けど、環奈がそれを理解してただなんて。
そして、過去に会ったことがあるだなんて、思ってもみなかった。
俺は……大勢の前で日和の夢を馬鹿にした。
お前はなれなかったからと、罵倒した。
たとえ環奈を守るためであっても、俺が
それとこれとは、別だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
日和は涙を流していた。もう以前のような目はしていない。
怯えて、悲しみ、苦しんでいる目だ。
日和は周りからの評判はずっとよかった。
高森でさえ、いい子だなと言っていた。
なのになぜ、あんなことをしたのか、なぜこうも変わってしまったのか、理解できなかった。
だけど、彼女は、それを答えているような気がした。
「日和、お前は……舞台を守ろうとしてたんだな」
日和は泣き叫びそうになるのを堪えているかのようだった。
そんな彼女の手を、環奈がぎゅっと握りしめる。
「日和さんの気持ちは全部わからない。だけど、伝わってるよ。舞台を大切にしたいことを」
「……私は……」
日和は、言葉を詰まらせた。そして――。
「ごめんなさい……今まで、ごめんなさい……本当にごめんなさい。二人にしたこと、とても許されるわけがない……」
日和は大粒の涙を流しながら、俺たちに深々と頭を下げた。今気づいたが、高森が人を遠ざけていた。
おそらく気を利かせてくれたんだろう。
「俺も……夢を嘲笑うかのようなことを言ってすまなかった」
「篠崎さん……大丈夫だよ。もう、怒ってないから」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
ジリリリリリ。
その瞬間――白雪姫が始まるアナウンスが流れた。
いよいよ、本番がはじまる。
「環奈ちゃ……さん。……白雪姫はあなたが相応しい。最初から……交代する予定だったの。だから、白雪姫で出てほしい」
「でも、今更私が――」
日和は首を横に振った。
「私が見たいの。あなたの主役を。白雪姫は――誰が何と言うと、環奈ちゃん。あなたしかいない」
「……日和の言う通りだ。環奈、俺が王子様じゃ不服か?」
日和は、涙を手で拭って、俺たちに言う。
「じゃあ……私は裏方に回るから、言ってくるね。環奈ちゃん、太郎、ごめんね。ありがとう」
そして、日和は準備のために走っていく。
俺も行こうと思ったが、環奈の足が震えていることに気づく。
クラスメイトに何を言われるかわからなくて、怖いのだろう。
「環奈――ピースオブケイクだ」
俺は思い出す。環奈と電車に乗ったとき、呟いてた彼女の言葉を。
「……そうだね、佐藤君。――ふふ、こんなの、ピースオブケイクだよね」
本番――スタートだ。
◇
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは誰?」
日和は裏方に徹すると言っていたが、継母兼、魔女役の女子生徒の体調が悪くなり、急遽出ることになった。
魔女役……似合過ぎてないか?
環奈を見るためなのか、大勢の学生が体育館を埋め尽くしていた。
学生だけではなく、保護者もだ。
期待は高まっていたので、主役の環奈が来てくれたことに誰もが感謝している。
「太郎、見たぜ」
舞台袖、小声で高森が俺に声をかけた。
「何をだよ」
「とぼけんなよ。ネットの
「愛のこくは――~~~~ッッッ!? ば、ばか告白じゃねえよ!?」
「おいおい、静かにしろよ。聞こえるだろ」
愛の告白!? まさかそんな風に思われていたのか……。
「冗談だよ。けど、痺れたぜ。お前、やっぱ恰好いいよ」
「必死だっただけだ。でも、伝わってくれてよかった」
そのとき、後ろから思い切り背中をドーンと叩かれた。
振り向かなくとも、わかる。
「私も痺れたよ、太郎ちゃん」
「だから押すなって……」
紬だった。満面の笑みを浮かべている。
って、なんでここに?
「紬、お化け屋敷は? てか、違うクラスじゃ――」
「休憩中、細かいことはいいでしょ。それより、環奈ちゃん、楽しそうだね。あと、篠崎さんも……あんな顔してたっけ?」
「あんな顔だよ。――元からな」
日和は、とても嬉しそうだった。
環奈と二人で舞台で歩き回る姿は、生き生きとしている。
「よっしゃあ、ドッピーの出番だぜ!」
「頑張ってこいよ」
「高森、格好いいよ!」
高森は、紫色の帽子を被る。小人の着ぐるみを着て、よたよたと歩く。
「…………」
そして、無言で出ていった。
そういえば、ドーピーは一言も台詞がなかった。
ファイトだ。高森。
◇
「イーヒッヒヒヒ、これで白雪姫も終わりさ」
日和が、不敵な笑みを零しながら、舞台袖に移動する。
白雪姫に、毒林檎を食べさせたのだ。
「ふう……
「ああ、頑張ってくる」
「……本当にごめんね。太郎のこと、裏切ってごめんなさい」
「気にするな。でも、告白された時は嬉しかった。あれで自信がついたのは事実だ」
「……恰好いいね。太郎は」
そして俺は、小人たちに誘導され、眠る環奈にゆっくりと顔を近づけた。
健康的で美しい体のライン、白い首筋。
ほのかに漂うシャンプーの香り。
――とても綺麗だ。
もちろん、キスはしない。舞台は照明を落として、暗くなっていく。
そう見えるように、光量を落とすのだ。
そして――ギリギリまで近づく。
「――佐藤君、ありがとう。あなたと出会えてよかった」
環奈が、目を瞑りながら小声で言う。俺も誰かにも聞こえないように、それに答える。
「俺もだ。君に出会えてよかった」
「ねえ……本当にキスしてもいいよ」
あの時と同じように、環奈は言った。照明はさらに暗くなる。
今の俺たちは――誰にも見えない。
俺は……俺は環奈のことが――好きだ。
同時に、舞台から歓声が上がった。
「ねえ、マジのキスじゃない? 今したよね?」
「さすがにフリだろ? てか、みえなくね?」
「いや、本当にしてたんじゃないの!? 恋人同士って噂だよね?」
白雪姫は無事に目を覚まし、大歓声の中、舞台は終わりを告げた。
全員で手を繋いで、舞台の挨拶をする。
俺の左右には、環奈と日和がいる。もちろん、高森もだ。
日和は、涙を流していた。
遠くを見ると、日和の母親がいた。同じように、涙を流していた。
「「「白雪姫、ありがとうございました」」」
――――
――
―
舞台が無事終わり、全員で後片付けをしていた。
俺の動画を見たクラスメイトは多かったらしく、「恰好良かったよ」「素敵だった」と言ってくれた。
恥ずかしかったが、わかってもらえたことが嬉しかった。
環奈はまるで映画を終えた舞台の主役のように、同級生から引っ張りだこだった。
その隣には、日和もいる。同じように、大勢から褒められていた。
もう、SNSのことを話している人はいない。
環奈もどこか吹っ切れたようで、いつもより笑顔で話している。
きっと、克服したんだろうと安心した。
俺は――環奈を普通の高校生にすることができたのだ。
そのとき、見知った顔が近づいてきた。
日和の、母親だ。
「……なんですか?」
「舞台、とても良かったわ」
「そうですか、ありがとうございます」
「……今更虫のいい話だけど、私が悪かったわ。本当にごめんなさい」
一目はばからず、日和の母親は頭を下げた。これには思わず、俺もたじろぐ。
「ちょ、ちょっと頭をあげてくださいよ……もう気にしてないですよ」
「あの子にも謝りたいんだけど、今は……声をかけられそうにないから」
「そうですね、二人とも、とても嬉しそうです」
「あの子のあんな生き生きとした顔、久しぶりに見たわ。何もかも……私が間違ってた。直接伝えたいんだけど、保護者はもう出ないといけないみたいで。謝罪と感謝を環奈さんに伝えてもらえるかしら……」
「もちろんです。きっと、喜びます」
「ありがとう……それじゃあさようなら」
◇
すべてが終わり、日和が再び頭を下げた。
俺を裏切ったこと、環奈に暴言を吐いたこと。
「まあ、寝取られはちょっと堪えたが……」
「寝取ら……れ?」
日和が、困ったような恥ずかしいような顔をする。
「浦野健と……その、してただろ?」
「……え!? あ、あれは……ちょっとその……興味本位でおっぱいを揉んでもらっただけで……エッチなんて……してないよ!? そもそも、そんなのよくわからないし……」
日和曰く、ただ、触れてもらっただけだそうだ。裸だったのは、やり方がよくわからなかったのこと。
ちなみに
まあ、これはどうでもいいか……。
◇
舞台が終わったあと、担任の先生から俺と環奈は呼び出しを受けた。
SNSや動画についての話で、俺はてっきりお咎めを受けると思っていたが、そうではなかった。
「え? 捕まったんですか?」
俺たちを晒した犯人が、自首したとのことだった。
なんと、同じ高校生で、一年生だったのだ。
俺と環奈の画像は、未成年ということもあったが、名誉毀損に当たるとのことだった。
環奈の事務所が既に手を打っていたらしく、怯えた犯人が学校に自分がやったと告白、親と共に警察署に自首したとのことだった。
名前を聞いたが、全く知らない男性生徒だった。
聞けば、環奈のファンだったそうで、いつからか後をつけていたらしい。
詳しいことはこれからの事情聴取でわかるとのことで、事件は収束に向かうとのことだった。
環奈は震えていた。俺は彼女の手を強く握る。
「大丈夫だ。もう怖くない」
「はい……」
◇
帰り道、俺たちは久しぶりに四人で下校していた。
晴れやかな気分、とまではいかないが、何もかもが終わったのだ。
環奈も、満足そうにしている。
「いやーしかし、俺のドーピーがさあ!」
「だから、もうそれはええねんっ!」
高森に強めのツッコミを入れる紬。今日も関西風だな。
「舞台お疲れ様。でも、お化け屋敷来てもらえなかったのが残念……環奈ちゃんを脅かしたかったのに……」
そういえばそうだった。紬は、悲しそうに項垂れる。
環奈が、よしよしと宥めていた。でも、顔は嬉しそうだ。
多分、お化け屋敷は行きたくなかったのだろう。
「そういえば……太郎、
「なんだ?」
「うん? どうしたの、高森くん」
突然、高森が顔を向けた。いつにもなく真剣な瞳だ。
「最後の……マジでキスしてなかったか?」
「「え!? いや、し、してないよ!? してないしてない」」
手の振り方から言葉まで、俺と環奈はまったく同じように返す。
「確かに……私もキスしてるように見えた」
「「してない、してないしてないよ!?」」
もう一度、まったく同じように。
なんと言ったらいいか……。
実はあのとき――俺はキスを本当にしようと思った。
しようと思ったが――できなかった。
緊張しすぎて、目を瞑っていたせいで、ちょんと触れただけなのだ。
もちろん、キスには違いない。
それを環奈がどう思ってるのかはわからないが……俺としては、キスだと思ってる。
顔を向けると、環奈は頬を赤らめていた。
「し、してないよね、佐藤君!?」
「あ、ああ。してないな」
高森と紬が、俺たちをジト目で見る。
「お前ら、怪しいな」
「怪しいねえ、二人とも」
「さ、さて帰ろうか。今日は疲れたなー」
「そ、そうだね。今日、疲れすぎてなんだか目が見えない……眼鏡つけよっと」
環奈は、鞄から眼鏡を取り出して装着した。
その瞬間、高森が叫ぶ。
「ぶ、文学ちゃん!?」
あ、……俺、終わった。
◇
「それじゃあ、今までありがとう。私、頑張って夢を叶えるよ」
俺と環奈は、駅にいた。
目の前にいる日和を、送るためだ。
その隣には、日和の母親もいる。
環奈が、前に出て日和の手を掴む。
「環奈ちゃん……」
「お互いの夢、叶えたね。一緒の舞台に立てて嬉しかったよ。向こうでも頑張って」
「ありがとう……ありがとう……」
あの舞台から、数ヵ月が経過した。
日和は、引っ越しをすることになった。芸能界のオーディションの一つに合格したらしく、それが地方だったそうだ。
まだ小さいが、環奈曰く、あそこのプロデューサーは信用できる。だそうだ。
どうやら、夢を追いかけるらしい。
「環奈さん、佐藤君、改めて本当にごめんなさい」
日和の母親が、またもや頭を下げた。
環奈を別室で一人にさせたいと思ったのは、日和の母親の独断だったという事も聞いた。
俺たちは全てを知っている。もう責めてはいない。
「頭を上げてください。もう大丈夫です。一緒に、夢を叶えてあげてください」
「ありがとう……」
そして、日和は歩き出す。途中で振り向いて、俺たちに手を振った。
「ありがとう、太郎、環奈ちゃん。またいつか、一緒に歌ったり踊ったりしようね」
その笑顔は、とても素敵だった。俺たちは、見えなくなるまでずっと手を振る。
「いい人だったね、篠崎さん」
「ああ」
「ちょっと……やきもちかも」
「な、なんでだ?」
環奈は、頬を膨らませていた。
「だって、初めての彼女なんでしょ?」
「ま、まあそうなるが……」
何とも言えない緊張感が走る。環奈、もしかして怒ってるのか?
「嘘だよ。佐藤君、夏休み中も良かったら遊んでくれる?」
「ああ、もちろんだ。また思い出を作ろう」
「うん、やった」
もうすぐ夏休みがはじまる。
俺はもっと環奈のことを知りたい。
同じ時間を過ごしたいと思っている。
だけど、環奈が俺のことをどう思っているのかはわからない。
まだまだ知らないことがいっぱいある。
けれども、もっと仲良くなれるはずだ。
もう、普通の高校生になれたのだから。
——————
【 大事なお願い 】
これで一章完結になります。
数日だけ投稿をおやすみしたあと、二章になります!
今の予定では夏休みの途中からはじまる予定です。
新キャラクターもどんどん増えると思いますし、甘々糖度を増やす予定です。
良ければ楽しみにしていてもらえると嬉しいです(*´ω`*)
この物語の一章が楽しかったなあ、これからも更新続けてほしいと思ってくださったら、★やフォローを頂けると嬉しいです!
コメント、応援、めちゃくちゃありがたいです( ;∀;)
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