第7話 シキセマ
午前の授業に出る衛。同級生が休んでいた理由を訊いて来る。ただ単に体調不良とは引き下がってくれなかったため、妹に会いに行っていたと伝えれば納得して離れて行く。
窓の外で誰かの『死期』が徘徊している。誰かを探して学園内を彷徨っている。
それを知っているのは死を自覚したものだけで日常的に実感できない。
すぐ横で『死期』がいると言うのに触れられない為、誰かの『死期』である。
死期が近い誰かがいるのかと少しだけ寂しく感じながらも衛は授業をする為にデバイスを起動させて、モニターを見ながらコンソールを操作する。
役に立つのか分からない情報を頭に入れながら衛は『死期』が見えると言う女性をどうやって探そうかと考えていた。
学園内は無駄に広い。本館別館共に五階あり、それとは別で部活館と言う文系理系の部活が活動する。それもまた生徒が多く一人ひとり『死期』について聞いて行くのはただの変人だ。
(人伝にするしかないか)
授業を終えて、生徒が疎らに動き出す。
次の授業の確認や既に空腹で何か食べに行こうかとぼやいている生徒もいる。
「子供の楽園なのに犯罪率低いよな~」
「分かる。子供しか来ないって聞いたから、治安悪いかと思った」
不意に聞こえて来た会話。大人の概念はほぼない。
最上級生で二十歳だが、それ以上はいない。全て就職してエリュシオンを離れて行く。
悪事を働くものは警備アンドロイドに注意を受けたりポイントをはく奪されたりする。それが嫌なのか、今の生活が充実しているからなのか、校舎を破壊するような絵に描いたような不良は何処にもいない。
もっとも淳平が一番不良らしいと言えばらしい。まともに授業も受けずに喧嘩に明け暮れていた。『死期』が見えるようにならなければ知り合う事もなかっただろう。
「はあ……」
「なぁにしてるの?」
「! ……筅」
デバイスを片付ける為に半透明のウィンドウを消し去った瞬間スッと顔を覗かせた。
驚く衛にクスクス笑う栗色の髪をした女子生徒。
「昨日、休んで心配してたんだよ?」
「悪かった」
「何してたの?」
前の席に腰掛けて衛を見る筅に気まずげに目を伏せた。
「噂では、妹に会いたすぎて二日連続で病院に行ったって聞いたけど?」
「まあ、間違ってない」
「莉ちゃん……元気?」
「元気だ。顔色は相変わらず悪いけどな」
筅は、衛と幼馴染であり、天理学園に同じく招待入学した生徒だ。
顔見知りが入学して来た事で安堵していたのも一年前だ。
同級生となり、莉の事を知っている唯一の存在であることもあり、気楽に話が出来た。
「それは良かった。それで、ずる休みした君の体調はどうなのかな?」
「あ、ああ……調子はいいよ」
「そう。ならこっちも良かった」
安心したように笑みを浮かべる筅に少しだけ嘘を言ってしまったことに申し訳ない気持ちになる。
「ねえ、午後って暇?」
「午後?」
「うん、買い物行きたいんだ。荷物持ちになって欲しいの」
「……悪い。今日は用事がある」
「用事?」
「ちょっと、な」
買い物に付き合いたい気持ちはあれど胡桃色の髪をした生徒を探さなければならない。
筅が手伝うと言ってくれるが、何を言っても理解出来ないだろうと衛は遠慮するが「早く用事終われば、買い物付き合ってくれるでしょう?」と言われてしまう。
確かに事情を伝えることが出来れば図書館に連れて行って筅の買い物に付き合うことは出来る。それこそ、今日手伝ってもらい買い物は別に今日でなければならない理由もない。
「……お願い出来るか?」
「うんっ!」
人探し。
胡桃色の髪をした女性。天理学園の生徒と言うのは理解出来る。
もう少し淳平に特徴を聞いておけば良かったと後悔する。
(谷嵜にデバイスID聞いておけば良かった)
デバイスで通話やメッセージのやり取りが出来るため、天理学園で生徒に支給されている。
それによってエリュシオン内に居れば何処にいても連絡が出来る状態になる。
「胡桃色の髪をした女性。どうしてその人探してるの? 部活? あ、でも衛君は帰寮部だよね。じゃあなんだろう」
「ちょっとな」
「気になるな~。もしかして、彼女?」
「違う。何なら会ったこともない」
「会ったこともない人を探してるって……ハードル高いと思うけど……でも、うん。衛君が探してるみたいだから頑張ってみる」
「……本気にしないでくれ。俺だって可笑しい事を言ってることは分かってるから」
筅は「早速、放課後探しに行こうか。次移動教室だよ」と衛を教室から連れ出した。
廊下には『死期』が彷徨っている。まだ衛の『死期』は見つけられない。昨日が異常だったのだろう。見え始めて、衛が事故に遭う確率が上がったのが要因だと衛は思考する。
三階にある教室から一階に下りて中庭に行く。
噴水と花壇の整備をしているアンドロイド。
「あの機械っていつ整備されてるんだろうね」
「さあ……日曜とかか」
「んー。見たことないな~」
アンドロイドの整備など誰も気にしない。勝手に子供の世話をする機械たち。
エリュシオンを管理する上層部とか言うのが管理しているのだろう。
移動教室。デバイスを移動教室モードに切り替える。
次の授業の場所を示すウィンドウが表示される。
「この学園って私服登校が許されてるけど、制服の方が服とか考えなくて良いから楽だと思う」
「窮屈なのは嫌いだ。その服を見る度に嫌な思い出が蘇るとか勘弁してほしい」
「中学の頃の制服捨ててそうだね」
「よくわかったな。小学、中学の教材は全部処分した」
「勿体ない。大丈夫、私が衛君の分まで思い出残しておくよ」
「捨ててくれ。昔の俺なんて見ていられない」
「羞恥心ってやつ?」
「かもな」
小学校、中学校。そう言ったまだ大人になる事の出来ない年は衛にとってはもどかしい時期だった。兄貴風を吹かせていた。
莉を前に威張って強く見せていたが所詮は
教室に到着する。アンドロイドの教師が待っていた。授業の開始を待っているのか教卓で直立不動。見慣れた光景ではあれ、生身の人間じゃない教師と言うのは二年目でも慣れない。
生徒は各々席に座ってデバイスを起動して時間を待つ間、友人と駄弁っていた。
「衛君、ほら座ろ?」
「! 悪い。忘れ物した。先に座っててくれ」
教室内に入る事なく衛はその場を離れた。
目を疑った。その教室の中で異常なほどに『死期』が漂っていた。
黒々とした物体のように『死期』が一人の人間を飲み込んでいたのだ。
もう手遅れと言われても疑わないほどの『死期』に衛は逃げたくなった。今まで一人の人間に憑いていた『死期』は一体か二体三体がほとんどだった。
しかし教室内で見たのは、一人の人間に対して五体、六体。もしかするとそれ以上の数の『死期』が蠢いていたのだ。
忘れ物をしたなどと嘘を言って、渡り廊下を行き、別館に到着した刹那本鈴が鳴った。
正直、同級生が『死期』に埋め尽くされている所を見るのはいい気分ではない。
(『死期』を取り込んでも必ずしも体調が悪くなるわけじゃない?)
淳平は一体が体内に入るだけで苦痛を感じていたという。見えている者は感じてしまうのかと思ったが莉は見えていない。
莉の場合は、病気の進行が速くなり『死期』が内部を破壊している可能性もある。
筅に言い訳をした手前、手ぶらで戻るわけにもいかず校舎をぶらぶらと彷徨う。単位は優等生だったこともあり余裕がある。
(……そうだ。伯父さんたちに連絡を入れないと)
人気のない廊下に行き、莉を病院から連れ出してしまったことを伝えるのを忘れていたと伯父に連絡を入れるためにスマホを取る。
五秒間の規則的な音と共に伯父の声が聞こえた。
『衛か! 丁度良かった、今病院から連絡があってだな』
焦ったような声色。病院から莉がいなくなったと言う言葉。
『誘拐されたのかもしれない』と心配している。
「その事で、実は俺が連れ出した」
『なんだって?』
「俺が、昨日の夜……病院から莉を連れ出した」
『どうしてそんな事を……』
「……余命宣告を受けた」
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