第6話 シキセマ
翌日、学園が開放された時間に衛は寮に帰って来た。
「城野さん、朝帰りとは随分ですね」
「りょ、寮監……」
腕を組んで不機嫌な顔を露わにする寮の管理人であり、寮監督に衛は顔を引きつらせる。
「授業欠席は自己責任で構いませんが、寮に連絡は出来たと思いますが?」
「すいません」
「まあ、初犯なので許しましょう。次からはポイントを没収しますからね」
「ちなみにどれくらい?」
「時間通りに寮に戻らなければ、一万。学園内に居なければ二万で、朝帰りは五万です」
「五万っ!? そんなの生活できなくなりますッ!!」
「しっかりと勉学に励んでいれば問題はないと思いますよ? ルールさえ守ればポイントを没収などしなくて良いのですから……もっとも没収するポイントが無く意味もなく往来している生徒もいますが」
そう言うと衛の背後を寮監督は見る。倣うように振り返れば淳平が口の中に何かを入れながらポケットに手を入れて悠々と寮に戻って来た。
寮監督の言葉も聞こえないのか、自身の部屋に向かう姿は図太さすら感じる。毎日こんなやり取りをしていたら帰りたくもないだろうと衛は同情をする。
「あいつ……ポイントがないから飯が買えないのか」
図書館で行き倒れていたのは、予定外のバス代でポイントが無く何も買えないで過ごしていたからだ。
「谷嵜!」
「なんだ?」
寮監督の説教を終えて衛は淳平を呼び止める。
廊下には『死期』がいない事を確認して告げる。
「俺の部屋に来てくれ。三階の308号室」
「は?」
「いや、朝飯まだだろ? 一緒に食べないか?」
「……いいのか?」
「ああ、莉の件で世話になってるんだ。それくらいしか俺には出来ない。嫌でなければ来てくれ」
「分かった。あとでな」
「待ってる」
一応淳平に食べられないものを訊いた後、衛は部屋に戻り、料理の支度をする。
キッチンサイドにあるショップモニターにIDカードを翳して食材を購入すると冷蔵庫には購入したばかりの食材が詰まっている。白米と味噌汁、焼き魚と玉子焼き、定番の朝食を作る。それで味が合わなければ別のものを何処かで買えば良い。
(莉、飯は食えるのか……飴は食べれるみたいだが。ゼリーとか柔らかいものを作るべきか)
病院食は薄いと聞くし莉は四年間そう言った食事をしていたとしたら味覚が薄味になれているかもしれない。ゼリーは甘すぎるか、作り置きは塩分が多いかと頭の中でぐるぐると回る。リンゴを持っていくのも良いかもしれない。
「来たぞ」
「! ……ああ、谷嵜。来てくれて良かった。狭いが寛いでくれ」
「狭いって……寮の部屋なんてどこも同じだろ」
「そうだけど、私物がある所為で狭く感じるかもしれないだろ?」
衛の部屋は、テレビやベッド、勉強机とよくある学生の部屋だった。高校生が二人いると少し手狭に感じてしまうだろうと伝えるが淳平は気にした様子はなく簡単に片づけられるテーブルの前にどかりと座った。
出来上がったものをテーブルに並べると「主婦か?」と揶揄われる。
「伯母さんが料理教室の先生をしているんだ。昔は、見学に行って一緒に学んだ。だから少しは美味いものが作れるって思ってるけど……人に振る舞う機会なんてそんなにないだろ?」
気恥ずかしい中、伯母が料理を教えてくれていた事に感謝していた。
学園で一人過ごすのは大変だ。学園の食堂で食べるにしても毎日豪勢に出来ない。自炊したら安上がりだと口々に言われてもそのやり方が分からないと戸惑うところだった。
「んっ……美味い」
それが聞けて衛は安堵する。
「それで、莉に何を食べさせるべきか悩んでるんだ。病院から連れ出した所為で、食生活がどう言ったものなのか知らない」
「無理にたくさん食べさせるな。軽食を用意して、おにぎりか、サンドイッチ。持ち運べるものが良い。水分も欠かせないな」
莉の容態を見て、味が濃くないものを食べさせて、少しずつ濃いものを食べさせることで身体が順応していくのではと淳平は伝える。
「『死期』を取り込みすぎて、不治の病か。当然治療法なんてない。見える奴ら以外は『死期』を追い払う事も逃げることも出来ない」
「俺がどうにかしなきゃ……」
「おい、俺も協力してやるって言ってるだろ」
「あ、ああ……でも、どうして谷嵜は俺に協力してくれるんだ? 自分の『死期』で手一杯なんだろ?」
毎日喧嘩に明け暮れていると言うことは、『死期』に襲われやすい体質でもしているか、純粋に死期が近いかのどちらかだ。
「まだ生きてる」
「え?」
「普通の奴らは、もう手遅れと諦める奴がほとんどだ。死を間近に感じて、その結果死んでる。けど、お前は……あの娘を生かそうとしてる。もしも死なせるって言うなら俺だってそれ以上は関わりを持つことはなかったはずだ。お前が人を殺っちまったからじゃない。俺とお前の在り方が違うからだ」
「……」
「簡単に死んで良い生き物はいない。だから、お前が簡単に生き物を殺すような奴なら俺は関係を断っていた」
「良かったよ。お前に見限られたら莉を救えなくなる」
互いに意思を表明をして朝食を取る。
淳平は味噌汁を口にするとハッと何かに気が付いたのか顔を上げた。
「明日も俺に味噌汁を作ってくれ」
「は?」
「『死期』の所為で喧嘩をして評価も下がったままだ。ポイントが無いからな。飯にありつけることが奇跡だ。お前の妹を助ける条件は俺に飯を作ることで手を打つ」
「そんなので良いなら幾らでも作るよ」
図書館に莉を残しておくのは気に掛かってしまい授業も手に付かない衛に、淳平は「今更勉強なんてした所で点数が上がるわけがない」と自ら莉の傍に居て『死期』が現れないか見張っていると言う。
「あの娘の事は俺が責任を持って護る。お前は不審がられないように勉強してポイントを稼ぎながら『死期』が見える奴を探してきてくれ」
「俺たちの他にもまだいるのか?」
「まだ生き残ってるガキがいるが、見かけない」
「問題があるのか?」
「情報交換をしているんだ。そいつは『死期』がどう言ったものなのか調べている。お前も他人事じゃなくなってきただろうしな」
『死期』について調べて、夜も怯えずに過ごせる日を作り上げようとしている。
「そいつの名前は?」
「……」
「谷嵜?」
「忘れた」
「……おいおい」
「女……で、胡桃色の髪……だったはずだ」
「抽象的過ぎるだろ」
胡桃色の髪をした女性が学園内にいるから探す。
余りにも情報が無さすぎる。胡桃色の髪など学園では珍しくない。何年生かもわからない状態で探すのは一苦労だ。それこそ、『死期』を撃退している所を見つけてもらうしかない。
「な、なんとか探してみる」
その後は、淳平に、淳平と莉のご飯を保存容器に入れて渡す。
『死期』狩りをしながら莉を護るために忙しくなるだろうとショップモニターで買ったチューインガムを渡す。
「余り学園から出ない方が良い。俺は平気だが、お前はまだ普通の学生だ。『死期』が見えてるからって気にするな」
「出てきたらどうしたら良い?」
「素知らぬふりをして教室を出るんだ。トイレか、空き教室に入って先に潰したらいい」
「やっぱり先手必勝なのか」
「それしかない。厳しい事を言えば、慣れるしかない。他者の『死期』を俺たちはどうにもできない」
衛も護ってやる事が出来れば良いのだが淳平はそれが出来ない事に目を伏せた。
護れないことへの不甲斐なさからなのか、淳平は何処か悲し気に見えた。
「だ、大丈夫だ。俺も男だ。その気になれば……昨日も一体消した」
カッとなって顔面と思しき部分を鷲掴みコンクリートに叩きつけた事を言えば、淳平は失笑した。
初めて見たのに、初日で一体を撃退しているのは『死期』には脅威だろうと腹を抱えていた。
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