第5話 シキセマ

 身近に死を感じた。

 莉の余命宣告で、死と言う現実のような非現実に衛は驚愕して、どうして自分たちがと悲観していた。


「そんな事で、妹が死ぬかもしれないって……そんなじゃあ、誰にでも起こり得る自体だろ」

「実際に誰にでも起こってるんだ。気が付いていないだけで」

「どう言う事だ」

「死期を悟った人間は、終活を始めて、周囲に優しくなったり、遺書を書き始める。人は薄情だからな。他人が死んだって余り死ぬ事への実感を得られない。人がまず先に気にするのは世間体だ。寧ろ『死期』が見えてる奴らは感情がある奴らなんだろうな」


 遠くを見つめる。しかし確実にそこを見ているわけではない。かつての思い出を見ているのだとわかる。


「莉は俺の生き甲斐なんだ。両親は、俺がまだ幼い頃に事故で死んだ。だから、あいつを護ることが出来るのは俺だけだと思っていた。それなのに不治の病だとか大袈裟に取り上げられて、入院を強いられて……いつか治るって信じていたのに……莉が死ぬなんて言われたら……俺は……何のために……」


 罪を告白するかのように言葉を発していく。

『死期』が見えるようになった原因、思い当たる事を口にしていくと徐々に弱々しくなり、視界が歪んでいった。

 淳平はそんな衛を見つめていた。


「なんで、俺じゃなかったんだ。俺じゃあ、ダメだったのか……」

「……」

「俺なんかより莉の方が人生を楽しめる。それなのに、なんで俺なんだ。なんで俺が生きてる。俺に『死期』が見える!」


 衛が病気になっていたら莉が天理学園で友人たちと楽しく過ごしていたかもしれない。将来の夢を語りながら時々手紙を送ってくれていたかもしれない。

 そんな、たられば、が衛の頭の中を埋め尽くした。

 高校二年生になっても将来の夢すらまともにない。ただの会社員になるであろう男とまだ夢を語ることが出来る少女ならば、誰だって彼女を選ぶだろう。


 衛は崩れ落ちるように座り込んだ。


「『死期』を殺す手段すらあの子にはないんだぞ。殴る事も払いのける事も出来ないで、ただ『死期』が侵食して……喰われ続けるのか。そんなの、辛すぎる」

「なら殺すか? お前の手で」

「ッ!? するわけないだろ!!」

「図書館では静かにしろ。……確かに『死期』に侵食された身体は苦痛だ。俺もしくじり一度『死期』を取り込んだことがある。死期が近づいた感覚だ。だから、あの娘もそう言った苦しみを味わい続けてきたはずだ。正体不明の病。十中八九、『死期』の仕業だ」


 一日二日『死期』から遠ざけても莉の病気が緩和されるわけではない。

 淳平は二つの選択肢を衛に委ねた。


「あの娘を痛みから解放する為にその手を下すか」


 一本の指が立てられる。

『死期』を取り込み過ぎた身体ではもう自由に歩く事も出来なくなってる可能性もある。いつか言葉を失うかもしれない。不確定要素が多い病から解放する為に、衛がその手で莉を殺すか。


「あの娘に痛みを与え続けながらもその命を繋いでもらうか」


 二本目の指が立てられた。

 衛の自己満足で莉を生かして、生きる苦しみの中で『死期』から逃げ続ける。

 それは莉の身体の負担もそうだが、莉を連れて逃げ回るのは衛自身だ。


 二者択一。生きるか死ぬか。

 単純明快でありながら、莉を苦しめる事に変わりはない。


「もっと何か方法はないのか。痛みを感じなくするとか、誰かの『死期』を倒す事とか……」

「悪いが、そう言った夢物語を期待しているなら俺は専門外だ。もっとも専門家でもない。お前はただ先人の知恵にあやかろうとしていたんだろうが、俺はただ見えるだけだ。あの娘が死ぬ事に嘆き悲しむのは自由だが、方法がないと言って糾弾するのはお門違いだ」

「……居たのか。お前を責めた奴」


 まだ何も言っていない手前、言い訳は幾らでも出来た。

 淳平が「方法はない」と断言した瞬間、衛は理不尽に彼を糾弾していたと気が付いた。

 予想できたと言うことは、似たようなことが起こったのだと察した。


「「奴らが見えるようになったのはお前の所為だ。責任を取ってくれ」とお門違いも甚だしくふざけたことを言っていた。結局、俺の『死期』に憑依されてそれに乗じて奴自身の『死期』を取り込んで死んだ。感情的になる事は咎めない。そんな事をしたって意味がないからな。……だが、理性を失うな。お前自身を見失った瞬間、奴らは弱ったお前を殺しに来る」

「……」

「俺を悪人にするなら好きにしろ。元から好印象です。元気で陽気な好青年です。なんてしていないんだ」


 見えていた。『死期』を対処していた。少しだけ『死期』について知っている。

 それは紛れもなく淳平の功績だ。勇気を出して『死期』に立ち向かった結果であり、その成果を横取りするような真似は出来ない。

 今まで一人で戦って来た。これからだってそれは変わらない。


(……莉、俺は最低な男になりたくない)


 拳を握って顔を上げる。先ほど悲劇を気取る高校生とは思えないほどに真っ直ぐと少し涙で腫らした瞼を開いて淳平を見る。


「協力してくれ。莉を助けたい。生かし続けたい。『死期』が遠ざかるその日まで俺は、莉の苦痛を緩和させていきたいんだ」

「良いのか? 救われても感謝されるとは限らないぜ」

「ああ、生き甲斐を失いたくないんだ。もうあんな苦痛は懲り懲りだ。チャンスを手放すなんて馬鹿のする事だ。『死期』から妹を護りたい」


 生きた屍のように街を彷徨うだけの生き方など嫌だ。

 生き甲斐もなく夢もなく目標も目的も見失ったまま生きていくなんて出来るわけがない。

 感謝されなくて良い、莉に「死なせてくれなかったの」と言われても構わない。


「頼んでないと言われても、俺は俺の為にそれをする。誰かを助ける事に理由なんて一つだけだ。俺の為だ」


 自分の為だ。生き甲斐を失っては人は生きて行くことが出来ない。


「なら、協力するぜ。お前、名前は?」

「城野衛。天理学園二年だ」

「谷嵜淳平だ。知ってるだろ?」

「ああ、悪い方で耳に届いてるよ。だけど、お前が悪い人ではない事は分かった」


 ただの噂だ。淳平は『死期』から逃れるためにやりたくもない喧嘩を続けていた事を知る。人は見た目ではない。噂だけが全てではない事を知る。


「どうだろうな」


 ハッと笑う淳平に衛も笑っていた。莉を護る為に協力してくれる頼もしい人物。




 休憩室で衛は簡易椅子に座り莉が眠る姿を見つめる。


「莉、少しだけ……暫くの間は辛い思いをさせるかもしれないけど……兄ちゃん、お前を助けるから、だからそれまで頑張ってくれ」


(絶対に奪わせない。もう家族を失うなんて懲り懲りだ)

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