第4話 シキセマ

 衛は『死期』を避けながら一つの噂を頼りに向かった先は、図書館。

 エリュシオンにあるたった一つの図書館だが、なに分学園には世界中のデータを送信してくれるデバイスが存在している。

 図書館に行き紙媒体をわざわざ探して閲覧しようなどという物好きはいない為、図書館の存在が無意味になっている。

 そこを根城にしている人がいるという噂だ。

 図書館は避難所としても使われる予定な為、二十四時間、開館している。


「谷嵜! いないのか!!」


 図書館のホームで叫ぶ。左右には受付があり、奥には螺旋階段と本棚の壁に整理された本。

 高い天井にシャンデリアのような明かりがぶら下がっている。人工島を作ること自体膨大な金が動いているはずだが、図書館だけで幾らかかっているのか、無粋なことを考えてしまう。

 そんな豪華な図書館は人の気配は勿論、管理人のアンドロイドもスリープモードとなっている。誰かが意図的にスリープモードにしたことが窺える。


 莉が目を覚ましてしまわないか心配になりながらもその男、淳平を探した。

 噂では寮に部屋はあれ、喧嘩に明け暮れている淳平のもとには昼夜問わず不良がやってくる。そのため、誰も使わない図書館を根城にしている。

 もしこの噂が嘘でも莉を保護していくことが出来るはずだと衛は図書館の奥へと進む。長椅子を見つけて莉を寝かせて上着をかぶせる。

 淳平を探す為に図書館内を歩き回る。館内案内図を眺めながら淳平がいるかもしれない場所を当てようと考えているとガタンと物音が聞こえた。

 もしかすると淳平かもしれないと音のする方へ足を向ける。出来るだけ莉から目を離したくない。『死期』が現れてないからと言って気を抜いていたらまた病院での事が再来してしまう。かと言って連れて行くわけにもいかないと小走りで音の正体を探した。


「谷嵜ッ!?」


 日本歴史の本が並べられた本棚の列、床に本が散乱しているがそれと同じように谷嵜は倒れていた。

『死期』にやられてしまったのかと駆け寄る。


「谷嵜!!」


 抱き上げて意識があるか確認をすると「うっ」と息苦しい声色を出していた。


「『死期』が襲って来たのか」


 図書館に『死期』の姿はない。図書館に入った瞬間にぱたりと見かけなくなった。

 まだ生きている事に安堵しながら淳平を莉のいる長椅子の場所まで運ぶ。

 柱越しに置かれた長椅子に座らせると意識を取り戻した淳平。


「お前……さっきの」

「何が遭ったんだ」

「は、らが……」

「腹? 腹を怪我したのか?」

「……腹が減った」

「は?」


 そう言うとぐぅ~と気の抜けた音が聞こえた。

 淳平は空腹で立っていられなくなり床に横になっていたという。


「……食べ物。飴で良いなら」


 昨日買った飴をポケットに入れたままである事を思い出して莉にかけている上着から飴を一つ取り淳平に差し出す。袋から出して口に放り込むとガリっと飴を食べていると言えない音が淳平の口から聞こえて来た。

 ガリボリと飴を噛み砕く音が響いている。

 暫くして淳平はまだ空腹である事は変わらないが無いよりはましだったようで「あの娘は?」と莉に関して尋ねて来る。


「俺の、妹だ」

「妹? なんで連れて来た。あの娘も見えるのか?」

「……いや、見えない。あいつは、余命宣告を受けた。あと一か月持つか持たないか」

「なるほど」

「妹の身体に『死期』が飲み込まれていくのを見た。あれはいったいなんだ」

「『死期』には三種類いる……いや、俺が知らないだけでもっといるかもしれないな。一つは今朝お前が遭遇したお前を直接殺そうとする奴らだ。二つ目は他者に憑依して殺そうとする奴らだ。そいつらは俺に喧嘩吹っかけて来る連中がいい例だ。三つ目はお前の妹が体験したことだろう。『死期』が身体に侵食して内部から組織を破壊していく」

「……そうなるとどうなるんだ」

「多く浸食してしまえば死ぬ」

「っ!? ……もう助からないのか」


 淳平は長椅子から立ち上がり莉の様子を窺う。静かに寝息を立てている。

 土気色の顔色に淳平は莉が正常ではない事に気が付く。


「危険な状態だが、ギリギリ皮一枚だな。『死期』を近づけさせなきゃ死期を早めることはない。勿論、死なないと断言出来るわけじゃないが一か月以上は生き残れるはずだ」


 淳平は莉を連れて来るように伝えて歩き出した。何処に行くのか戸惑いながら莉を背負って淳平のあとを追いかけた。

 向かった先は、受付の奥、従業員が作業するであろうパソコンが置かれた部屋のさらに奥の部屋は簡易ベッドが整えられた部屋だった。


「職員の仮眠室だ」

「職員? 此処はアンドロイドが管理しているんじゃないのか?」

「ああ、だが全てが機械で片付けられるわけじゃない。アンドロイドどもが故障したら直せるように、本の修理もまだ人間の手でしか出来ない。だから、本来は人が入る事を想定して作られている。特に避難所として使われるのならそう言った設備は必要だ」


 莉をベッドに寝かせてシーツをかける。


「外に出てお前の頭を整理する」


 淳平は衛を廊下に連れ出す。図書館の中を散歩をするように歩く淳平について行く。

 その間、図書館について語られる。衛が考えていた通り、図書館の利用者はゼロ。

 お陰で喧嘩を吹っかけられるのは学園内だけで不思議なことに『死期』の思念体以外は図書館に現れないのだという。

 人に憑依したとしても、その人が普段行かない場所には行けないと言う事だ。

 

「奴らが完全に来ないって事じゃないが、お前が病院から連れ出した事で彼女の容態は安定していくだろう」

「……『死期』から逃げ続ければ、莉は助かる?」

「可能性がないわけじゃない。いつまでも『死期』が追いかけて来るわけじゃない。ぱったりと途絶えたかと思えばワラワラと湧いて出て来る事もある。今回は前者だろう。山を越えたな」


 一日のピークと言うわけではないが『死期』は波が激しい。


 螺旋階段を上る。シャンデリアの明かりが少しだけ眩しく思いながら淳平は手すりに肘をついて一階を俯瞰した。衛はただ階段を上り切り立ち尽くしていた。


「お前の話を聞いて、どうして『死期』が見えるようになったのか分かった」

「条件があるのか」

「条件と言えるか分からないが、きっかけだ。俺は何人か見える奴らを知っている。そいつらの境遇とお前の境遇を照合した。もっとも照合するまでもない事だ。お前は妹の余命宣告を聞いて、『死期』が見えるようになったんだ」

「……」

「身近に死を感じただろ? 妹の余命宣告を受けて、お前は死を自覚したはずだ」

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