第3話 シキセマ

 衛は淳平が言う言葉を全てを理解する事は出来ない。

 もし一度の説明で全て理解出来る人がいるとしたら、場を変わって欲しいと切に願う。


「終点です」


 アンドロイドが椅子に座ったまま下車しなかった衛に向かって言う。


「終点です」

「……」

「終点です」


 昼どころか夜になりバスはもう動かない。同級生が声をかけて来た気がするがどう返事をしたのか覚えていない。衛はバスから降りて寮に戻る事もなくエリュシオンを彷徨う。街灯が道を照らしている。


(谷嵜の言う通り、素直にあのまま動かずに『死期』にやられていた方がこんなに悩まなくて済んだ)


 一度命拾いをすると再び死ぬ決心など付く訳もない。

 死ぬことが恐ろしいと思うようになってしまえば、衛は身体は勝手に生きる道へと走ってしまう。


 ギシャアァ!!


『死期』が衛を見つけるとにじり寄って来る。


『死ぬなら悔いのないようにな。死んだらその悔いすら遂げられない』


(っ……悔いってなんだよ。死んだら全部終わるだけだろ)


 何もかも感じなくなり消える。それが死後の世界というものじゃないのかと衛は自暴自棄になっていた。


「俺の悔いって何だよ! 何をしたら救われるんだ」


 ギシャアァ!!


 衛が考え続けている間も『死期』は迫って来る。


「あーっ!! もううるせえっ!!!」


 ガシッと衛は『死期』の顔面を鷲掴みコンクリートに叩きつけた。すると『死期』は液状化するように消滅する。呆気なく『死期』が消えた。

 向こうが攻撃してくると怪我はないのに痛みを感じる。それは向こうも同じなのだろうと理解した。

 目に見えない怪物は簡単に消滅する。向こうより先に仕掛けてしまえば相手は消滅する。


(だから、谷嵜も喧嘩を続けているのか)


 攻撃を受けたら痛みで仕掛けられなくなる。足がすくんで恐怖を受ける。

 先に仕掛けることで『死期』を遠ざけることが出来るかもしれない。


「殺さないと殺されるまで追いかけて来る」


 淳平が言っていた通りだった。

 全て淳平が教えてくれた通りのことが目の前で広がっている。


「……俺の悔い。妹を死なせることか……」


 寿命と言われてしまえば誰しもが「仕方ない」と口にする。

 衛は違う「仕方ない」で済ませたくはない。助けられる命があるなら『死期』が死を促しているのなら『死期』から遠ざけてしまえば莉は救われるかもしれない。あの顔色の悪さを緩和できるかもしれない。


 そう正解とは誰も言ってない答えを証明するために、衛は『死期』を蹴散らしながら駅に向かった。



「えっ、城野君? こんな時間に珍しいね。って言うか、もう閉めるんだけど」


 駅に来ると駅員の男性が入り口に鍵をかけようとしていた。


「えーっと、その様子だと都心に行きたいんだよね?」

「お願い出来ますか?」

「電車はもう出せないけど、俺、これから帰るんだ。都心に連れて行くことは出来るけど、それでいいなら」

「此処に住んでいるわけじゃないんですか?」

「うん、俺はエリュシオンの駅に勤務してるだけ、仕事が終わったら都心の家に帰るんだよ」


 エリュシオンの内部に侵入する事は禁止されているが、都心の駅とエリュシオンの駅で異常が発生した際にアンドロイドでは対処できない可能性を考慮して、雇われている。


 ギシャアァ!!


「! ……それじゃあ、迷惑でないならお願いします」

「良いよ~」


 駅員は衛を連れて駅裏の地下駐車場で、一台のシルバー車に向かう。

 衛が助手席に乗り込むのを確認すると都心に向かうルートを走らせる。

 都心とエリュシオンを繋ぐ海底トンネル。オレンジ色の明かりが道路を照らす。車内の時計を見ると十九時になっている。


「外出許可もなしに都心に行くなんて、何かあった? 友だちと会う約束とか?」

「妹に会いに行きたくて」

「妹ちゃん? 昨日会いに行ってなかった?」

「はい。伝え忘れ……いや、助けたいんだ」


 何やらただ事ではない様子だと駅員はそれ以上は訊かなかった。非行としては、衛の態度は荒んでいない。なにか焦りを感じているが、それ以外は昨日と変わっていない。


「すいません、貴方に迷惑はかけません」

「良いよ。俺はきっと良いことをしてるんだろうからさ。もし俺が困っていたら助けてくれたらいいよ」

「はい。その時は必ず」


 サイドミラーで『死期』が迫って来る。衛を殺す為に追いかけて来ている。


 駅員の車は一定の速度で走り続ける。地下を抜けて都心の交差点に差し掛かる。

 車はそのまま衛が道を教えて病院に向かう。


 病院に到着して衛が降りようとすると「待ってるよ」と伝えられる。

 どうしてと衛は驚くと「帰りのこと考えてた?」と図星を指す。


「……それは」

「良いよ。此処で待ってる。行っておいで」

「ありがとうございます」


 時刻は十九時二十五分。急げば間に合うと衛は病院の受付に向かう。


「あれ、城野君」

「まだ、間に合いますか」

「え、ええ……でも、少ししか話せないかもしれないけど」


 まだ人が疎らに行き交っている。その中には、衛のものではない『死期』が蠢いていた。

 病院という死が多い場所で見える衛は絶句するしかなかった。気分が悪くなる光景。蠢く怪物たち。衛に目もくれず奥へ進む『死期』もいる。もしかしたら、『死期』を追った先には、死を待つしかない患者がいるのではないのかと衛は呼吸を忘れてしまいそうになる。


「大丈夫? 顔色悪いけど」

「だ、大丈夫です。それじゃあ」


 莉の病室に急いだ。不自然に『死期』を避けている為、傍から見たら可笑しい人と思われてしまう事を覚悟しながら衛は莉の病室を目指した。

 徐々に『死期』が多くなる。群がる先は莉の病室だった。

『死期』が莉を連れて行こうとしているのだと気が付くのは、すぐでノックも忘れて扉を開く。


「莉っ!!」


『死期』が群がるベッドの上、呼吸を荒くする莉が『死期』に襲われている。

『死期』が莉の中に入り込んでいく。その度に莉は痛いのかうめき声をあげた。


(連れて行かせるか!)


 衛は莉に近づいて意識があるかを確認する。


 莉が目を覚ますといるはずのない兄がいた。


「お兄ちゃん……が、いる?」

「ああ、莉。動けるか?」

「うん、大丈夫だよ」


 身体を動かす事すら痛みを感じるのか顔を顰める。弱々しい手を持ち上げて身体を起こす。だがその動きも、もどかしいと痛みを感じないように優しく、それでいて早く起き上がらせて点滴を引き抜く。持ち歩いている絆創膏を莉の腕に貼り背負う。


「お兄ちゃん? どこか行くの?」

「うん、兄ちゃんと悪い事しようか。莉」

「わるい、こと?」


 何をするつもりなのか分からず莉は衛になすがままとなっていた。

 看護師にバレないように病室を出て病院を抜け出した。その間も莉を狙う『死期』が襲って来るのを莉に触れさせないように道を選ぶ。

 それに合わせて衛の『死期』までも襲って来る。


(邪魔するなよ。俺は、コイツを護らないとならないんだ)


「……お兄ちゃん」

「大丈夫、俺が何とかするから……」


 見当違いな事を言っている自覚はあれど、もしかしたら莉から『死期』を遠ざけることが出来れば莉は一か月なんて短い時間ではなくもっと長く、この先を紡ぐことが出来るかもしれない。


 病院を出ると駅員の車が駐車場から移動して病院前で停車していた。


「おーい、城野君? ……その子」


 後部座席に莉と一緒に乗り込んで「行ってください」と伝えると駅員は訳も分からないままに車が発進する。

 暫く車を走らせてトンネルに入ると口を開いた。


「その子って、妹ちゃん……だよね? 君がよくお見舞いに行ってる」

「はい」


 肯定されて安堵する。ルームミラー越しに衛たちを見る。


「どうしたの?」

「……それは、……すいません。言えないんです」


『死期』が見えるなど言えるわけがない。気が可笑しくなったと思われてしまう。

 何も言えずに衛は莉の容体を確認しながらエリュシオンに着くまで会話はなかった。

 車内スピーカーから流れて来る女性の歌声。三年前に休止したネットアイドルの歌だ。


 莉は突然の事で驚いたのか日頃の事なのか眠りについていることを確認した後、衛は駅員に言う。


「余命宣告を受けたんです」

「……妹ちゃんが?」

「はい。……あと一か月だと」

「なら、病院にいた方が良いんじゃない? 死期を早めちゃうよ?」

「病院にいたら一か月も……生きられないかもしれない」


 病院は『死期』の巣窟と言っても良い。莉の『死期』じゃないにしても他者の『死期』が多いと何かに触発されて莉の『死期』が増えてしまうかもしれない。

『死期』の事はまったく知らない。それでも病室でじっとしているだけの莉に『死期』は容赦無用で襲っていた。少しでも離れて、容体が安定してくれたらいいと根拠のない希望を胸にするしかない。


 車がエリュシオン内に侵入する。目的もなく車は走り続ける。


「何処に向かう?」

「……学園の寮に」

「それはお勧めできない。学園は警備が万全で俺じゃあ学園に近づくことも出来ない。それに病院から患者を誘拐した事で親が告訴するかもしれない」


 駅員は自身が持っているIDカードが自動認証されて追い出される可能性を口にする。

 学園の敷地に入ることは出来ないエリュシオン内部を移動している事すら本来はいけない事だ。気が付かれた日には失業するだろう。


 衛もまた両親がいない代わりに親戚が面倒を見てくれている。

 明日になれば、親戚のもとに病院から誘拐された事が伝えられるだろう。


(伯父さんたちには俺から連絡を入れておくか。それがダメでも、あの人たちはエリュシオンに入って来ることは出来ない)


「降ろしてください」

「えっ!? 此処で!?」

「はい。大丈夫です。当てがありますから」

「そう」


 停車する。時刻は二十時少し過ぎていた。

 学生たちは各寮で課題をやっているか、他の部屋に忍び込んで遊んでいるか、寝静まっているだろう。

 駅員は心配そうにこちらを見る。莉を背負って衛は車から降りる。


「あの、此処までありがとうございました」

「本当に大丈夫?」

「はい。本当に病院で待ってくれているだけでありがたいのに、此処まで戻してくれたこと感謝してます。……っ! あの、それじゃあ……今度、埋め合わせか、何かをしますので」


 莉を落とさないように走る。背後で『死期』が迫って来ていたからだ。

 不審に思われてしまっているかもしれないが、説明のしようがない。


 街灯で照らされた路地は仄暗さがあり、正面から『死期』が襲って来たらひとたまりもないと緊張感が漂う。大都会で発展した街であるはずのエリュシオンは天理学園にある寮に全ての住民がいるため、外周にある街には人の気配は皆無だ。

 それもそのはずでエリュシオン内で大人という概念は最上級生しかおらず、店員は人間を模したアンドロイドであり、金銭のやり取りは全てIDカードで行われる。

 学園で良い点数を取る事でご褒美としてポイントが加算される。それが所謂エリュシオン内での通貨だ。

 二十三時になれば、学園の出入り口が封鎖される。

 朝の五時になるまで学園の門が開くことはない。


 その為、寮生活をしている衛たちは時間ギリギリまでエリュシオンにはいない。

 エリュシオン内はゴーストタウンのように気味が悪かった。

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