第17話 シキセマ
『死期』が何処から出て来るのか調査を開始して、一週間。
昼と夜でルーティンを決めて『死期』を退けながら調査を進める。
それで分かったことは、エリュシオン内で『死期』はかなりの確率で地面から湧いて来る。エリュシオンの外では、エリュシオンから追いかけて来るタイプが多い。
けれど、必ず湧いてこないと言うことなく、ごく稀に地面から襲って来る『死期』もいた。
特に人が多い場所では条件など無視して、地面から湧いて来る『死期』が何体もいた。とどのつまり、人と死は密接の関係にある所為で切っても切り離すことは出来ない。
「結局、この一週間『死期』について何も分からなかった」
ドカリとクッションが利いた椅子に腰掛ける。横で何事もないように本を読む淳平。
(莉は、元気になってきてる。このまま順調にいけば、『死期』が消えなくても、元気に一か月を過ごせば、助けられる。この先だって、俺が莉を助けたら良い)
助けたいと言っても、何をしたらいいのか、何から手を付けたら良いのか。
衛が考える間も『死期』は容赦なく襲って来る。
「お兄ちゃん」
「! 莉、どうかしたのか」
車椅子で仮眠室から出て来た莉は衛を見つけて声をかける。淳平は本を閉じて莉に近づいて車椅子を押した。その流れが二人の中で決まっているのか、「ありがとう、淳平お兄ちゃん」と笑っていた。
衛の前まで来ると莉は「あのね」と何か言いたい雰囲気を出す。
「最近ね……。最近、練習してる事あるの……淳平お兄ちゃんと二人で」
一体なにをしたのか、衛は分からず首を傾げる。
淳平は、莉に近づいて手を差し伸べる。車椅子のひじ掛けに手をついて莉は力を入れる。
その行動だけで何をしようとしているのか理解出来た。
歩こうとしている。いつの間にか歩くことが出来なくなり以来、車椅子での生活を強いられている。
「いつから……」
「お前が課題をしている間に、足に感覚が戻って来たらしい」
「感覚……今まで無かったのか」
「……うん。だけど、戻って来たんだよ。なんだか、体調が良くなってきたと思う。勘違いかもしれないけど」
(勘違いなんかじゃない。莉は、ちゃんと……よくなってる)
ふらふらと小枝のような足を前に出してカウンターにいる衛に近づこうとする。
手を伸ばしてその身体を支えてやろうとすると「見ててやれ」と淳平が言う。
莉が最後まで衛のもとまで行けるように見守る。
普通なら数秒の場所を数分かけて莉はカウンターに手をついた。にこりと笑った。
「ついた……」
「凄い……凄いぞ! 莉! 歩けるようになったんだ!」
衛は喜々と莉に近づいて抱きしめた。
無事に歩けるようになって、このまま練習を続けて走れるようになれば、普通の中学生として学校に通い友人が出来る。
「良かった。無事に治って来たんだ。俺は……間違ってなかった」
無理にでも病院からエリュシオンに連れて来て、『死期』を遠ざければ莉の容体は安定して、歩けるようになった。食事も順調に味が濃く好みのものを作ることが出来ると衛は、底知れない喜びを感じた。
(あとは『死期』さえいなくなれば、莉は完治する)
「莉、お前が頑張ってるから、俺ももっと頑張ってみる。諦めないで答えを探すよ」
「うん、頑張ってね。お兄ちゃん」
莉を救う為に『死期』に抗う術を見つける。
「谷嵜、ありがとう。莉に協力してくれて……これからもよろしく頼む」
「ああ」
莉が歩けるようになったと言う吉報に、衛はますます『死期』を追い払う術を暗中模索した。
湧き上がる場所が何処なのか、そもそも発生源がどう言うものなのか。
授業を終えて、学園の外を出て『死期』を追い払いながら、街の中を散策する。
「こう見ると、閑散としてるなぁ」
ついて来た啓介がのんびりと言う。誰もいない街の中。学生は学園の中にいて、機械だけが往来する。
ぼやいている啓介と少し前で苦笑をしていると『死期』が現れる。
「のんきに話もさせてくれないのか」
「話すことなんて何もないですよー。ほら、どいたどいた。ソレ僕のなんで」
自分の『死期』をわかっている啓介は衛の前に出て、持ち歩いているレンチを握った。
コンクリートの地面を蹴り距離を詰めて『死期』より先に行動をする。振り上げるレンチが『死期』の頭部に打撃を与える。
「これで……最後っ!!」
湧き上がる『死期』が最後だと振り下ろした啓介。楽しそうにレンチを見る。少しだけ汚れているが『死期』は出血しない。手ごたえは感じるのに『死期』が消えてしまえば、何も残らない。
「お疲れ」
「こんなの序の口ですよー」
労っていても啓介は照れる様子もない。可愛げのない後輩だと衛は笑みを漏らす。
そんな時だった……啓介の背後に『死期』が湧いた。
「延永! 後ろだ!!」
「……えっ。ッ!?」
いつもならばある程度の『死期』を撃退すると湧いてきたりしない。今回は、今回だけは違った。まるでずっと潜んでいたとばかりに啓介の背後に現れて、体格に合わない巨大な腕を振り下ろした。
啓介の背中を鋭い爪が襲った。
「痛ッ……クソがッなんで、この僕がッ」
忌々しいと『死期』を睨みつける。啓介を狙っている以上、啓介の『死期』であることは確定している。
レンチが地面に転がる。『死期』は啓介を殺す為に再び腕を振り上げた。
衛は急いで啓介に駆け寄り引き寄せた。何とか『死期』の攻撃は紙一重で回避する事は出来たが、『死期』が本気で追いかけてきたら衛では啓介を連れて逃げることは出来ない。今までは車やモノレールで逃げることが出来たが、人の足では、限界がある事を知った。
背中の痛みと戦いながら衛の後を追いかける。だが、どれだけ頑張っても痛みが強くなり『死期』を出し抜くことは難しい。
「平気だって……僕が負けるわけがない。この僕がッ」
『死期』に後れを取った事が悔しいのか、地面に転がるレンチを乱暴に拾い上げて『死期』に向かう。
レンチを握る手は震えていた。死の恐怖を『死期』に与えられてしまったのだ。
死ぬ事の恐怖。目の前に迫りくる終わりに啓介は震えているが強がる。
「延永!!」
その声は、叫び声に近い。衛は手を伸ばす。
振り下ろされた腕が胸を撫でるように斬り付けた。
後ろに倒れ込む。『死期』は満足したように消滅する。
「延永」
「っ……う、煩い。死んでないよ」
身体のあちこちが痛いが死ぬほどではなかった。
もっとも死ぬほど痛いと表現が合っているだろうと啓介は内心思う。
「図書館に戻ろう。谷嵜が手当てをしてくれる」
そう言って啓介を背負う衛に「別に怪我なんてしてない」と言おうとすると衛の表情は異常なほどに焦っていた。死なせてしまうかもしれない恐怖を彼は身に受けた。
父親に虐待を受けて来た啓介には分からない。ただ彼の気持ちは純粋に啓介を助けたいと一心で、腕を引いて衛は啓介を背に乗せて急いで図書館に戻っていく。
(本当に……バカじゃないの)
莉の事だけを考えていたらいいのに、付き添いの後輩の面倒まで見たら、妹から『死期』を退ける術が遠のいてしまう。この場で、啓介を置いていくことで少しは『死期』について進展があるかもしれない。
『死期』に殺された人間の末路がどう言ったものなのか、啓介も衛も知らない。
(ちょっと疲れちゃった)
衛の背に乗って、規則的な揺れが眠気を誘う。
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