第16話 シキセマ

「お兄ちゃん、お友だち増えたね」


 色白な顔はそのままだが、苦痛に耐える表情が減った気がすると衛は安堵する。


「お兄ちゃんから、お友だちの話あんまり聞かないから本当はいないんじゃないかって心配してたんだよ?」

「なんでお前が心配するんだよ? それに筅の話だってしただろ?」

「そうだけど、筅ちゃん以外でだよー」

「いるって……」

「本当かなぁ?」

「疑うなよ。俺は、こう見えて生徒会長の親友をしているんだ! 凄いだろ?」

「だから、それって筅ちゃんだよね?」

「……生徒会長だ」


 衛は顔を逸らして友人が少ない事を隠す。

 事実、衛は余り人に紹介できるような友人がいない。

 筅がいたことで救われていたところはある。


「お兄ちゃん、筅ちゃんにお礼、ちゃんと言うんだよ?」

「なんでだよ」

「お兄ちゃんを一人にしなかったからかな? ……いまはもう寂しくないよね?」

「俺は寂しがりやじゃないぞ?」

「ううん、お兄ちゃんは寂しがりやだよ」

「……なら、もう平気だ。谷嵜たちが居てくれる」

「うん! 私も安心!」


 満面の笑み。兄に出来た新しい友人が良い人達であると直感しているのか。

 莉は曇りのない瞳で衛を見る。

 その瞳を、笑顔をいつまでも、護り続ける事が出来れば衛はそれ以外なにも欲さない。


 時間も遅くなり、寮に戻る時間になってしまう。啓介は「御先に失礼しまーす」と帰ってしまった。薄情な男だと思ったが衛に付き合わせて門限が過ぎてしまうのは得策じゃない。


「それじゃあ、谷嵜。また明日」

「ああ」


 カウンターで何冊目なのか、新しい本を読み始める淳平に声をかけて図書館を出ると外に美夜が待っていた。


「烏川?」

「……先輩には、お話しておこうかなって」

「話?」

「私が見えるようになった経緯です」

「別に言いたくないなら無理には言わなくても」

「いえ! これは言わないといけない気がするんです。先輩と私、何となく似てるので」

「……? とりあえず、乗り場に行こうぜ」


 衛は美夜を連れて、モノレール乗り場を目指す。

 その道すがらに衛は美夜が何を伝えたいのか何となく予想しながら言葉を待った。


「……衛先輩は、妹さんを『死期』から護るために今行動しているんですよね?」

「ああ」

「っ……私! ……私が見えるようになったのは、その逆です。私は、弟を死なせてしまった」


 美夜は、少し前に行き振り返る。

 その瞳は決意に満ちていたが同時に後悔しているようにも見えた。


「子供の頃、まだ小学生くらい……私が病弱な晴斗、弟を元気にする為に近所の川に連れて行った。流れがいつもより強いってわかっていたのに、溺れたことがないって慢心して……転んで、弟を巻き込んで流された」


 助けられたのは、美夜だけであり……後になり畔に流れ着いていた弟はもう息をしていなかった。


「……私、人殺しなんです。担架に運ばれて行く弟がまだ生きているって思い込んだけど、葬儀の日。私が殺っちゃったんだと気が付いた。……私が人を殺した。人が死んだ。弟が死んだ。ああ、もういないんだ。言葉を交わすことも、笑いかけてくれることもない。弟の時間はそこで止まってしまったんだって……私が殺したんだと」


 美夜の両親は、事故であると言い張っていた。

 弟を元気付ける為に川に近づいて、何かの拍子に川に落ちたと勘違い。

 未だに、美夜は言えずにいた。弟を殺してしまったことを言えずに、のうのうと生きている。

『死期』が見えて自分は死にたくないと抗い続けている。


「だから、死なせないようにしている先輩が、羨ましい……は、違う。なんだろう。妬ましい? 私がもっと弟の事を、弟の病気の事を理解していたら……死ぬってことを理解出来た。償い。ううん、なんだろう。すいません、言葉が出てこない」


 助けられるはずだった。連れて行かなければ死なせることも無かった。

 目の前で自分よりも下の兄妹を救おうとしている衛が妬ましい。


「ああ! 勘違いさせてしまうかもしれないので訂正します。私は、先輩の妹さんを助けます。絶対に……先輩からしたら余りいい気はしないと思います。先輩の妹さんを私の弟に照らしているだけ……。気持ち悪いですよね。……すごく、気持ち悪い、ですよね。あの、邪魔だったら……嫌だったら、今まで通り一人で『死期』を倒します。必要な事があれば、協力もします。もう図書館に近づきもしません」


 衛は何を言えば良いのか分からなかった。

 淳平も、啓介も、何かを失っている。愛猫や母親。

 それは美夜も変わらず、弟を失っている。だがそれは、自ら手を下してしまった。

 子供ながらに弟を励まそうとした結果、空回りをして死なせてしまった。


「糾弾してほしいのか?」

「えっ……」

「誰かに責め立てられたかったのか? お前が殺したんだと、責められたかったのか?」

「……そうかも、しれませんね。誰も私が悪いなんて言いませんでしたから」


 甘やかされて生きて来た。それは今も変わらず、学園から送られる金は、卒業したら美夜のもとに行く。


「悪いが、俺はそう言うことには向いてない。今のところは、妹を助けたいだけだから……余所の事まで気を回せない。それに、お前は俺を助けてくれたじゃないか。弟の事はよくわからないが、『死期』に殺されそうになっていた俺を助けてくれた。だからってわけじゃないけど……俺はお前を信じることが出来る。どんな経緯で『死期』が見えるようになっても俺は、専門家じゃないから……今を信じるしかないんだ。妹を助けたい。あの時、弟を助けたい気持ちは同じだったはずだろ?」

「……先輩。……っありがとう、ございます」


 モノレールがやって来る。以降は会話もなく、寮に戻れば「先輩、おやすみなさい」と美夜は頭を下げていた。

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