第18話 シキセマ

『死期』に攻撃されても外傷はない。当人が身体をぶつけたり、転んだ際の怪我以外は『死期』に殺されたなんて推察にはならない。最悪、心臓麻痺で突然死だ。

 啓介も同じく怪我はなかった。だが、身体が痛い。神経が麻痺している。

 けれど、心臓が停止することはない。

 淳平も一度『死期』を取り込んで苦しさに悶えていたと言っていた為、啓介の反応はもっともなのだろうと衛は、啓介の容体を診ながら図書館のベンチに座らせた。


「なんて事なのに大袈裟すぎるって……ほんと、融通が利かないな」

「俺はお前が余り好きじゃない。だけど、それで見殺しにして良い理由にはならない」

「あはは~。なにそれ? 漫画の主人公のつもり? あー、笑える。けど、ありがとうございます。多分、僕の『死期』はすぐそこに迫って来ていたと思う」


 あのまま衛が啓介を放置していたら、『死期』が溢れて死んでいた。その後のことは分からない。だが、一撃を受けただけで恐怖が全てを支配した。

 ベンチの上でその恐怖を未だ感じている啓介に衛は「なにか飲むか?」と自動販売機に近づいた。アンドロイドが定期的に補充している為か、売り切れの表示を見たことがない。


「じゃあ、パイアップルサイダーお願いしまーす」

「……なんだそれ」


 お茶、紅茶、珈琲とよく見る品揃えの中に衛は触れたこともない商品が目に入った。

『パイアップルサイダー:240P』

『まるでアップルパイを食べているようなパチパチ感!』『パイナップルとアップルの新感覚コンビ!』とよくわからない売り文句が表示されている。


「……美味いのか?」

「まあ、そこそこ?」


 外傷のない怪我人にそんな劇物を飲ませて大丈夫だろうかと心配になりながらも本人が飲みたいと言うのならとデバイスを翳して購入する。衛は『いちごケーキ』と言うピンク色の液体をした飲み物を購入する。


「うげっ……それだって人の事言えないじゃん」

「美味いぞ?」


 サイダーを啓介に差し出して、衛は自身の飲み物を開封する。ピンク色の液体は衛の口の中、喉を通り吸い込まれるようにボトルの中は半分も無くなった。


「噂じゃあ、まじでケーキを液状化するのに成功して、ジュースとして売ってるんでしょう? ほんと信じられない。甘ったるい物体ですら胸焼けしそうだって言うのに」


 買う人だって見たことがない。

 微妙な顔をしている啓介を余所に莉の分の飲み物を選びに行ってしまう。


「あのさ、莉ちゃんって……どうして病気になったの?」


 飲み物を選んでいる衛の背に啓介が尋ねる。


「原因は分からない。『死期』を取り込みすぎたって、今の俺は考えてる」

「どこで『死期』を取り込んでいたんだ?」

「莉には『死期』が見えていないはずだからな。入院中としか」


 ガタンっと自動販売機内でボトルが落ちる。

 莉が『死期』を見ることが出来ていたならば、すぐにでも誰かに告げているだろう。


「ねえ、本当に莉ちゃんは見えてないの?」

「そのはずだ。俺たちが『死期』と騒動を起こしてたら怯えるはずだろ?」


 繊細な子が『死期』を見て平然としていられるわけがないと衛は振り返り言う。


「そうだね~。箱入り娘だもんね~。そこがまた可愛いよね~」

「やらないぞ」

「ふふ~んそれはどうかな」


『死期』に攻撃された痛みが徐々に和らいで行き、啓介も本調子を取り戻すと「こんちはー」と見知らぬ声が聞こえた。


 誰かが図書館にやって来たのだ。その声を聞き付けたのは、衛と啓介だけではなかった。淳平も不機嫌な表情をしながらもエントランスに歩いて来る。


「知り合いか?」

「いや、知らない」


 衛が言えば、淳平は否定する。別に図書館に来ることは誰にだってあるが、淳平がこの図書館を見つけたのは一年生の頃であり、今の今まで誰も足を踏み入れて来ていない。だと言うのに突然図書館に誰かが来るなど『死期』が憑依して図書館にきたとしか考えられなかった。


「淳平先輩のお友だちとかじゃないの?」

「……かもな」


 否定できない。

『死期』が図書館にも足を運ぶような生徒に憑依してしまった可能性もある。


「なぁんだ。誰もいないじゃんか、さとる」

「聡、入り口で叫んだって誰も出て来るわけないよ。従業員は全員アンドロイドなんだから」


 二人の男子生徒だろうか。学園の制服を着た二人組。二人はそっくりで、双子であることがわかる。茶髪で前髪が左右対称になっていることで見分けを付けられるか否かと言ったところだ。

 その制服の色で衛たちより一つ上の学年であることがわかる。


「見たことないな」


 物陰で二人組の様子を見ていた啓介が呟いた。

 衛も淳平も、上級生の事は余り知らない。


「先輩たち、交流は?」

「ないな」

「上の学年との合同授業はない」

「ですよね~。わかってたけど」


 双子と思しき二人は、図書館の奥を進んでいく。


「がり勉通りはどこ? さとるが探してますよ~」

「そう言うなら、がり勉通りじゃなくて、勤勉通りでしょう?」

「どっちも意味は同じだろ?」

「全然違う」


 そんな会話を聞いていると彼らの背後から『死期』が湧いて来た。

 二人のどちらかの『死期』だ。だが衛たちは彼らに助言を与えることが出来ない。

 見えない相手に『死期』を告げても間に合わない。


 ただ成り行きを見守っていると少し先を歩いていた制服を着崩している青年が振り返る。その視線の先には『死期』がいる。


「にしても、物騒だなぁ最近」

「聡、よろしく」

「はいはい。弟よ、ちゃんと兄の勇士を俺の彼女に伝えろよ」

「勿論」


 言い終えると聡と呼ばれた青年は『死期』に向かった。


「見えるの?」


 啓介がその行動が明確に『死期』を目視していることを理解する。

 制服の内ポケットから取り出したのは、伸縮自在の警棒のようなものだった。


「数は?」

「二から三。湧いてないから目視できる奴らだけだよ」

「らくしょー」


 警棒を肩に沿えて無邪気に笑う。

 絨毯が敷かれた床を蹴る青年。『死期』に向かっていった。

 振り下ろされる警棒。『死期』は手も足も出ることなく消滅するとすぐ後ろに『死期』が隠れていたが青年は、意に介すことなく拳を突き付けた。

『死期』を掴み自身の身体を浮かせて、その後ろにいる最後の『死期』に向かって着地する。


 三体いた『死期』は液状化して、完全に消滅する。


「完璧! 時間通り、予定通り」

「予定? そんなのあった?」

「あったんだよ。全く、なにを聞いてたのさ」

「彼女が可愛いってこと以外は俺の頭の中は気にしない」

「気にしてよ。先が思いやられる」


「さて、次は僕の番だね」と制服をきっちりと着こなしている青年が図書館の奥で身を潜めていた衛たちに視線を向けた。


「二番目の柱に一人、四番目の柱に一人、カウンターの観葉植物の近くに一人。計三人、僕たちの事を見てましたよね? 僕たちは敵じゃないですよ。僕は、さとる。周東すどうさとる

「んで、俺は周東すどうあきら。あんたたちの先輩な?」


 衛たちのことは既に気が付いていて、尚且つ『死期』が見えていることも告げる。


「隠れてるつもり~? それともまだ俺たちの事を信用できない?」

「無理もないよ。突然、現れて信用出来るわけがない」

「……面倒くさい」

「聡」


 宥めるとさとると名乗った青年は「僕たちは、『死期』を研究しているです」と言う。

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