第9話 シキセマ

 エリュシオンの海は、人工島と言う事もあり防波堤で囲まれている。

 綺麗な砂浜も無ければ、心躍るような景色はない。

 防波堤に打つ波の音。バスから降りて一望できる。


「わぁ~!」


 学園からでも見ることが出来る。

 見慣れてしまうと感動の気持ちなど薄れてしまい衛には分からないが、莉は違うようでキラキラと陽の光に照らされて綺麗と称するに相応しい。

 莉は喜々と車椅子を動かして海沿いに進んでいく。


 背後から三人の『死期』が湧いてきた。


「……莉、もう少し近くで海を見てみるか?」

「えっ?」

「谷嵜、先に良いぞ」

「ああ」


 淳平は足を止めて自身の『死期』を倒す為に向き直る。

 その間、衛は車椅子を押して莉を防波堤の釣り名所に連れて行く。

 漁船が停泊されて、釣りのレジャースポットとなっている。

 防波堤の脇ではアンドロイドが漁船を整備している。


「あれってなに?」

「アンドロイド。この街に大人はいない。俺たちの面倒を見てくれるのは、あいつらだ」

「機械……?」

「そうだな。人工知能を搭載してるから、自己判断能力がある機械って奴だ」

「よくわからないけど……凄い技術ってことだよね?」

「そうだな、多分。俺も仕組みまでは分からないんだ。勉強不足だな」

「なら、勉強しにいけ。時間だ」


 スマホを片手に淳平が言う。もう『死期』を倒し終えたのだろう。

 授業が終わる時間だと教えてくれる。


「お前の番だ」

「ああ、わかった。……莉、悪い。もう学園に戻らないといけない。谷嵜に街を案内か、図書館に連れて行ってもらえ」

「うん、わかった。お兄ちゃん、勉強頑張ってね」

「ああ、兄ちゃん、少しだけ賢くなる為に頑張って来る。……谷嵜、また昼すぎに来る」

「……ん」


 踵を返して学園に戻ろうとした際に「そうだ。谷嵜」とデバイスIDかスマホでの連絡先を尋ねる。


「デバイスはポイントが無いから機能してない」

「えっ」

「知らなかったのか? こいつは、成績ポイントで支払いが行われる。お前が授業を続けている限り継続的に支払わされるが、俺は寮に戻るくらいしかないからな、授業に出ることがない」


 デバイスのバッテリーは切れていないようだが、ほとんどの機能が意味をなしていないと言う。スマホは親が支払いをしてくれているようで使い続けている。

 アドレスを交換して今後メッセージのやり取りをするのはスマホになる。


「お前がいない間、あの娘は俺が護る」

「ありがとう。行って来る」


 衛の『死期』が迫って来るため、急いで防波堤から離れて学園に向かう為にタクシーを探す。


「お兄ちゃん、どう言う人ですか?」

「は? それは君がよく知ってるんじゃないのか?」

「……知ってるはずなのに……お兄ちゃんが何処か知らない人みたいな気がする」

「俺はあいつの事をそんなに知るわけじゃないが、君の為に頑張っている。少なくとも病院から連れ出すような誘拐まがいな事をして、エリュシオンに連れて来るとは思えない」

「……」

「寒くないか?」

「大丈夫です」

「俺は寒い」


 海が間近と言う事もあり風が少し吹く為、少しは寒さを感じる。

 車椅子を押して防波堤から離れる。図書館に向かう為に『死期』が近づくようなら少し小走りで道を行く。


「君は突然兄貴にこんな所に連れて来られて怒らないのか?」

「お兄ちゃんと遊べるのは久しぶりだから……昔はよく悪い事をした」


 どんな極悪非道なことをしたのか尋ねれば、夜に明日食べる予定のおやつを勝手に食べたり、ルールを少しだけ破ったり、そんな小学生が考えるような行為が悪いことと言うあたり、彼らは本当に絵に描いたような幸福な家族だったのだと淳平は気がつく。


「病院に居たらお兄ちゃんに会う機会も少なくなって、寂しかったから……お兄ちゃんが病院から連れ出してくれて嬉しい」

「……毎度此処にいないのにか? 今みたいに離れて、知らない男と一緒にいる事に不快感はないのか?」


 力不足である事で不安を感じているわけではない。病弱な少女に見ず知らずが近くにいる事で過剰なストレスを与えてしまわないか心配していた。

 衛が近くにいない事で我慢をして、突然症状が悪化しても淳平では対処できない。


「不快感はないです。心配な事は、淳平さんが莉の面倒を嫌がらないかなって心配です」

「……頼まれたことは断ったりしない」

「なら大丈夫です」


(あの兄あれば、この妹ありか)


 不良と名高い淳平に大切な妹を預けている衛も大概だが、見るからに普通の学生に見えない淳平に車椅子のハンドルを任せるなんてどうかしている。

 淳平が『死期』を見ることが出来るのが偶然でもしかすると妹人質に強請るかもしれない。

 だと言うのに、この兄妹は一切の疑いもなく淳平に全てを託すのだから世話が焼ける。


(……まあ、飯が食えるならそれでいい)


「帰る」

「はい」


 車椅子を押して淳平は図書館を目指した。

 途中自身の『死期』を殴り倒していった。





 一方その頃、学園に到着した衛は筅に怒られていた。


「もう衛君、サボりはいけない事なんだよ」

「わかってる。ただその……迷子になって」

「迷子にならないでしょう? 二年目だよ? それに迷子になったらデバイスで検索をかけたら道を案内してくれるでしょう?」

「……勘弁してくれ。俺だって気が動転って言うか」


 言い訳が下手くそな衛に筅は溜息を吐いて「気を付けてね」と身を案じる。


「データのバックアップしているから後で送るよ」

「ありがとう」

「貸し一って事で」

「何してほしいんだよ」

「荷物持ち」

「はいはい。今日、買い物行こう」

「え? でも人探しは?」

「見当がつかないんだ。もう少し情報を貰ったら探す事にした。お前にこれ以上貸しを作ったら俺が破産しそうだ」

「私は別に良いんだけどな~。それに金銭的な事、頼んでないのに」

「俺の心の問題だ」

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