第8話 シキセマ

 衛は莉が余命が残り一か月もない事を伝えられて、病院で最後を迎えさせたくなかったと嘘を言う。

 今は、エリュシオン内で療養している事を伝えれば伯父は『馬鹿者』と叱る。


『お前の勝手な行動で莉の容体が悪化したらどうする! 三十日生きられるものが、十日しか生きられなくなったらどうする!!』

「三十日しか生きられないと思わないのか。まだ十四のあいつに生きろと言わないのか」

『医者の言う事だ。専門家じゃない俺たちじゃあどうする事も出来ない。仕方ない事だ』

「仕方ない……仕方ないってなんだよ。莉が死んで、仕方ないなんて言えるわけないだろ!」

『衛、落ち着け』


 激情に身を任せるように相手に吠える。自分でもどうかしているとわかっていながら、妹が救えないことを受け入れようとしているその声が嫌だった。


(『死期』が見えないから仕方ないと言える。分かってる。そんな事、伯父さんは悪くないって事も分かってる。だけど、あんな何もない部屋で、何も得られない状態で莉は幸せなのか。少しでも無茶をして死期を遠ざけることが出来るかもしれないのに……)


「俺が、莉を護る。俺なら……俺ならきっと莉を救ってやれる」

『何を言っているんだ。いや、なんだって良い。とにかく莉を早くこっちの病院に戻すんだ。容体が悪化してしまえば今度こそ』

「伯父さんたちはエリュシオンに来られない。莉は連れて行かせるもんか」


 もしも病院に連れて行かれてしまえば、『死期』が莉を連れて行ってしまう。

 見えない人たちに何を言っても通用しない。ならば、此処でエリュシオン内で逃げ惑うことで莉を救うことが、少しでも安定させることが出来ればいい。


「俺を信じてくれとは言わない。俺の行いが莉を死なせてしまう事に繋がるかもしれない。だとしても、俺は信じたいんだ。俺のやってることが間違いじゃないって……今していることが正しかったと証明したい」

『お前の遊びに莉を巻き込むんじゃない。すぐにエリュシオンに向かう。莉を安静にしておけ』


 伯父は聞く耳を持たずに通話が終了してしまう。

 エリュシオンにある病院に行ったとしても莉はいない。

 幾らエリュシオンの病院を探し回っても莉は見つける事は出来ない。


 衛は一旦学園から出て図書館に向かう。一日休んでしまっている為、授業一つ程度休んでもどうってことなくなってきた。これが一日休むと引きずると言う感覚かと衛は思いながらモノレールに乗り図書館を目指す。


 図書館は昨日来た時と同様に人っ子一人いない。授業中であれサボりの生徒が一人くらい居ても良いくらいだが、誰もサボらないのかと疑いたくなる。


「……お前、来ていたのか」


 図書館の前で考え事をしていると背後から声が聞こえる。振り返れば淳平が立っていた。

 衛は伯父がエリュシオンに乗り込んでくるかもしれない事を伝えると莉に会わせるために図書館に入る。


「確かに病人が図書館にいるなんて思わない」

「莉は、大丈夫なのか?」

「ああ、今朝お前が作っていた朝食を無事に食べることが出来た」

「……谷嵜。莉に『死期』のことは」

「言っていない。散歩を理由に図書館の中を歩かせている」

「歩けるのか?」

「車椅子だな」


 入り口にある図書館所有の車椅子を使い莉を図書館の中を見学させることをしていた。

 外にいたのは淳平自身の『死期』を追い払う為に外に出て戻って来た。


「『死期』は複数体一人の人間に憑くことがあるのか?」

「ああ、珍しいことじゃない」

「痛みは?」

「憑依する方は何も感じない。自分が純粋にその相手に嫌悪していると錯覚する。だが自身の『死期』だった場合は、体調が悪くなる。最悪俺の時のように痛みを感じる」

「……莉もそうなのか」

「ああ、『死期』を取り込みすぎれば、そうだろうな。取り込んでも少し体調が悪くなる程度なら、すぐに死ぬなんてことはないはずだ。勿論、取り込みすぎたら痛みを感じ始めるが」

「結局『死期』から逃げ続けるしかないのか」


 見えない人は触れる事も出来ない。見えている人は他者の『死期』を倒すことが出来ない。そのもどかしさに衛は莉のもとへ向かう。

 仮眠室に向かうと図書館の本を読んでいる莉がいる。少しだけ体調が悪そうに見える。その事に心を締め付けられる。

 衛が今している事は間違いなのではないのかと戸惑いながら「莉」と呼ぶと本を膝に置いて顔を上げた。


「お兄ちゃん、おはよう」

「ああ、おはよう。悪いな、突然の事で驚いただろ?」

「うん、驚いた。でも、楽しいよ」

「楽しい?」


 病院から連れ出されて楽しいなんて衛は思えなかったが莉が楽しいならと安堵する。


「彼は谷嵜淳平。俺のちょっとした知り合いだ」

「うん、教えてもらったよ。お兄ちゃんの友だちだよね?」

「え、あー……そうだな」

「なんだ? 俺が友だちじゃあ不満なのか?」


 仮眠室の扉に背もたれた淳平が不機嫌そうな顔をする。友だちと呼べるほど親しくはない。協力者だが莉に余計な心配をさせてしまうかもしれない。

 曖昧な返事をする。


「エリュシオンにいるんだよね? 外に出てみたいな」

「外に……あー、谷嵜」

「問題ない。車椅子に乗せて図書館を出ればいい。そうすれば好きな所に連れて行ける。だがお前、授業はどうするつもりだ?」

「まだ時間がある。それまで莉を外に連れて行ける」


 莉を車椅子に座らせる。

 図書館を出て行きたい所を尋ねれば「海が行きたいな」と頼まれる。

図書館から海など造作もない事だ。何と言っても此処は人工島、周囲は海だ。


『死期』が図書館で三人を探している。

 その隙を見て海を目指した。モノレールやバスで何処へでも行ける。全てがバリアフリーに対応している為、車椅子の莉を連れて行くことは容易だった。

 モノレールに乗ったことがない莉は車椅子を椅子に固定させて窓の外を眺めていた。


「……あの娘に説明しないのか?」

「説明して納得すると思うか? 俺なら納得しない。自分の目で見たこと以外信じられるわけがないだろ?」


 窓の外に気を向けてる莉を見守りながら少し離れた後ろの席に座っている淳平が衛に言う。

 莉に『死期』を説明して逃げていると伝える事で動きやすくなる。下手な嘘が発覚して糾弾されるより、先に伝えて置いて無理にでも逃げ回る方が効率がいいと淳平は提案する。


「莉は良い子だ。だから……自責の念に駆られるかもしれないだろ」

「……自死を選ばれるのは俺だって本意じゃない。いつまでも言わないって事にはならないだろ?」

「いつか言う。だから、今だけは……莉を楽しませてやりたいんだ」

「勝手にしろ」


(誰だって嘘は言うだろう。けどな、その優しい嘘が必ずしも相手の為になるとは限らない)

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