第10話 シキセマ
莉を図書館で療養して三日が経過した。胡桃色の髪をした生徒を見つける事が出来ずにいた。
図書館に通っていれば、おのずと現れると勝手に思っていた為に三日も経過して音沙汰がないと『死期』にやられてしまったのかと危惧するがそう言った噂は聞かないと淳平が衛に杞憂であることを伝える。
莉の容体は三日で少しずつ安定していっている。
やはり『死期』の悪さが莉を苦しめていた事になる。
胡桃色の髪の生徒を探す為に衛はその日も学園の中を彷徨っていた。
『死期』を意図的に避けている生徒を探してみたり、筅に挙動不審な生徒がいないか少し世間話を兼ねて訊いてみるがそう言った生徒はいない。
『死期』の対処の方法を知っているから身の振り方を熟知しているのだろう。衛と違って慣れているのだろう。
褒められた行為かもしれないが、衛のように同じ境遇の人を見つけられないと言う点ではその身の振り方は少しばかり困ったものだ。
挙句に淳平が余り覚えていない所為でその人の顔写真でも用意出来たら思い出すことが出来るはずだが、学園内の生徒の顔写真など容易に手に入るものでもない。
莉の『死期』は莉自身が認識しなければ殺せないと思っていたが、莉が車椅子に乗っていれば湧き始める手前、地面から出て来る『死期』を轢き殺すことが出来ることが分かった。だが、それは莉自身が車椅子を動かしている事を条件にしていた。
それによって手を傷つけないように手袋をした莉は淳平を追いかけるように車椅子を動かした事で莉自身で『死期』を遠ざけることが出来る。
車椅子を動かすと言う身体を動かすことで体力をつけることも出来る。
「谷嵜、頼む。見つけてきてくれないか? 俺じゃあどうする事も出来ない」
図書館、貸し出しカウンターの椅子に座って小説を読んでいる淳平に頼むと視線を本から動かさずに言った。
「俺が行ってもいいが、学園に入ればすぐにどっかのバカが『死期』に憑依されて俺に喧嘩を吹っかけて来る。探すことは別に構わない。だが、相手は俺と関係があると知られたくないだろ」
「分かってるけど、胡桃色の髪なんてどこにでもいる。顔も分からない名前も分からないじゃあ、探しようがないんだ」
会ったこともない相手を探して会うなんて土台無理な話だ。
「なにか定期的に会っているとか」
「そう言うことはしていない。相手の気分次第だ。俺の場所は奴らに気が付かれてるが俺は知らない。元から誰かと交流する機会があれば、『死期』どもをシバいてる」
「物騒だな」
(つまり、向こうが何か用がない限り姿は見せない。谷嵜に用ってなんだ? なにがある? 喧嘩をしているように見える不良に会いに行くなんてカツアゲされている以外ないだろ)
「深夜学園に侵入しろ」
「学園に……どうして?」
「深夜と言うのが重要だ。『死期』は夜に勢力を増す。昼間に襲われたくない奴らは深夜人気のない学園に『死期』を寄せ付けて仕留めている」
夜は人が眠りについている時間に『死期』は増える。そして、明るい時間こそが『死期』の活動が活発になると言う。
昼間の方が人間の死亡率が高いのは聞いたことがあった。
夜に人が寝静まったころに『死期』は増え、朝になり大勢で人間を殺しに行く。
その為、夜は寝ていたい淳平と違い普通の生活がしたい者たちは規則を破ってでも夜に『死期』狩りをする。
学園は開けており、行き慣れている為、相手に出し抜かれることがなく追い払うことが出来る。
エリュシオンの街の中をホームグラウンドにしている淳平と違い、範囲が狭く大勢に押し寄せられたらたとえ、歩き慣れた学園内でも追い詰められてしまう危機がある事を承知で普通の生活を求めている。
「居なければ、お前の分の『死期』を狩って帰ってこい」
「わかった」
深夜の学園。入れないと言うことはないが、警備アンドロイドの巡回で見つからないのだろうかと衛は危惧しながらも夜をただ待つことも出来ずに寮に戻り、明日の朝食の準備をしようかと思考を巡らせていると莉がやってくる。
「お兄ちゃん、課題がんばってね!」
「ああ、頑張って来るよ」
車椅子に座って三冊ほど新しい本を見つけてきたようで、表紙を見ると童話小説だった。中学二年生にもなってまだお伽話を信じているあたり可愛い妹を護らなければと庇護欲が掻き立てられる。
『死期』を狩る事は衛の『課題』と称して夜も出歩いている事を伝えれば、一切の疑いなく「頑張って」と言われる。嘘を言っている事への罪悪感を抱きながらも莉を護るための方法を日々探さなければならない。
「あの娘は俺が見てる。お前は外だ」
「ああ……わかってる。谷嵜には世話になってばかりだ」
「気にするな。お前が俺に飯を作ってくる間はあの娘の事は任せろ」
「はははっ。俺はお前の食事係か」
なんて失笑する。
莉の食事と一緒に作っている為、手間ではないが本当に食にあり着くのが大変そうだと笑いが堪え切れない。
二十二時、学園にて。
衛は寮から学園まで『死期』から逃げながらやって来た。
今の所、物音ひとつしない事に本当に学園内にいるのかと疑いたくなる。
昇降口の脇を進めば、本館の中庭に来る。夜でも噴水は稼働し続けているようで水音が聞こえる。
水を眺めていると目の前に『死期』が現れる。驚き後ろに後退りするが足がもつれて尻もちをついた。
「くそっ」
(夜でも襲って来ない訳じゃないって気が付けよ俺っ)
迂闊だったことを反省しながらも今の状況がよろしくない事も自覚している。どうにか立ち上がらなければならないが、身体が思うように動かない。
『死期』の腕が衛の中に入り込む。
「ッ!? ぐっ……かはっ!」
『死期』が衛の中に入り込むと息苦しさを感じる。呼吸が出来なくなる。
これが淳平が体験したものなのかは分からないが、これ以上があるのなら衛は耐えられる自信が無かった。呼吸が出来ない。肺が圧迫される。
唾を飲み込むことも出来ずに仰向けで苦しさに悶える。
(ッ……飲み込まれる!)
今度は死ぬ気がなく生きていたいと言うのに意識が遠くなる。
「手を伸ばしてください!」
そう聞こえた時、反射的に手を伸ばしていた。呼吸が出来ない状態でただ言われるがままの衛の手を誰かが掴んだ。
引っ張られて立ち上がるとそのまま校舎の中に走っていく『死期』が追いかけて来る。呼吸が出来るようになり、視界も安定してくる。手を強く握って校舎を駆けるのは、女子生徒だった。制服からして後輩だ。
「き、みは?」
「話はあとで……貴方、見えてますよね?」
どこかで聞いたようなセリフだ。
茶色の制服は天理学園の一年を示している。紺色の制服が二年で、白色の制服が三年と色で学年が分かるようになっている。もっとも私服が許されている為期待はできないが……。
「見えてるって……」
「あの黒っぽい奴らです!」
「……君も見えるのか?」
走りながらの問答。確定した。
深夜学園内にいる生徒は、『死期』が見えている。
衛は淳平とは別に見えている人物を見つけた。
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