第11話 シキセマ
衛を連れて女子生徒は、今では使われることのなくなった視聴覚室に来た。
ふかふかの椅子、長テーブル、プロジェクターや映写機。古めかしい機械が部屋の隅に追いやられている。
「突然、すいません……あの、先輩ですよね? 私、
息が上がり突然の事を謝罪する。美夜と名乗る後輩に衛も自分の名前を言った。
その後『死期』について尋ねれば当然知っていた。
けれど『死期』について知ったのは、
夜に倒す事で昼間は余り襲われない。だから普通の生活が出来ると美夜は言う。
「淳平先輩も『死期』が見えていたんですね」
「喧嘩している所を見ていないのか?」
「怖いので噂があるだけで離れていました」
「懸命だな」
本人には申し訳ないが、淳平と関わると殴られると言う恐ろしさは確かにあると頷いてしまう衛だった。
美夜は今日の分は終わって寮に戻る手前で衛を見つけた。
(烏川は、『死期』の事を知っていた。だが、谷嵜が言っていた生徒じゃない)
仄暗い視聴覚室では、美夜の髪色は分からないが淳平が『死期』とやり合っていることを知らないのならば、探している人ではないのだろう。
(学園の中にはまだ『死期』が見えている人がいる?)
淳平のように『死期』と言う存在は死を呼び寄せる怪物と言う事だけが知識にあるようで深くは知らないと申し訳なさそうに言う。
「……夘月先輩、言ってました。『死期』を倒し続ければ、いつか願いが叶うかもしれないって」
「願い?」
「『死期』は人の死を遅らせることが出来ると同時に一定数を殺すと願いが叶っているって……」
「信憑性がないな」
(だけど、もしそれが本当なら『死期』を殺し続ける事で莉の病気が治る。いや、それどころか莉の『死期』が現れないようにすることが出来るかもしれない)
莉を救う為ならどんな手でも使う。たとえ雲を掴む話でも信じる事で救われるかもしれないと淡い期待とその気持ちがある愚かさに自嘲する。
「『死期』を倒す事に意味はある。俺たちが死なないようにするためだ。俺が言えたことじゃないけど、烏川も気をつけろ」
「はいっ」
美夜は勿論だと強く頷いた。その元気な笑みに衛も笑みを浮かべた。
(この子も死を間近に感じたのか)
淳平の言っていることが真実ならば『死期』が見える者たちは一様に死を認識した。死を間近に見てしまった。自覚してしまった存在。
純粋無垢そうな笑みを浮かべる美夜も『死期』を殺さなければ死んでしまう。
一度は死を覚悟して、その覚悟を乗り越えて必死に生きている。
衛は改めて美夜に助けられた事に感謝を告げて校内にまだ『死期』と対峙している生徒がいるかもしれないと探す為、寮に戻る美夜を学園の門まで送り別れる。
美夜は、衛が一度『死期』に驚かされて死にかけていた為、信頼されていないのか「一緒に行きましょうか?」と心配してくれる。
だが、これでも『死期』を倒した事はある。逃げてばかりではない事を伝えればしぶしぶと言った雰囲気で寮に戻っていく。
美夜を見送った後、衛は淳平に連絡を入れた。
『なんだ?』
「夘月って言う人を知ってるか?」
『夘月……ああ、確かそんな奴だった気がする』
「どう言う事だ?」
『俺に『死期』を伝えたのは、多分そいつだな』
名前を聞いてやっと思い出したという。
夘月が淳平の言う胡桃色の髪をした女子生徒だと言う。
その人は、淳平よりも『死期』に詳しく倒す事で自身の死期を遅らせることが出来ると教えてくれた。
「学園内で会った子が、その夘月から「願いが叶う」と聞いているらしいが……」
『願い、また抽象的な……。不老不死とか言う願いか』
「不老不死?」
一体何の話なのか分からず首を傾げる。
『俺には『死期』を倒せば死ぬことはないと言っていた。その生徒が言っていた願いがなんであれ、死ぬ事はないと言うことは不老不死と仮定しても問題ない』
『死期』を殺し続けることで死期が遠くなるのなら、確かにそれは死ぬことはない。だが不老と言うのは大袈裟すぎる。寿命で死ぬ事はあるだろう。
(夘月なら、『死期』の事を知っている。莉が『死期』から追われない状況を作る方法も知っているはずだ)
「谷嵜。その胡桃色の髪の生徒は夘月で確定だ。その人を探すことにする」
『そうか。頑張れよ』
「ああ、莉を頼む」
通話を終了して学園内を見渡した。
美夜以外に人影はない。『死期』から逃げ惑いながら時間ギリギリまで衛は人を探した。
美夜しか学園に居ないのだろうかと手っ取り早い方法を思い出して言う。
「デバイス検索」
『音声認証、付近に存在するデバイスIDは検知できません』
デバイスで学園内に同じ支給されているデバイスを持っている人物が居たら会うことが出来ると思ったが、そうもいかないようで学園内でデバイス所持者はいなかった。
その日はもう寮に戻り、また明日に夘月と言う生徒を探す。
ベッドの中でも美夜が言っていた「願いを叶える」の言葉が頭から離れなかった。
もしも『死期』を殺し続ける事で莉の命が終わりを迎えないと言うのなら衛は何としても莉の『死期』を殺し続ける。
(どうして、他者に触れることが出来ないんだ)
他者の『死期』を殺すことが出来れば、莉を連れ回すことなく莉の『死期』を殺すことが出来た。
もしも願いが叶うと言うのなら不老不死が無理なら、せめて他者の『死期』を殺すことが出来るようになってくれと衛は暗い部屋の天井を見つめて思った。
一方その頃、図書館では淳平が適当な本を眺めていた。
仮眠室で莉が静かに眠っている。この時間は穏やかで誰の邪魔にもならない。
唯一邪魔をすると言えば、起きている淳平に襲い掛かる『死期』くらいなものだ。
図書館は完全に淳平のホームグラウンドであり、少しでも変化があれば気が付く。
小腹が空くと衛が持たせてくれた保存容器に入った果物やトマトなどの野菜を摘まむ。
それで空腹が満たされるわけではないが、紛らわすことは出来る。
カウンターでクッションの効いた椅子に座って足を組む。この時間だけは平和だと淳平は穏やかな時間を堪能していると監視カメラの映像を映すモニターが起動する。
何者かが侵入してきたことを伝えている。カメラに映るのは、香色の髪色をさせた男の子が立っている。
男の子が着ている学園の制服が一つ下の学年である事に気が付く。
男の子はカメラに向かって微笑を浮かべる。
淳平はうんざりした顔をして本をカウンターに置いて立ち上がる。
仮眠室で莉が寝ているのと『死期』がいない事を確認して静かに扉を閉めた後、図書館の出入り口に向かった。
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